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20話 依頼

 教室に入ってきたバギランは、開口一番大声で言い放つ。


「というわけで、今日は依頼を受けてもらうぞ! 実践だ!」


 これには俺も口を出さずにはいられない。


「先生昨日焦ることなくって言ってましたよね? 実践はあとでもいいって言ってましたよね?」

「なんだ、怒ってるのかリュート?」

「いえ、別に怒ってる訳じゃ……」

「そういう時はな、吠えろ。うおおおおおおおお! ほらな?」

「何がほらなんですか先生」


 全然理解できないんですけど。


「なるほど、勉強になるでござる!」


 すかさずノートにメモを取り始めるツルギ。

 君は先生を甘やかしすぎだぞ!


「それで、何がほらなんですか?」

「まあ安心しろ。お前らだけでほっぽり投げるようなことはしねえさ。俺も同伴する」


 完全に無視されたな俺の発言。

 でもまあ、そんな内容ならたしかに安全か。

 そんなことを思う俺の横で、ルルナが手を上げる。


「先生、でもボクたちってまだ『冒険者』じゃないですよね? 依頼を受けてもいいんですか?」


 ルルナの言う通り、俺たちはまだ冒険者としての資格を持っているわけではない。

 資格がないまま依頼を受けることはできないはずだ。

 ルルナの質問に、バギランはうんうんと首を縦に振る。


「ああ、こっちで手続きしてるからな。学園の生徒は毎年特例で依頼を受けられることになってんだ」


 なるほど、これも学園に入るメリットってことか。


「少ないが成功報酬も入るからな。それからこの依頼を成功させれば、『仮免許』が発行される。これがありゃギルドで街中での依頼なら受けられるようになる代物だ。もちろん非戦闘系に限るがな」


 仮免許か。

 それがあれば生活には困らなくて済むな。依頼を受けてお金が貰えるってことだし。

 これはいっちょ、やるしかないな!






「それで、今回の依頼ってなんなんですか?」


 学園を出た俺たちは、王都をバギランに続いて進む。

 その最中、俺はバギランに尋ねた。

 依頼の内容が分からなきゃやりようがないからな。


「なんでも思い出の品を沼の中に落としてしまったらしくてな。それを探してほしいってことらしい」


 バギランは歩きながら俺に写真を見せてくる。

 これは……指輪かな? そこには白い指輪が映っていた。


「この指輪を沼の中に……ですか?」

「ああ、そういうこった。その沼には魔物もいるからな、気を抜くなよ」


 なるほど、そりゃ「依頼」だもんな。そう楽々と終わるわけはないか。

 俺たちの間に軽く緊張が走る。

 俺たちにとっては初めての依頼だ。

 ただ戦うのとは違う、俺たちは今から人のために戦うんだ。

 それを自覚した分、肩にかかってくる重圧は重いものになる。


「……まあ、林間遠征の時のやつらよりかは弱い。お前らならまず大丈夫だ」


 顔がこわばった俺たちを見て、バギランはそう付け足した。


「……先生って、もしかしてモテます?」


 これだけ気配りができるなら、相当モテそうだよなぁ。顔は厳ついけど、ワイルド系と言えなくもないし。


「お前、随分と余裕だな。普通はもっと緊張するもんなんだが」


 俺の質問に、バギランは意外そうな顔をする。


「いえ、先生の励ましのおかげです」

「ハッ、よく言うぜ」


 そんな会話をしながら俺たちは依頼の場所へと歩いて行った。



 王都をでて少しした場所、そこに沼はあった。


「こっからは俺はよほどのことが無い限り手は出さんからな。お前らの力で依頼をこなして見せろ」


 そう言ったきりバギランは木にもたれかかってしまう。

 ここからは俺たちの仕事ってことか。


 俺は沼の周囲を観察してみる。

 沼の直径は十メートルほど。

 周りには四方数十メートルにわたって木がまばらに生えている。

 視界はよくないが、密集しているというほどでもない分まだマシだろうか。


「だけど、これはちょっと骨が折れそうだ」


 俺は沼を覗き込んで言う。

 その沼は濁りに濁っていて、もはや水というより泥だった。

 手で軽く掬ってみても、ネチャッとした感触だ。……正直ちょっと気持ち悪い。


「ドロドロでござるな……」

「ばっちぃね」


 ツルギとルルナも沼に触った手をブンブンと振って泥を落としている。


「ケロローン」


 ペティーシェだけは沼の近くに座り込み、ペチャペチャと泥を触っていた。

 何してるんだろう……。そう言えばカエルは沼に棲んでるっていうし、何か思うところがあるんだろうか。


 とその時、沼の中から魔物が飛び出してきた。

 ぬめぬめとした体表をした黒い魔物だ。退化しているのか、目はどこにあるのかわからない。


 そいつが泥を吐いてきたので【狂風】を使ってとりあえず魔物を沼から引き離す。

 どんな魔物かわからないが、沼から出てきた以上沼に棲んでいる可能性が高い。

 見た目的にも陸より水中に棲んでいそうだし、この判断は間違いではないはずだ。


「ツルギ!」


 俺は魔物が飛んだ先にいたツルギに声をかける。


「了解でござる!」


 ツルギは金属魔法で操った刀で魔物を一裂きにした。

 たしかにバギランの言う通り、森の魔物よりは弱いみたいだ。

 まだ一体としか交戦してないから油断はできないけど、全部がこのレベルなら負けることもないだろう。

 そうなると問題は魔物の方じゃなくて、探し物の方か。


 俺はもう一度沼を見る。

 日の光でさえおそらく数センチしか届いていないような、こんな泥の中で指輪を探す。

 少々……いや、かなり骨が折れそうだ。

 ……これが学園に回って来た理由って、コストと報酬が釣り合わないからじゃないのか?

 そんな邪推さえしたくなってくる。


 思考を深めていく俺の脳内に、一定のリズムが響いてくる。


「ゲロゲロ……ゲロゲロ……」


 あ、これペティーシェの鳴き声だ。

 俺とツルギがさっきの魔物を倒している間に、ペティーシェは沼の縁で水遊びをしていた。

 半分泥のような沼の水をパシャパシャと飛ばしたり、腕を沼の中に突っ込んだりしている。


「ねえペティーシェ、さっきから何してるの?」


 俺はペティーシェに尋ねる。

 まさか本当に遊んでいるわけでもないだろうけど……。

 俺に声をかけられたペティーシェは、顔をパッとあげて言った。


「……うん、このくらいの沼ならおいら何とかできそうケロ」

「ペティ、なんとかできそうってどういうこと?」


 すかさずルルナの質問が飛ぶ。

 俺もどういう意味か分かっていない。

 きっとツルギもだろう。


 そんな俺たちの前で、ペティーシェは沼に肘まで手を突っ込んだ。

 すると沼が段々と隆起していき、縦に長い円形になる。

 そんな形に変わった沼は、ゆっくりと回転していた。


「おいらが変化魔法で沼をこうやって回していって、落ちた指輪を探すケロ。これならきっと見つけられると思うケロー。だから三人には、沼から出てくる魔物の相手をお願いしてもいいケロ?」


 なるほど、たしかに妙案だ。

 思いつきもしなかったや。やっぱり自分の魔法のことは自分が一番良くわかってるんだな。


「わかったよペティーシェ」


 俺たちはペティーシェの案に同意し、沼から出てくる魔物を対峙する方向に考えを切り替えた。

 沼の形が縦に伸びたことで空気中に露わになった面積が増え、その分魔物も多く湧き出ている。

 俺たちも楽じゃなさそうだ。

 そんな予感を感じながら、【伏雷】を発動した。







 数時間後。

 沼の周りには無数の魔物たちの亡骸が転がり、俺たちは肩で息をしていた。

 思った以上にこれきっつい……!

 魔物は無限にいるのかと思う位湧き出てくるし、沼が光を通さないせいで指輪は全然見つからないし。

 まだ今は立ってられるけど、あと一、二時間で限界がきそうだ……。


「あったケロー!」


 朗報が俺の耳に届いたのはそんな時だった。


「これがあの指輪だと思うケロ。間違いないか確認してほしいケロ」


 さきほどまで疲れすぎて猫背になっていた俺たちは、すぐさまペティーシェの元に集まる。

 その緑色の手に乗っていたのは、紛れもなく探していた指輪だった。


「よし、逃げよう! 先生も、これでいいですよね」


 俺はバギランに声をかける。


「ああ、よく頑張ったな。さすがお前らだ!」


 バギランはサムズアップで俺たちを褒めた。

 そしてペティーシェの変化魔法で沼を元の形状に戻し、俺たちはすたこらさっさと沼から逃げだしたのだった。

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