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3、見送り

「それじゃあ、行ってくるよ」


朝の出勤は、蒼太のほうが少しだけ早い。そのため、見送りをするのはいつも私の仕事だ。


私は正直言って、あまりこの瞬間が好きではない。この時が過ぎれば、夕方……蒼太の通常帰宅時刻である19時まで、私は愛しの蒼太から離れて半日を過ごさなければいけないのだから。


だがしかし、ここで私が駄々を捏ねる権利はない。蒼太が働いているのは、私と蒼太の幸福な未来のためであり、決して不幸への架け橋ではない。


……頭の中ではわかっていても、やはり蒼太と離れるのはつらい。


「蒼太ぁ……」


玄関の戸に手を掛けた蒼太に、私はつい切なげな声を上げてしまった。


未だに寝間着のままである私に対して、蒼太はキチッとしたスーツ姿だ。それが自分の情けなさを象徴しているかのようで、余計に涙が出そうになる。


本当は笑顔で送り出してあげるつもりだったのに、結婚してからの私は蒼太に笑顔どころか、泣きそうになる顔しか見せていない。


醜い、意地汚い、弱虫……自己嫌悪でさらに自分が嫌いになる。


必死に笑顔を作ろうとしても、頬の筋肉はうまく機能せず、視界は熱い何かでぐにゃりと曲がり、まともに蒼太の顔すら見ることができない。


そして、私の目から大粒の涙が落ち————る前に、何かによってかき消された。


涙を呑み込んだのは、お日様と洗剤の匂いと私の大好きな人の匂いの混ざった、パリッとしたスーツ。蒼太の胸に抱かれた私は驚愕と安堵のあまり声を出せず、口をアワアワとさせるだけだった。


「香鈴……行ってくるね」


そんな状態の私を気にすることなく、蒼太は私の顔を包むように、その大きな手で私の頭を優しく撫でた。


あぁ、不思議だ……どうしてあんなに乱れていた心が、蒼太に抱き締めらながら撫でられただけであっという間に落ち着いてしまうのだろうか。


蒼太ならば、世界中の鬱病患者を癒すことができるのではと、私は本気で思っている。もちろん、蒼太が他の人を抱き締めるなんてことは絶対にあってほしくないから、そんなことはしてほしくないけどね。


そんなどうでもいいことが頭を駆け巡るくらい、私の頭の中は穏やかなものへと変わっていた。


私はさらに心を落ち着かせるために、すぅっと息を深く吸い込む。酸素とともに、私の活動エネルギー物質である『SMT(ソウタ・マジ・天使)』が体中に染み込み、痺れにも似た力の奔流を感じた。


……落ち着くどころか、余計に興奮してしまった気もするけれど……私は少しだけ背伸びをして蒼太の唇に自分の唇を重ねた。


柔らかい感触が口越しに感じられ、思わず舌を伸ばしたくなる。それをなんとか我慢した私は、余韻を楽しみながら、唇を離した。


『いってらっしゃい』という言葉を伝えながら。


蒼太はほんの少しも驚く様子は見せず、ただただ幸せそうに微笑みながらもう一度『行ってきます』といい、そしてガチャリと音を立てながら扉の外へと出て行った。


あとに残ったのは、扉から入ってきた少し冷たい外気と、着ぐるみパジャマ姿の私、そして唇に残った幸せの残滓ざんし


この行事はかれこれ、結婚してからの平日には毎日のように行われている。蒼太のためにもどうにかしてこの想いを抑えたて、所謂世間一般で言う普通(、、)の朝を迎えたいのだけど……どうにもそれを抑えることができていない。


蒼太は『別に、それは悪気があってやっているわけじゃないんだし、いいんじゃないかな。それに、僕としても香鈴が本気で僕のことを好きでいてくれていることが毎朝確認できて、結構嬉しいから』と言ってはくれているが……これが子供が生まれたりしたときに、母親がこんなのでは、何かと問題がある。


それに、蒼太は心の底から問題ないと言ってくれているのだろうけれど……毎日の労働やナニやらで朝も疲れが溜まっているはず。私のせいで蒼太の体を壊してしまうなんてこと、あっていいはずがない!


私は、ぐっと握り拳を高らかに掲げ、気持ちを新たに決める。


『せめて朝は綺麗に見送りのできる女になって見せる』と。


「さてと!そうと決まればさっさと気持ちを切り替えていくわよ!」


気持ちを改めたせいか、妙に興奮が収まらない私は、勢いそのままに行動に移した。猫耳フード付き寝間着を脱ぐと同時に、外出用の洋服を着こなしたり、化粧を軽く済ませる。


今日も今日とて忘れかけていたが、私も蒼太と同じく仕事をしている。蒼太のいない家にいたくないという理由で始めた仕事だが、今では私の昼間の居場所と化している、大事な職場だ。


「よし、これでよし!行ってきます!!」


ささっと身支度を整えた私は、勢いそのままに部屋を飛び出した。


―――こうして、私の朝は始まるのである。






今日は長編のほうを出す予定だったのですが、部活の合宿のせいで、短編を出すことになってしまいました。しかも、かなり短いうえに雑で、あまり出すのも忍びないものとなってしまいましたが……どうかご容赦くださいまし!


……しかも、またテストの関係で投稿が止まります。次回の投稿は7月9日です。本当に最近グダグダになってしまいすみません!


感想・評価、美術部で大作を生み出しつつ待ってます!



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