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第一話 天使

――瞬間、世界が止まったように感じた。

ぼんやりしていく意識の中で、猫がにゃーと鳴いたのだけがひどく耳に残った。


+++


「……てください、起きてください!」

「ぐはっ」

ゆるゆると意識が戻りかけていたところに衝撃で一気に僕は覚醒した。

「何するんだよ!」

体を勢いよく起こすと、金髪の三つ編みの美少女が僕の体に跨がっていました。

「え、ちょ、僕襲われてる!?誰か助けて!」

「あら?まだ寝ぼけてるみたい。脳味噌シェイクしなきゃ」

「何笑顔で怖いこと言ってるんですか!冗談に決まってるでしょう。ちょっと言ってみただけですよ!」

「ならいいんですけど」

金髪の美少女は大きな丸い瞳で僕をじっと見た後、にこりと微笑んだ。漫画なら背景に花が咲き乱れているぐらい、綺麗な笑みだった。

僕は思わず顔が赤くなる。確かに女の子に対する免疫はあんまりない。自慢じゃないけど。

僕が悶々考えている間に、彼女はすっと僕から離れていった。それになんとなく残念に思ったり、安心したりしたが、僕は立ち上がってみた。

 一面真っ黒な空間。黒すぎて大きさがどれぐらいかわからない。しかしどういうわけか僕と彼女の姿は互いに認識できた。

「えっと、ここはどこですか?」

僕は至極ありきたりな質問をした。

「待合室みたいな所です。正確に言うと扉を通ればそこにいけます。というわけで行きましょう!」

「ちょ、ちょっと!僕何でこんな所にいるんですか!」

「そういうのはあとで話します」

美少女が僕の腕を引っ張っていく。なんという幸運。

 彼女がずんずん進んでいく。歩く度に彼女の白いワンピースの裾と肩に掛けているこれまた白いポシェットが揺れる。

そして唐突にぴたりと止まるとそこに派手なピンク色の扉が出てきた。

扉の上の方にでかでかとスーパーの特売チラシの裏に『侍会室』と貼られていた。

「……あの、これ『侍会室』になってますけど」

美少女は無言でビリッと紙を破き、ぐしゃぐしゃと丸めてその辺に捨てた。

「い、行きますよ」

彼女は耳を真っ赤に染めながらワタワタと扉を開けた。……紙については言わない方が良かったのかも知れない。


 扉を開けるとすでに二人いた。

一人はいかにも良いとこのお嬢さんといった容姿の黒髪の女の子。もう一人は入った瞬間、鋭い視線で僕を殺せそうな眼力をもつ、茶色がかった金髪のヤンキーだった。

 部屋は本当に待合室のように緑色の長椅子がいくつもの並んでいて、僕ら以外には誰もいなかった。僕はその一つに座った。

「おい天使。そいつで最後だろ。さっさと話せよ」

ヤンキーが睨みつけながら、金髪の美少女に話し掛けた。

……ん?

「……ちょっと待って下さい。今なんか天使って」

「あ、私天使です。名前をえーと……、じゃあエンジェルって言います」

「待て、今付けたのか!ていうかエンジェルってただ天使を英語にしただけじゃねえか」

ヤンキーがガタンと立ち上がる。天使は頬を膨らませる。

「失礼な。ちゃんと天使ですよーほら、輪っかだってここに」

「……さっきから思ってたんですけど、それって蛍光灯じゃ」

僕が指摘すると、ヤンキーの方を向けていた顔をこっちに勢いよく向けた。

「ちゃんとLEDですよ!最新ですよ!」

「認めてますよ」

「ほら羽もありますよ!」

「それはどっからどう見てもダンボールだろうが。……とっとと話を始めろ」

「ふふっ……あ、ごめんなさい。面白くて、つい」

ヤンキーがイライラとしながら言う。目がもう血走っている。黒髪の女の子はお上品に口元を手で隠して笑っていた。

「ていうか、本当に天使なんですか」

「そーですよー。可愛い可愛い美少女天使・エンジェルちゃんです。信じて下さいよー」

物凄く胡散臭い台詞に僕は疑いしか持てなかった。

「それはさておき、この度あなたがたに集まってもらったのは他でもありません。なんと、あなたがたは『四泊五日の異世界生活体験』の抽選で当選したのです!」

強引に話を進めるエンジェルの言葉に目が点になる。

『四泊五日の異世界生活体験』?なんだそりゃ。

「あの……多分間違いだと思うのですが」

黒髪の女の子がおずおずと手を挙げる。

「私自身が応募した記憶がありませんし、私の家が応募するとは思えません。ですからきっと間違いではありませんか」

彼女は見た目通り、良いとこのお嬢さんらしい。そういう家はやはり厳しいのかもしれない。

「俺もそんなくだらないものに応募した記憶はねえぞ」

ヤンキーは眉間の皺を深めて言った。

「僕もですよ。心当たりありません」

「まあまあ、いいじゃないですか。ぱーっと騒いで、家に帰る。ちょっとした息抜きだと思って……ここは現実から逃れられますよ」

その言葉に全員がピクリと肩が動いた。

エンジェルは言葉を続ける。

「気に入っていただければここで生活し続けることも可能です。それは最終日に決めてくだされば結構です」

つまり現実世界に帰らなくても良い、ということか。

 その時、僕の脳裏に一瞬白いカーテンがはためいたのが浮かんだ。……まるでそれから逃げるな、とでも言われている気がした。

「あとサービス特典としてお金を渡しておきますね」

エンジェルはポシェットから三枚お札を出して、なぜか僕に渡した。

「え、何で僕に」

「あなたが一番年上だからです。年号順列ですよ」

……多分年功序列と言いたかったのだろう。僕は先程のように言わないようにした。きっと彼女は外国の天使なんだと思う。髪の毛金髪だし。

「では出発しましょう」

エンジェルがそう言うと、先程と同じように扉が現れた。今度は気持ち悪い色合いの紫だった。

「では、五日後にお迎えに行きますね!」


こうして僕らの異世界体験が始まった。






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