3話 入学試験
二時間後。
ひたすらに駆けた俺は、ルルナと共に王都へとやってきていた。
目の前の巨大な門をくぐれば、その先は王都の街並みが広がっているはずだ。
「ふぅ……」
ルルナに隠れて一つ息を吐く。
け、けっこう疲れた……。
いくら魔法を使ったとはいえ、やっぱり二時間走りっぱなしはきっついな。
「ほ、本当に着いちゃった……?」
「……ね? だから言ったでしょ?」
俺は疲れているのがばれないように息を整えて言う。
疲れてるところなんて見られたくない。申し訳なくさせちゃったら嫌だし。
ルルナの様子を見るが、俺が疲れているのに気が付いている様子はない。
それよりも俺が地竜車より早く移動したことに気持ちがいっているようだ。
「……キミって何者?」
ルルナが聞いてくる。
「俺はリュート。ルルナさんの友達のリュートだよ」
「そっか……そうだよね」
ルルナは小さく何度も頷いた。
しばらくそうした後、顔を上げる。
瞳に太陽の光が反射して、蒼く輝いていた。
「ルルナでいいよ」
「……え?」
言葉の意味が呑みこめず聞き返した俺に、ルルナは恥ずかしそうに頬を染めながら再度言う。
「呼び方。……と、友達だから、ルルナでいいよ?」
「わ、わかったよ……る、ルルナ」
何これめっちゃ恥ずかしいんだけど。
顔から火が出そうなんだけどどうしようどうすればいいかなどうにもならない。
アガっているのはルルナも同じようで、俯いた顔からは火を吹いている。
「うん。ボクはルルナ、です」
「あ、これはどうも」
「いえいえこちらこそ……ぷっ」
そこまで言って、ルルナは思わずと言った様子で噴き出した。
「あはは、なんか変な感じになっちゃったね」
「でもなんか呼び捨てにすると『俺にも友達が出来たんだなぁ』って感じがするよ」
やっぱり友達っていいものだよね。
俺は目を閉じて胸に手を当てた。
俺は今、全身で友達がいることの喜びを感じている。
これが……友達……!
「あ、ボクは最初から呼び捨てだったけど図々しくなかった……? だ、大丈夫だよね?」
「図々しいなんてとんでもない。女の子に名前で呼ばれてドキッとはしたけどね」
なんせ俺が今まで話したことある女性って、地上の村の元気なおばちゃんと婆ちゃんくらいだったから。
「あ、そ、そうなんだ……」
顔を赤くするルルナ。
やっぱり試験に緊張しているんだろうか。
ここは俺がリードするしかないかな。
学園のことなんて詳しく知らないから、緊張しようがないし。
「よし、行こうか」
「そ、そうだね! 行こうリュート!」
俺はルルナの前を行き、門をくぐって王都へと入った。
王都に入った俺は、キョロキョロと辺りを見回す。
王都というだけのことはあり、街並みは今まで見たことがないくらいに発展している。
見たことないような魔道具もたくさん売ってるし……。
まあ、ちょっと売り物にしては微妙な出来のものが多いけど。
婆ちゃんが趣味で作ってた魔道具の方が凄い気がする。いや、実際凄い。
……あれだな、きっとその分値段が安いんだろう。庶民向けってやつだ。
そのまましばらく歩くと、冒険者学園へと着いた。
「ここが冒険者学園だよ」
「ああ、ここが?」
その敷地内には俺やルルナと同じくらいの年の少年少女が数えきれないくらいにひしめき合っていた。
すごいな……こんなにいっぱいの人を見たのは初めてだ。
「試験官と戦って入学に見合うだけの実力を見せられれば合格なんだよ。毎年一万人近く受けて、合格者は百人くらい。もっとも合格者の中にも特進クラスっていうのもいて、そっちは年に五人でればいいほうかな……って、聞いてるリュート?」
「あ、ああ、うん。聞いてるよルルナ」
その人数に圧倒される俺は、ルルナに生返事を返してしまう。
それを緊張していると誤解したのか、ルルナは俺の手を取ってきた。
女の子特有の柔らかい手の感触が俺の脳を刺激する。
「緊張してる? 大丈夫だよ、キミなら受かるから。ボクが保証するよ、キミは絶対受かる!」
「あ、ありがとうルルナ」
ルルナの整った顔が俺のすぐ目の前にある。
俺がちょっと顔を前に近づけたら、キス出来ちゃいそうな距離だ。
励ましてくれるのはすごく嬉しんだけど、なんだか別の意味で緊張してきちゃったぞ……。
「次っ!」
そこかしこから試験官の声が響き、その度に列は前へと進む。
ルルナと一旦別れた俺は、いくつかある列の一つに並んでいた。
試験はどうやら何人かの試験官から一人を選び、その人の列に並んで戦うという形式らしい。
受験の申し込みと同時に渡された資料には、試験官一人一人の顔と名前、それに使用する魔法の種類が書かれている。
使える魔法によって相性があるから、不利な相手と当たっては不幸だということだろう。
となると、問題はどの試験官を選ぶかだが……俺は数ある列の中で、一番人が少ない場所に並んでいた。
俺は様々な種類の魔法を扱える。
だから相性だけで言えば、大概の相手とは互角以上に戦えるのだ。
もっとも、ルルナみたいな超ド級のイレギュラーにはどうしようもないけどな。
「次っ!」
いよいよというべきか、あっという間にというべきか。
とにかく俺の番が来たので、俺は前へと進み出る。
試験は半透明なドームの中で行われるらしく、俺はその中へと入った。
おそらくこれも魔道具なんだろうな。
前の人の戦いを見ていた限りでは、かなりの強度がありそうだった。
おかげで流れ弾の心配はなく、安心して観戦していられた。
相手の試験官は筋骨隆々な男だった。
身長はおそらく百八十センチほどだと思われるが、圧迫感のあるその雰囲気は男を一回り大きく見せている。
資料によると、男の名はバギラン。使用魔法は肉体強化魔法らしい。
肉体強化魔法は火、水、風、雷、土の五大魔法の次にメジャーな魔法で、使用者も多い。
やれることが少ない分、使用者の練度が重要になる魔法である。
そしてこの男の練度はと言えば……おそらく、かなり高い。
試験と言う形式上本気を出していないだろうが、本気を出せばかなり強いのは間違いないだろうと俺はアタリをつけていた。
「名前と使用魔法を言え」
バギランはドスの利いた声でそう言う。
この声だけでビビってしまう人もいるんじゃないだろうか。
そんなことでビビるような生徒はいらないってことか?
そんな考えを脳内で繰り広げながら、俺はバギランに答えを返す。
「リュートです。使用魔法は罠魔法です」
同時に、受付で書かされた書類を渡された。
書類には名前と使用魔法が書いてある。独自の魔法がかけられていて虚偽はできないものらしい。
「……あん? 罠魔法だぁ?」
すると、バギランは顔を顰めた。そして俺が渡した資料を見て、内容を確認する。
なんだ? 失礼をした覚えはないのだが……。
バギランは茶色い髪をガシガシと掻きわけ、「もううんざりだ」とでも言いたげな表情を浮かべる。
「ったく、どいつもこいつも……。いいか坊主、記念受験でもなんでもいいがな、軽い気持ちで受けると怪我すっぞ」
……は? 誰が記念受験だって? ……俺のこと?
たしかに試験について知ったのはついさっきのことだけど、俺は結構本気でこの試験に受かる気でいる。
だってさ、友達と同じ学校に通うって、なんか良くない? 友だちっぽくない?
人によっては不純な動機に思えるかもしれないが、今の俺にとってはとても大切なことだ。
記念受験な気はさらさらない。
それに、ある程度の実力を持っている自負もある。
そりゃトップクラスではないかもしれないが、俺だってこの数年間ほとんど魔法漬けの生活を送ってきたんだ。
同年代にはそうは劣っていないはずである。
そんな俺の思いなど知りもしないのだろう、バギランは声をかけ続ける。
「話のネタにしたいのはわかるが、大人しく帰った方が身のためだ。罠魔法なんて不遇魔法な時点で受かる気はねえんだろ? 学園側だって安全に配慮しちゃいるが、毎年怪我人はでてる。坊主も記念受験で怪我はしたくねえだろ? な、大人しくやめとけ」
俺を見るその目には、たしかな同情の色が映っていた。
この野郎、俺をとことんまで下に見やがって……。
あげく、同情までしてくるだって?
……あー、駄目だ。このままじゃ腹の虫が到底収まらないや。
俺は男の目を真っ直ぐに見据え、言う。
「なんていうか……そこまでコケにされて黙ってられる程大人じゃないんですよね、俺」
突然の反論にバギランは一瞬目を丸くしたが、すぐに元の厳つい顔に戻る。
「言葉だけ強くても、実が伴わなきゃ意味ねえぞ、坊主」
「やってみればわかりますよ。……あんたが馬鹿にした罠魔法がどれだけのものか、見せてやるよ」
罠魔法はずっと爺ちゃんや婆ちゃんと一緒に研究してきた、俺にとって大事な大事な魔法だ。
それをコケにされたままで、侮辱されたままでいられるわけがない。
目にもの見せてやる!
「面白え。来いよ、試験開始だ!」
バギランの声が辺りに響き、俺の試験は始まった。