13話 ゴール
十数分後。ガサガサと近くの茂みが音を立て、俺は警戒する。
まずいな、今の状況で新たな魔物が出てきたら詰みだぞ……。
「リュートぉ、無事かぁああ!」
やっぱり魔物……いや違う、先生だ。
「あ、バギラン先生……」
バギランの姿を認めた俺は、安堵で身体中の力がフッと抜けるのを感じる。
っと、駄目だ! ここで倒れて先生のお荷物になるわけにはいかない!
なんとか気力を振り絞り、俺は意識の綱を手繰り寄せた。
「俺は無事です。ただ、止めを刺すだけの魔力が残ってなくて……」
そう言って目線を隣の魔物へと移す。
あれから一度罠から逃れそうになった魔物だったが、限界ぎりぎりまで魔力を絞り出して罠を一つだけ重ね掛けした結果、未だ魔物は地に伏していた。
魔物は幸い俺と同じように魔力を使い果たしていたようで、グルグルと唸りながら地面を爪で掻くだけだ。
息も絶え絶えであり、もう罠を振りほどくほどの余力があるようには見えない。
だが、俺もまたいかんせんこの魔物を殺すほどの殺傷力のある魔法は使えない。
「任せておけ。フンッ!」
バギランはそれだけ言うと、肉体強化魔法を発動させた。
ただでさえ屈強なバギランの身体がより一層頑健に変化する。
熟練の肉体強化魔法の使用者は、重さのない鉄の鎧を纏っているような状態になるのだ。
そしてそのまま力任せに魔物の身体をぶん殴った。
おお、さすが先生。肉体強化魔法の使い手だけあってすっごい威力だ。
「コイツは回収していく。歩けるか?」
バギランは魔物の死骸をその背に背負いながら俺に声をかける。
「ゆっくりなら、なんとか」
「そうか、なら手は貸さん。失格になってしまうからな」
そうだ、俺は今タイムアタックの最中なんだった。すっかり忘れてたよ……。
三人のためにも、ゴールしなきゃな。
俺はゆっくりと立ち上がり、ゴールに向けて歩き出した。
森を進む俺は、隣のバギランに声をかける。
「先生。この魔物、水と雷の二属性を使ってきましたよ」
「何……?」
それを聞いた先生の声が真剣さを増した。
「世界にはこんな魔物もいるんですね」
俺が住んでいた家の下の森にはこんな魔物はいなかった。
ビッくベアーも強くはあったが、この魔物とは比べ物にならない。
世界というのは広いのだと、今回の体験を通じて俺は痛感していた。
「その通りだ。俺やお前が知らない魔物もいる。……さあ、もうひと踏ん張りだぞ。あと少しでゴールだ」
「はい」
ここまできたら、なんとしてもゴールしなきゃ。
三人の為にも失格にはなりたくない。
それから数十分後、ゴール地点。
「はああぁぁ……! 着いたあぁぁ……!」
やっとの思いでなんとかゴールまで帰ってきた俺は、その場に腰を下ろした。
三人が走り寄って来るのが見える。
「リュート、無事だった!?」
「皆……。俺は大丈夫、皆も無事だったみたいでよかったよ」
気怠い身体で腕を上げ、平気だということをアピールする。
この後バギランに連れられて保険医のところに行くことになっているのだが、三人をこれ以上不安にはさせたくなかった。
「よかったぁ……!」
ルルナは安堵しながら胸を下ろす。
そこまで心配してくれたなんて、ありがたいことだ。
と、ペタペタと冷たい何かに触られているのに気が付く。……これは、手?
「な、何やってるのペティーシェ?」
気が付くと、俺の身体はペティーシェにペタペタとまさぐられていた。
「ケロケロ、本当に平気ケロ? 戦っている時は気づいていなくても、あとから異変がでることもあるケロ」
「くっ、くすぐったいよ。俺は本当に大丈夫だから」
心配してくれるのは嬉しいけど、くすぐったいからやめてほしい。
ペティーシェを説得しくすぐりをやめてもらうと、今度はツルギが話しかけてきた。
「リュート殿、彼らがお礼を言いたいと」
そう言うと、背後に控えていた一般クラスの人々の方に向き返る。
「あのっ、ありがとうございました! 本当に!」
ああ、あの場に倒れていた人たちか。
もう治療を受けたようで、ほとんど全快状態の人もいる。
この明るい様子だと、死んだ人や再起不能になった人はいなかったのだろう。
俺は内心でホッとため息を吐く。
肩の荷が下りた気がした。いつの間にか彼らの命を背負っている気になっていたのかもしれない。
「いや、別に俺だけのおかげじゃないし……?」
そこまで答えたところでガクンと首から上が重くなる。
あれ? なんか眠くなってきたぞ……?
耐えられず、俺はそのまま地面に倒れこんだ。
「ちょっ、先生! リュートが!」
「ああ、心配するな。魔力枯渇と疲労が重なっただけだ。ここまでたどり着いて気が抜けたんだろう」
ああ、なるほどね……。
疑問がとけました、先生。
「とりあえず、ゆっくり休め」
バギランの厳つい顔を視界に収めながら、俺の意識は闇に沈んでいった。
「……ん」
どうやら寝ていたらしい。最後に残っている記憶はバギランの顔だから……あのまま気絶するように寝てしまったってことか。いや、本当に気絶していたのかもしれない。
まあ、どっちでもいいか。
起きたばかりの気怠さを我慢して、俺は目を擦る。
焦点の合っていなかった目が段々と合っていき――
「やあ、リュート君」
「……え?」
俺のベッドの横には、なぜかエルギールが椅子に腰かけていた。
……なにこれ、どういう状況?




