表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/163

161 ぱちぱちぱち 1ページ目




パチパチパチと算盤の珠を弾く音がお部屋の中に響いています。

初めは騎士さま達もこの音を気にしていたのですが、お昼になる頃には慣れてきたのか昨日と同じように作業を進めています。



お部屋の壁際に寄せた長机には、既に8月分の書類が運ばれてきています。書類整理の騎士さま達も、腕まくりをしてお仕事をしていますよ。




「フロウズ子爵夫人の算盤は変わっていますね」

お仕事が始まる前、お仕事の準備をしている時に私のお隣の机に座っている文官さま、フェリス伯爵さまにこう声を掛けられました。


フェリス伯爵さまはゼーセス義兄さんとキールさんと同じ29歳で、学院でも同じ年の卒業生なんだそうです。今でもお2人とは連絡を取り合っていると、昨日のお昼の時に教えて貰いました。

昨日、ゼーセス義兄さんに「フェリス伯爵さまと一緒なんですよ」と言ったら、ちょっぴり悪いお顔で「使い倒してやってくれ」と言っていました。仲良しさんですね。




そんなフェリス伯爵さまが注目したのが、私の持っていた算盤です。






私が初めて算盤を使っている所を見たのは、実家で従業員さんが売り上げの確認をしている時でした。

小さな時から店内に「パチパチ」と音が響いていたのには気付いていたのですが、実物を認識したのは学園に入る前だったりします。

興味が無いとこんな感じなのかも知れませんが、ぴょっこりと前世を思いだしてしまった私は前世と同じ「そろばん」に感動してしまったのです。大興奮の私に気を良くしたお父さんは、お兄ちゃんと私用の「そろばん」を作ってくれました。


見ていた時には気にしなかったのですが、この世界での「算盤」は「天1顆、地5顆」の形なんです。私の前世さんが知っている「そろばん」は「天1顆、地4顆」だったので、初めて間近で見た時はとてもビックリしましたよ。

使用時も計算する時に下の「地」の珠を5個上げた後、次の計算の時に上の「天」の珠を下に動かしてから地の珠を下げているのを見てとてももどかしく思ってしまったのです。


「地の珠」と「天の珠」の指の動きにアタフタとしてしまいましたが、お父さんは「ゆっくり憶えると良いよ」なんて微笑ましい物を見るような優しいお顔で言ってきました。初めはこちらの世界にはこちらの世界の「やり方」がある事も理解は出来るのですが、何とももどかしい指の動きに私は耐えられませんでした。



何より、算盤にアタフタしている私とお兄ちゃんを見てニマニマしているお父さんが気持ち悪かった・・・、何て事はありませんよ!ただただ、私とお兄ちゃんに付きっきりになって、お仕事に支障が出たら大変だと思ってしまったのです。



そう思った私は、まず手始めにお父さんに言って算盤から珠を一段抜いて貰いました。


私が「珠を1つ抜いて欲しいと」言った時、お父さんは「えっ!」と言って算盤と私を見ていましたよ。でも、私は強い意志を持って「1珠」と「5珠」の動きについて力説しました。



小さな私、本当に頑張りましたよ!



・・・きっと、前世の世界でもお偉い皆さんがこの「1珠」を1つ外す事に対して紛糾したと思うのです。普段使いならこちらの形で充分なので、本当にありがとうございました。



私の華麗な指使いを見たお兄ちゃんも私と同じように算盤の珠を1つ取って貰っていましたよ。お母さんが「慣れると、とても楽だわ」と言った事でお父さんも同じ算盤を使い始めて、ニアちゃん達も同じ算盤を使っています。


さすがに従業員の皆さんにこちらの算盤を勧める事はしなかったのですが、いつの間にかカウンターにもこちらの算盤が置いてありました。犯人が誰なのか分かりませんが、たまに使っている従業員さんがいるみたいなので、こちらの方が使いやすいのでしょう。







とても珍しそうに私の算盤を見ていたフェリス伯爵さまに「使ってみますか?」と聞いてみたら、「良いのかい?」と少し嬉しそうに言ってきたので、私が使い方を説明しながらフェリス伯爵さまに算盤を触って貰いました。



「おはようございます。何やら楽しそうですね?」

そう声を掛けてきたのは、文官歴2年のシリルさんです。シリルさんはマーロー子爵家の次男さんです。お兄さんが子爵家を継いだら家から出なくてはいけないので、文官になったと教えて貰いました。


「えぇ、何か良い事があったのですか?あ。おはようございます」

シリルさんと一緒に入ってきたのはクリスさんです。クリスさんはアレンビー男爵家の跡継ぎで、末の弟さんが成人したら男爵家を継ぐ事になっているそうです。クリスさんと末の弟さんとは大分年の差があって、来年になったら学院に進学するみたいです。間にいるのは妹さんだそうです。



「いえ、フロウズ子爵夫人の算盤がとても興味深かったので、見せて頂いていたのです」

フェリス伯爵さまの言葉にシリルさんとクリスさんが不思議そうに「算盤がですか?」と言って、各自の机に荷物を置いた後、フェリス伯爵さまの手元を覗きます。



「えっ!何か、足りなくない!?」

「珠が一列分ありませんが、それは大丈夫なのですか?」

私の算盤を見て、シリルさんとクリスさんがとても驚いています。


「えぇ、私もそう思って声を掛けたのですが、使ってみるととても合理的でした」

そんなお2人に向かって、フェリス伯爵さまが「1、2、3・・・」と算盤の珠をパチパチと弾きながら指を動かします。


「・・・え、ちょっと待って下さい」

「何で、そんな普通に使いこなしているんですか!?」

シリルさんとクリスさんは、フェリス伯爵さまの手元を見て驚いています。



・・・そう、フェリス伯爵さまは私の少しの説明で私の算盤を使いこなしてしまったのです。



「いえ、フロウズ子爵夫人に『1珠5個と5珠1個は同じで、計算途中に繰り上がるのも同じ』と言われて、確かにそうだなと思ったのです。計算終わりであれば1珠が5個の方が見やすいのですが、・・・まぁ、4個でも数字に変わりはありませんからね。そう思うと、こちらの形はとても合理的だなと思ったのです」

フェリス伯爵さまの説明にシリルさんとクリスさんは「へぇ~」と言っていました。



その後シリルさんとクリスさんに「使ってみたい!」と言って頂けたのですが、始業の鐘が鳴ったので「お昼の休憩の時に!」となりました。





「この書類は大丈夫なので、王城への提出をお願いします。あと、こちらの書類なのですが、請求の金額と申請の書類とは金額が合っていません。どちらが正しいのか、第1師団の事務局に確認を取って下さい」

アスラさんに「ココなんですが」とお願いします。配達の騎士さまもお部屋で待機中は書類の整理を手伝ったりしているみたいで、こちらに気付くと書類を受け取ってお部屋から出て行きます。



今日の第1師団の事務局では、(昨日と違って)人員を増やした事務の文官さんと第1師団の補佐官さん達に対応して頂いています。だからでしょう。昨日と違って、返却した書類の提出が早いのです。


私達が第1師団の書類を担当していて、お隣のお部屋では第2師団、そのお隣が第3師団の書類を担当しているんだそうです。今日から8月分の書類に入れそうなので、明後日までに9月分の書類を終わらせられれば、お休み明けには違う師団の書類に移れるかも知れません。



明日からはヒトも増えますからね。きっと大丈夫でしょう!








エドガー=ディル=フェリス(29) フェリス伯爵。既婚。上が10歳、下が8歳の2人の子供がいる。ゼーセスとは仲が良い。ゼーセス繋がりでキールとも付き合いがある。(むしろ、今はキールとの方が顔を合せている)


クリス=ディ=アレンビー(24) アレンビー男爵子息。既婚。今は父親の仕事を少し引き継いでいる。13歳の妹と11歳の弟がいる。アスライールの1つ下で、学園でアスライールを見た事がある。


シリル=ディ=マーロー(20) マーロー子爵次男。既婚。兄とあまり仲が良くないのと、自分が継ぐ爵位がないので、兄が家を継いだら家を出る事を両親と妻に伝えている。妻も領地のない男爵家の出身なので、了承している。文官になったのも、住む所が準備されるから。(え、騎士?体力はヒト並みしかないから、初めから候補に無かったよ!)


シドレイン=ディル=レイジー(37) レイジー子爵。既婚。上から20歳、19歳、15歳の娘がいる。自身は領地を持っていないけど、実家は領地がある。そこで収支報告書に関わった。今、自身の家の収支報告も行っているのである程度は問題なく出来るけど、量が量なので補佐に収まった。娘の婚約関係に頭を悩ませていたのに、書類仕事に選ばれてしまった。


ラグナイル・クラスト(23) 平民。既婚。妻は幼馴染み。2歳の娘がいる。商業都市出身。実家が宿を経営していて、そこで収支報告書に関わった事がある。勉強をしたくなくて騎士団に入った。



算盤を一生懸命に憶えようとしているリューイとフィーネリオンを優しく見守っていたラルフは、背後に「ナニか」を背負ったネリアイールによって書類の前に移動させられていました。


カウンターに「フィーネリオン式」算盤を置いたのは、従業員だったりします。時は金なり。


第1師団と第4師団の事務局と第2師団と第6師団の事務局、第3師団と第7師団の事務局は手を組みました。第5師団は部隊数が少ないので、早く書類が終わった部屋が収支報告書を担当して、手伝いに来ている文官は手が空いたら事務局側に回る予定(は未定)

フィーネリオンは「他のお部屋ですかね?」と思っているルイスは、第3師団の補佐官なのでこちらにいます。


フィーネリオンとフェリス伯爵の「算盤の地の珠が5個ではなくて4個の方が良い」の会話は、部屋にいた騎士には未知の会話でした。アスライールは間近で聞いていたけれど「フィーナが『良い』というのなら、そうなのでしょう」と深くは考えませんでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ