23話 得た物
そして放課後。
貸し切った修練場で、俺はバギランと向かい合う。
「エルギールとの戦いのこと、聞いてますか?」
「ああ、聞いたぜ。あれだろ? 勝ったらA組にいれろとかいうよくわからんやつ。まあうちの学園面白そうなことはすぐ許可しちまうからな」
やはり学園側がエルギールの申し立てを許可したのは本当のことのようだ。
だとすると、俺は絶対に負けられないってことか。
「まあ自分にとってどうでもいいものが、他人にとってもどうでもいいかって言ったら違うからな。あいつにとっては『A組』って名称は大事なんだろ」
「何についても一番になりたいって気持ちは、冒険者にはある程度は必要だ」と、バギランはエルギールを擁護するような発言をする。
だけど、A組が大事なのはエルギールだけじゃない。
「でも、俺にとってもA組は大事なんです。その名前がじゃなくて、A組の皆が」
「なら、勝つしかねえだろ」
先生の言葉は正論だった。
たしかにすでに学園にも認められている以上、俺は勝つしかないのだ。
「お前は冒険者見習いだ。将来は命を懸けて戦うことになる。いい練習だと思っておけ」
これがプロと素人の考え方の違いなのだろうか。
俺には練習だなんて思えない。ルルナたちと別れることになるのは辛い。
この学園をでた後は、基本的にその組のまま活動することがほとんどだと聞いた。
一緒にいた時間が長ければ、自然とチームワークも生まれてくる。そしてそのままチームになる。そういうパターンが多いようだ。
つまりここで負ければ、俺は高確率でルルナたちとはパーティーを組めなくなってしまう。
B組の人たちがどんな人なのか、俺は知らない。
もしかしたらすごく良い人たちなのかもしれない。すごく波長が合うかもしれない。
でもルルナたちは、俺にとて初めてできた仲間で、そして俺の大事な大事な友達だ。
子供じみていると言われようとも、彼らと別れることになるのは嫌だった。
「さあ、来いよ。お前の成長を俺が直々に計ってやる。ただし、俺も手加減はしねえから覚悟しとけよ?」
バギランは黙り込んだ俺に手をクイクイと動かし俺を煽る。
そうだ、勝たなければいけないのなら、俺はもっと強くならなきゃ駄目だ。
そのためのチャンス、ここは絶対に逃さない。
「行きます……!」
俺はそれだけ言って、口を閉ざす。
バギランとの戦いが始まった。
バギラン先生相手に遠慮なんかする余裕はない。
俺はまず全身から魔力を放出し、自分の周りに複数の罠を仕掛ける。もちろん地面だけでなく空中にもだ。
これでひとまず守りは万全――
「なあリュート。これしきで俺が止まるとでも思ってんのか?」
肉体強化魔法を使用したバギランは、俺が仕掛けた罠に真っ向から突っ込んできた。
【狂風】【忍氷】【隠炎】……その全てを一身に受け、なおもバギランは俺へと直進してくる。
ば、化け物か!?
「くっ! 【反壁】!」
反壁を利用し後方へと下がる。その速度は肉体を強化しているバギランとほぼ互角。
俺は逃げながら自分とバギランとの直線状に罠を仕掛けていく。
「へっ、これで俺がビビるとでも思ったか?」
だがそれすらも何でもないとでも言うかのように、バギランは俺の罠を踏み倒しながら俺を追ってきた。
逃げる俺と追うバギランとの距離は縮まりもしないが離れもしない。
ヤバすぎる、肉体の頑丈さが想像より一段も二段も上だ。
あっという間に修練場の端、左右を壁で塞がれた場所まで追い詰められてしまう。
「うおおお!」
バギランは雄叫びと共に拳を構える。
アレを喰らったらひとたまりもない。ならどうする!?
今必要なのはなんだ!?
――決まってる、勇気だ!
「ああぁっ!」
俺は逆に前に身体を進め、バギランとの距離を詰めた。
そして自らの右手に【反壁】を潜ませ、バギランが俺を殴るべく引いた拳を迎え撃つ体勢を整える。
「らあぁあっ!」
「ここだっ!」
俺は振るわれた拳の出所を右手で受け止めた。
受けることも避けることもできないのなら、十分な威力が乗る前に止める。俺が助かる方法はそれしかない。
まだパワーが乗る前あらば【反壁】で充分押し返せる!
そう考えての咄嗟の前進だった。
案の定俺の右手はバギランの拳を跳ね返――せない!?
「うおおぉぉらぁっ!」
バギランの放った体重の乗りきっていない拳。
中途半端な威力のはずのそれですら、俺の【反壁】の強度を超えたものだった。
【反壁】は破壊され、俺はそのままバギランの拳を受ける。
「~っ! ガハッ!」
なんだこれ、死ぬほど痛え……っ!
腹に拳を受けた俺は一瞬で意識を刈り取られたのだった。
「おう、起きたか」
気が付くと、俺は床に転がっていた。
「あ、先生」
上体をあげて声のした方を見ると、バギランも隣に寝転がっていた。
それを確認するのと同時に、腹に痛みを感じる。
「っ……」
「悪い、さすがに本気出し過ぎた」
バギランによると、救護医を呼んで治療してもらったものの、痛みは翌日まで残るだろうとの話だ。
気にしているのか、バギランは申し訳なさそうな顔をしている。
「いえ。そうしてほしいと言ったのは俺ですから」
本気のバギラン先生相手に翌日までの怪我なら上場だろう。救護医の人に感謝しなきゃな。
そう思う一方で、気分は明るくなれない。
俺とバギランの間にここまで差があるとは思っていなかった。
俺の武器は何も通用しなかった。
【伏雷】、【隠炎】、そうした魔法はもちろん、俺の主力だった【反壁】さえほとんど意味をなさなかった。これでは駄目だと策を弄しても、意にも介されられず力で蹂躙された。
完敗。これ以上ないほどの完敗だった。
……あー、くっそ。悔しいな。
正直勝ち目なんてまったく見えなかった。なんとかして勝ってやろうと思っていたのが、ものの数秒でまだ負けたくないに変えられた。つまり俺は、心でも負けていたのだ。
涙を溜めこんでいるのを見られたくなくて、俺はバギランと反対側を向く。
照れているとかそういうんじゃなく、ただ嫌だった。
そんな俺を見かねたのか、背後からバギランの声がかかる。
「あの場では俺とお前はただの敵同士だった。お前がどう思っていたかは知らんが、少なくとも俺はそう思いながら戦った。……だがなリュート。今の俺はお前の教師だ。何か相談があるなら聞くぞ?」
振り返った俺に、バギランはグッとサムズアップをした。
俺はまだまだ未熟だ。
でも恵まれた。いい友達に、良い教師に。
「俺は……。……もっと強くなりたいです……もっと、もっと強く!」
バギランの目を真っ直ぐ見据えて、俺は言った。
バギランはコクンと一度頷いて話を始める。
「お前の【反壁】はたしかに便利だが、専門の反射魔法の使い手と比べたらその強度ははるかに弱い。それだけをあまり過信しすぎるのもどうかと思う」
俺はバギランの言葉を素直に受け入れる。
たしかにそうだ。色々な属性の罠に手を出している俺よりも、一つの属性を極めている人の方がその属性については詳しくなる。
なら、俺はどうしたらいいんだ?
いや、そんなこと決まってる。一つの属性で勝てないのなら、総合力で勝てばいい。
つまり俺の武器は――
「そう、お前の武器はその多様性だ」
バギランは満足そうに頷いた。
「それとその魔力量もな。だが、その分一つ一つは専門の魔術師には敵わない。そこをもっと柔軟に考えろ。……俺から言えるのはそのくらいだ、あまり一人をひいきする訳にもいかないからな」
「はい! ……先生、ありがとうございました!」
自分の長所と短所、それがよくわかった。
本当にありがたいアドバイスだ。
俺はバギランに頭を下げる。
「よせよリュート。俺は教師だ、当然のことを言っただけだ」
バギランは照れたように頬を掻いた。
修練場から続く廊下。
俺はバギランと共にその廊下を歩いていた。
「先生は凄いですよね。さっきの先生を俺の罠で止められる気がしませんよ」
エルギールとの戦いも、今使える罠の種類だけでは駄目かもしれない。
もう少し多くの罠を使えるようにならないと。
「俺を止めたいんだったら時空でも歪めてみせろ。話はそれからだな。ガッハッハッ!」
粗暴な笑みを見せるバギラン。
その言葉を聞いて、俺の頭に閃光が走った。
「そうか……! わかりました、ありがとうございます先生!」
「そうか、なにかわかったか。俺としても楽しい戦いができて満足だ。これは俺からの礼だ、とっておけ」
「礼、ですか……?」
困惑する俺の目の前で、バギランは「すううぅぅぅー……」と大きく息を吸い始める。
……待って、これはまさか……。
「うおおおぉぉぉぉおおお!」
「ちょっ、こんなお礼はいりませんからぁっ!」
ああ、耳が! 耳がガンガンするぅっ!
バギランと別れた帰り道、俺は浮き足立っていた。
手ごたえはつかんだ。
強度や威力が弱体化するなら、弱体化しても問題ない魔術を使えば良かったんだ。
本気の先生と戦って得た経験は、俺の中でとてつもなく大きいものだった。




