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 春の盛りを迎えた庭園は、芽生えたばかりの新緑と咲き誇る花々で目映いばかりに彩られていた。暖かな日差しに心は安らぎ、時折髪を乱す風のいたずらさえ快い。庭園の隅の東屋には、真っ白で瀟洒なテーブルがある。そこに摘みたての薔薇を飾り、お茶会の用意をする。今日のおやつは甘酸っぱいベリーのタルトだ。花柄に丸い形のティーポット、同じ柄のカップからは芳しい香りが立ち上る。

 完璧とも言える美しい午後の景色に、私はうっとりとため息をつく。自分で選んだお茶を庭で楽しむのが晴れた日のお決まりで、日々の楽しみのひとつだった。今の季節は気候もよく、花の咲く庭園は目にも楽しいので、私は特に春の茶会が好きだった。

 ただ、この日関しては、少しばかり不満な点があった。

「……お兄さまとお父さまは、まだお客様と話しているのかしら」

 ティーカップを揺らしながら、私は密かに呟きを漏らした。こぢんまりとした幸せなお茶会に唯一足りないもの。それは話し相手だった。お茶やお菓子の準備をしてくれるメイドはいたけれど、彼女達はあくまで仕事としてここにいるのだし、お喋りを楽しむ間柄というわけでもない。私のお茶会に付き合ってくれるのは大抵兄か、そうでなければ母だった。けれど生憎と母は外出していて、兄は父と共に客人の対応中だ。

 父は異国の織物や宝石を扱う商家の二代目で、兄はその跡継ぎだ。仕事を覚えるためにしょっちゅう父の仕事先に着いて行くし、今も商談の最中だろう。母も女性ながらに商才を発揮していて、父と共にあちこちを飛び回っている。けれど私には残念ながら彼らの才能は受け継がれず、一人こうして暇を持て余しているしかない。最近は特に忙しいようで、以前のように一緒にお茶を楽しむことも少なくなっていた。

「……これじゃあタルトが余ってしまうわね。あなたが食べられたら良かったのにね」

 向かいの席に座らせていた人形に、戯れに話しかけてみる。勿論、返事などない。青いドレスに身を包んだ少女は、口をつぐんだまま私の視線を受け止めるだけだ。虚しくなって溜め息を吐きかけた時、不意に人形の身体が浮き上がる。つられて人形に注がれていた視線も上を向き、その先に現れた人物に私は歓声を上げた。

「やあ、お姫さまはご機嫌斜めかな? 遅くなってごめんよ」

「お兄さま! お客様はもうお帰りになったの?」

 人形を抱いて微笑んでいたのは、当分は部屋から出て来ないであろうと思っていた兄だった。驚きながら私がメイドに茶の準備を申し付ける間に、その間に兄は、自分の膝に人形を置き直すようにして椅子に腰掛けた。

「ついさっき、ね。それにしてもお茶会まで一緒とは、本当にお気に入りなんだね、この人形」

「それはだって、お兄さまがくれた人形ですもの」

 金の巻き髪、白い肌に薔薇色の頬、ぷっくりとした愛らしい唇――私によく似たこのビスクドールは、十歳の誕生日に兄が送ってくれたものだ。病気がちだった幼い頃の私にとって、傍にいてくれる唯一のお友達だった。どこへ行くにも連れて歩き、何かあれば一生懸命話しかけて、夜は同じベッドで眠った。人形そのものが気に入っていたのもそうだが、何より兄が自分のために贈ってくれたのが嬉しかったのだと思う。月日が経ち、今年私は十五歳になった。すっかり身体も丈夫になり外へ出る機会も増えたけれど、この人形が大切なお友達であることに変わりはない。

「ね、お兄さまも一緒にタルト食べるでしょう? 料理番が自信作って言ってたのよ」

「有り難く頂きたいところだけど、君は部屋に戻らなくても大丈夫かい? 身体は辛くない?」

「もう、大丈夫よ。昔みたいに病弱じゃないんだから」

 わざとらしく頬を膨らませて過保護を責めると、兄は苦笑しながら淹れたての紅茶に口を付けた。以前のように寝込むことがなくなった今でも、兄は何かにつけて私を心配する。分かっていても昔の癖が抜けないんだよ、なんて本人は言うけれど、両親はそれほどでもないからやはり兄が過剰であるに違いない。

 けれど、口では怒っても私はそれが嫌ではなかった。美しく優しい兄が私を気にかけてくれることに、密かな優越感すら抱いていた。優秀で、誰からも好かれる兄の、特別存在。そうやって考えると、心地よかったのだ。そして兄もそんな私を猫可愛がりするものだから、私が兄にべったりでわがまま放題に育ったのも仕方のないことだと思う。

 付け加えるなら、そんな兄妹を周囲が持て囃したのも原因のひとつに違いない。兄もさることながら、私自身もそれなりに見れる容姿であったためだ。自分でも、人形のような顔立ちと、長く伸ばした陽光のような金髪は自慢だった。二人で並んだ姿が絵画のようだ、と褒められれは気を良くしていた。

 とにかく、当時の私は兄が大好きだったのだ。婚約の話が出た時などは『私がお兄さまのお嫁さんになるの!』と駄々を捏ねた気もする。そういえば後にあの話は白紙になったようだったが、まさか私のわがままのせいではないはずだ。

「……どうかした? やっぱり具合が悪い?」

 わずかの間過去に思いを馳せていた私に、兄は不安気な視線を向けた。少しぼうっとしていただけでこれなのだから、妹への溺愛っぷりも大概だとしか言いようがない。

「平気よ。ちょっと昔のこと思い出してただけ。よく寝込んでたなぁって」

「そう? なら、いいけど」

 軽く笑って返すと、首を傾げながらも兄は淡く微笑んだ。昔から変わらないその笑顔が愛しい。流石に今は昔ほどべったりではないし、分別もあるつもりだ。だから、お兄さまと離れるのは嫌、なんてもう言わないけれど、出来るだけこんな日々が長く続けばいいと思っていた。いや、続くものだと思っていたのだ。あの時までは。

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