93 はじめまして、のその後ろでは・・・
皆様初めまして、マゼンタでございます。本日もとても素晴らしい気分で1日を迎えられそうです。
それと言うのも・・・。
「お義母さん。今日のお茶の時間に出すお菓子なのですが、料理長さんに『裏庭の青ベリーアを摘んで良いですよ。』と言って貰えたので、ソールさんと青ベリーア摘みをしようと思うのです。それで、その青ベリーアを使って『青ベリーアのタルト』を作ろうと思うのですが、皆さん青ベリーアはお好きでしょうか?」
そう言って可愛らしく小首を傾げているのは、私の末の息子の伴侶であるフィーナさん。私の可愛い可愛い「娘」なのですわ!こちらの領地には以前はイレイズさんがいらっしゃったのですが、少し意思疎通の不具合があってご実家に戻っていきましたの。・・・今もお元気でしょうか・・・。
私は帝都での社交期間が終わった事で領地に戻ってきたのですが、帝都と離れているこの領地には1番下のアスライール以外の2人の息子がいます。この息子達も小さな時でしたら可愛らしかったのですが、大きく成長して可愛らしさの「か」の字も見えなくなってからは、この領地に戻るのは「周りの皆さんが良くしてくれるから戻るだけ」となっています。旦那様と離れて過ごすのはとても寂しいのです。
・・・ですが、それは昨年までの私ですわ!
今年は(とても)可愛らしいフィーナさんとソールさんが朝から夜まで一緒にいらっしゃるし、孫のギリアムとシルミアも5月いっぱいまではこちらにいますので、寂しくなんてありませんわ!・・・残りの領地生活なんて「幸福の後の残照」なのです!
帝都に戻った旦那様を気遣って「差し入れ」をしてくれるフィーナさんですもの、離れた領地にいる私の事だって気に掛けてくれると思っていますの!それに、フィーナさんがこちらにいらっしゃる間だけ、料理長には厨房の立ち入りの許可を頂きましたから、毎日フィーナさんお手製の「お菓子」に舌鼓を打っていますのよ!もちろん、旦那様が受け取った「ぜりー」だって作って貰いましたわ!
・・・うぅ・・・。もう、お2人はずっと傍にいてくれれば良いのに・・・!
私は旦那様との間に3人の「息子」に恵まれました。跡取りとなる長男と次男を産んでいたので、3人目こそは!と挑んだ出産では「女の子」と見間違うような顔をした「男の子」の出産でした。その3人目の男の子がアスライールで、「顔」はとても良かったので「女の子にはとてもモテている」と報告を受けていたのに、その顔を活かせない「残念」な少年期を過ごしていました。
アスライールは貴族の3男です。ここ最近は、大きな争いも無く疫病もありませんでしたから「家を継ぐ可能性はとても低い」と自覚していたのでしょう。自分の身を立てようと思ったのか、ある日、突然「騎士になります。」と言って、私達家族を驚かせたのです。
アスライールの言葉に「騎士だなんて危険な職業はやめて!」と私は反対しましたのに、旦那様は2回までの受験を許したのです。
「あの子は上位属性の「氷」と特殊属性の「水」の魔法が使えるのですから、姪のラヴィアーネさんと同じ「塔」を勧めるべきよ!」とか、「あの子の『気配りの出来なさ』は学園生活での報告にも書かれているくらいなのだから、『気配り』が求められる騎士なんて無理よ!」と旦那様には伝えたのですが、旦那様は「アスライールが初めて自分で決めた事だから、私達はアスライールを見守ろう。」と私に言って来たのです。
旦那様の言葉に私は驚きました。言われてみれば、確かにアスライールは自己主張が少ない子でした。
コルネリウスとゼーセスは歳が近い事もあって一緒に動いていましたが、少し歳の空いたアスライールは静かに本を読んでいる事が多かったのです。それでも、学園では「気の合う友達が出来た」と言っていましたから、私は上の2人と同じようにアスライールも学院に進むと思っていました。
この旦那様の言葉で、私はアスライールの騎士学校受験を認めたのです。
ですが、アスライールが持ってきた騎士学校の入学の案内に書いてあった内容に、私は大きな怒りを覚えました!
何と、アスライールが入学予定の騎士学校では、「余程の事」が無い限り入学から卒業まで家族に会う事が出来ない事になっていたのです。その「余程の事」である身内の「慶弔事」ですら、赤の他人である騎士学校の関係者が一緒に付いてくる事になっていたのです。私はこの案内を見て、学院への入学に切り替えさせようとしましたが、私の言葉にアスライールが悲しそうな顔をしたので、それ以上は何も言えませんでした。
私と旦那様、上の息子2人は「学院」の事しか知らない事にその時に気付いたのです。
「直ぐに根を上げて帰ってくるだろう」という私達家族の予想を裏切って、アスライールは騎士学校でとても生き生きと生活を送っていたようです。騎士学校から送られてくる「成績表」と「素行表」の評価はとても良く、実技、学業共に上位を保っていました。さすが、旦那様の子です!
騎士学校を卒業してから4年間行われる「辺境伯領駐留」時には、私達もアスライールに会う事が出来たので毎年会いに行っていましたが、何て言うか、アスライールがしっかりしたのか?と言われると、違和感があります。なんて言うか・・・、会話をしていると、フワッと会話の中心が抜けていくのです。アスライール、アナタは知っている事かも知れないけれど、私の知らない事もあるのよ?誤解を受ける時もあるから、その辺りの説明はきちんと言葉でしないとダメよ。
どうやら、アスライールはアスライールのまま成長していたみたいです。・・・喜んで良いのかしら?
旦那様は「貴族としては生きづらいだろうから、騎士で良かったのかも知れない。」なんて言いますが、そんな訳ありません!ただ、矯正の余地が無くなってしまっただけではありませんか!
その後、アスライールが辺境伯領駐留から帰って来る年に皇帝陛下の「あの」お触れが帝都中に出されてアスライールの行方が途切れてしまった時には、アスライールと同期の卒業生を持つ親同士で騎士団と騎士学校へ「ご機嫌伺い」に行ったりしました。騎士団も騎士学校も慌ただしそうにしていましたが、流石に1年が過ぎても帝都に帰ってこないのは異常だと思いましたの。最終的には旦那様から話を聞いた義兄様が動いた事でアスライール達はようやく帰ってきたのですが、それでも2年と半年掛かっています。そして、どうしてかアスライールはその時に連れ回されていた部隊に留まっているのです。
・・・義兄様、ユーレイン様に「専属」の騎士はどうですか?少し気は利きませんが、今ならアスライールには可愛いお嫁さんが付いていますわよ?
ようやく帰ってきたアスライールは、ゆっくりする暇も無く騎士団への入隊の準備に追われていたのですが、そんな中で皇城からアスライールを指名しての招集状が届けられたのです。こちらの招集状は旦那様にも知らされていなかったようで、私とアスライールの登城に驚いた旦那様がお仕事の最中だったにも関わらず、急いで駆けつけてくれたのです。
その時にソールさんと初めてお会いしたのですが、フワフワとしたアスライールと同じくらいフワフワとしたソールさんを見て、私は「大丈夫なのかしら?」と思いながらアスライールが皇帝陛下から賜った家に必要な物を集めたのです。
・・・週に何回かヒトを入れて様子を見ていたけれど、1年と半年、あの子達の暮らしぶりは本当にひどい物だったわ・・・。今でも、時々心配になりますもの・・・。フィーナさん、本当に頑張っていますわ。
でも、そんなアスライールが今年の初めに結婚したのです!
そのお相手は、とても可愛らしいフィーネリオンさんです。フィーナさんは本当に可愛らしい方で、フィーナさんを大切に育てていらしたご両親には本当に頭が上がりません。
何より、よりにもよって結婚の相手がアスライールだなんて、本当に申し訳なく思ってしまいました。
フィーナさんのご実家は、義兄様であるサイアン様が治めている商業都市で商店を経営していらっしゃっていて、平民の身分なので本来なら貴族である私の息子とは結婚はおろか婚約すら交わす事は出来無かったのです。ですが、私が散々否定した「騎士」という職業が今回の奇跡を起こしたのです!
今なら、アスライールが騎士となる事を許した旦那様の判断を受け入れられますわ!
・・・今回のフィーナさんとの「婚姻」については、本来であればこちらから「お詫び」に行かなくてはいけなかったのですが、こちらから送った手紙には「本人も納得しているので、大丈夫でしょう。ご心配頂き有り難うございます。」と返事が来たきりなのです。アスライールが「商業都市に行って来ます。」と挨拶に来た時に「どうして騎士の制服なのか」を問い詰めなかった私は、この件も「フィーナさんのご家族の皆様に謝罪しなければいけない案件」の1つに入れています。私達がフィーナさんのご自宅の周辺の調査をした限りでは、ご家族の仲はとても良いと評判で、フィーナさんは「看板娘」としてお顔を知られていたみたいです。
私の旦那様は商業都市を治めているスターリング侯爵であるサイアン様と血の繋がった「弟」と言う事もあり、商業都市での事はある程度「報告」を受けていらっしゃるみたいです。今回のアスライールの「婚姻」については旦那様もとても驚いていて、義兄様に確認の通信までしていました。義兄様は「今回の事は皇帝陛下の思い付きの行動らしい。皇帝陛下の書きかけの書類を見て、宰相が書類をしたためたそうだ。」と通信の先で仰います。私は旦那様の隣でこの通信を聞いていましたが、旦那様が「メルリード・・・。」と小さく呟いて、目元を手で覆ってしまいました。宰相閣下、なんてお労しい・・・!
その後、義兄様から「『婚姻証明書の写し』と相手の『姿絵』を早馬に持たせたから、とりあえず確認してくれ。」と連絡が来て、その日は旦那様と不安を抱えたまま夜を迎えましたの。
夜、早馬で届いた書類は「本物」の「婚姻証明書」でした。
義兄様は書類を纏めて直ぐに旦那様の元へ早馬を出してくれたのでしょう。届け人がまさかのユーレイン様だったので、私達は2重に驚きました。ユーレイン様は足の速いフェンダ型の騎獣に乗れるので、閉門までに帝都へと到着できたのでしょう。
ユーレイン様がスターリング侯爵家の帝都邸宅へとお帰りになるのをお見送りして、私は旦那様と一緒に「婚姻証明書」の内容を確認しました。
何度、アスライールの相手となった方の名前を旦那様と確認した事でしょう!?最終的にはギースとニナを呼んで、相手の名前を読んで貰って確かめたのよ!
・・・何度、・・・何度確認しても「商業都市の妖精姫」!
私は年甲斐も無くニナと喜びの声を上げてしまいましたわ。旦那様は私の様子を咎める事無くギースに指示を出していました。・・・そう、あの、見るのもおぞましい「家」の状態の確認です。フィーネリオンさんは貴族ではありませんから、私達と一緒にこの屋敷に住む事は出来ません。その事を踏まえての行動なのでしょうが・・・。
あんな家、潰れてしまえば良いのですわ!そして、フィーネリオンさんと一緒にこのお屋敷で生活をするのです!領地にはイレイズさんがいますから、帝都での癒しはフィーネリオンさんで!
そう思った私の行動はとても早かったと思うのです!
その次の日には朝からリランを呼んで、義兄様の送ってくれた姿絵を見ながら衣服と小物類の準備を致しました。旦那様の方は何だか頭を抱えていましたが、私はとても楽しいです!イレイズさんは拘りがあるのか、なかなか私には衣服の相談をしてくれないのです。
そうして迎えた運命の日!
私達はアスライールが「自分達の家」に帰るのを阻止するべく、定期馬車の馬車泊まりに迎えを出しました。
そうして、私達とフィーネリオンさんが初めて出会ったのです。
・・・でも、その前に・・・。
アスライール?いつの間にソールさんは縮んだのかしら?こちらにも驚きすぎて、思わず旦那様と顔を見合わせてしまったのだけれど!?
「ふふふっ。」
「まぁ。マゼンタ様、どうされたのですか?」
私とオフェリア様、義兄様の視線の先には、青ベリーアを採っている「子供達」がいます。
コルネリウスもゼーセスも「ベリーア摘み」何てした事無いでしょうに、その下の世代と一緒に恐る恐るベリーア摘みをしています。青ベリーア摘みをしていたフィーナさんとソールさんの所にアスライールが加わって、そこにソールさんに誘われたコルネリウスとゼーセスが加わりました。最後にユーレイン様とラヴィアーネ嬢がオフェリア様に送り出されて今の状態になったのです。
「ふふふっ。今日は『青ベリーアのたると』だそうですの。オフェリア様、どうしましょう?フィーナさんったら、私達を太らせる気でいますわよ?」
「まぁ!それは大変!ドレスが着られなくなったら、旦那様に新しいドレスを作って頂かないと!」
私達はテラスから見える光景に会話が弾みます。
「・・・オフェリア。食べる数を減らす事を提案させて貰うが・・・。」
「無理ですわ!旦那様!だって・・・、私、青ベリーアに目が無いのですもの!今朝だって、たくさんの『青ベリーアじゃむ』をパンに塗ってしまいましたわ!あぁっ!『じゃむ』が美味しすぎます。旦那様も、青ベリーアお好きでしたよね?」
「あぁ、好きだが・・・。食べ過ぎは・・・。」
オフェリア様の言っている『じゃむ』ですが、フィーナさんは「今が『しゅん』の青ベリーアで作ってみました。」と言っていましたが、「しゅん」って何でしょう?その様子が可愛らしかったので流してしまったのですが、今更聞けませんわ!アスライール、聞いておいて頂戴ね!
義兄様とオフェリア様の会話に私も笑ってしまいましたが、確かに危険なのです。私に付いてきているニナは既に衣装直しを始めていて、私もこのまま行くと衣装の手直しをしなくてはいけなくなりそうです。
気を引き締めないと、大変な事になりそうですわ!
・・・あぁっ!旦那様も、一緒にいられたらもっと楽しかったのに!
マゼンタは息子の意見をある程度は聞き入れているけれど、アスライールの意見を聞く前に「上の子2人」の時の流れで行っていたので、ある程度先回りに手を出していました。その結果が今のアスライールです。
でも、アスライールはその事に不満は無かったので、結構気楽にしていました。
後から到着したシルミア達が青ベリーア摘みのお話を聞いて羨ましがったのは、また別のお話。
マゼンタとニナ、オフェリアとラヴィアーネはフィーネリオン達が旅立った後、元の体型に戻っています。皆「良かった良かった。」と胸を撫で下ろしていました。
「ジャム」のレシピは候爵家と伯爵家で買い取っています。




