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「つまり、私が受け取った令状には何の効力も無いという事ですか?」
「私がフィーネリオン嬢に渡した令状には皇帝陛下からの令状に御印がありませんので、効力が無いと思っていただいて結構です。宰相閣下からの令状が2枚目に続きますが、1枚目が無効ですので書かれている内容は無視しても良いとお言葉を頂いています。」
思わず私が受け取った令状について聞いてしまったのですが、騎士さまからの返事に唖然としてしまいました。
「・・・え?それでは、この令状?は、どうしたら良いのでしょう?」
「宰相閣下より、『商売をしているのであれば張り紙に使う紙はあって困らないだろう。』と、裏側を張り紙として使う許可を頂いています。手紙の封をしていた封蝋も城で全般的に使われている物で、皇帝陛下や宰相閣下のお使いに待っている物とは別のものですから、『暖炉の種火を付けるのに使えばいい』とのお言葉を頂いています。ですので、どうぞそのようにしてください。」
私の疑問に対する騎士さまのお答えの、何と言う無茶振り!
私は、そう言った言葉を望んではいないのです!騎士さまも真面目なお顔で言う事ではありませんよ!
・・・・お顔も見た事のない宰相さま。
宰相さまの事、散々(心の中で)罵った私が思うのもなんですが、帝国のトップである2人の手紙(でもいいよね?)の裏を張り紙にって・・・。
お城からの書状に使われる封蝋が使われた封筒を暖炉の種火にって・・・。
・・・さすがに、それはムリです。私には出来そうにありません・・・。せめて、回収して下さい。
前世はゆるい身分社会でしたが、目上の方に手紙を頂いたとき、その相手に同じ事を言われたとしても、そんな事は出来ませんでしたよ?
それなのに、ガッチガチの身分社会である今世でそんな事出来るハズがないじゃないですか!?
あれ?宰相さまですから雲の上にいらっしゃる方ですよね?あちらで言う所の総理大臣さまと同じくらいの地位ですよね?そんな方が、例えでも「その書類、間違っているから裏紙にしていいよ」何て言っても、秘書さんの手によって確実にシュレッダー行きだったと思うのですよ!?
間違っても、裏紙利用は無い!と思うのです!
それなのに、まさか商業都市の小さな雑貨屋がそんな事をしたら、それこそ『皇帝陛下と宰相閣下の令状を裏紙に使用するなんて許すまじ!』とか言われて極刑が待っているパターンじゃ無いですか!
考えなくても分かる事ですからね。これは、確実にフラグです。
見つけたら折らないといけない方のフラグですよ!私は空気を読む女!このようなフラグには引っ掛かりませんよ!
私の(心の中での)怒涛のツッコミは終わりを見せません!
隣に居るお兄ちゃんも、お父さんとお母さんも何とも言えない表情で騎士さまを見ています。
「・・・ですが、父君にお渡しした令状の方は、宰相閣下からの正式な令状となっています。」
騎士さまのおっしゃった、この言葉に私達の中に先程と同じ緊張感が生まれたのです。
「立って話すのも大変ですから、場所を移しましょう?」
お母さんのこの言葉で、騎士さま(抱えられているので幼児さまも)と両親、お兄ちゃんと私は応接間に移動しました。
先程の小応接間とは違って、こちらは正式な契約をしたり商談をする時に使うお部屋です。防音もしっかりしているので、この話し合いの重要性が私にもお兄ちゃんにも何となく分かりました。
私は難しい話は付いていけないので(ツッコミを入れたくなるので)、給仕に回る事にしました。この部屋の中に居る全員がお昼を食べていないので、何か軽食を準備しながらお茶を出しましょう。
「父君の令状には宰相閣下の署名及び御印が使用されています。ですので例外が起きない以上、令状に従って頂きたいと思います。もしかしたら、母君も目を通されたと思いますが、確認のため読み上げさせて頂きます。
[ これは、商業都市東区にある雑貨屋ミュー商店店主ラルフに宛てる命令状である。
一、第二子 長女フィーネリオンの早急の登城を命ず。
一、第二子 長女フィーネリオンと騎士アスライールの期間未定の婚姻の承認を命ず。
店主であるラルフはこの令状が届き内容を確認し、間違いが無い場合速やかに行動に移すよう命ず。
なお、第二子フィーネリオン自身の意見は城にて聞く事とする。
これらは皇帝の勅命である。心して取りかかるように。
帝国宰相 メルリード=ディル=フォン ]
と書かれていますが、請願書を出す事でこの話を無かった事に出来ますが、どうなさいますか?」
お父さんから令状を受け取った騎士さまが内容を読み上げましたが、内容は私の事だったような気がします。
私の受け取ったお手紙(決定!)との内容の違いに驚きました!
・・・私がお城に行くのは決まっていたのですね。
お兄ちゃんは「信じられない物」を見るように私を見ていますが、私は無実ですよ!信じてください!
持っていたティーポットを落とさなかっただけ誉めて欲しいです。
・・・お父さん至っては(燃え尽きてしまったのか)真っ白になっているのですが、大丈夫でしょうか?
「あら!騎士様と婚姻って事は、フィーナったら玉の輿ね!」
そんな中、紅茶を飲みながら嬉しそうにしているのはお母さんただ一人です。
そんなお母さんの言葉と様子に騎士さまは驚いたのでしょう。「今日いきなり現れた騎士と、娘であるフィーネリオン嬢とで『期間未定の婚姻関係を結べ』と言われているのですよ!?怒って当たり前の事ですから、無理に受けずに請願書を提出しても良いのですよ?!」と、少し大きめの声でお母さんに言っています。
騎士さまが大きな声を出したので、ソールさんがムズムズとしています。騎士さま、大きな声を出すとソールさんが起きてしまいますよ。
「大丈夫ですよ、騎士様。フィーナは私達の自慢の娘です。皇帝陛下や宰相閣下にどんな思惑があって娘が選ばれたのかは、私達には分かりません。」
「ならば!「ですが騎士様は、娘や私達家族を思って心を砕いて考えてくださいました。きっと先程の令状のお話も本来ならば、伏せられるべき内容だったのでしょう?」
「いや。「私達は王侯貴族の家紋は何となくは知っていたとしても、国王陛下や宰相閣下の御印までは流石に存じません。娘が『帝都に行きたくない』と言って騎士様が娘を連れずに帝都に帰ったら、お店が潰れてしまいますわ?」
「・・・ですから、そうならない様に手を尽くさせて「それでは、手遅れになってしまうのですよ。」
お母さんは騎士さまのお話を全てぶった切っていましたが、止めはお父さんでした。
何と、騎士様とお母さんの会話に復活したお父さんが参戦しました。私には理解できない次元の会話でしたが、お兄ちゃんは思い当たる何かがあるようで私を見ています。
「・・・それは、どうしてですか?」
「騎士様、私はしがない商人です。こう言っては何なのですが、商人は物事をお金として考える時の方が多いのです。そして、それと同じくらい、周りの噂話には常に耳を傾けるようにしています。
噂話の中には、流行の食べ物や流行の小物。平民の中で流行っているもの、貴族の中で流行っているもの。・・・他人の醜聞もたくさんあります。・・・城から来た使者を追い返した雑貨屋の話とか、・・・皇帝陛下からの招集を蹴った娘など。・・・・これから先も、数えればキリがないくらい『噂話』は世間に溢れてくるでしょう?
そんな噂は、小さな雑貨屋には商売が続けられるかどうかの問題になります。
小さな傷であれば、頑張って働いて、働いて働いて働いて・・・、そうやって傷を治して商売に戻って行く事が出来る。ですが、一度でも大きな傷が付いてしまうと、後はどう頑張っても傷口が広がっていき最後には店を畳むだけになるのです。
商売をする上での商人は、噂に弱いのです。そんな状態の店は、息子には継がせられません。
騎士様に渡された令状を見た時、私達は『娘を帝都に向かわせて、商売を続ける』か『娘を帝都に向かわせず、店をたたんで違う土地に行く』かの、どちらか1つを選ぶ2つに分かれた道の岐路に立ったのですよ。」
騎士さまの問いにお父さんが答えます。お父さんの言葉を、騎士さまは背筋を伸ばしてしっかりと聞いています。
・・・お父さんが家族とお店の事を、どれだけ大切に思っているのかを聞いて、目頭が熱くなってきます。
「・・・ですが、私が受け取ったのは、宰相閣下の封蝋がされた署名と御印のある令状です。どうする事も出来ないと思ったのに、令状を渡してくれた騎士殿に『令状を読んで、娘の反応によっては請願書を書くから待ってくれ』と、言った言葉に自分でも呆れてね・・・。
様子を見に来てくれたネリアと話し合って、騎士殿と娘のいる応接間に向かったのだよ・・・。そこからはこの通りだ、・・・私は陛下か宰相殿を殴りたいと思う。」
とても真面目に話していたお父さんの締めの言葉が物騒過ぎて、私の感動の涙がこぼれ落ちる事はありませんでした。お母さんとお兄ちゃんも同じだったようで、お父さんをまじまじと見ています。
「だってそうだろう!?ようやく学院を卒業して、これから毎日朝から夜まで一緒に居れるハズだったんだから!私達には、そんな権利があっても良いと思うんだ!」
力強く両手を握りしめてお父さんは、騎士さまに良く分からない事を言っています。
・・・って言うか、騎士さまに何て事を言うのですか!お父さん、誰も同意しませんよ!
私のプライベートな時間がお父さんと一緒の時間に使われる事が、さも当然とばかりに言わないで欲しいです!私も17歳になったのだから、コンカツですよ!コンカツ!
こちらでは、18歳から20歳の間に結婚するのが主流なので、その流れに私も乗ろうと思っているのです!本当に、お父さんには結婚相手の選別を、お願いしますからね!
めざせ!19歳での結婚!ですよ!
何だかお父さんがイロイロ言っていましたが、結婚の準備だってしないといけませんからね。
・・・・あれ?今の言葉で何か重要な事を忘れているような・・・。
さっきのやり取りの中に重要な事があったような・・・?
騎士さまとお父さんの間に置いてあるお父さん宛の令状を、作法?何それ?の状態で取り上げて読み直した私は、騎士さまのお顔を見て混乱するのでした。