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第六話 正体

 目を開けると、僕は最初の待合室にいた。

周りの緑の長椅子には槙島さんと小倉君がそれぞれ寝ていた。

どうやら異世界体験が終わったらしい。まさか朝に迎えに来られるとは思わなかったが。

「あ、お目覚めですか」

僕が周りをきょろきょろしていると、初日に会ったエンジェルがスキップしながらやってきた。妙に嬉しそうだ。

「えっと、お迎え早くないですか?」

「ちょっと事情がありまして、早く来たんですよ」

それから二人が起きるのを待って、エンジェルは扉を出した。それは異世界に行った扉よりごつくて、黒に金色のうねうねしている蔦のようなものが全体に絡みついている。

「では、どうぞ」

「何言ってんだ、お前」

小倉君がエンジェルを睨みながら言う。

「それって何の扉ですか、天使さん」

「異世界の扉ですよ」

「は?」

エンジェルが不思議そうに言う。なんでそんなことに驚くんだ、とでも言うような声だった。

「だって皆さん、現実に帰りませんよね?」

「なんでお前の中でそれが決定事項になってるんだ」

「あの、私も帰るつもりでした」

「えっ!?」

「ていうか異世界の扉、さらに趣味悪くなってますけど」

「これは、その、二回目に入る時の扉っていうか……え、マジで帰るんですか」

エンジェルが信じられないものを見たかのような目で僕たちを見てくる。

「あんな体験しておいて普通帰りたいとか言いますか?うわーまさかドMだったとは。打たれ強すぎ」

「誰がドMだ。ていうかあんな体験?」

それってどういう意味なんだ?

「仕方ないです。こうなったら力づくでこっちに来てもらいます」

ニヤリと天使とは思えないほどの真っ黒な笑みをエンジェルは浮かべた。

彼女は指をパチンと鳴らすと一瞬にして真っ黒なワンピース、頭に生えた羊のような角、そして黒い翼。

「どうなってるんですか……?」

槙島さんの困惑した声が聞こえる。そんなの僕だってわからない。わからないけど……多分、これは。

「君は僕たちを騙したんだね」

「ええ。私はあなたたちを地獄に送るためにやってきた悪魔です。異世界体験なんて真っ赤な嘘。全部私の魔法です」

あの世界が、全部魔法。ということはつまり、あの泉に現れた人も魔法でできたものか。

「あなたたちの行った"コーラの泉”には魅力の魔法と幻の魔法をかけていました。泉に引き寄せ、その人の一番心に残る人物が心を傷つける。結構よくできていると思ったんですけどねえ。あとは色んなところにその人物のことを思い出すような魔法もかけておきました」

「じゃあ泉に映ったものも、嘘なんですか?」

槙島さんが泣きそうな顔で言った。

「泉に映った……?んなもん知りませんよ。とにかく、あなたたちの魂をもらいます。全く、誰が五日間魂が彷徨わないと強制的に連れていけないなんてルールつくったんですかね」

「それは、私が作ったの」

カツンカツンとヒールの鳴る音が近付いてくる。

 振り返ると、これまた美女がいた。

腰にまで届く手入れの行き届いた銀色の髪。全てが綺麗な形で理想的な所におさまっているような完璧な容姿。真っ白なコートに身を包み、こちらに歩いてくる姿は一つの絵画のように美しかった。

「……どうして、あなたがここに」

「だって私は寿命管理局の人間よ。ここにいるのは当然のこと」

ふふっと笑う姿は溜め息の出るほどの美しさだった。

「私を、捕まえると?」

くすくすと小馬鹿にしたように悪魔は笑う。

「ええ。あなたは規律を犯したの……とても大切な命の規律をね」

美女の後ろから同じ白のコートを纏った男が現れ、悪魔の手を素早く縄で拘束する。

悪魔はそれに気付いたが、黙って捕らえられた。

それが妙に気味が悪かった。

悪魔は口角を上げて、狂った異常者のように目を血走らせながら何かに陶酔してるかのように叫んだ。

「私を捕まえても同じことが繰り返される!ああ人間が憎い、人間が憎い……」

呪文のように繰り返されるその言葉。

男は僕たちの方を感情のあまり篭もらない目で一瞥した後、すっと背景に溶け込むように消えた。


「ごめんね。ずっと一緒にいたのに、助けるのがギリギリになって」

こちらを向いた美女が苦しそうに言った。

「私とさっきの彼は現実世界でパトロールしてたのよ。最近、悪魔による不正魂送りが増えてたから。その途中であなたたちが車に轢かれるところを見つけたの。悪魔によってね」

「じゃあ俺たちは……死んでいるのか?」

小倉君が小さな声で言った。美女は首を振る。

「生きてるわ、一応ね。でもあなたたちがあの扉――地獄への扉をくぐっていれば間違いなく、死んでいたわ」

死んでいた。

その事実につーっと冷たい汗が背中に流れるのを感じた。

「私の職場である寿命管理局は死者の寿命を調べ、その人が天国と地獄のどちらに行くかを会って判断するの……白猫の姿でね」

「俺たちにずっとまとわりついていた奴はあんただったんだな」

「ごめんね小倉君。あなたが猫苦手なの知ってたんだけどね」

美女はくすりと笑い、そして真剣な顔になって頭を下げた。

「あなたたちには危険な目に遭わせてしまったわ。本当にごめんなさい」

僕たちは泉の景色を見たときのように顔を見合わせ、頷き合った。

「顔を上げて下さい。私たちは助けてもらったんですから。それに、ちゃんと向き合うきっかけにもなりましたし」

僕だって同じだ。

あの泉でこの人が映像を見せてくれなかったら、僕はきっとあの扉を開けていた。

向き合わなければならない。だから、死ぬわけにはいかない。

「あの泉に映し出したことは本当のことなの。あの時は悪魔の魔法の影響からか本当の姿に戻れなくて、応援も呼べなくて。でも現実や記憶をちょっと写すぐらいならできたから」

美女はにっこりと笑った。

「でもあなたたちを助ける手助けになれて良かったわ」



 そろそろあなたたちを元の世界に帰さなくちゃ、と美女が言った言葉で僕たちの前に扉が現れた。真っ白な、汚れ一つない扉。

「じゃあ小倉君から」

小倉君が扉の前に立つ。

「あなたとその親友さんには私の相棒――さっき悪魔をお縄にしていた彼を助けてもらったわ」

「あいつがあの時の白猫……」

小倉君は心当たりがあるらしく、目を丸くして驚いていた。

「期日の数日前に現れて親友さんを見つけたんだけど木から下りれなくて困っていたところを逆に助けてもらったんですって。途中で現れたあなたに親友さんとこれ以上仲良くしないように伝えるために攻撃したけど駄目だったって言ってたわ」

「……馬鹿猫、んなもんでわかるわけねえだろ」

小倉君は顔を歪めた。その表情は泣きそうにも見えた。

「『世話になった。あの女も元気でやっている』って。恥ずかしくて面と向かって言えないから伝言を頼まれたの」

「そう、ですか」

小倉君はドアノブに手をかけた。

「馬鹿猫に伝えて下さい。『次俺の目の前に現れた時は倍返しにしてやる』って。……じゃあ槙島、寺田……さん、先に行ってくる」

「小倉君、今絶対『さん』付けるかちょっと迷ったよね!?」

小倉君の姿は扉の先に消えた。

「槙島さん」

「は、はい」

槙島さんは少し緊張した面持ちで扉の前に立った。

「私はあなたのお母さんを迎えに行ったわ。仕事が立て込んで前日になってしまったけど」

それでいいのか、と僕は思ったが声には出さない。

きっと槙島さんのお母さんだ。天国行きか地獄行きかなんてすぐ判断できる。

「……いいえ、あの時の”しーちゃん”は私の大切な思い出になりましたから」

槙島さんは目に涙を溜めてにこりと笑った。

「寺田さん、向こうでもまた会いましょうね。私も妹さんに会いたいです」

そう言って彼女も扉の向こうに行ってしまった。

「最後に、僕ですか」

僕は美女と二人きりになった。素晴らしい状況だけど、今は早く帰りたい。

帰って、妹と話したい。

「えっと、それがね……」

美女が困った顔をして僕に言いにくそうにしている。

「何ですか?」



「あなたは帰れないのよ」


美女の言葉に僕は完全に思考停止した。













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