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最終話 世界の裏側で

 外国の宮殿にあるような大きくて、装飾が華美な白の扉。

俺はゆっくり両手で押し開いた。

 天井が高くて、中央のテーブルと椅子一脚しかないやたら広い真っ白な空間に、容姿端麗な女がそこに座って書類を読みふけっていた。

「何か用?私、忙しいんだけど。あなたと違って私は優秀だから」

俺が口を開く前に嫌味を言うのはいつもと同じだった。

――そう、いつもと同じ。

それがなぜか腹立たしかった。

「お前、なんであんなことをした?」

「あんなことって?」

「……あいつらを異世界に閉じこめること」

女はようやく俺の言葉に耳を傾ける気になったらしい、書類から顔を上げた。

「何馬鹿なこと言ってるのかしら。私はあの子たちを救ったわ」

「ああそうだな、お前は救った。……でも、もし異世界に行くこと自体がお前の計画だったとしたら?本当は魂を奪うことが目的だったんじゃないのか」

女は顔色を全く変えない。

俺はゆっくりと話す。

「まず第一にあいつらの事故現場に居合わせるなんて偶然すぎるだろ」

「あなたもパトロールの時、一緒だったじゃない」

「第二にお前はあいつらを泉に誘導した。……あそこに魔法がかかっていることを知ってるにもかかわらず、だ」

「それはあの子たちが行きたいって言ってるのがわかったから」

「第三にお前は首謀者の悪魔と組んでいた」

「証拠は」

「さっきそいつが脱獄した。手引きした奴と一緒にすぐに捕まったが、その時に白状した(ゲロッた)。お前に話を持ちかけられたと」

「そう、それであなたが来たのね。……私を捕まえるの?」

「……相棒の愚かな過ちは正すのは俺の役目だ」

女は目を伏せていた。そこから感情を読みとることはできない。

俺が口を閉じた後、女は肯定も否定もしなかった。

沈黙が俺にとっては息苦しかった。

先にそれを破ったのは女の方だった。

「あなたは人間を見ていて羨ましいと思ったことはない?」

「まあ、あるが」

俺たちのような者、すなわち不死の存在からすれば一度は抱いたことのある羨望。

見た目は変わらないのに、人間とは違う存在だとその気持ちが認識させる。

「彼らは私たちと違って限りある人生を送ってるわ。それが全部が全部素敵じゃなくてもね。だけど私たちはそれができない。人間の寿命を管理するために生まれた私たちは決してそんな人生を歩めない」

寿命管理局――それは人間の寿命を管理する機関。

ただそれだけの、機関。

俺たちはそこで不変の日々を生き続ける。

……それはもはや規則のようなもの。

「だから私は人間が羨ましくって――憎いのよ」

女はいつもと変わらない彫刻のように完璧な笑みを浮かべた。

それが俺にはどういうわけか、笑っているようには見えなかった。

「あの三人はそれぞれ現実世界から逃げようとしていたの。私が羨ましいと思う、あの世界から」

女は唐突に笑って、まるで子供が秘密の悪戯を暴露するように楽しそうな声で話し出す。

「本当はもっと泉で心を揺らして、最後にはあそこに残る決意をさせて魂を悪魔にあげる予定だったのよ。でもあの男に邪魔されたわ」

あの男……寺田和臣。

病気の妹を持ち、彼女が病に侵される姿から逃げ出した男。

そんな事情を抱えながらも他の二人を立ち直らせた。

そして他の二人も彼を支え、無事元の世界に帰ることができた。

確かにこの女にとって唯一の誤算かもしれない。

「なんであいつらを帰したんだ?」

「さあね……見てみたかったのかもね。あの子たちが歩む人生を」

 おもむろに女は立った。

すっと伸びる、美しい姿。

それが曲がるはずはないと、俺は心のどこかで思いたかったのかもしれない。

「では相棒、行きましょう」

「……そうだな、相棒」

俺たちは二人一緒に扉をくぐり、閉まるように扉を軽く押す。

廊下を歩いて、少し遅れてバタンとと閉まる音が聞こえた時、俺はもうこの女と一緒にあそこに戻ることはないのだなと漠然と考えた。

「……お前は馬鹿だよ」

「そうかもしれないわ」

俺がこの時最後に見た女の笑いは、今までで一番綺麗に見えた。








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