15話 戦闘訓練
そして翌日。
怪我もほとんど回復した俺は、医務室から自分に割り当てられた部屋へと戻ることになった。
こんなにすぐに治るとはさすがに予想外だ。
国内でも有数の学園だけあって、回復魔法系の保健医のレベルも高いみたいだ。
予定通り授業に参加できそうで俺としてはホッと一息である。
外に出た俺に、すでに外にいたルルナが声をかけてくる。
「もう身体は大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで」
ツルギとペティーシェとも軽く朝の挨拶を交わした。
それから数分後。
「おはよう! はっはっはっ、今日も良い天気だな!」
そう言って現れたのはバギランだ。
相変わらず声が大きい人だ……。
「リュート、調子はどうだ? 実技もいけるか?」
「あ、はい。大丈夫です、問題ありません」
真面目な顔で尋ねてくるバギランにそう言葉を返す。
バギランは意外とこういう心配りができるタイプの人なのだ。
人は見かけによらないとはよく言ったものである。
「よし、ならいい。……ならいい!」
「うわぁ!」
急に出された大声に、俺は思わず声を上げてしまう。
気配りができるなら、こういうところの迷惑さも考えてもらえると嬉しいんだけど……。
「はぁあ……っ!」
いつものごとくツルギは感激しているし。
この大声の何がいいのかが俺にはさっぱりわからない……。
バギランの後に続いて俺たちは森の中に足を踏み入れる。
木々をパキパキと踏みしめながら、バギランは今日の訓練の説明を始める。
「今日は対人を想定した戦闘訓練を行う。組み合わせは……そうだな。ツルギとペティーシェ、リュートとルルナだ」
「対人ケロ?」
「冒険者は意外と人とやりあうことも多い。モグリの冒険者まがいのやつや違法密猟してるやつはこの世にごまんといるからな。人間相手の経験値も溜めておかないと、困ることになるのは自分だ。というわけで、森の中での一対一だ。気張って行けよ」
そう言ってバギランは立ち止まる。
どうやらこの場所で戦えということらしい。
呼ばれた順で、ツルギとペティーシェが向かい合う。
「バギラン先生、魔物が出てくる可能性はないでござるか?」
「あるぞ。そういう時はそれを加味して戦え。敵に差し向けるのもありだからな」
うわぁ、悪い笑顔だな。
「だが、昨日の異常種のような個体はもうでてこない。俺たち教師が昨日徹夜で再度付近の調査を行ったからな。おかげで寝不足だ」
バギランは目を擦る。
普段と変わらないと思っていたが、まさか徹夜だったとは。
「お疲れ様です」
「まあ、これも仕事だからな。生徒の安全のために全力を尽くすのが教師の責務だ」
その言葉にツルギが目を輝かせながら手を上げる。
「先生、拙者今の言葉を心のメモ帳に刻み付けたいでござる! 許可をお願いしたいでござる!」
「そうか、勝手にしろ」
「承知!」
許可を得たツルギは目をつぶり、「むー」と唸り始める。
そしてしばらく経って目を開けた。
「インプット、完了したでござる!」
「ケロー……ツルギさんは変わり者だケロ……」
「拙者が!? ペティ殿には負けるでござるよ!」
「いや、どっちもかなりの変わり者だと思うよ……?」
言い争う二人を見てルルナが零す。
「はは、確かに」
俺とルルナに比べれば、ツルギとペティーシェは変わり者だよなぁ。
「お前ら、昨日のやる気はどこへ行った……」
バギランが呆れながら怒るという器用な表情で二人を見た。
「ツルギさん、そろそろ始めるケロよ。先生が怒ったら怖いケロ。おいらは怒られるのが嫌いだケロー」
「拙者も嫌いでござる。いつでもいいでござるよ、ペティ殿」
そしてやっと、二人の勝負が始まる。
他人の戦いを見る機会なんてあんまりないからな。楽しみだ。
雰囲気が変わる。
ツルギが腰に差した剣に手をかける。
ペティーシェが顔を隠す様に、普段は浅く被っているカエルのフードを深く被る。
さきほどまでののほほんとした気配は完全に消え去り、二人からは殺伐とした圧が発され始めた。
先手を取ったのはツルギだった。
「手加減はしないでござるっ!」
金属魔法で宙に剣を浮かべ、それらをペティーシェに向けて投擲する。
「ケロケロ」
それに対してペティーシェは、変化魔法で自分の足元の土を盛り上げて上へと逃げた。
剣は軌道を変えきれず、盛り上がった土へと突き刺さる。
「ケロローン」
ペティーシェは隆起した土の上から素早く飛び降り、突き刺さった剣に触れた。
触れられた剣はペティーシェの変化魔法によって剣からカエルの土塊へと姿を変える。
「なっ……!?」
「金属じゃなくなれば、ツルギさんには操作できないケロ? 次はこっちの番だケロ」
そう言ってペティーシェは地面に手を触れる。
あれは……魔力を流し込んでるな。
ツルギのところまで流れ込んだ魔力によって地面は形を変え、土腕がツルギの足首を掴んだ。
「これで動けないはずケロ」
そう言ってペティーシェはゆっくりと自分の近くの地面を変化させ、砲台を作りだす。
あれで決着をつけるつもりのようだ。
だけど、ツルギもそのまま負けるようなタマじゃない。
手元に持った剣で足首を掴んでいる腕を見事に切り裂いた。
「拙者の剣、舐めてもらっては困るでござる」
「ゲロゲロ!?」
そしてそのままペティーシェに接近し、喉元に剣を突きつける。
「こ、降参ケロ~……」
ペティーシェがへなへなと両手を上げる。
「ふむ、そこまでだな」
バギランが立ち会いの終わりを宣言した。
負けたペティーシェはカエルにしてしまった剣を元に戻し、ツルギに手渡す。
「ツルギさん強いケロ。ゲロッパって感じだケロ」
「ペティ殿も強かったでござる。拙者もまだまだ精進が足りないでござる」
「二人とも動きは良かったが、不測の事態に陥った時に足が止まるのはよくないな。そこ以外は特に言うことはない。いい試合だったぞ」
バギランがそう今の試合を総評した。
「先生、もう一度仰っていただけるでござるか? 録音したいでござる」
「録音? 嫌だよ、恥ずかしい」
「そ、そんなぁ~……」
バギランに断られたツルギはこの世の終わりのような顔をする。
いや、録音までしたいか?
落ち込むツルギにペティーシェとルルナが声をかける。
「ツルギさん、ゲロッパだケロ!」
「ツルギ、ゲロッパだよ」
……俺も流れに乗っておこう。
「ツルギ、ゲロッパだ」
「慰められてるのか煽られてるのかわからないでござる……」
二人の戦いも終わり、次は俺とルルナの番だ。
「病み上がりだろうけど、手加減はしないよリュート!」
「上等。望むところだよルルナ!」
俺とルルナは向かい合ってにらみ合う。
ルルナは初めてできた友達だけど、今はそんなこと関係ない。
エルギールとの決闘に向けても力をつけなきゃならないし……この勝負、絶対に負けられない!
「よし……はじめ!」
バギランの声で、俺とルルナの戦いが始まった。




