21話 正論
沼を出た俺たちは王都の前の公衆浴場で泥を洗い流し、再び王都の中に戻ってきた。
大抵の都市には、門の近くに公衆浴場が設置されている。魔物を狩った後って結構匂い残ってたりするから、冒険者たちからの要望で作られたみたいだ。
ちなみに公衆浴場と言ってももちろん男女は別である。ちょっと残念だなんて思ってない。……断じて思ってない。
俺たちは今、依頼人が働いている保育園へと向かっている。
本来こういった依頼はギルドに届ければ完了なのだが、今回は特例の為直接届けに行くことになっているらしい。
「依頼を出しているのは同じ人間なんだということを肌身に感じてもらうためだ」と前にバギランが授業で言っていた。
たしかに依頼書だけだと、その裏にいる依頼人の顔は見えてこないからな。それを自覚することは冒険者にとってとても大事なことかもしれない。
「今回の殊勲者はペティーシェだな。よくやった」
バギランがペティーシェを褒める。
「うん、すごいよペティ!」
「頭の回転が速いでござるな」
「俺には絶対思いつかなかったと思うよ」
「ゲロゲロゲロー。たまたまケロ。ゲロッパ!」
口々に褒められたペティーシェは心なしか嬉しそうだ。
水かきのついた手でカエルのフードを深くかぶり直す。照れた顔を見られたくないのだろうか。かわいい。
「それに比べてボクは全然役に立てなかったなぁ……」
ルルナが落ち込んだ声を出した。
たしかに今回の依頼でルルナが倒した魔物の数は、俺とツルギに比べると一段落ちる。
だけど、それはある程度仕方ないところもある。なにせルルナには攻撃用の魔法がないのだから。
いくらルルナが強くても、肉体強化魔法の使用者でもない限り肉弾戦では倒せる数には限度がある。
「ルルナは俺たちの切り札だからね。気にする必要ないって」
俺は気を落とすルルナにそう声をかけた。
実際ルルナがいなかったら俺たちは林間遠征のあの得体のしれない魔物に殺されていただろう。
ルルナがいたから、今俺たちは生きていられるのだ。
「格上の攻撃を防げるのはルルナの無効魔法だけでござるからな」
「ルルナさんはおいらたちの守護神ケロ。まるでケロリーナだケロ」
「誰にでも向き不向きはある。それでもお前は特進クラスに選ばれたんだ。自信を持て」
「あ、ありがとう皆、先生……! ボク、頑張るよ!」
俺たちの励ましに、ルルナは目を潤ませながら胸の前で拳を握った。
ケロリーナってのがなんだか気になるんだけど……ルルナもペティーシェも嬉しそうだし、なんでもいっか!
保育園へとやってきた俺たち。
そこでは子供たちがグラウンドを縦横無尽に駆け回っていた。
思わず圧倒されてしまうほどの元気だ。
俺たちを代表して、ペティーシェが依頼人に指輪を手渡した。
受け取った依頼人は震える手でそれを握りしめる。
「あ、ありがとうございます……っ! これ、私のお婆ちゃんが私にくれたもので、今はもうどこにも売ってないんです。本当になんてお礼を言えばいいか……」
「いえいえ。俺たちはまだ未熟者ですから。むしろまだ学園生の俺たちでもいいという条件をだしてくださってありがとうございます」
もちろん依頼主の許可がなければ、まだ未熟者の俺たちに依頼を受けることはできない。
今回依頼を受けられたのは、この人が「学園生でも可」と言ってくれたからなのだ。
「冒険者学園の生徒さんたちは皆優秀だと聞いてますから」
「俺たちもその名に恥じないように頑張ります」
そうか、依頼が舞い込んできたのは俺たちの手柄じゃなくて、今まで数年、十数年にわたって積み上げられてきた学園の信頼があってこそなんだよな。
それを失う結果にならなくてよかったと俺は安堵する。
もしも失敗していたら、来年の後輩たちに迷惑をかけることになってたってことだからな。
いやー、よかったよかった!
「本当にありがとうございました!」
依頼人の女性に頭を下げられ、礼を言われる。
大人からこうして頭を下げられるなんて初めての経験で、だからこそ依頼人の人の嬉しさが本当に伝わってきた。
きつかったけど頑張ってよかったな、と心底思う。
「これで依頼は完了だ。初めての依頼にしちゃ上出来だぞ」
そうバギランが纏めたところで、保育園の少年が俺たちに声をかけてきた。
「あ、お兄ちゃんだ!」
お兄ちゃん?
この中で男なんて俺とバギラン先生しかいないし、俺に弟はいない。
……ということは。
「バギラン先生、随分年の離れた弟さんがいらっしゃるんですね」
「いるわけねえだろ。俺は今年で四十だぞ」
ってことは……俺?
いや、俺にも弟なんて……と、そこまで考えたところで少年と目が合う。
「ああ、あの時の!」
「久しぶりだね、お兄ちゃん!」
そこにいたのは、いつか膝を治療してあげた少年だった。
「君、ここの保育園に通ってたんだね」
元気そうな顔をみれて安心した俺は、少年に笑顔を向ける。
「そうだよ。……あっ、もしかしてお兄ちゃんもここに通うの!?」
「いや、お兄ちゃん十五歳だからなぁ……」
さすがに保育園には通えないなぁ……。
「ジェル、誰その人?」
少年――ジェルというようだ――の友達らしい子が、俺を指差して言った。
「この人はお兄ちゃん。お兄ちゃんは凄いんだよ! 頼りになって面白くって、できないことなんてないんだからっ!」
少年の中の俺が超すごい人になってる!?
そこまで凄くないよ俺!?
「ジェルのお兄さんなの?」
「違うよ? この人の名前は……お兄ちゃん、誰?」
「あ、リュートです」
そっか、名前を伝えてなかったんだった。
俺の名前を聞いたジェルは、友達に自慢げに言う。
「お兄ちゃんはリュートっていう名前で、将来は国王様になるんだよ! ね、お兄ちゃん?」
「あ、あはは……」
ならないし、なれないよ……?
「国王様になるんだったら、なんか面白いことやってよ」
!? どういうことだかさっぱりわからないけど、このままだと俺が何かやらされる流れになるぞ!?
そ、それだけはなんとか阻止を――
「いいよ! お兄ちゃんはなんでもできるんだから! ね、お兄ちゃん!」
ジェル君からの信頼が重たい。そんな笑顔で言われたら断れないじゃんか!
「わ、わかった。なんか面白いことやるよ」
「おお! 楽しみだよリュート」
「わくわくでござる!」
「ゲロッパだケロ~」
楽しむ気満々だな君たち。
というかルルナは困っている俺を楽しんでるよね? 顔見ればわかるんだよ?
「息抜きにゃ丁度いいか。頑張れリュート」
先生まで……。俺の味方は誰もいないのか……!
今現在俺のいる前には、保育園の児童数十人とルルナたちが行儀よく座り、俺に期待の眼差しを贈っている。
後は帰るだけだと思ってたのに、なんだか大事になってしまった……。
といっても、俺はただの冒険者見習いの十五歳だ。
何ができると言われれば、俺にできるのは罠魔法しかない。
だから、これでなんとか楽しませる!
俺はそう決意し、木の箱に入れられていた人形を手に取る。
きっと共用の遊び道具なのだろう。これをありがたく使わせてもらうことにする。
「じゃあ、やります」
俺がそう言うだけで、即席の客席からは拍手が飛ぶ。
そんなに期待されても俺はただの一般人なんだけど……。
いや、意識しちゃだめだ!
「えーっと、じゃあこのお人形さんを見てください」
俺は主に園児たちに向けて話しかける。
あのルルナたちのことは考えない。考えたら恥ずかしくて「お人形さん」なんて言ってられないし。
「このお人形さんが話したいと言うので、今から少しの間喋らせてあげたいと思います」
子どもたちが興味津々といった目で人形を見る。
俺は口元を手で隠し、罠魔法を使った。罠の名前は……そうだな、【虚音】とかでいいか。
あ、そうだ、声も変えなきゃな……えーっと、こんな感じかな?
「コンニチハー。皆、元気デスカー?」
「わぁ、お人形さんが喋った!」
子供たちは盛り上がってくれる。
素直な子ばかりでよかった。
しかし、見ていた子供たちの幾人かは俺を指差し疑問を漏らした。
「でも口押さえてるじゃん。あの人が喋ってるんじゃないのー?」
なるほど、たしかにそう思うのも無理はない。というか実際俺が喋ってるしね。
だけど、俺は魔術師だ。
俺は人形を机の上に置き一歩ずつ歩きだす。そして人形を挟んで児童たちの背後に回った。
そして声を変えることを意識して、口を僅かに動かす。
「僕ハアノオ兄チャンジャナイヨー」
その声は紛れもなく人形の方から聞こえた。
「あの人が動いたのに、声の場所は変わってない……ってことは!」
「すごい、本物だ! 本当にお人形さんが喋ってるんだ!」
よかった、皆本当だと信じてくれたみたいだ。
こうして俺の謎の発表会は成功に終わったのだった。
「そこそこウケて本当によかったよ。あれで滑ってたらと思うと寒気がする……」
保育園からの帰り道、俺は軽く愚痴をこぼす。
ジェルを恨むつもりは毛頭ないが、さすがにあんな無茶ぶりは勘弁してほしいと言うのが本音だ。
ちなみにバギランは仕事があるらしく学園に一足早く帰ってしまったので、今はA組の四人で歩いている。
「それにしても、あれどうやってたの? 本当に人形が話してるみたいだったけど」
そう聞いてきたのはルルナだ。
「ああ、ちょっと新しい罠魔法を創ってみたんだ。簡単に言うと『魔力を送り込んだ場所に俺の声を移動させる魔法』みたいな感じかな?」
多分改良すれば俺の声以外も移動させられるようになると思うけど、それはさすがにすぐには無理だ。
「ちょっ、ちょっと待って。創ったって……あの場で?」
俺の答えになぜかポカンと少し間抜けな顔をするルルナ。
いや、ルルナだけじゃない。ツルギもペティーシェも同じような顔をしている。
「? そうだけど?」
「そんなことってできるもんなの!?」
「いや、普段はさすがにできないけど、今回はすごい単純な仕組みだったしね」
さすがに【隠炎】とかそのレベルの魔法を創るのは月単位でかかる。
今回のは殺傷能力もなく、ただ喋った言葉を別の場所から流すだけの単純なものだったから上手くいっただけだ。
そんな説明をしたのだが、三人の驚いた顔は変わらない。
「キミって天才なんじゃない……?」
「天才なんて畏れ多いよ。でもありがとう」
「やっぱりリュート殿は凄いでござるな。さすがに言葉が出ないでござる」
「ツルギもありがとう。褒めてくれて嬉しいよ」
「リュート君はきっとカエル遺伝子を引き継ぐスーパーカエルに違いないケロ!」
「うん、それは全然違うから」
第一スーパーカエルってなに?
まあともかく、これで初依頼は達成か。
「なんか無性に頑張らなきゃって気がしてくるよな、あんなに感謝されちゃうと」
俺の言葉に頷く三人。
その目をみれば、同じことを思っているのは一目瞭然だ。
俺が口を開きかける。
その瞬間、ツルギが俺より一瞬早く言った。
「よーっし、明日から頑張るでござる! 皆、一緒に頑張るでござるよ!」
「あ、それボクが言いたかったのにぃ!」
「俺だって言いたかったんだけど!」
「こういうのは早い者勝ちでござる」
くっそー、出遅れた!
でも次こそは――
「ケロー……誰が言うかじゃなくて、実際に頑張るかどうかが大事だと思うケロ」
突然のド正論やめてくださいペティーシェさん!




