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25話 戦いの幕は上がる

 そして決戦の日。

 舞台は修練場だ。

 一歩足を踏み入れると、すでにエルギールが俺を待ち構えていた。

 金髪を手で流しながらエルギールは不敵に笑みを見せる。


「やあ、よく来たねリュート君」

「おはようエルギール。それよりなんかすごい人集まってない?」


 俺は修練場を見渡す。

 修練場の二階、普段ほとんど使われていない観戦スペースにはところ狭しと人々が混み合っていた。

 元々二階席は解放するって話だったけど、こんなに人が集まってるのはさすがに予想外だ。


「僕の美麗な戦い方が見たいようだね。まったく、困った子猫ちゃんたちだ」

「子猫ちゃん……?」


 男女比半々くらいなんだけど、エルギールには女の子しか見えていないのだろうか。……見えてなさそうだなぁ。

 エルギールは俺と戦う気負いなど全くないかのように軽やかに投げキッスを披露する。


 俺は耳を澄ませて観客たちの声を聴いてみた。


「特進クラス同士の戦いなんて滅多に見れるもんじゃないからな。勉強しないと」

「ケッ、どうせ大したことねえぜ。俺は笑ってやるために来たんだからな」

「キャー、エルギール様カッコいい!」

「あんた正気? あんなの痛いだけじゃない。それより早く血が見たいわ」


 なんか観客の思惑がバラバラだな。ヤバそうな人もいるし……。

 って、ヤバい。こんだけ多くの人に見られてると思ったら、ちょっと緊張してきたぞ……?

 駄目だ駄目だ、リラックスしなきゃ!

 こんなことでコンディションを崩すようじゃエルギールに勝てない!


「すぅぅー……」


 俺は胸いっぱいに息を吸い込む。

 気持ちを入れ替えるんだ、俺。勝手に追い込まれてちゃ世話ないぞ。

 下を向くな、前を向け!


 俺は目線を上へと上げる。

 すると、視界に見覚えのある三人が映った。


「あれは……」


 ここ数日ずっと訓練に付き合ってくれたルルナたちが、二階の観客席から身を乗り出していた。


「頑張れリュートー!」

「特訓の成果を見せるでござる!」

「ケロ~!」


 その姿を確認した俺の口から、思わずフッと笑いが漏れる。


「なんだ、リュート君は随分余裕があるみたいだね」

「投げキッスしまくってた君には言われたくないよ。……でも、そうだね。ちょっと余裕ができた」


 皆が俺の背中を押してくれている。

 俺の背中には皆がいる。

 そう思うだけで、感じていた緊張感はどこかに飛んで行った。


「いい顔だ。さすがは僕の生涯のライバル」

「そんな大層なものになったつもりはないんだけどね……」

「もっと誇らしげに吹聴してくれていいんだよ? 僕のライバルになんて、なろうと思ってもなれるものではないんだから。僕のハートを射止めなきゃね」

「そのキャラ貫くのってすごいね」


 俺にはできないや。


「きゃ、キャラじゃないよ、本心だよ」

「ちょっと動揺してるじゃんか」

「ぐっ……。やるねリュート君、舌戦も強いとは!」

「戦ってるつもりもなかったけど……」

「ああ、そうなのかい? なら君は性格が悪いんだね」

「はぁあ!? なんでそうなるのさ!?」


 突然性格悪いことにされたんじゃ、冗談じゃないぞ!


「だって無自覚に僕を動揺させるなんて、性格が悪くなきゃ無理だ! だから君は性格が悪い!」

「君がガラスのハートなだけなんじゃないの!」

「僕のハートは……皆のものだよ! ん~っ、チュッ!」

「すごいな君は」


 どうすればそんな自信過剰に振舞えるんだ。

 そんな風に観客席に投げキッスを振りまける君が、俺は少し羨ましいよ。


 呆れ半分感心半分で見つめていると、エルギールが俺を見た。

 俺の感情を見透かすかのように、蒼い目でジッと俺を見る。そしてニコッと笑った。


「なんだいリュート君、そんな眼で見て。僕の投げキッスが欲しいなら言ってくれればすぐにやるのに」

「そんなことは一片たりとも思ってないので大丈夫です」

「ん~、チュッ!」

「ちょっ、だからいらないって言ってるでしょ!?」


 本当に人の話聞かないなコイツ!




 投げキッスが一通り終わったところで、エルギールは手の平を伸ばしながら俺と向かい合う。


「さ、やろうか」

「そうだね」


 今日の目的はエルギールと戦って、勝つことだ。

 目の前の気障な男が俺より強くったって、負けるわけにはいかない。


「……悪いけど、負ける気はないから」


 そう呟いた俺に、エルギールは微笑む。


「いいや、別に悪くなんてないさ。僕も負ける気なんてサラサラない」


 上等だ。特訓の成果、みせてやろうじゃないか。


「それで、開始の合図はどうするの?」

「僕が頼んだ勝負だからね、先手は譲ろう。君の魔力が漏れたのを感じた瞬間に試合開始でどうだい?」


 そう提案してくるエルギール。

 俺にとっては良い条件だが……。


「いいの? 後悔するかもよ?」

「僕は貴族だ。そんなことを言い訳にしたりはしないさ」

「じゃあ遠慮なく……」


 俺は魔力を練り上げる。

 さあ、負けられない戦いの始まりだ。

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