14話 生涯のライバル
俺はキョロキョロと辺りを見回す。
どうやらここは医務室のようだ。
そしてここには今俺とエルギールだけ……なんで?
「あれ、あの、なんで君が? ……ルルナたちは?」
「彼女たちなら今は湯あみの時間さ。さきほどまではいたようだけどね。先生は今他のクラスの怪我人を治療しに行ってる。だからここには僕と君だけさ」
そう言ってエルギールは足を優雅に組み替える。
足の長さを見せつけているのかとも思ったが、どうやらそんなつもりもないらしい。
「僕がいる理由は、賭けのことで、ちょっとね」
エルギールは自身の指先で金髪を靡かせた。
用事はさっきのタイムアタックについてらしい。
「ああ……。それなら君の勝ちだよ」
俺はエルギールに言う。
記録を聞く前に意識を失っちゃたからちゃんとしたタイムはわからないけど、B組に勝っていないことはたしかだ。
負けてしまったのは残念だが、後悔はない。
俺たちが助けにいかなきゃあの人たちがどうなっていたかわからないしね。
ただ、負けは負けだ。
たとえ魔物が出てくるという不測の事態がなかったとしても勝てたかはどうかは微妙なところだったし。
俺は素直に負けを認める。
「といっても前から言っている通り、俺にクラスを変える権限はないんだけど……」
それを聞いたエルギールは、ピクンと肩を動かした。
「馬鹿にするなよ、リュート君」
「え?」
声色の変化に驚いた俺に、エルギールは組んでいた足を解いて手を差し出してきた。
「昨日の君の行い。馬鹿だとなじる人もいるだろう。甘いと切り捨てる人もいるだろう。だが、僕は立派な行いだと思うよ。僕は君を誤解していた。君は立派な人だ」
「は、はぁ……。あ、ありがとう」
まさか褒められるとは思わなかった……。
なんとなく照れくささを感じながらも、俺は差し出された手を握り返した。
正直最初は嫌なやつだと思ったけれど、なんだか仲良くなれるかもしれない。
そう思う俺に、エルギールはにっこりと笑いながら告げる。
「だから僕は、君を生涯のライバルと認めることにしたよ」
「……うん?」
それは一体どういう理屈で導き出された結果なの?
固まる俺を余所に、エルギールは再び足を組んで身体を背もたれに投げ出す。
「この僕が認めたんだ、誇っていいよ。嬉しいだろう、リュート君?」
「いや、ちょっと待ってくれる? 今俺生涯のライバルのとこで理解が止まってるから。その後の話頭に入ってきてないから」
生涯のライバル? 俺が? 君の?
なにがどうしてそうなったの?
俺は困惑と共にエルギールを見る。
目が合ったエルギールは不敵に笑って、椅子から立ち上がった。
「こんな結末で勝ちを主張する程、僕は恥知らずではないからね。君にはあとで改めて再戦――いや、今度は一対一の決闘を申し込ませてもらう。邪魔が入らない舞台で、一対一で勝負しようじゃないか」
「……うん、わかったよ」
いや、正確に言うとまだわかってないんだけど、とりあえずエルギールが悪い人じゃないっぽいってことはわかった。
エルギールは腕を高く上げ、天を指差しながら俯く。
「そしてそこで勝ち、僕はA組への切符を手に入れる……!」
「だから、それは俺にはどうしようもないんだって!」
それは先生に相談してくれよ!
「なんにせよ、勝負は持ち越しだ。いいね?」
「それはこっちとしても望むところだ」
再戦の機会がいつになるかはわからないけど、負けた勝負をもう一度やり直しにしてくれると言うならこんなにありがたいことはない。
……いや待てよ? そもそもこんな勝負やる必要なんてなかったんじゃ……?
そんな思考を遮るようにエルギールは俺に背を向けた。
「じゃあ、僕はお暇するとするよ。病み上がりに押しかけて悪かったね」
そう言って医務室の扉の方へと歩いていく。
なんだ、意外と良識もあるんじゃないか。
「……あ」
もう少しで扉までたどり着くといったところで、エルギールはピタリと足を止めた。
「どうかした?」
「そういえば、僕の名前をまだ教えていなかった気がしてね。僕としたことがうっかりしていたよ」
「……? もう聞いたから!」
一瞬意味が分からなかったが、そのウズウズとした顔を見てすぐに合点がいく。
またあの去り際の自己紹介する気だなコイツ!
「僕はエルギール。エルギール・フォン・イストリア」
「話聞かないね君!?」
「覚えておくといい。君を倒す、男の名だよ。じゃあ、また会おうリュート君。フハハハハハハ!」
好き勝手言い切った後、エルギールは晴れやかな顔で医務室を出て行った。
「一気に疲れた……」
なんなんだろうあの人……。
俺はベッドに身体を預ける。
ボフンと音を立てるベッドの上で、俺は寝転がった。
そのまま何度か寝返りをうってみる。
疲れたけど、さっきまで寝てたせいで寝れないな……。
そう言えば怪我はどうなっているんだろうと確認してみたが、腹には薄く痕が残っているだけだった。
この分ならすぐに完治するだろう。
保険医の先生がやってくれたんだろうか。顔も知らないけど、感謝しなきゃな。
コンコン、と扉がノックされる。
「失礼してもいいでしょうか?」
その声はルルナのものだった。
きっと俺の見舞いに来てくれたんだろう。
俺は「大丈夫だよ」と返事をする。今は先生もいないし、俺が代わりに答えても問題ないはずだ。
入ってきたルルナ達は、皆寝巻に着替えていた。
ルルナはフリルのついたピンク、ツルギはシンプルな白、ペティーシェはカエルのフードがついた緑のパジャマを着ている。
良く考えたら風呂に入ればあとは寝るだけだし、三人がパジャマ姿なのは極々自然なのだが、俺は不意をつかれて固まってしまう。
女の子のパジャマはちょっと刺激が強すぎるよ!
「大丈夫? やっぱりまだ具合悪い……?」
「い、いや、もう大丈夫! 本当に大丈夫だから!」
すぐさま上体を起こし、心配そうなルルナに返事をする。
「今しがたエルギール殿とすれ違ったでござるが……何かあったでござるか?」
「うん。なんか俺エルギールの生涯のライバルになったみたい」
思い出したらまた力が抜けてきた……。
「えーっと、それは……おめでとう……で、いいのかな?」
「あんまり嬉しくないけどね……」
「ゲロッパ! リュート君、そういう時はゲロッパだケロ」
「うん、もう否定する気力もないよ。ゲロッパ」
俺のゲロッパを聞いたペティーシェは、腕を組んで唸る。
胸が押しつぶされている光景を目にしてしまった俺は、さりげなく目線を逸らす。
「ほう……今のはかなりのゲロッパだケロ。これは世界を狙えるケロ」
「ははは、ありがとう……」
拝啓、爺ちゃん、婆ちゃん。
どうやら俺はゲロッパで世界を狙えるらしいです。
「でも厳しく言うなら、もう少し『ゲ』の発音を力入れた方がいいケロ。その方が後のフラットな感じとの対比で、ゲロッパに物語性が生まれるケロ」
「あー、そっかぁー。ありがとうペティーシェー」
もうなんかわけわかんなすぎて意識を手放したい衝動に駆られるよー。
「リュート殿が遠い目をしているでござる……」
「ペティ、その辺で勘弁してあげよう……?」
「ゲロ? ご、ごめんケロリュート君ー!」
「あははー。大丈夫大丈夫ー」
そんなこんなで、林間遠征二日目の夜は更けていくのだった。




