43 おまつりは、の後ろのお話。
このお話にも「子供への虐待」表現があります。
苦手な方は気を付けて下さい。
私はそれ程大きくは無い領地の跡取りとして育てられていた。
領地は広くないけれど領民は穏やかで、作物も皆が飢える事が無いくらいの収穫があった。
小さかった時はお爺様と一緒に領地を見て回るのが、私の1番の楽しみだった。6歳になって学園に通うようになって(帝都は遠いから)工業都市の学園の寮に入ったんだけど、その年にお婆様から「貴方の妹を両親から引き取った」と手紙が来たんだ。
その年の夏の休暇は妹に会いに屋敷に帰った。妹は小さかったけれど、とても可愛くて暫く見ていたらお婆様に笑われたっけ。
私は幼い時からお爺様達に育てられていたから、自分の両親が傍に居ない事を気にしなかったんだ。
・・・それが駄目だったのかもしれない。
3年前に祖母を、去年に祖父を亡くした時に、領地に私達の「両親」を名乗るヒト達がやって来た。
そうして、穏やかだった領地がおかしくなってしまった。
知らないヒトが我が家に出入りするようになって、今まで屋敷に仕えていたヒト達が辞めて行った。
家令だったリック、メイド頭だったポーラも辞めさせられて出て行った。2人は私達の事をとても心配していたけれど、父(と思われるヒト)が追い出した。
屋敷に居るのは最近入った者ばかりとなって、何だか他人の屋敷の様に感じるようになった。メイドとまではいかないけれど侍女の質は格段に落ちていって、母(と思われるヒト)の周りに居るメイドは母の癇癪によって辞めていくから質の落ちるメイドが雇われていく・・・といった悪循環に嵌まっている気がしたけれど、私が言ってもどうにもならない。
私は学園を辞めさせられて屋敷に戻されたけれど、私の従者と妹の侍女は真っ先に辞めさせられていた。今は良く分からない人物が傍に居る。
妹はまだ幼いから良く分かっていなかったのかも知れないけれど、屋敷は明らかに「おかしい」状態だった。
去年、もうすぐ1年が終わる頃にそれは起きた。
私が目覚めるといつもと違う場所に居て、傍に居た妹も「何が起きたのか分からない」状態で目が覚めたせいか私にしがみ付いていた。
その時に、私達が目覚めた事に気付いた男達によって「私達が売られた」事を知ったんだ。
同じ馬車には私と歳の近いヒトや妙齢のヒト・・・。
様々な年齢のヒトが乗っていて、死んでいる様に生気の感じられないヒトも乗っていた。
私は何が何だか分からない状態だったけれど、馬車は色々な場所に寄って行った。その都度馬車の中に居るヒトが減ったり増えたりしていたけれど、私は妹と一緒に馬車の隅で固まっていたから離される事は無かった。
・・・だけど、とある屋敷に着いた時に馬車に乗っていたヒト達が全員降ろされて妹と離されたんだ。男達に力づくで離されて妹は大きな声で泣いていたけれど、私には立ち上がる力が無くて傍に駆け寄る事が出来なかった。
・・・それからは良く分からない毎日を送っていたけれど、男達が面白そうに「新緑祭で子供を売る」と話している事を不意に聞いてしまったんだ。
・・・今、この屋敷にどれだけの「子供」が居るのか分からないけれど、妹は「まだ」この屋敷に居る。
私が屋敷の外で「仕事」をしている時に窓際に妹が居るのを何度も見ていたから分かっていた。妹も私がここに居る事が分かると、誰にも見つからない様に小さくではあったけれど確かに手を振っているんだ。
・・・せめて、妹だけでも助けなければ・・・。
お爺様とお婆様、私と妹。周りにはリックとポーラ、使用人と領民。
お爺様にはもっと教えて欲しい事がたくさんあった。お婆様とはもっと一緒に居たかった。妹には・・・。
妹には、もっと広い世界を見て欲しい。
我が家の領地は中央からは遠く離れている。だから、どんどんヒトが少なくなっていた。
「仕方が無い」お爺様はそう言っていたけれど、私はあの地がとても好きだった。
穏やかな領民と一緒に過ごすのは、確かに「退屈」なのかも知れない。それでも、私はあの場所が好きだった。私が「帰る場所」だと思っていたんだ。
だから、妹には領地の外を見て、たまに私の居る領地を思い出して貰えれば良いって思っていたんだ。
・・・だから
・・・・だから、誰か!私達を助けて!
そう願わずにはいられなかった・・・。
比較的自由に動けた私は、新緑祭で物売りとして外に出た。
・・・多分、見た目で選ばれたんだと思うけれど、そんな事はどうでも良い。
初日はリボンを女のヒトに売るように言われた。リボンの売れ行きはとても良かった。でも、見張りの男が居るから下手な事は出来ない、そうして初日が終わった。
2日目はリボンを売りながら男を撒こうとしたら、連れ戻されて殴られた。
3日目は殴られた場所が腫れたから屋敷から出れなかった。
4日目は見張りの男の傍でビラ配りをしながら大人しくしていた。
5日目は刺繍糸を私と同じ扱いの女のヒトと売った。見張りは少し離れている。
6日目は同じように刺繍糸を売った。その時に兵士団のヒト達が前を通って行く。声を掛けようとしたけれど、見張りの男がこっちを見ていたから止めた。
7日目は花を渡された。「新緑祭」は後3日、焦りが出てきた。花の売り上げはとても良くて何回か男達に補充して貰ったけれど、どうしたら良いのか分からなくて・・・。話しかけたヒトが『花だ!』と古語で言葉を発して、自分の言葉に気付いたのかすぐに「綺麗な花だね」と標準語に言い直して何種類か買ってくれた。「コレだ!」と思って何人か試してみたけれど、変な人を見るように離れて行った。その日はそこで屋敷に戻された。
8日目は同じように花を売りに出た。なるべく言葉の分かりそうなヒトを選んで声を掛ける、もし駄目だったとしても花を買って貰わないと屋敷に戻されるから男の目には気を付けた。
「時間が無い。」籠の花を何回か補充しながらその事しか考えられなくなっていた。
だから、それまでは「意識して」近付かなかった「家族」であるヒト達に声を掛けたんだ。
お婆様に「知り合いで無い方が家族でいらっしゃる時には、貴方は男性に声を掛けるのよ。女性が奥様だった時には失礼になってしまいますからね。」と言われていたので、言葉を理解してくれそうな男のヒトに声を掛け続けた。
古語は「必須」言語では無いので、一般のヒトには「理解して貰えない」と言う事に気づいた時はお昼を回った頃だった。
少しずつ焦ってきて、ふと目に入った銀色の髪に目が止まった。
「あのっ!」
焦っていた私は、あまり深く気にしないでそのヒトに声を掛けていた。
銀の髪に赤い瞳。私の父と同じ色を持つその姿に、思わず息をのんだ。
振り向いた男のヒトの姿に声が震えたけれど、気にしていられない。反対側に座っていた女のヒトと男の子が私を見る。
「花を、売っています。一束、大銅貨5枚です。」
緊張から声が震える。銀色の髪の毛は「貴族」だろうか。男のヒトは、女のヒトに花を買うか聞いている。貴族であれば言葉が分かるかもしれない!そう思った私は期待してその場に立っていた。
「お花を見せて貰っても大丈夫ですか?」
女のヒトがそう言って来たので驚いたけれど、男のヒトが頷いたので女のヒトの傍に寄って籠の花を見せる。
『兵士団の方を呼んで欲しいです』少し遠いかもしれないけれど、そう言った。
『妹が捕まっていて、売られそうなのです』反応があったので言葉を続けた。
でも、女のヒトは気にしないのか「いろいろな種類がありますね!」と言って籠をテーブルに置く様に指示した。
・・・正直、ガッカリした。
私の落胆が分からないのか、下がっていた腕から籠を取ってテーブルの上に乗せた。
時間が無いんだ!「ナニを!」そう言って籠を取ろうとしたら、何か書かれた紙が目に入った。
「あっ!ルピナス。珍しいです!」
女のヒトと男の子が籠の花を覗きこんでいるけれど・・・。
[どこだ]
籠の横に置かれている紙には短く言葉が書かれていた。
紙を凝視していたら『もし、貴方を監視をしていらっしゃる方が居るのであれば、視線はお花に。』と隣の女のヒトから小さく古語で注意を促された。
「・・・っ。」
そうだった、見張りの男がいるんだ。そう思って籠の花を見るけれど、女のヒトは反対側からの視線を遮ってくれているようだ・・・。
[建物の特徴でも良い]
紙に書いてある内容が変わった。
毎日居た場所・・・・
『大きな、白い木が植えられていて・・・・・。』
そう、白い大きな木・・・。後は・・・。
・・・後は、何だ・・・?
「おいっ!何をしている!」
同じ所にずっといた事に怪しんだ見張りの男が割り込んできた。
女のヒトが「こちらのルピナスの仕入れ先を聞いたのですが、こちらの方には解らない事を聞いてしまったみたいなのです。」と言って私から男の注意を惹いてくれた。・・・もしかして、助けてくれたのか?
「あぁ!そうでしたか!この花は、西の集落で栽培している所があるんですよ。」
男は女のヒトを見て態度を変えた。・・・違う。その花は屋敷の温室で栽培されているんだ。
「そうでしたか、教えてくれてありがとうございます。迷惑を掛けてしまったようですから、こちらのお花を籠ごと頂きます。」
女のヒトはそう 言うと男に銀貨7枚(!!)を渡した。
「毎度どうも!」
男性は機嫌良くそう言うと、私の腕を強く引っ張ってその場を離れた。
男が機嫌良さ気なのとは反対に、私の気分はひたすらに悪かった。
「お前は売り上げが良かったから、『特別に』新緑祭の間ゆっくりしていると良い。」
そう言われた時に嫌な予感はしていた。帰ったら「屋敷から」と言うよりも部屋から出ない様に足を折られ、その激痛に気を失っていたみたいで気が付いたら夜になっていた。
・・・本当に時間が無い。
足が痛くて這って窓際に近付くけど、外の様子は全く分からない。
遠くで花火が上がっている、・・・もうすぐ今日が終わる。
見ていて綺麗な光景だけれど、世界から取り残されたような感じがして悔しくて涙が出てきた。
ふと、触ったポケットに違和感がある事に気付いた。
・・・・ポケットに何か入っている。さっきまでは窓に近付くのに必死だったから気が付かなかったのかも知れない。ポケットに手を入れてみたら、出て来たのは小さな魔石・・・。
・・・魔石!通信用だ!
・・・一体、誰の・・?
一か八かで、魔石に魔力を込めて「相手」と接触してみる。
[気が付いたか!]
!!
魔石越しに聞こえたのは聞き覚えのある、あの銀色の髪の男のヒトの声だった。一体いつコレを・・・?
[ドアから離れて、もし外が見えるならば、何が見えるか教えて欲しい。]
「遠くで花火が見えます。」
ハッとして外を見ると、窓からは花火が見える。
「正面か?左側か?右側か?」
「左側です。正面には高い塔があって・・・。」
花火に照らされて、普段は認識していなかった塔が目に入る。
[分かった。外には出れそうか?]
「2階にいて、窓は鍵が掛かっているので外には出れません。ドアの外がどうなっているのかも分かりません。・・・すみません。」
男のヒトの指示は簡潔だったけれど、私にも答えやすい質問だった。
[屋敷の門の位置、正門はそこから見えるか?]
「正門は左側です。ここからは裏門が右側に見えます。」
屋敷の周りは何回も見ている。いつでも逃げられるように門の位置は把握しているから間違いない。
[分かった。もしかしたらこちらから連絡するかもしれないので、魔石はそのまま持っていてくれ。]
「・・・はい。」
泣きそうになったから、返事になっていたか分からなかったけれど・・・。
それからは連絡が来るのを待った。
ひたすらに、祈るように魔石を握りしめた。
金色の髪の女のヒトだ、この魔石をポケットに入れたのは。
優しそうなヒトだった。
男の子にも優しそうに笑いかけていた。
銀色の髪の男のヒトにも笑っていた。
・・・私の言葉を、聞いてくれた・・・!
学園に居た時、同じ学年だった子に「貴族は、冷たい」そう言われてきた。必死に否定していたけれど、この屋敷に来てからは「本当に」冷たいと知った。銀色の髪の毛は冷たい雪を連想させる。
そんな考えが、銀色の髪の自分を否定しそうになった。
[待たせた]
握りしめた魔石から聞こえる、男のヒトのその言葉に泣きそうになった。
[聞こえているならば、窓際に立って魔石を掲げて欲しい。]
ずっと窓際で待っていたから、男のヒトの指示に従う為に窓に手をつきながら立ち上がって魔石を上に掲げる
「・・・っ!!」
一瞬、魔石が強く光った。
[ありがとう。感謝する。]
魔石からのその声と共に、外が騒がしくなった。窓の外を見ようとしたけれど、何も見えない。
・・・?
さっきまでは、見えて・・・!!!?
騎獣!!
目の前にはガラス越しに騎獣が居た。
[少し窓から離れて貰えると助かる。]
魔石から聞こえる声はその騎獣の乗り手の声だった・・・。
・・・騎士!
男のヒトが来ている服を見て驚いた、帝国騎士の制服だ!
私がゆっくりと窓から離れると、騎士は騎獣から下りて窓に手を翳す。
ガラスが一気に凍っていって、騎士が窓に衝撃を与えたら砕けてしまった。
「何の音だ!!」
大きな音に気付いて「バタンッ!!」と勢い良く入口の扉が開いて男達が入って来た。
男のヒトと一緒にもう一人、違う騎士が入って来た。
「アンカー子爵には、先程も伝えましたが・・・
帝国法第6条、人身保護法に法りこの屋敷に居る者の引き渡しを先程要求しましたが、引き渡しを認められなかったので強行突入させて頂きました。
尚この屋敷はこれより一時的に封鎖され、持ち主であるアンカー子爵はこの報告を以って爵位剥奪の決定が決まった事を伝えます。
これらの事案は既に宰相閣下の承認を頂いていますが、不満がある場合に限り皇城にて宰相閣下に申し開きが可能となっています。
そして、この屋敷の扱いは宰相閣下の指示の元、帝国騎士団第3師団による采配が認められました。」
この部屋の窓から入って来た騎士は、男達と屋敷の主に何かを突き付けながら話をしている。
話の内容に屋敷の主が激高しているけれど、私にはそんな事は耳に入らなかった。
開けられたドアの向こうから、他の部屋に居たヒト達が解放されて行くのを聞いて「助かったんだ」と安堵した私は意識を手放した。
新緑祭の9日目は記憶にないけれど、新緑祭が終わる10日目に私は目覚めたみたいだった。
その時に、金色の髪の女のヒトが私を覗き込んでいて驚いた。
見た事のない部屋はとても立派な作りで驚いたけれど、私の手に繋がれているのが眠っている妹の手だったからもっと泣きそうになったんだ。
部屋のドアが開く音がしてそちらを見ると、そこから銀色の髪の男のヒトが入って来た。私を見て「無事で良かった」と言われて泣いてしまったけれど、お爺様とお婆様、同じ銀色の髪の毛を持つヒトも優しいって事を思い出したんだ。
窓から見える外は暗いのに「おはようございます」と金色の髪の女のヒトに言われて驚いた。
同じように「おはよう」と銀色の髪の男の人もそう言います。
「おはよう。お兄さま。」
隣を見たら手を繋いでいた妹が泣きながら挨拶してきた。
「・・・おはようございます。」
私と妹は抱き合って泣いてしまっているけれど、私の返事に2人は嬉しそうに頷いてくれた。
私の声を聞いてくれて・・・、私達を見つけてくれて、ありがとうございます。




