18話 休暇
時は過ぎ、昼。
俺たちは林間遠征を終え、冒険者学園に戻ってきていた。
「戻ってきたねー」
「長かった……」
思っていたよりも身体に疲れが溜まっていたようだ。
気づかないうちに足も大分張ってきている。
「明日は休みだ。疲れた身体をゆっくり休めろ。以上、解散」
バギランが簡潔に纏め、俺たちの林間遠征は終わりを告げた。
そして翌日。
何年かぶりに昼まで熟睡した俺は、ぶらぶらと王都の街を見て回ることにした。
これまであまりそういう機会もなかったし、たまの休みくらい目的もなく出歩くのもいいだろう。
王都というだけあって街には常に人が溢れ、絶え間なく行き交っている。
爺ちゃんや婆ちゃんと暮らしてた近くの村とは人の数も喧騒もけた違いだ。
二人を懐かしく思っていると、俺の横を誰かが走り抜けた。
子供だ。
四、五歳くらいの男の子が王都の大通りの真ん中を走って突っ切っていく。
「元気だなぁ……」
俺は頭を掻きながらそう呟いた。
子供っていうのはいつも元気だよな……まあ俺もまだ十五歳だけどさ。
走る子供に温かい視線を送っていると、子供は地面のくぼみに足をとられた。
そこそこのスピードで走っていた少年はそのままべちゃりと地面につんのめる。
泣きそうな顔をする少年の元に、俺はすかさず駆け寄った。
「大丈夫?」
「うっ、い、痛い……! お兄ちゃん、助けて……!」
見てみると、少年の足には血がにじんでいた。
どうやら地面に擦ってしまったようだ。
これくらいなら大事に至ることはない、と俺はホッとするが、少年にとっては一大事である。
「お兄ちゃん、俺、足とれちゃうのかな……! やだよぉ……!」
そう言って自らの足をギュッと抱きしめた。
そんなはずはないのだが、少年は悲痛そうだ。
なんとか安心してもらいたいな……。
「とれないよ、大丈夫。俺に任せて」
俺は少年がいる場所に魔力を移動させ、【快癒】を発動させた。
【快癒】は回復系の罠魔法である。授業によると回復系は使える人材が限られているらしいので、あまり巷で見かけることはない。
といっても俺も専門じゃないから、軽い切り傷とか軽度の毒くらいしか治せないんだけどね。
少年の足は【快癒】の白い光に包まれて、見る見るうちに元の綺麗な肌へと戻って行った。
「うわぁ、すごいやお兄ちゃん!」
「君もよく我慢したね。偉いぞ」
感嘆の声を上げる男の子に、俺は頭を撫でる。
俺がこの子くらいの年のときだったら、余裕で泣いてたもん。
この子は強い子だ。
傷が治った少年は俺にありがとうを言った後、興奮した口調で言った。
「ありがとうお兄ちゃん! お兄ちゃんはきっと国王様になれるよ!」
それはちょっと話が飛び過ぎかな。
「あはは、そうなれるよう頑張るよ。転ばないように気を付けてね」
俺は少年と別れる。
……なんかいいことしちゃったな。気分がいいや。
「へー、いいとこあるじゃんリュート」
「うわぁ、いつからいたのルルナ!」
いつの間にか、俺の隣にルルナが立っていた。
神出鬼没にも程があるよ!?
「ちょっと買い物に出たら偶然リュートを見つけてね。優しいねリュートは」
「そ、そうかな」
真正面から褒められるとなんとなく照れくさい。
別に褒められたくてやったわけでもないし……でも褒められるのは嫌じゃないけどね?
「あ、そうだ。リュート、一緒に買い物行かない?」
「うん、いいよ。行こうか」
自然と俺とルルナは一緒に買い物することになった。
友達と二人で買い物……夢みたいだ!
それから数十分後。
俺とルルナは粗方の買い物を終えていた。
「いやー。友達と一緒に買い物なんて、ボク夢を見てるみたいだよ」
ルルナは幸せそうな顔をする。
そっか、ルルナも友達いなかったんだもんな。
「それ、俺もおんなじこと思ってたよ」
「あはは、ボクたち気が合うね。……できればもっとプラスの話題で合いたかったところだけど」
「それは言わない約束!」
雰囲気暗くなっちゃうから! 折角の休日に悲しい気分に浸りたくないよ!
「そ、そうだった。……あ! リュート、ここの店見てみよう?」
半ば無理やりにルルナが話題を変える。
この流れを早く変えたい俺も、もちろんそれに乗った。
そこは小物屋だった。
道に直接敷かれたシートの上に、さまざまな小物が並んでいる。
ルルナはそれをキラキラした眼で隈なく眺めた。
こういうところはやっぱり女の子だなぁ。
「これ欲しいなぁ。買ーおうっと」
そう言って手に取ったのはピンクのミサンガだ。
ルルナの髪と同じ色をしている。
うーん……。
「ねえ。それ、ルルナが欲しいの? 誰かにあげるとかじゃなくて?」
俺はルルナに尋ねる
その質問に、ルルナはプクリと頬を膨らませた。
「うん、そうだよ。あ、似合わないって思ったでしょー。ボクだって女の子なんだからねー?」
それを聞いた俺は、並んだ小物の中から自分の髪の色と同じ黒いミサンガを指差した。
「あ、じゃあさ、ルルナはこの黒いの買ってよ、俺はこっちのピンクの買うから」
「え、なんで? まあいいけど……」
俺たちは互いにミサンガを買い、店を後にした。
買い物も終えたので、俺とルルナは噴水のある公園で一休みする。
噴水の水が日光を反射して虹色に輝いている様が実に綺麗だ。
ベンチに座った俺は、袋の中をごそごそと漁ってさっきのミサンガを取り出した。
それを見たルルナの表情が曇る。
「ねえリュート」
「ん? なに?」
「ミサンガ、なんでわざわざ逆のを買ったの? ボクには似合わないからやめとけってこと……?」
ルルナは唇を付きだし、むぅ、と俺を睨んだ。かわいい。
「違うよ。交換しようと思って。……はい、プレゼント!」
俺はルルナにピンクのミサンガを渡した。
大体、俺がこんな可愛い子に「似合わない」だとか文句付けられるわけがないじゃないか。
「えっと……どういうこと?」
ルルナは困惑を表す様に首をかしげる。
たしかにちょっと説明不足過ぎた。これじゃルルナが不思議に思うのも当然だ。
俺はもう少し詳しく説明することにする。
「『自分で買うより人から友達から貰った物の方が価値があるし嬉しい』って、昔爺ちゃんが言ってたんだ。だからこれ、俺からルルナへのプレゼント!」
そう言って差し出したピンクのミサンガをルルナはゆっくりと受け取った。
「ありがとう。じゃあボクも……これ、リュートにあげる」
ルルナは代わりに黒いミサンガを差し出してくる。
俺はそれを笑って受け取った。
「ありがと!」
俺とルルナはさっそく手首にミサンガをつける。
自分の手首に付いたピンクのミサンガを見つめたルルナが、ふふと笑った。
「本当だ、コッチの方が嬉しいね!」
「でしょ?」
「うん!」
よかった。喜んででもらえて!
翌日。
今日からまた学園生活が始まる。
「おはよー」
最後に入ってきたルルナが席に着いた。
その手首には、ピンクのミサンガがしっかりと巻きついている。
「あ、お揃いでござるか?」
それをめざとく見つけたツルギが俺とルルナに声をかけた。
「えへへ、似合うかな?」
ルルナは照れ笑いを浮かべながらミサンガを見せる。
「似合ってるでござる」
「ケロケロだケロ!」
「二人ともありがと!」
そう言うルルナはとても明るい笑顔をしていた。
友達が笑顔だと、俺まで嬉しくなってくるね!
そんなことを思っていると、廊下から大きな足音が聞こえてくる。
それは迷いなく俺たちの教室に近づき、そして扉が開け放たれた。
「おおおおお! お早うお前ら!」
相変わらず声がでけえな先生! しかも最初の雄叫びの必要性がまるでわからないんですけど!?
「いいかお前ら、もう休みは終わったんだ。今日からは再び気張って行け!」
声こそでかいが、バギランの言葉はたしかに正論だ。
そう感じた俺は、小さく深呼吸をする。
さあ、これからの学園生活、もう一度気を引き締め直さなきゃ!




