19話 先生の実力
「くっ、ツルギ!」
目の前で倒れたツルギに向かって声をかける。
しかし、返事はない。
俺はツルギを倒した張本人である男を睨みつけ――
「人の心配している暇があるのか?」
「なっ!?」
一瞬の間に、男は俺の背後へと移動していた。
首の付け根を手刀で叩かれ、俺の意識は刈り取られた。
「まあ、及第点といったところだな」
バギラン先生が今の俺とツルギの戦いをそう評する。
今日の俺たちは、バギランと二対一で戦うという授業を行っていた。
「本気を出した先生ってこんな強いんですか……」
俺は荒い息でバギランに言う。
初見だった入学試験では通用した罠が、二度目の今回は全く通用しなかった。
さすが現役時代に腕を鳴らした冒険者なだけはある。
すでにペティーシェとルルナの組も負けてしまっているし、二連戦なはずなのに当のバギランはまだ余裕そうな表情だ。
体のつくりが俺たちとは違うんじゃないだろうかと本気で思えてくるな……。
「ん? 本気? 俺が?」
不思議そうに首をかしげるバギラン。かわい……くないな。かわいさの欠片さえ見当たらない。
……いや、そんなことよりあれでまだ本気じゃないのか!?
「さすが先生でござる! すごいでござる!」
「まあ、肉体強化魔法はソロには持って来いの魔法だからな。相手取れないほど苦手な魔法はほとんどねえし」
興奮するツルギに、バギランは嫌味なく答える。
たしかに事実肉体強化魔法は得意不得意が少ない魔法だが、俺も並の使い手には負けるつもりはない。
つまりそれだけバギラン先生のレベルは図抜けてるってことだ。
入学した当初は天狗になってた俺もやっとわかった。
魔法研究のレベルはともかくとして、少なくともこの学園の教師の実力は俺の想像を超えている。
と、バギランと視線が合う。
一瞬考えを見抜かれたのかと焦ったが、俺たちを見回しているのだと遅れて気付いた。
「それにいくら俺でも、お前ら四人を一度に相手したらさすがに本気を出さなきゃだぜ。お前らもこの年にしちゃ充分良くやってる方だ。あとは経験だな」
バギランはさらに続ける。
「まあ、焦るこたぁねえ。お前らはまだ若いんだ。ゆっくり焦らずに、一歩ずつ成長していけばいいさ」
「先生……!」
先生が先生らしいこと言ってるところ初めて見た……!
やっぱり先生も教師だったんだ……!
俺は今猛烈に感動してますよ先生!
「おいリュート、お前なんかすごい失礼なこと考えてねえか?」
「いえ、まったく」
「そうか。ならいいんだがな」
……あっぶね! 先生勘鋭すぎだろ!
無表情を保てて良かった。少しでもいつもと違う表情してたらバレてたかもな。
ホッと一息つく俺の前で、ツルギが声を上げる。
「先生。拙者今の先生のありがたい言葉が凄く心に響いたでござる」
「おお、そりゃよかった。俺も言った甲斐があるってもんだ」
先生は少し嬉しそうだ。
そりゃまあ、褒められれば誰だって嬉しいか。
先生も人間だもんな。
笑みを漏らすバギランに、ツルギは続ける。
「だから、このマイクに向かってもう一度言ってほしいでござる。朝の目覚まし音にしたいでござる」
「絶対にごめんだ」
あ、先生の笑みが消えた。
「なんででござるかぁ!」
「当然の判断だろうが……」
ツルギは膝から崩れ落ち、地面に拳を打ちつける。
そんなに悔しかったのか……。
バギランも若干引いた目でツルギの奇行を見守っていた。
そんなバギランに、今度はペティーシェが声をかける。
「先生先生。先生の鼻にはカエルが何匹棲んでるケロ?」
「逆になんで棲んでると思った」
相変わらずペティーシェとは意思疎通が難しいなぁ。
普段は本当ポーカーフェイスだし。
ペティーシェは言い訳をする子供のように、カエルのフードを触りながら言う。
「だってリュート君の鼻には二匹棲んでるらしいし……」
「!? 棲んでないよ!?」
いつの間に俺の鼻の中はカエルの住処になったの!?
「リュート。……お前、すげえな」
「信じないでくださいよ先生! どう考えたってあり得ないでしょうが!」
なに感心した声出してるんですか!
まったく、悪ふざけも大概に――
「……いや、可能性はあるよ」
ないよ! 真面目な顔で何言ってるんだルルナ!
ルルナは至極冷静な声で自分の意見を述べていく。
「リュートはボクたちじゃ思いつかないような魔法の使い方をしてるんだ。それくらいできても不思議じゃない。だよね、リュート?」
「不思議しかないよ!?」
しかもなんでちょっとドヤ顔なの?
「さすがリュートだ。お前には負けたよ」
「俺は今何の勝負で先生に勝ったんですか!?」
こんなに嬉しくない勝利は初めてだ……。
……どうしよう、本当に嬉しくない。
「先生、諦めたら駄目でござる! 拙者、先生ならカエル三匹はいけると思うでござる!」
ツルギが必死で先生に発破をかけるのを見ながら俺は思った。
皆のノリについていけてる気がしない……。
数分後、授業終了のチャイムがなったところで皆はやっといつも通りに戻ってくれる。
「とりあえず最後にもう一度言っておく。焦るな。努力はもちろん必要だが、焦って怪我するようなことがあったら意味がないからな。実践の経験を積むのはもう少し後でもいい」
最後にそう言い残し、今日の授業は終わった。
まあ、その言葉だけは信頼してもいいかもしれないな。
俺は俺のペースで、一歩一歩着実に進んでいこう。そう決めた。
次の日。
教室に入ってきたバギランは、開口一番大声で言い放つ。
「というわけで、今日はお前らに依頼を受けてもらうぞ! 実践だ!」
おい、「焦るな」はどこ行った!




