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26話 戦いの行方

 俺は魔力を練り上げる。

 まず最初に準備するのは【反壁】だ。

 エルギールは火魔法で広範囲殲滅ができる。それに対応するだけの防御魔法がない俺にとって、今回の戦いにおける【反壁】の重要性は大きい。


「じゃあ僕もいくよ」


 俺が自身の足元に【反壁】を創りだしたところで、エルギールが動いた。

 向けられた右手から、球形の豪炎が射出される。

 いきなりすごい威力だ。


「くっ」


 俺は射出された炎を跳んで避け、推定着地地点に再び【反壁】を創りだす。

 今の一撃だけで、エルギールの強さはわかった。

 しょっぱなからあの威力、完全に俺の想像以上だ。

 高レベルで威力と速度が両立しているし、もし止まったら即座にあの炎にやられてしまうだろう。

 俺は常に動き続けてなければならない。苦しい戦いになりそうだ。


「だけど、対応しきれないほどでもない」


 再び飛来してくる炎を避けつつ、俺は魔力を地面へと流し込む。

 そして、地面へと流れた魔力をエルギールの足元へ。


「【隆土】」


 突如としてエルギールの足元の床が隆起し、下から土の牙が現れた。

 しかしそれはエルギールには直撃せず、一歩動いただけで容易く避けられてしまう。


「なるほど、地面からか。だけど、僕が魔力の流れに気づかないとでも?」

「いいや。一瞬意識を持ってってくれればよかったんだ」


 その一瞬があれば、俺はエルギールの不意をつける。

 足元の【反壁】を蹴りだし、俺はエルギールとの距離を詰める。


「ここで決める!」

「させないよ!」


 エルギールが両腕を天に上げる。

 その頭上には、先ほどまでより数段大きな炎の塊が顕現していた。

 まるで太陽を間近で見たかのような熱気と迫力だ。

 あれを喰らったらさすがに負けは確実だろう。


「これで終わりだ。この勝負、僕の勝ちだ」


 そしてエルギールは腕を振り下ろす。

 その動きに呼応して、炎塊が俺を標的と見据えて落下してきた。


 それを見据えて、俺は笑う。

 計画通りだ。

 不意をつかれて接近されれば、誰だってとっておきを使いたくなる。

 それは誰だって変わらない。俺だって、エルギールだって。

 そしてそこを、俺が突く。


「【暴食】」


 呟きと共に、眼前に漆黒の円が現れる。

 一点の光も見えぬほどに黒く塗りつぶされたその円は、降り注ぐ炎を丸々呑み込んでしまった。


「なっ……!?」


 エルギールが初めて動揺した声を出す。

 それも当然だろう、勝ちを確信して放った魔法が忽然と消失したのだから。


 何日もかけて身に付けた新しい罠魔法。

 太陽の如き炎の塊がエルギールのとっておきだとするならば、この【暴食】が俺のとっておきだ。


 効果は単純。時空を曲げて、この口に入ったものをこの場から消す。

 それがどんなに威力の強い魔法でも関係ない。【暴食】は攻撃魔法でも防御魔法でもなく、ただ向かってきたものを異空間へと送り込むだけの魔法だからだ。

 様々な属性が使える代わりに魔法の強度が弱くなってしまう弱点さえも克服した、俺の最高傑作である。


「エルギール。この勝負、俺の勝ちだ」


 先ほどエルギールの炎を呑みこんだ黒い円。

 もう未だこの場に留まり続けているのはなぜか。

 ――【暴食】の真価はここからだ。


 俺は【暴食】を解除する。

 それに従い、消えて行く黒い円。だがそれと引き換えに、円は先ほど飲み込んだ炎の塊を吐き出す。

 これこそ【暴食】の真価。

【暴食】を解除した際、それまでに吸い込んだ物を勢いそのままに俺の思い通りの方向に射出する魔法なのだ。


「いっけ!」


 俺は炎を迷うことなくエルギールに向けて射出する。


「くっ!」


 とっておきを無効化されたショックからか、エルギールは致命的に反応が遅れ、俺が放った炎に包まれた。


「ふぅ……」


 俺は安堵のため息を吐く。

 一か八かの賭けだった。

 エルギールが一発で決めに来てくれなきゃ、隙の多い【暴食】を使うにはリスクが大きすぎる。

 なんとか不意をついたおかげで上手くいったけど……ともかく、成功してよかった。

 これで、この勝負は俺の勝――


「やるねリュート君。さすがは僕の生涯のライバルだ」

「……は?」


 聞こえるはずのない声が聞こえてきたぞ……?

 あり得ない、あんな炎を浴びれば誰だって無事じゃいられないはずだ。

 目を凝らして未だ燃え盛る炎を見る。


 炎の中の人影は段々くっきりと縁をとり、そしてマントを翻しながら俺の前に再び現れた。


「さすがにこれだけの炎を操るのは至難の業だね。少し火傷してしまったよ」

「なっ!? あの炎を受けて、その程度の……!?」


 というか、操る……操る!?

 そんなことは無理なはずだ。

 一度【暴食】に吸い込まれた時点で、あの魔法とエルギールとの繋がりは切れたはず。

 となると、考えたくないが可能性はこれしかない。


「エルギール……まさか君、赤の他人の火魔法でも操れるとか言い出さないよね?」

「火魔法で特進クラスに入る、その意味が分からない君じゃないだろう?」


 逆に質問を投げかけてくるエルギール。

 それはつまり「操れる」と言っているに他ならなかった。

 エルギールを見くびっていたとは思わない。俺はむしろ自分を格下だと思って特訓してきた。

 だけどこれは、俺もさすがに驚きを隠せなかった。


「まさか僕の魔法を逆に利用するとは、正直心底驚かされた。……だけど、僕の名前を忘れたのかい?」


 唖然とする俺に、エルギールは不敵に微笑む。


「僕はエルギール。エルギール・フォン・イストレア。――覚えておくと良い。君を倒す男の名だよ」


 そう言って、エルギールは再び炎を創造した。


 まずい、まだ【反壁】の用意が……!

 急いで移動の準備をする俺だが、それよりも早くエルギールの魔法が俺を焼く。


「ぐぁあああっ!」


 日常生活では絶対に感じることのない熱さ。

 それを浴びた俺は一瞬意識が飛びかける。

 そしてそこに、容赦ない追撃が飛んでくる。


「悪いけど、手加減はしないよ」

「【反……壁】……っ!」


 俺は狂ってしまうほどの熱を感じながらも【反壁】を発動した。

 そして続けざまに何度も【反壁】を使用する。

 あと一発でも喰らったら多分俺はもう駄目だ。

 これがおそらく、最後のチャンス……っ!


 逃げ惑う俺に、エルギールは追撃の手を緩めない。

 俺はルルナと戦った時の経験を活かして目線のフェイクを入れるが、それさえも見破られているようだ。

 だんだんと【反壁】の移動速度にまで対応してきつつある。

 なんて適応速度だ。俺は苛立たしさを隠さずにエルギールを睨みつける。

 エルギールはそれを涼しげな顔で受け止めた。


「僕は負けられないんだ。なぜかって? 僕は期待されているからね。それに応えるのは貴族の責務さ」

「俺にだって期待してくれる人はいるんだ」


 苛立たしい。自分の弱さが(・・・・・・)、ひたすらに苛立たしい。

 だけど俺にもいるんだ。期待してくれる人は、俺にも。

 意識さえ朦朧とする頭。

 だからこそ俺の五感は鋭さを増し、仲間の声を聞き取ってくれた。


「ファイトだリュート殿!」

「頑張れリュートくん! ケロ!」

「リュート、頑張って……!」


 三人の声が聞こえる。それだけで力が湧いてくる。

 負けられない! 負けられない! 負けられない!


「負け……られないっ!」


 腹の底から声を出す。

 気力を振り絞り、さらにそこから振り絞る。

 それを見たエルギールは追撃を中止した。

【暴食】を使ったせいで残りの魔力が少ない俺も、足元に魔力を用意しながら立ち止まる。

 立ち止まった俺を、エルギールは真っ直ぐに見据えた。


「君は貴族ではないが……それと同等の精神を持っている。尊敬するよ」


 そう言って一瞬笑い、すぐに戦闘態勢に戻る。


「……だが、それでも勝つのは僕だ! 僕が貴族である限り、僕に負けは訪れない。それだけの責務が、そして民衆の期待に応える義務が僕にはあるからね」


 そして炎の塊が撃ち放たれる。

 足元に仕込んだ魔力でそれを避けようとした俺は、咄嗟に閃いた。

 展開しつつあった【反壁】を放棄し、エルギールの炎と真っ向から向かい合う。


「俺にだって譲れないものがある。ここは負けちゃいけないところだ。勝たなきゃいけないところなんだ!」


 轟々と燃える炎が、俺の身体を内側から燃やしていく。

 熱い、だが諦めない。


 今まで目標も持たずに生きてきた。

 ただ楽しければそれで良かった。

 冒険者学園に入ったのも大した理由じゃない。初めてできた友達と離れたくなかっただけだ。

 だけど今日、今、この瞬間だけは、確固たる目標がある。


「エルギール……俺は、お前に、勝つ……」

「……僕が勝つ。これは絶対だ」


 地面に這いつくばった俺が発する言葉を、エルギールは否定した。


「いいや、勝つのは俺だ」


 ――そしてそのエルギールの言葉を、俺はエルギールの背後で(・・・・・・・・・)さらに否定する。


「なっ、後ろ!?」


 咄嗟に後ろを振り向くエルギール。

 だが、もちろんそこには誰もいない。当然だ、これは罠なんだから(・・・・・・)


「【虚音(うつろね)】……まさか、こんなところで役に立つなんてね」


 振り返ったエルギールの体勢は、今の俺にとって最大のチャンスだ。

 致命的な隙を見せたエルギールが元の体勢に戻る前に、俺は【反壁】で無理やり自分の身体を浮かせる。

 目指すはエルギール、直接触って罠を発動させれば俺の勝ちだ。

 だが、エルギールも即座に俺の方に意識を戻し、炎魔法を準備する。


 捨て身で突っ込む俺と、火魔法で迎撃するエルギール。

 差はほんの一瞬だった。

 ほんの一瞬、エルギールの方が速かった。


 エルギールの右腕に炎が収束し、そして膨張する。

 終盤とは思えないほどの威力の炎の塊が、エルギールの眼前まで迫った俺に向けて撃ち放たれた。

 エルギールが勝ちを確信し、表情を一瞬緩ませる。


「【反壁】」


 俺の口は無意識に、幾度となく唱えた魔法を口にしていた。

 方向を転換し、俺の身体は上へと跳ぶ。

 俺とエルギールを結ぶ最短距離を飛来した炎は、俺の爪先をかすっていった。

 そしてエルギールの背後に着地した俺は、【伏雷】を潜ませた自らの右手をエルギールに伸ばす。


「これで、終わりだぁっ!」

「くっ!?」


【伏雷】により、エルギールの動きが止まる。

 その隙に、俺はありったけの罠魔法をエルギールへとかけた。


「まだ……やる?」

「……いいや。降参する。僕の……負けだ」


 エルギールの声が、修練場に響きわたった。

 そしてそれとほぼ同時に、俺は意識を失った。

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