9話 B組
地竜車に乗って揺られること数時間。
不意に地竜が立ち止まり、仮眠していた俺は何かあったのかと目を開ける。
俺の目前には終わりの見えない森が広がっていた。
「ついたぞ。ここが林間遠征の場所、バキャネル森林だ」
バギランが地竜車から降りながら言う。
後ろを見ると、他のクラスの人たちが乗った地竜車も続々とやってきていた。
「宿泊用の建物は森の中にあるからな、ここからは徒歩で進む。俺たちが一番前だ。お前らは特進クラスなんだから、一般クラスに見られてるっていう自覚を持てよ?」
そう忠告し、バギランは歩き出す。
俺たちはバギランに続いた。
周囲を観察しながら進んでいく。
初見の土地を歩いていくのだ、周囲への警戒は必須事項である。
気を張っている俺の前で、バギランの肩がピクンと跳ねた。
「お、いるな。お前らちょっと待ってろ」
そう言って俺たちの前からいなくなったバギランは、一瞬で魔物を倒して戻ってくる。
俺だって警戒してたのに、全然気づけなかった。
この人の感知範囲はどれだけ広いんだ……?
その後も魔物が現れる間もなく、バギランが一瞬で倒してしまった。
最初は俺たちに経験値を積ませてくれないのかとも思ったが、少し経つ頃には考えを変えていた。
おそらく魔物の姿を見せるつもりがないのだ。
バギランは不意の緊急事態に巻き込まれた想定だと言った。
つまり、俺たちにほとんど前情報なしの状態でタイムアタックに当たらせたいということだろう。
この予想が正しければ、他のクラスの人たちも魔物の姿は見ていないはず。条件はイーブンだ。
一時間ほど経っただろうか、俺たちは森の中に不釣り合いな人工物の前に立っていた。
木造のその建物は、ゆうに千人以上が入れそうである。
学園の校舎と比べても遜色ない大きさだ。
「よし、着いたぞ。ここがお前らの泊まる建物だ」
「うわぁ、凄い立派……」
「森の中とは思えないほど大きいでござるな」
「まあ、そこらへんは魔法があれば何とでもなるしな。今後の予定を伝えておく。今日はこれで解散、明日の朝八時にタイムアタックだ。午前と午後の二組に分かれて始まるが、どっちになるかは明日までわからないから遅れないように注意しろよ」
今日はこれで解散なのか。
まあ、もう夕方だしな。
それで、タイムアタックは明日と。……ん? あれ?
「二組に分かれるって、それだと同じ組なら協力も出来ちゃいますよね? いいんですか?」
俺は疑問をバギランにぶつける。
「いい。実際に一般クラスの多くは毎年そうしてる。仲間の多さも資質の一つだしな。まあ、多けりゃいいってもんでもねえが。言っとくけどお前らは一般クラスに相当敵視されてるから、組めるとは思わない方がいいぜ?」
なるほど、それくらいのハンデはあってはあってしかるべきってことか。
「それなら、特進クラス同士で組むのはどうでござるか? 同じ特進クラスだからやっかみもないでござるし、組んだら敵なしだと思うのでござるが」
そう言ったのはツルギだ。
そうだ、今年は特例で特進クラスが二組あるからそこ同士で組むことができるんじゃ……。
しかし、バギランは首を振って否定する。
「それはない。特進クラスは別れることになってるからな」
なるほど、そういうところはちゃんとしてるのか。
そう納得した俺に、バギランは付け足す。
「まあ、それがなくてもB組とA組が組むことはなかったと思うが」
「なんでケロー? ケロケロロー?」
「会ってみりゃわかる。さあ、今日は解散だ。……ごほん、解散だああ!」
なんででかい声で言い直すんだよ……。
バギランは一足先に建物の中へと入って行った。
俺はどうするか……一度、もう一つの特進クラスとやらに会ってみるか。
「なんだろう、バギラン先生のあの言い方。……気になるよね?」
「組む組まないは別として、気になるのはたしかでござる」
「ケロ」
どうやら三人も気持ちは一緒のようだ。
「じゃあ、探しに行こうか。Bクラスの人たちを――」
「ちょっといいかな。そこの君たち」
そう声をかけてきたのは、見知らぬ少年だった。
続々と他の人たちも到着してきてるから、学園の誰かなんだろう。
まるで女性のようにさらさらとなめらかな金髪に筋の通った高い鼻、そして深い蒼の目。
十人が十人はイケメンというような男だ。
少年は自身の金髪を気障な動作でかきあげながら、「ふっ」と謎の声を漏らす。
「A組の人たちだよね? 僕はB組のエルギール。君たちに宣戦布告しにやってきたんだ」
B組……ってことは、同じ特進クラスの人か!
まさかあっちから会いに来てくれるとは思わなかった。
「あ、どうも。A組のリュートです」
俺たちはエルギールに軽く挨拶する。
エルギールは羽織った黒いマントをはためかせながらそれを聞き、挨拶が終わるや否や顔の前に手を当てた。
そして怒気の混じる声を出す。
「自己紹介ありがとう。でもね、個人的には僕がB組で君たちがA組だというのが気に食わない。だって同じ特進クラスなのにおかしいだろう?」
「そんなの気にならなくないかな……?」
A組とかB組とか、どうでもよくない?
別にそれで評価がついたわけでもないんだし、同じ特進クラスには変わりないんだから。
だが、どうも目の前のエルギールはそうは思わなかったらしい。
鋭い目で俺を見つめてくる。
「リュート君……と、言ったかな」
「うん」
そして、エルギールは俺を指差し宣言した。
「僕は君に勝つ! そうしたら僕がA組にクラスチェンジだ、いいね!」
「え、いやです。俺にそんな権限ないですし」
この人おかしくない? おかしいよね?
「……いいね!?」
「いや、だからよくないって」
なんで二回言ったら大丈夫だと思ったんだ……。
俺が否定したことに驚いたらしく、エルギールは蒼い目を丸くする。
俺としてはむしろそれが通ると思っていたことにビックリなんだけど。
「ふん、おじけづいたのかい? まったく、これだから平民は」
平民というからには、目の前のエルギールは貴族なんだろう。
だけど、そんなの冒険者になれば関係ないはずだ。
露骨に見下してくるエルギールに、俺は少しカチンときた。
「君って耳無いの? それとも頭が致命的に悪いの? 俺にはそんな権限ないって言ってるでしょ」
「っ……! っ……!? ぜ、絶対勝つ! ここまでコケにされたのは初めてだ!」
どうやら煽られるとすぐに熱くなるタイプのようだ。
いや、単に今までそういう経験をあまりしてこなかっただけかもしれない。
肩をいからせながら建物の方へと向かっていたエルギールは、あるところでピタリと止まって踵を返してくる。
「ああ、そうだ。僕としたことが、肝心な名前を伝え忘れていた」
「いや、もう聞いたんだけど。エルギールでしょ?」
そう言う俺に、エルギールは憤慨する。
「まったく、君はまるでなってないな……。いいかい、去り際に名前言うのってカッコいいだろ! それがわからないなら黙っててくれ! 平民の癖に!」
ええ……。
なんだよコイツ、無茶苦茶だよ……。
ドン引きする俺の前で、エルギールは「コホン」と口元に手を当て、もったいぶるように咳を一つする。
「ふっ、仕方ない。それほど僕の名を聞きたいのなら教えてあげようじゃないか。僕はエルギール。エルギール・フォン・イストリア――君たちを倒す男の名だよ」
はい、知ってました。
最初から知ってました。
「では、ごきげんよう」
そう言ってマントをはためかせ、エルギールは建物へと入って行った。
「なんだったんだあれ……」
「多分今の人は違う星の住人ケロ。会話が通じる気がしないケロ。だからリュート君は気にしなくてもいいケロ」
ペティーシェが俺を励ましてくれる。
ありがとうペティーシェ。君ともあんまり会話が通じてる気がしないけど、でもありがとう。
「なんにせよ負けられなくなったね。リュートと離れ離れになるなんて、ボク嫌だもん」
「リュート殿のためにも頑張るでござるよ!」
「皆、俺のために……ありがとう!」
このクラスに入って良かった!
皆良い人だ!
B組に勝つという決意を新たに、俺たちは建物へと入っていくのだった。