37 おどろきの、の後ろでは・・・
このお話は少し長めとなっています。
「差別」表現がありますので、嫌悪感を持つ方は読まない方が良いかもしれません。
「長旅、お疲れ様でございます。」
屋敷に着いた俺は騎乗していたルシェから下りてギースの出迎えを受ける。兄上達が馬車から降りるのを待たずにルシェを従僕に任せて屋敷に入る。母上は屋敷の中で例の女の相手をしているのだろう。
そう思って足早に屋敷に入ると元気そうな母上が出迎えてくれた。
「今回は早かったのね。」
母上は俺達がサロンに揃うとソファーから立ち上がってそう言ってきた。
「はい。今年はアスライールが結婚したこともあるので、そのお祝いをしようと思ったのです。」
兄上はそう言って部屋を見渡している。
この部屋には母上以外には傍仕えの侍女であるニナとメイド達しかいない。例の女は何処に行ったのか、どれ程の準備があるのか姿がみえない。
「あら?アスライールならば仕事だと言って出て言ったわよ。騎士だもの、今の時期は忙しいのでしょう?夜には帰って来るのだから、いつも通りの帰宅で良かったのに。」
母上はそう言ってニナの淹れた紅茶を口にしている。
そう、昔から母上は俺達が揃っている時はこんな感じだ。
・・・いや、違った「兄上が後継者に選ばれた時」からだ。
兄上は気にしていない様だが、兄上の伴侶となった義姉上はその事に心を痛めている。
義姉上がどんなに母上を心配しても、その心遣いを一太刀に切り裂いて行く。
「急に『新緑祭は実家に帰る』なんて連絡が来るから私達も驚いたのよ?急場凌ぎの持て成しで申し訳ないわね。」
母上がそう言ってメイド達に俺達の分の紅茶を準備させる。
・・・そうは言うが「完璧」と言って良い程の手入れがされているこの部屋を見て、誰が「急場凌ぎ」だと思うのだろう。義姉上もその事が分かっているのか、小さく震えている。
兄上も思う所があったのか「連絡しようと思っていたのだけれど、都合が付いたのが遅くなって・・・、次はもっと早く連絡を入れるよ。」と母上に言っているけど、兄上は母上では無く義姉上の事を心配してくれ!
最初は和やかに会話をしていたのだが、義姉上が扉の方を見て母上に何か言おうと
「それで、アスライールさんとけ「『それで』って、どういったお話の切り出し方なのかしら?」
義姉上が言おうとした言葉は、母上によって切り捨てられた。
義姉上は顔を真っ青にして「あの」「その」と言葉にしようとしているが、母上は容赦無く話を切り捨てて行く。
「母上、アスライールの伴侶殿はいつになったら顔を見せてくれるのですか?」
そんな中、兄上がそう母上に言った事によって母上の機嫌は目に見えて悪くなっていった。
母上が此処まで「不快感」を見せると言う事は、余程の事をしでかしているのか・・・。
「何故、貴方達の前に姿を出さなくてはいけないのかしら?」
母上の言葉に兄上が困惑の表情を浮かべている。
兄上は弟が結婚した時に純粋に「良かった、良かった」と言っていて、義姉上の言葉に耳を傾けようとしていなかったからな。義姉上は「平民の女が貴族に嫁ぐなんてあってはならない事だ」と言っていたが、母上の今の態度が全てを物語っている。これで義姉上が言っていた事が「正しかった」のだと思った。
「母上、それは一体どうしてですか?理由をお聞きしても良いですか?」
兄上は「信じられない」と言わんばかりに母上に言います。
母上は一息吐いて、この状況が「理解できていない」甥や姪達を見ると「聞きたいのならば残りなさい。聞きたく無ければ部屋から出なさい。準備してある部屋に案内させます」と言ったんだ。
兄上も義姉上も子供の事を見て「好きな様に」と言ったから甥たちは祖母にあたる母上を見て「残ります」と伝えていた。・・・そうだ、思い上がりの「果て」がどうなるのか知っていると良い。
「・・・まぁ、良いでしょう。コルネリウス。貴方、今回連れて来た使用人の事をどれだけ知っていますの?」
母上は兄上にそう言った。
視界の端で義姉上がビクリと振えたが、質問の内容が不明だったので俺はそのまま母上を見る。
「・・・?今回連れて来た使用人は『最低限で』とイレイズとアシュトンに伝えています。私は2人に任せていましたから移動の時に顔を合わせていた者達しか知りません・・・。此処にアシュトンを呼んでいいのならば、確認させて下さい。・・・母上は何処に不備を感じましたか?」
今この場には居ないが、アシュトンはギースの息子で兄上の専属執事をしている。
「そう・・・。」
母上はそう言って「それでは、『最低限』とはどこまでの事を言うのかしら?」と兄上に続けて尋ねる。
「?・・・野営もありますし、使用した馬車は3台。私達家族の移動ですから、私達を除いての10人です。・・・今回は9人の使用人だったはずです。
領地からの移動ですから、片道5日の野営に耐えられ長期の移動に耐えられる人物が選ばれているはずですが・・・。」
兄上はそう答えているが、母上はそんな当たり前の事を何で聞いてくるんだ?
「・・・ではイレイズさん。聞かせて欲しいのですが、今回の移動で必要な『最低限』の『10人』の中に貴女の従姉妹殿であるデリーラ嬢が別にいらっしゃったようなのですが、どういう事なのでしょうか?
私の記憶が正しければ、先に提示されていたのはコルネリウスの言ったように『使用人が9人』だったはずです。貴女の従姉妹殿を我が家で『雇った』憶えは無いのですが?
『不審者』をこの屋敷に入れるなんて、この屋敷の管理を旦那様に任されている私の失態となります。
それによって、この件に付いてはアシュトン及び一緒に移動してきた使用人達全員の調書を採る事としました。
・・・それにしても、デリーラ嬢のお屋敷であるリード家と我が家は何の繋がりも無かったと思うのですが?どうした事なのでしょうね?イレイズさん?」
母上は義姉上にそう言ったが、兄上は驚いたように義姉上を見ている。そして、これには俺も驚いた!
今回は、兄上の「家族」(俺は兄上のお伴としてルシェに騎乗していた)での移動だった為、気心の知れている使用人だけを選ぶと決めていた筈だ。
今、この部屋に居る人物の視線を集めている義姉上は「あっ!」「それは!」と言葉にならない声を発してから「だって!アスライール殿は貴族じゃないですか!それならば、妻になるのは貴族の令嬢から選ばれた方が良いのではと思ったのです!」と言ったのだ!この発言に兄上も甥達も「信じられない」と義姉上を見ている。
「そうなのよ。不思議よね?
・・・我が家の使用人棟に『不審者がいる』との報告で、別室でお話を聞かせて貰ったら『自分はイレイズ姉さまの従姉妹のデリーラです。アスライール様の妻になる為にイレイズ姉さまと一緒に来ました』と言っているらしいのよ?
可笑しいわよね?アスライールには義兄様からも結婚を認められている『フィーネリオンさん』と言う可愛らしい伴侶が居ますのよ?
・・・・先程、リード家には抗議を出しました。
デリーラ嬢には即刻屋敷から出て頂きたいのですが、貴女の名前を頻りに出してくるので貴女に理由を聞かせて頂いたのですが・・・。
残念な事です・・・。今回の事で貴方に付けていた侍女のメーアは解雇します。
この事態を回避できなかったアシュトンは、コルネリウスの傍仕えから一時外させて貰うわ。
・・・イレイズさん、貴女はコルネリウスの妻として良くやっていると思っていたのですが・・・。
本当に残念です。
私は、今、貴女の顔を見たくありません。本日は御実家へお帰りになっては如何でしょうか?」
俺は唖然と母上の言葉を聞いた・・・・・・。かわいらしいはんりょ・・・?
いや、それよりも・・・。
「義姉上を認めて居なかったのでは無いのか・・・?」
俺は思っていた事を不意に声に出してしまった。
「そんな事は無いよ。母上はいつもイレイズを心配していたんだ。」
兄上がそう俺に言って来た。そして「アシュトンを外されるのは困るな・・・」と、母上に言っていた。母上も「ギースを説得できたなら、帰る時に一緒に帰れるのではないかしら?」と兄上へ言葉を返しているので、兄上に「加勢はしない」姿勢だと暗に言っているが、「困ったなぁ・・・」何て言っている兄上はこの状況が分からないのか?
「だが・・「知っての通り我が家は侯爵家に繋がる伯爵家だ。だけど、周りから何時でも足を掬われる状態の私達は父上の弱点なんだよ。
私達の行動はスターリング侯爵家にも繋がる事だから、慎重にならないといけないんだ。ゼーセス、お前は私の補佐に入っているから分からないと思うが、私の立場は『誰にでも代われる場所』なんだ。
それとアスライールの立ち位置はとても微妙でね、アスライールの伴侶によっては私の立場が危なかったんだよ?」
知っていたかい?と兄上は俺に言ってくるが、・・・知らなかった。
俺よりも4歳下のアスライールは、顔だけは良いが何を考えているのか全く分からない奴だ。今だって、父上の仕事を手伝わずに騎士なんかになっている。
「アスライールはクレア姫を伴侶に迎える事が出来たかも知れないんだ。そうなると、私達は『次代』では無くなるんだよ?まさか、これくらいは知っているよね?」
兄上は衝撃的な事を言って来た。「皇家の姫君を迎える」だって!?皇室のクレア姫はまだ13歳だ、25歳のアスライールよりも11歳の甥のギリアム方が年が近いだろう!
「ゼーセス憶えているかい?アスライールが辺境伯領から騎士団の団員と共に帝都へと帰って来た時に、城への『召集状』が来ていただろう?」
俺の様子を見て兄上はそう言うが、2年前位の昔の話だろう・・・?
「両親とアスライールが城から帰って来た時に、1人連れ帰って来ただろう?少し変わった客人だ。」
・・・・居た様な気もするが・・・
「コルネリウス、ゼーセスにそれ以上言っても無駄よ。ゼーセスは昨日の事だって覚えているのか怪しいじゃないの。」
母上がそんな事を言っているが、反論は出来そうにない・・・。大体にして、興味の無い事を憶えていられる方がおかしいんだよ!
そう思いながら兄上に説明の続きを求めると、信じられない事だらけだった。
・・・どうしてこんなに「面白い」事を憶えていなかったのか、自分が信じられない!
なるほど、クレア様が年頃になったらアスライールと婚姻を結べる。皇家との婚姻だ、この家は『皇家』の縁続きとなる。そうなったら我が家は総家であるスターリング侯爵家よりも立場が上になる、と言う事になるのか。
兄上は俺の事を見て「もっと周りに興味を持ってくれると助かるんだけど・・」と言っている。
そう言っている兄上を見ながら、アスライールの立ち位置を考えてみる。
・・・確かに、貴族と平民の結婚は認められない。
だがアスライールは「騎士」だ、騎士は平民と結婚しても良い。だから貴族でもあるし、騎士でもあるアスライールは伴侶を「貴族」と「平民」どちらからも選べる。
アスライールは父上から「爵位」を貰っているが「子爵」位だ。この屋敷は何れ兄上が継ぐ、この先も父上達の庇護下に居るには限界があるだろう。だが、治める領地の無い「名前だけの」子爵位など、俸給は出ない税は取られるで俺なら断る。
・・・ただ、「身分」として持つのであればこれ以上の物は無いだろう。
「私のした事の何が間違っていたと言うのですか!メーアを解雇するだなんて!お義母さま、今すぐ取り消して下さい!」
兄上の話を聞いていて忘れそうになっていたが、突然義姉上が声を出して母上の方に向かって突進して行った。俺は立ち上がって進路を塞ごうとするが、兄上が義姉上の腕を掴む方が早かった。
「だってそうでしょう?『貴族』の身分であるアスライール様よ?どうして『平民』の女なんかと結婚しなくてはいけないのですか!
私の言っている事で、なにかおかしな所がありますか?法律でだって『貴族』と『平民』との結婚を認めていませんのよ?
・・・それとも、そのフィーネリオン?さんでしたっけ?平民の分際で大層なお名前ですけれど、ご実家は貴族に匹敵する財産がお有りなのでしょうか?「ミュー商店」でしたっけ?そんなお店、聞いた事もありませんわ!
大体、平民の分際で、貴族の私達に顔も見せれない様な「イレイズ!」
「パシンッ!」と兄上が義姉上の頬を叩いた音が部屋に響いた。
怒った・・・。
普段滅多に怒らない兄上が、怒った。
兄上に手を掴まれても尚、母上にアスライールの伴侶の事を言っていた義姉上が唖然としたように兄上を見る。
甥達も驚いて自分の両親を見ているが、これ以上は聞かせない方が良いだろう。
母上に退出の声を掛けようと母上の方を向いて俺は後悔した。
母上は余程気の許す相手以外には、基本的に嫌な事があっても「笑顔」だ。「貴族としての嗜みよ」と言って笑顔を絶やした事が無い。俺達が幼かった時には親族からの陰口にも笑顔を浮かべていた。
・・・だけど、その我慢にも限度がある。
「・・・そう、イレイズ嬢。本日はお疲れの様ね。
丁度お荷物の準備もしてあるようですし、ご実家に連絡して差し上げますから、今日からご実家にお戻りになったらどうでしょう?」
母上は扇で口元を隠しているが、目元以外は怒っている・・・。
・・・最悪だ。
母上が怒っている時は、父上でさえも「そっとしておこうか」と言ってその怒りが過ぎるのを待っているくらいだ。
「え・・・?おか「イレイズ様がお帰りになります。お帰りの準備を!」
義姉上が母上に声を掛ける事はニナによって阻まれた。
ニナの言葉によってメイド達は一斉に動く。相変わらず統制のとれた動きだな・・・。
そう思う事しか出来ない俺の耳に義姉上の声が嫌に響く。
「待って!お義母さま!私の話を聞いて下さい!」
そう言いながらメイドに連れて行かれる義姉上は何だか見ていて滑稽だ。
「お父様・・・。」
姪のシルミアが兄上に声を掛けます。目線は母親が消えた扉なので「追わないのか?」と言いたそうだ。
ギリアムも同じように視線を向けている。
兄上は深く息を吐いて「母上、申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
この状況に甥と姪、それと俺が驚いた。
兄上はこの屋敷を継ぐ為に努力をして来たヒトだ。
それは近くに居た俺が良く知っている。子供達もだ。
「『ソレ』は一体何に対しての謝罪かしら?」
母上は「らしく」なくソファーに深く座って頭を押さえている
「今回の事全ての事に対してです。もう少し配慮するべきでした。」
兄上はそう言って自分の子供達を見ます。
「馬車でこちらに来る時の事ですが・・・。
妻であるイレイズの言葉を訂正する事無く流していた私と違って、この子達は母親であるイレイズが言っている事をキチンと訂正しようとしていましたから・・・。
ゼーセス、お前はイレイズ側だったろう?
知らないと思うが、フィーネリオン嬢は商業都市の学院に在籍中1度も首位から下がった事の無い才媛だ。
お前も知っているとは思うが、商業都市の学院では点数での評価がされる、例えどんな人物であっても、だ。・・・それ故に帝都の学院では無く「あえて」商業都市の学院を選ぶ子息も居るほどなんだよ?
帝都の学院とは違って貴族の身分が通用しないその場所では、問答無用で『留年』させられる事でも有名なんだ。だから、跡継ぎを補佐する次男や三男、優秀な人材を見つける為に親族から送り出される事でも有名だな。
そんな中で、フィーネリオン嬢の『学園卒業と共に学院へ入学、そのまま首位を保ったまま16歳での卒業』は伯父上が『跡継ぎであるユーレイン殿か、息女であるラヴィアーネ嬢の傍仕えに』と考えていた程なんだよ。
これも知っているかもしれないが商業都市は少し特殊で、都市に住む優秀な少女の中から『知識』『人柄』の優れている少女が新緑祭の妖精姫に選ばれるんだ。成人したら男社会になる商業都市で『優秀な少女へのせめてもの褒美だ』と言われているくらいなんだ。だから、妖精姫に選ばれる少女は、成績だけでなく『人柄』も間違いなく優秀なんだよ。
・・・ゼーセス。一応聞くが、2年前の『商業都市の妖精姫』の名前を憶えているかい?
いや、憶えていないなら良い。少し期待した私が悪いんだ・・・。
『フィーネリオン・ミュー』これがその時の妖精姫の名前だ。
彼女の名前が候補に挙がった時に選出者が『満場一致』状態で、対抗馬となる少女の名前が出なかったと言われる程に商業都市では『優秀』だと知名度があったようだ。」
・・・その名前は!
もし『伯父上が目を掛けていた』という事が本当ならば、アスライールは我が家にとって『幸運』を掴んだ事になる。
『商業都市の妖精姫』って言ったら、毎年帝都では失笑を買うほどの不人気だったんだ。
それを一気に変えたのが2年前の妖精姫だった。
毎年帝都でも絵が販売されるが、あまりの不人気に「商業都市出身者くらいしか買わない!」とまで言われていたから、販売数も少なくて再版希望が出た程だったからその名前は嫌でも思い出せた。
結局買う事が出来なかったが、母上に商業都市まで買いに行かされたのは懐かしい思い出だ・・・。
・・・て言うか、どうして兄上はここまで詳しいんだ?
「これでも私はアスライールの兄だからね。弟が困っていたら有る程度は手を貸せるようにして置かないとね。
・・・だから、フィーネリオン嬢の事は、私が調べられる範囲で調べさせて貰ったんだ。
今回の事も、父上と母上が変な方向に頑張らなければ・・・。
いや、それでもイレイズには耐えられなかっただろうな・・・。」
兄上は母上の方を見ながら俺の疑問に答えてくれたが・・・
・・・父上と母上が頑張る・・・?
兄上の言葉に母上を見ると、気まずそうに視線を逸らして「ほほほ・・・」と笑っていた。
・・・まさか!
「まさか・・・、義姉上が言っていた事と言うのは・・・!」
弟であるアスライールを騙して結婚したと・・・。
父上や母上が何も言えない事を良い事に一月も屋敷に居座ったと・・・。
馬鹿みたいな金額の衣服を買って、その上魔道具まで買っていると・・・。
その挙句に屋敷の1室を改装し、平民の分際で何処に着て行くのかも分からないドレス類を買ったと・・・。
そんな「勘違い女」は罪人として扱うべきだと・・・。
「お母様は色々な事を言っていましたが、私達がお会いしていたフィーネリオン嬢はそのような方ではありませんでした。」
「えぇ。本当ですの。」
甥であるギリアムがそう言って俺を見る。隣でシルミアも頷いている。
・・・そうか、そうだった!1月の末に甥と姪は進級の為に早めに帝都に来ていて、寮では無くこの屋敷に滞在していたんだ。・・・そうか、その時に会っていたんだった。
甥達の言葉は、不思議と義姉上の言葉よりも落ち着いて聞く事ができた。
「・・・だって!「母上」・・・もう!やり過ぎたのは分かっているのよ?
でもね?あの『商業都市の妖精姫』が目の前に居るのよ?着飾らせたくなるじゃない!」
「分かりますわ!お祖母さま!」
母上の言葉に「激しく同意」と言わんばかりに姪が頷く。
甥も「気持ちは分かります」と言っているが、どうなっている!
兄上も困惑気味に自分の子供を見ている事から、実質「散財している事に変わりは無い」と思っている俺と同じ考えなんだと思う。
「今頃、悲しくて泣いているのではないかと思うと可哀想で!」
母上はそう言っているが、ニナの「ただ今はお部屋で刺繍をしていらっしゃるようです」と紅茶を新しく淹れて母上を落ち着かせようとしている。
「・・・そうなの?」
「はい。先程、傍にいるジーナから『刺繍を一緒にしましょう。と誘われたのですが、大丈夫ですか?』との連絡がありましたから。」
・・・あぁ。刺繍は貴婦人として覚える事だから、教えて貰うのか。
「まぁ!フィーナさんに教えて貰えるならば、マリーの刺繍の腕も上がるのではなくて?」
・・・逆かよ!おい・・・、刺繍くらいなんとかしてくれよ・・・。
「・・・ただ今戻りました。」
・・・アスライール!久し振りに見た弟は相変わらず小綺麗な顔をしていて嫌になる。
母上が「お帰りなさい」と告げると、部屋の中を見て開口一番に「・・・?フィーナはどうしたのですか?」と言って来たが、俺達は無視か!これは怒っても良いよな。
「少し諍いがあってね、母上の機転で離れに居るようだよ。」
兄上!ここは怒る所だろう!
兄上を見るが、その向こうで姪が「アスラ叔父様ステキ!」何て言っている。
・・・男は顔じゃ無い!って小さい時から教えていたが、現実はこんな物だ・・・。
「そうですか、分かりました。母上ありがとうございます。
・・・・兄上達も無事の到着で何よりです。ゆっくりして行って下さい。」
そう言うとアスライールは扉の向こうに消えて言った。母上も「どういたしまして~」何て言葉を、その背中に言って送り出している。
・・・言いたい事は山ほどある。有るのだが、この部屋に入った時に俺と目が合ったよな!?俺たちへの挨拶が「ついで」と言うのはどういう事だ!
「新婚って良いわね~。」
「そうでございますね。」
母上!ニナもあいつに甘すぎる!今の態度を見て怒らないで、いつ怒るんだ!
・・・何だか疲れた。
その後1度自分の部屋に戻ったのだが、その存在を主張して高く積み上げられた見合い用の絵姿にますます疲れた。
父上が帰って来て、兄上から事の成り行きを聞いて「それならば、夕食はフィーナさんも一緒が良いだろう」と言った事によって「勘違い女」と思っていたアスライールの伴侶と顔合わせをしたのだが・・・。
駄目だ、アスライール。・・・俺でも断言できる。コレは犯罪だ。
「アスラさんのお兄ちゃんですか?あっ!お兄さまですね!すみません。フィーネリオンです。よろしくお願いします。」
と挨拶をしに来た義理の妹に、兄上は「えぇ、よろしくお願いします。私はコルネリウスですよ」と返事をしている。兄上、今の状況でどうして冷静にあいさつして居られるのだ!先程まで一緒に驚いていただろう!?
両親にも兄妹にも似ていない俺の事を真っ直ぐ見上げてくる女なんて、今まで誰も居なかった。
義姉上も言いたい事がある時に近くに来るくらいで後は近寄りもして来なかったから、こんなに近くに年頃の異性が居る事に俺の挙動がおかしくなる!
・・・相手は一回りしたの少女だ、問題無い!何度もそう頭の中で念じる。
俺が何も言わないでいると、姪であるシルミアが「ゼーセス叔父さまは恥ずかしがり屋だから・・・」と義理の妹に耳打ちしているが、それ以上に「ヘタレよ、ヘタレ」と遠くで母上が言っている。・・・ほっといてくれ!
「ゼーセスだ」と(一応の)挨拶したが「ゼーセスお義兄さま、ゆっくりで良いので仲良くして下さいね」と返事が来た。
ふわふわとした義理の妹は、恐ろしいほど「ヒト」とは思えない。「妖精姫」にそう言われてしまったら「こちらこそ、よろしく頼む。」としか俺には言えなかった。
その後、兄上に「アスライールの伴侶殿だから、変な気は起こさないでくれよ?」と言われたが俺を何だと思っているのだろう。
両親にも同じ事を言われた。・・・何故だ!
・・・おい、アスライール!何だその目は!実の兄に対する尊敬は無いのか!
・・・誰が危険人物だ!変な事を教えるな!
マゼンタの前半と後半の温度差!
地方貴族の娘であるデリーラ嬢は、イレイズから話を聞いて「伯爵子息の妻」と言う肩書きに夢見て帝都に来ました。なので、実家の家族は「格上」のヴァレンタ家からの抗議に驚きました。当主は姪であるイレイズがこの件の裏に関わっていた事でイレイズの実家に抗議を出します。
デリーラ嬢は本来の婚約者ではなく、実家に縁続きのお屋敷の3男と結婚をします。ですが、実際は監視付きの新婚生活となり「針の筵」状態での軟禁となっています。
イレイズも実家での扱いは(世間も)格上のヴァレンタ家から「戻された娘」となっています。
ヴァレンタ家での扱いは「次期伯爵夫人」としての扱いだったのだけれど、自分の実家では出来た事が出来ない事にも不満があって、いつもマゼンタと比べられる自分だけが「冷遇」されていると思っていた。
実家に戻ると周りから「腫れもの」扱い状態となっていて、実家を継いでいる実兄からは領地に戻されます。ナゼか領地に戻っていた実の両親からは「優しく」されているので、帝都から「隔離」されている事に気が付かないでいます。
自分の事が社交界からどう言われているのか、理解できなかった「残念な」お嬢様。
自分が実家に戻された事によって、自分の傍仕えだったメーアが「どういった」処罰を受けたのか確認をする事はしませんでした。このままいくと「重い病気」になる予定。
コルネリウスの婚約者は元々は姉のテレーズがなるハズだった。
メーアはヴァレンタ家の侍女として採用された当初はイレイズの行動を窘めていたのですが、自分が「次期伯爵夫人傍仕え侍女」という「権力」を持った事によってイレイズを窘める事無くその行動を「増長させた」事が罪となっています。
その後、使用人ギルドに戻されたけれど、有力貴族から雇用期間更新時期以外で戻されているので次の雇用先が決まりませんでした。実家は男爵家で、メーアの収入が無くても生活していけます。なので、有力貴族であるヴァレンタ家の怒りを買ったメーアは、お金のある商人の後妻として「買われて」行きました。
調書を取っている時に判明したもう一人の「共犯者」はイレイズの権力に逆らえなかっただけなので、ヴァレンタ家の帝都邸宅への立ち入りを制限されます。ですが、コルネリウスの治めている領地では続けて働いています。
領地でイレイズが個人的に雇っていた人物については、イレイズの実家に引き取って貰いました。
マゼンタも気の弱いイレイズを庇っていたが、今回アシュトンからの連絡を聞いて見切りを付けました。
「ただの」伯爵夫人であればある程度は許せるけれど「特殊な」立ち位置に居る伯爵夫人となる為、教育の手を抜く事無く行っていましたが、後ろ側でサポートはしていた。そこにイレイズは気が付かなかった。何だかんだで、自分の子供達の事も大切なので今回の事は「コルネリウスの信頼に対する裏切り」扱いとなっています。イレイズ付だった侍女やメイドも調書を取り、関係のあった侍女はヴァレンタ家との契約を切っています。メイドに関しては、権力を振りかざされていた状態だったので「帝都邸宅への立ち入り制限」の処罰のみでした。
コルネリウスも今回のイレイズの行動は、自分の庇える範囲を超えているのでマゼンタの采配に任せています。
ヴァレンタ家を継ぐ以上、スターリング侯爵家の後見を受けている人物を無下に出来ません。そのために何度も説得をしたが聞き入れられず困っていました。
それもあって「本人達と話し合ったら考えも変わるだろう」と今回の滞在を決めた。・・・結果は読んでの通りとなりましたが、「まぁ、仕方無い。」くらいの考えでいます。
ゼーセスは自分の「家族のだれにも似ていない強面の顔」がコンプレックスでした。弟であるアスライールの事は嫌いではないけれど、好きになれない感じです。
イレイズの事は「自分に話をする女性」として今回の行動を後押しするくらいには信頼していましたが、実家に着いてからの周りの様子から「何かおかしい」と思っていました。
その後、義理の妹が自分の顔を見て話しかけて来た事に衝撃を受けて現在に至ります。(←コレがマゼンタには面白くて仕方が無い)
フィーネリオンはギリアムやシルミアから少し話を聞いていたのと、お店に来ていた冒険者さん達を知っているのでゼーセスの顔は特別怖くありません。
・・・まぁ、結果はこんな感じです。




