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11話 背中の重み

 膝のあたりまである草を踏み潰し、地面を踏みしめ駆ける。

 これはタイムアタック。時間を競っている以上、タイムロスは避けたい。


 ならば【反壁】を使えばいいかというと、そうでもない。

 俺一人だけが前に進んでしまっても意味が薄いからだ。

 全員があの建物まで戻らなければゴールにはならないし、であるならば俺がここで魔力を消費するのは愚策だろう。

 なにしろこの森には魔物がでるんだから。


 だけど、ただ走っているだけじゃ多分エルギールたちの記録は抜けない。


「どうするか……」


 走りながら脳裏を巡らせる。

 並列作業での思考ではとても妙案が浮かびそうにも思えない。


「ケロっ!」


 そんな時、ペティーシェがピョンと一番前に飛び出した。


「どうしたのだ、ペティ殿」

「おいらの力で足を長くするケロ。そうすればもっと早く走れるケロ。リュート君は特に」


 そう言って俺の足元を指差すペティーシェ。

 誰の足が短いって!? 俺の足が短いんじゃない、君たちのスタイルが良すぎるだけだ!


「ペティーシェ、今の言葉は無意識に俺を傷つけたよ……。でもいい案だ、頼む」


 そう言うや否や、俺の身体に変化が生じる。

 ゆっくりと腰の位置が上がっていくようなムズムズした感覚を覚えながら、俺の歩幅は一歩ごとに広くなる。

 やがて、俺の身体は超絶スタイルに仕上がっていた。


「おお……」


 思わず歓喜のため息が漏れる。


「うぉっと!」


 あまりに感激しすぎた俺は、木の根っこに足をとられて重心を崩した。

 なんとか立て直すが、若干恥ずかしい。


「リュート君気を付けるケロ。リュート君がダントツで一番変化が激しいケロ」

「わ、わかったよ……」


 なんでこんなに悲しい気分にならなきゃならないのだろうか……っと、集中だ集中!


 集中し始めた俺の耳に、ルルナの疑問の声が聞こえる。


「四足歩行の動物に変化するのは駄目なの? それか鳥とか」

「不可能じゃないけど、それは駄目ケロ。いきなり四足歩行で走れる自信があるケロ? まして翼で飛ぶなんて、よっぽどのセンスが無きゃ到底無理ケロ」

「なるほど、たしかにそうだね」


 ある程度原形を保っているほうが動きやすいよな。

 あんまり考察したくない話だけど、若干ぎこちない動きをする俺よりもルルナたち三人はスムーズに動けてるし。


 足元を見てから順に顔を上げていくと、ルルナがこちらを見ていた。

 そして優しげな顔で言う。


「まだ成長期はあるはずだから、諦めちゃ駄目だよ」

「……うん、ありがとう」


 俺はなんとも言えない気持ちだよ。

 ――! その瞬間周囲に漂わせていた俺の魔力に異物の侵入を感じる。敵だ!


「皆、敵だ! 右前!」


 まだ姿は見えないが、何かいるはずだ。


「ここは拙者が! 皆は進むでござる!」


 そう言ってツルギが俺たちの列から離脱していく。

 しばらくして、ツルギが向かった先で刃物が何かを切りさく音がした。

 ツルギの剣が魔物を屠った音だろう。




 その後も順番に接敵した魔物を倒していく。

 背後から攻撃される危険を残しておくよりもその場その場で処理しておいた方が安心だからな。

 体力が減った帰り道に連戦になるのは避けたいし。


 そして走ること数十分。


「着いた!」


 俺たちは目的地点の祠へとたどり着いた。

 ここで折り返しか、まだまだ先は長いな……!


 俺はその場にいた女の先生に自分たちのクラスを報告する。

 しっかりと伝わったのを確認し、休む暇もなく再び帰るために走り出した。

 くそっ、一回止まったせいで余計きついな……。


「ルルナ、今時間はどのくらい?」

「今の時点で一時間十五分。このままじゃ……」


 ルルナが苦々しい声を出す。

 その意味は一つしかない。すなわち、このままじゃエルギールたちの二時間八分には間に合わない。

 ただでさえ帰りなのだ、ペースは落ちる。

 このままじゃ、負けるのはほぼ確定だ。


「……仕方ない。一か八かだけど、やらないよりましか」

「何か策があるでござるか?」


 ツルギが聞いてくる。

 俺は首を縦に振った。

 正直できるとは思えないから躊躇ってたんだけど、今は可能性があること全部やってみるしかない。


「ああ。ツルギはペティーシェを背負ってくれ、俺はルルナを背負う」

「!? な、なんでさ!」


 驚いたような声を出すルルナ。


「ツルギが一番運動神経ありそうなのと……あとは、ペティーシェが一番小さいから一番軽そうだからかな。ツルギは女の子で俺は男なんだから、俺が重い方を持つのは当然だ」

「お、重い方!? ボク重い方なの!?」


 ルルナは自分を指差して大声を出す。


「? だってペティーシェの方が軽いよね?」


 そう言う俺の隣で、ペティーシェは「おいらの体重はアマガエル四千匹分ゲロ!」という、軽いのか重いのかさえ良くわからない発言をしている。


「た、たしかにペティの方が軽いけどさ……って、今はそれどころじゃない! 何するつもりなのリュート?」


 そう聞くルルナに、俺は答えた。


「【反壁】で飛ぶ。ただし、俺の分とツルギの分を同時に創りながらだ」





 俺の今の実力では二人分が着地する場所に【反壁】を出し続けるのは中々難しい。

 一人と二人では勝手がまるで違うのだ。だけど、そんなことも言っていられない。


「多分最後までは魔力が持たないけど行けるところまでは行くから、俺がバテた後は頼めるかな」


 俺は三人に向かって言う。


「もちろんでござる!」

「おいらがリュート君をカエルに変えるから問題ないケロ」

「じゃ、じゃあ乗るよ?」


 ルルナは遠慮がちに俺の背に跨った。

 ずしりと確かな体重が乗るのを感じる。


「……おおう」


 正直走り続けた身体には結構来るものがあるな。


「何の『おおう』!? 重いの『おおう』!?」

「いや、違う違う。景色が綺麗だなぁの『おおう』だよ」

「そ、そっか。変なこと聞いてごめん」


 ルルナが納得してくれて良かった。


「よし……じゃあ行くよ、ツルギ」

「いつでもどうぞでござる」


 その言葉を聞いた俺は、自分とツルギの足元に【反壁】を創りだした。

 そしてそのまま前に飛び出す。


「こ、これは想像以上に……!」


 飛び出して早々、ツルギはバランスを崩していた。

 背に乗るペティーシェがゲロゲロと鳴きながらバランスをとるのに協力しているが、傍から見ても相当危うい。


「ツルギ、なるべく下向かないで前向いて! 足元には俺が必ず【反壁】を創っとくから! 俺を信頼してくれ!」

「わ、わかったでござる!」


 俺の言葉で、ツルギは視界を下から前へと変える。

 これで、俺は仲間の安全も背負うことになった。絶対に失敗できなくなったな……。

 俺の頬を冷たい汗が流れ落ちる。

 ……いや、上等だ。今までの訓練を思い出せ。

 俺なら出来る、俺なら出来る――。


「大丈夫、リュートなら出来るよ」


 不意に背中から聞こえた声は、俺の心に安心を植え付けた。


「……おう!」


 俺は短く返事をし、【反壁】を創りだした。






 帰り道もおよそ半分ほどのところまで来ただろうか。

 時折すれ違っていた一般クラスの人たちもそろそろすれ違わなくなってきた。


「ルルナ、時間は今どのくらい?」

「今一時間二十分だから……このままいければ一番だよ! 魔力はまだ大丈夫なの?」

「うん、あと十分くらいはいけそ――」


 ルルナの質問に答えていた時、不意に左から悲鳴が聞こえてきた。

 その悲鳴は明らかに危機を孕んだもので、俺は思わず【反壁】を解除して立ち止まる。


「……今のって、悲鳴だよね」

「ケロ……」


 俺たちは悲鳴の聞こえた方を見る。

 緑と茶のジャングルの向こう側は見えず、何が起きているかは全く理解できない。

 だけど、たしかに何かは起こっているはずだ。


「どうするでござる、リュート殿、ペティ殿。行くか、無視するか」

「お、俺!?」


 なんで俺に決断を任せるんだ!?

 慌てる俺に、ツルギは冷静な声で言う。


「ここまで早く来れているのは、リュート殿とペティ殿のおかげでござる。ならば二人が決めるのが自然だとおもうのでござる」

「ボクもそう思うよ」

「おいらはリュート君に任せるケロ」

「うええ……」


 俺は唸り声を出しながら森の奥を再度見る。

 やはり何も見えない。

 回廊のように入り組んだ木々が俺たちの行く手を阻んでいるだけだ。

 ここで名も顔も知れぬ彼らを見捨てれば、一位になれるかもしれない。

 でも、この奥では誰かが今まさに命の危険に巻き込まれているかもしれなくて。


「……じゃあ、行こう。悲鳴の方に」


「冒険者志望なら自己責任だ」という考え方もできるんだろうけど、やっぱり見過ごすことはできなかった。

 俺たちは木々を掻き分け、悲鳴のした方向へと走り出した。

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