6話 バギランの大声
翌日。
冒険者学園へと登校した俺を待っていたのは、バギランの大きな声だった。
「よし、全員そろったなあああ!」
なんでそんなに元気なんですか先生。まだ朝ですよ。
「あ、頭がガンガンするぅ……」
「拙者は嬉しいでござる。冒険者界で噂の『バギランの大声』をこの耳で聞けるとは……!」
ルルナは耳を抑え、ツルギは目を輝かせる。
ルルナはわかるが、ツルギはそれでいいのか?
「ケロケロケロー」
ペティーシェは涼しそうな顔でケロケロ言っている。
本当にマイペースだな。
「それで先生、今日は何を?」
「おお、そうだな。今日はな、早速の実技授業だ」
実技授業か。腕が鳴るな。
それに、他の人の実力も知れるいい機会だ。
そんなことを思う俺の前で、バギランは「あ」と間の抜けた声を上げる。
「間違えた、言い直していいか?」
「? どうぞ」
「ゴホン……。実技授業だあああ!」
うるさっ!
言い直す必要性がどこにあったんだ!?
誰にも得がないじゃないか!
「感激でござるぅ!」
……ツルギには得だったみたいだけども!
皆嫌がってるんだからやめてくれ!
「ケロローン」
……ペティーシェは平気みたいだけども!
ルルナは嫌がってるんだからやめてくれ!
「うぅぅ……耳がぁ……」
「……ルルナ! やっぱり君は俺の友達だっ! 俺は君が友達で幸せだよ!」
感極まった俺はルルナの手を握りしめた。
「へっ? う、うん、ボクもリュートは友達だと思うよ。……でもなんで突然?」
「君が俺の想像通りな普通のリアクションをしてたから」
「キミって意外と失礼なやつだね」
あれ、何故かルルナの顔が曇ったぞ?
おかしいな?
「褒め言葉だよ?」
「リュート殿、それは多分褒め言葉にはならないでござるよ……?」
え、そうなの?
「ごめんルルナ!」
俺はルルナに謝る。
悪いと思ったら謝らないとね。
「ボクは傷ついたよ! 『想像通りの反応しかしないつまらない人間』なんて、友達のリュートに言われるなんてさぁ」
そ、そこまで言ったつもりはないんだけど!?
とはいえ、友達を傷つけてしまったのは駄目だ。
ええと、なんとかすぐに機嫌を直してもらわなきゃだから……。
俺は脳をフル回転させて言葉を紡ぎだす。
「あのさ、ルルナってその、すごく独創的なリアクションをするよね! 俺には想像もつかない感じで、あのー……な、なんかすごく心に響いたよ!」
どうだ!? いい感じにフォローできたんじゃないだろうか!
そう思ってルルナの顔を見ると、ルルナは俯いていた。
顔が見えないので、下から見上げてみる。
「……ぷっ」
ルルナは頬を膨らませながら笑いをこらえていた。
俺が覗き込んだのが契機となったのか、ルルナはついにこらえきれなくなって笑いだす。
「あはは、こ、心に響くリアクション……! ちょっと待って、ツボにはいった……!」
手で顔を描くし、お腹を抱えて笑いだすルルナ。
「そ、そこまで笑うことないじゃないか! 俺は傷ついたぞ!」
「ご、ごめんリュート……今そんな怒った顔されたらさっきの焦った顔とのギャップでもっと面白いことになっちゃうから……っ!」
そう言ってルルナは肩を震わせる。
ルルナは嫌なやつだ! 俺は怒ったからな!
「お前らいつまでじゃれ合ってんだ。早く移動するぞ」
「じゃれ合ってません!」
バギランに俺は異議を唱える。
今俺は怒ってるんだ!
「なんだリュート、怒ってるのか? 全然怖くないなお前。怒ったんならもっと吠えろ。いいか?」
バギランはすぅー……っと大きく息を吸い込み、肺に空気を蓄える。
そして一気に吐き出した。
「うおおおおおお!」
教室が震えているような錯覚に陥るほどの大声だ。
なるほど、これはたしかに怒っている感じが伝わるかもしれない。
「こうだ、わかったか」
「はい、先生。ありがとうございます!」
先生も中々侮れないな。
良いことを教えてもらった。
バギランに吠えることを習った俺は、不敵な笑みを浮かべてルルナに向き直る。
「ルルナ、話がある!」
「や、やめてリュート……! 今ボクそれやられたら、もう呼吸ができなくなっちゃうからぁ……!」
ルルナは色素の薄い顔を紅潮させ、涙目で俺を見る。
しかしもう俺は止まらない。
バギランの動作を思い出しながら息を吸い込み、そして吐き出しながら声帯を震わせた。
「うおおおおおお!」
「……っ! ……っ!」
俺の雄叫びを聞いた途端、ガクリとルルナの身体から力が抜ける。
崩れ落ちそうになった身体を支えたツルギは深刻な顔で言った。
「ルルナ!? リュート殿、ルルナが笑いすぎて意識を飛ばしてしまったでござる!」
「なんでだよ! なんで怒りの遠吠えを聞いて笑いすぎるんだ!」
「リュート君、さすがに最後の遠吠えは狙いに来たケロ?」
「狙ってないよ!? というか狙いに来たってなんだよ!」
おかしい、おかしいぞ。
俺の思っていたのとは全然違う方向に進んでる!
ツルギに身体を揺すられて意識を取り戻したルルナは、ジトッとした半目で俺を見る。
「さすがに最後のは狙ったでしょリュート」
「だから狙ったって何なんだ……」
もういいや、怒るのも疲れたよ……。
疲れ果てている俺の横で、ツルギはバギランに話しかけていた。
「先生。さっきの『うおおおおお!』をもう一度聞かせてほしいでござる」
「ん? なんだツルギ、お前頭がおかしいのか?」
辛辣だな先生!
「先生は拙者の憧れなのでござる! だから雄叫びも聞きたいのでござる!」
「ツルギ、お前は見込みがあるな!」
ちょろいな先生!
「よし、もう一度やってやろう! うおおおおおおおおおお!」
「おお、凄いでござる~」
「いつもより多めに『お』を付けてみたぞ」
「感謝感激雨あられでござる~」
ツルギもよくわからないやつだな……。
そんなことを思っていると、ポンポンと誰かが俺の肩を叩く。
振り返ると、そこには満面の笑みのペティーシェが立っていた。
「どうしたペティーシェ?」
「おいら、雨好きケロ」
「……?」
え、唐突すぎない?
何の話だか全く分からないんだけど。
俺が理解できていないことを察してくれたのか、ペティーシェは説明を補足してくれる。
「今、ツルギが感謝感激雨あられって言ったケロ?」
「うん、言ったね」
「おいらは雨好きケロ」
「……?」
補足が補足になってなくないかな。
相変わらず全然わかりません。
無言で見つめあう俺とペティーシェ。
ペティーシェのまんまるい緑の瞳が俺を捉える。
しばらくして、ペティーシェが首を横に振りながら目を逸らした。
「ハァ……リュート君にはガッカリだケロ……」
「ちょっと待って!? 今の場合の正解だけ教えてもらいたいんだけど!?」
慌ててペティーシェに詰め寄る俺。
「あ、まずい、リュートの焦った顔を見ると思い出し笑いが……あははっ! ……っ!」
そんな俺を見てまた笑いだすルルナ。
ルルナはそのまま倒れこんでしまう。
「え、ちょっ、ルルナ!? まさかまた気を失っちゃったの!?」
気絶なんてそうそうするもんじゃないんじゃないだろ!?
「なんだこのクラスは……。問題児ばかりじゃないか……」
なんで急に冷静になってるんですか先生!
結局実技の授業を行う場所に移動するまでに、かなりの時間を要したのだった。
……本当に特進クラスなんだよね、俺たち?
「よし、それでは実技授業を始める。とはいっても俺が試験を担当したのはリュートとツルギだけだし、各々のレベルがわからんからな」
数千人くらいは同時に収容できそうなグラウンドにやってきた俺たちは、バギランから説明を受ける。
ああ、やっぱりツルギもバギランの試験を受けたんだな。
まあこれだけのファンだったらそうなんだろうと思ってたけど。
「だからまずやってもらうのは、各自の使用魔法を披露することだ。まずは誰から行く?」
「俺がやります」
バギランの質問に、俺は真っ先に返事をした。
正直メンツが濃すぎて後の方に回りたくない――なんてことは考えてなくて、ただ単純に自分の番を早く終わらせて他人の魔法の観察に集中したいのだ。
特進クラスというからには、皆凄い魔法を持ってるんだろうし。
それをこんな間近で観察できる機会は、外の世界じゃそうそうない。
この学園にいるメリットは目いっぱい享受しなきゃね。
手を上げる俺を見たバギランがニヤリと頬を緩ませる。
「よし、じゃあリュートからだ! これより実技授業を始めるぞ!」
三人は三角座りをして俺を見上げる。
「リュート殿はどんな魔法を使うのでござろうか」
「なんだかすごそうケロ」
「二人ともきっと驚くよ? リュートは凄いんだから!」
俺が使う魔法を知っているルルナは、まるで自分のことのように自慢げだ。
ルルナのやつ、ハードルを上げてくれちゃって……。
俺はルルナの微笑ましい挙動に苦笑いを浮かべる。
さて、と。集中しないとな。
「……ふぅ」
俺は皆の視線を一身に浴びながら、魔力を練り上げた。