16話 本性
「よし……はじめ!」
バギランの声で、俺とルルナの戦いが始まった。
俺はまず【反壁】を使って後ろに飛び、ルルナから距離をとる。
ルルナの魔法は無効魔法、接近戦は出来ない。
だけど……。
「あれ? リュート、後ろに下がるんだ。突っ込んでくるのかと思ったのに」
そう言いながら近づいてくるルルナ。
「そうしようかとも思ったんだけどね……。ルルナって武道も相当やるでしょ」
それに対し、俺は逃げながら【伏雷】を仕掛ける。
ルルナはそれに気づいた様子もなく【伏雷】を踏み抜いた。
しかし、【伏雷】は発動しない。
「あ、今なにかしたみたいだね。でも、ボクには無意味だけど」
そう言ってルルナはニコリと笑う。
いつもと変わらぬ笑み……なはずなのだが、俺は恐怖を感じてしまう。
なんだか背筋がゾクゾクするぞ……?
「リュートの言う通り、武道も一通りやったよ。ボクの能力って攻めにはあんまり使えないからさ。自分を鍛えなきゃならなかったんだよね」
そう言って構えるルルナは、素人の俺から見ても武道の経験者だとわかる。
それにしても……。俺は不発に終わった罠のあるルルナの足元を見る。
やっぱり無効魔法があるせいで、罠魔法じゃ直接のダメージを与えるのは難しそうだ。
かといって俺は多分肉弾戦でもルルナには勝てない気がする。武道を齧ったことなんてないし。
……どうしよう。
「ねえ、来ないの? 来ないならボクからいくよ?」
ルルナが俺の方へと突っ込んでくる。
俺は【反壁】を使って後方へと飛んだ。
【反壁】がある分、移動速度は俺の方が速い。
だけどそれもルルナの無効魔法の外だけ。
一度中に入ってしまったら【反壁】も無効化されて、唯一の武器さえ奪われてしまう。それだけはなんとしても避けないと!
俺はルルナの周りを【反壁】で飛び回った。
幸い自己紹介で魔法を披露した時に、ルルナの無効魔法の適用範囲は把握している。
「やるね、リュート。全然捕まらないや」
「俺だって君の攻略法がわからないよ」
ただ周りを飛び回っているだけじゃルルナは倒せない。
かといって攻めることもできない。どうすれば……。
憔悴し始めた俺の耳に、ルルナの声が聞こえてくる。
「でもさ、それだけ繰り返せば――」
ルルナは突如動く方向を変え、俺の進行方向へと向かってきた。余裕があったはずの距離が詰められ、【反壁】が消える。
「なっ!?」
俺はバランスもとれずにそのまま地面を転がる。
やっと起き上った時には、目の前にルルナがいた。
「リュート、キミ次に跳ぶところ見すぎだよ。そんなんじゃボクでもわかっちゃう」
「さ、さすがルルナ……」
尻餅をついた俺はルルナを見上げながら頬を痙攣させる。
まずい、これはまずいぞ……!
「褒めてくれてありがとう。じゃあ、行くよ?」
ルルナはぺろりと桃色の舌をだし、舌なめずりをした。
そして小さな拳を握り、俺に殴りかかってくる。
「おわっ!?」
地面を転がってなんとか避けることに成功する。
しかし、次も避けられる保証はない。
俺はビクビクとルルナを見る。
「嗜虐心を煽るなぁ、その顔。とっても楽しいねえ、リュート?」
ルルナは実に楽しそうに笑っていた。
その頬はほのかに紅潮している。
「……ルルナ、性格変わってない!?」
「そうかな、えへへ」
その声は可愛らしいが、やはり顔は上気したままだ。
「君ドSだったの!?」
「違うよぉ。ボクは苦しんだり困ったりしてる人がいると、ちょっと興奮しちゃう・だ・けっ!」
俺の腹にルルナの渾身のパンチが炸裂し、俺は地面を転がる。
「ぐふっ……そ、それをドSって言うんだよ……」
幹に当たってなんとか止まった俺は、涙目でルルナを見る。
「リュート、そんな眼で見ないでよぉ……! 興奮してきちゃうじゃん……!」
ルルナは立ち止まり、とろんとした眼で俺を見る。
やばい、ルルナの言っていることが全然理解できやしない。
君は俺と同じ特徴がない同盟の一員だと思ってたのに……って、そんなこと考えてる場合じゃない!
俺は立ち上がり、ルルナに殴られる前に木によじ登った。
今はとにかくルルナから離れなきゃ!
「木に登るとは、考えたねリュート。ボク木登りはしたことないや」
ルルナは一度登ろうと試して見たが、すぐにポテンと落ちてしまう。
登って追いかけてくるのを諦めたルルナは、木を蹴って揺すり始めた。
「落ちてきてよぉ、お願いリュート。一緒に楽しもぉ?」
「ルルナ怖い! ルルナ怖い!」
なんであんなに可愛い声で俺を恐怖させてくるんだ!
俺は揺れる幹から落ちそうになりながら、必死で上に登って行く。
そしてついに無効魔法の範囲外まで上り詰めた。
「【反壁】っ!」
俺は再び【反壁】を利用し、ルルナから離れる。
危なかった……。一発だからよかったけど、あんまりくらってたらどうなったかわからない。
ここで勝負をつけるくらいの心づもりでいかないと……!
俺は高度をおろし、ルルナの無効魔法の範囲外を飛び回る。
その中には決して入らないよう、接近してくるルルナに捕まらないよう。
体重を乗せ、跳ぶ。
それを繰り返し、俺の速度は段々と上昇していく。
その際、目線でフェイントをいれることも忘れない。もうさっきのようなことにはならないぞ。
「リュート、すぐに欠点を直すなんてすごいね! ボク困っちゃうよ」
そう言うルルナは俺がどこに行くかを予測できていないようだった。
だけど、このままじゃ埒が明かない。
充分なスピードがついたところで、俺は勝負に出る。
ルルナの背後をとった瞬間に【反壁】の方向を変え、ルルナに照準を合わせる。
太もも、膝、ふくらはぎ、そして足の指。
下半身全てに力を入れ、俺はルルナに向かって飛んだ。
「行くぞ、ルルナ!」
無効魔法で無効化できるのは『魔法』だけ。ならこの勢いは無効化できないはずだ。
「ちょっ、はやっ……!?」
ルルナは必死に体勢を入れ替えるが、俺の速度には対応できない。
俺は不格好なままルルナに突進した。
俺とルルナの身体がぶつかり、固まったままごろごろと転がる。
ここだ、ここしかないっ!
俺は足を踏ん張り、ルルナに馬乗りになった。
「はぁ……はぁ……っ! さ、さすがにルルナでもこっから逆転の手はないでしょ?」
俺は下になったルルナに言う。
ルルナは腕を動かそうと試みて、ふぅ、と一つため息を吐いた。
「……うん、ボクの負けたね」
「いい試合だったぞ。ただルルナはもう少し一気に決めに行きたかったな。あそこでリュートを逃がさなければお前の勝ちだったはずだ。リュートは目線にもしっかり注意しろよ。戦闘中は一挙手一投足を見られてると思え。それ以外は言うことなしだ。ご苦労だった」
バギランからの総評を受けた俺とルルナは、軽く休憩するためにその場に座り込む。
「お腹、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
俺は服を捲ってルルナに腹部を見せる。
赤くなっているが、治療が必要なほどじゃない。一日二日で治る怪我だ。
それを見るルルナの視線がなんだか妙に熱いのは気のせいだろうか。……気のせいだよね、気のせいだと思おう。
「楽しかったけど、もう少し長くやりたかったね」
「俺には充分すぎるほど長かったよ……。あっちが本性なの?」
「本性っていうか、本来のボクかな」
「それを本性って言うんだよ」
俺の言葉に「あはは」と笑うルルナ。可愛い。
「昔から戦いになると性格変わっちゃうんだよね。戦ってるうちにだんだん愉しくなってきちゃって……」
なにこの子、可愛い顔して超怖いこと言ってるんですけど!
「でもまあ、普段はこれまで通りのボクだから」
「ならよかった……」
正直安心する。
でもそんな安心も、ルルナの顔をみたら吹き飛んでいった。
「……ごめんね、怖いよねこんな人。リュートの友達失格だよね……」
ルルナは俯き、目には涙を溜めている。
今まで見たことのない表情に、俺は最上級に慌てた。
立ち上がり、口から出るままに弁明する。
「いや、怖いというより、びっくりしただけで! そりゃまあ怖くなかったかといったら怖かったけど、でも嬉しかったっていうか! 真剣に戦ってくれてるんだなってわかったし! だから、ルルナは友達だよ!」
俺の聞き苦しい言葉を聞いたルルナはクスリと笑って、目に溜まった涙を拭った。
「……ありがとう、リュート……っ!」
「う、うん!」
その笑い顔は、今までなんども見てきたルルナの笑顔と同じものだ。
よかった。俺は安堵する。
俺は別にルルナに失望したりとか、そんなことはしてないんだ。
特徴がない同盟じゃなくなってしまったのは悲しいけど、それだけだ。
別に人に迷惑をかけているわけじゃないし、戦闘向きの良い性格だと本心から思っている。
「にしても、リュートはボクにぶたれて嬉しかったのかぁ~」
「ちょっ!? そこだけを抜き出すのは駄目だよ!? 誤解だルルナ!」
それじゃまるで、俺が変態みたいじゃないか!
騒ぎ出した俺たちに、そばにいたツルギとペティーシェが寄ってくる。
「ルルナ殿もリュート殿も、強くて羨ましいでござる。拙者ももっと鍛えねばならないでござるな!」
その目は凛々しく未来を見据えていた。
ツルギはなんというか、真っ直ぐなやつだ。
「おいらももっと歌が上手くなりたいケロ!」
うん、そんな話はしてないよ?
思いがけずルルナの本性が判明したが、戦闘訓練は無事に終わりを告げたのだった。