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みなさんおはようございます。元気いっぱいのソールさんが「がんばってくるでしよ~」と、ぶんぶん大きく手を振ってお見送りしてくれた時からまだそれ程立っては居ないはずなのですが、既に「帰りたい」と心密かに思ってしまったフィーネリオンです。
いえ、お仕事なので帰りませんよ?帰りはしないのですが、心の中だけでも「帰りたい」と思うのは自由ですよね?
どうして私がそう思ってしまったのかというと、騎士団本部には大量の書類が溜め込まれていたからです。
・・・えぇ、本当にビックリしました。
「本日は、ご協力ありがとうございます。」
そう言って騎士団本部の中央棟5階、重厚な扉の前で私を待っていたのは、我らがアスラさんの所属している帝国騎士団第3師団師団長補佐官のルイスさんです。
心なしか少しお疲れ様なお顔をしていましたが、足取りはしっかりとして居たのでそれ程の心配はしていなかったのです。
だって、5階まで上っていますからね。むしろ、私の足の方がプルプルしていますよ。
重厚な扉は開かれる事は無く、そのまま廊下の突き辺りにある部屋に案内されました。そこで今回の雇用に関しての説明を受けました。その時に「なんなら、もう少し賃金を上乗せ致します」と言われましたが、今の状態でさえ破格の雇用条件なので、ソッと辞退しました。ルイスさんは申し訳なさそうにしていましたが、賃金はキチンとお仕事に見合う金額に設定しないと、後が大変ですからね。
・・・そんな風に思っていた事が、私にもありました。
作業する為に通されたお部屋の中央には「これでもか!」と言わんばかりに高く積み上げられた書類が鎮座していたのです。いえ、「高さ」だけでしたら、実家で処理済みの書類を積み上げた事があるので問題は無いのです。問題は、その「量」でした。
その量は「会議用に使っているんです」とアスラさんに教えて貰った長机を縦横に3台くっつけて並べた状態の机の上にギッシリと積まれていたのです。思わず、扉を開けて先にこの状態を見てしまっていたアスラさんを見てしまいましたが、アスラさんも机方向を見て固まっていました。
いつまでも入り口にいる訳にはいかないのでアスラさんと一緒にお部屋に入りましたが、書類の山の存在感がスゴいです。これは、少しの振動で雪崩が起きたら大変ですね。
でも、始め見た時はさすがにビックリしましたが、お部屋の中には「選ばれし騎士さま」がたくさん居ました。その栄誉ある選ばれし騎士さまは、それぞれの師団に所属する部隊から1~2人選ばれているみたいなのです。まだ到着していない騎士さまもいるのでしょう。帝国騎士団は全部で7師団ありますし、部隊も第5師団を除いては13部隊あります(第5師団は7部隊です)なので、単純計算でも最低85人くらいは集まるはずなのです。
ふと「85人もいるのなら、いくら不慣れな書類作成といえども2、3日で終わってしまうのでは?」なんて思ってしまった私は悪くないと思うのです。
・・・選ばれし騎士さま達が書類から目をそらしているように見えるのは、気のせいですよね?アスラさんが必死に私の目を書類から逸らそうとしていますが、書類の山はもうバッチリと見てしまっていますよ?
それから少しして、ルイスさんが私と同じように私服を着た方を2人連れてお部屋に入ってきました。私も今日はお仕事なので、よそ行きの服の中でも目立たないシンプルな紺色のワンピースを着てきましたよ。
ルイスさんからはこれから1週間の説明が始まる前に、今回集まる騎士さまの人数が68人で皇宮からお手伝いに来てくれる文官さんが8人、騎士団からの依頼を受けた民間の従業員(?)が私を含めた3人との説明がありました。
・・・騎士さまの人数、おかしくないですか?師団の数と部隊の数を掛けて、第5師団の足りない分を引くと、85になりません?これは、明らかに不参加の部隊がありますよ!それとも、まさかサボりですか!?
何て思っていたら、騎士さまが足りない理由の説明がありました。
騎士団では辺境伯爵領駐留の部隊や工業都市駐留、それと神聖王国との国境の砦にも騎士さまは部隊ごと駐留していて、それ以外に街道の見回りに出ている部隊もいるので、この人数なんだそうです。
何より、ルイスさんがキッパリと「帝都に残っていた部隊から筆記能力のありそうな騎士を選んだ」と言っていたので、このお部屋にいる騎士さま達は本当に「選ばれし」騎士さまなのでしょう。
それから作業に関しての説明となったのですが、ルイスさんはとても良いお顔で「今準備してある書類は、今日の分です」と言いました。お部屋の中にいる皆が「?」と首を傾げていますが、ルイスさんは何でも無い事かのように「ココと同じように準備が出来ていますので、これから3部屋に別れて貰います」と無情な事を言って下さいやがりました。
・・・そう、この問題は、これら積み上げられている書類がほんの1部分でしか無いという事なのです。
最初に設置されていた量を見て「これならすぐに終わりますよ」なんて思っていた私を叩いてやりたいくらいです。
思わず隣に立っているアスラさんを見てしまいましたが、アスラさんは「一度目を閉じてもう1度見直す」と言う現実逃避をしようとして失敗していました。
アスラさん。そんな可愛らしい抵抗をして何回見直しても、そびえているお山に変わりはありませんよ。
でも、この1部屋に準備されている物と同じ状態のお部屋が2部屋という事は、今いる人数も3分の1になるという事です。どう頑張っても書類経験の無い騎士さまを率いてこの戦場を駆け抜けられる気がしません。
「・・・あの~。ちょっと良いですか?」
「はい。何でしょうか?」
部屋割りを決めようとなった時に、商業ギルドからの依頼を受けてきた男性、パタナさんがルイスさんに声を掛けます。
「この中で、収支報告書に携わった事のある方はどれくらいいるのでしょうか?」
おぉっとパタナさん、切り込みますね。私は携わった事があるので、「はい」と手を上げますよ!
私が手を上げたからでしょうか?皇宮の文官さんも手を上げます。騎士さまの中にもチラホラ・・・、という程ではありませんが、私のいる所から見てザッと5人くらい手が上がっています。もちろん、その中にはルイスさんもいます。
きっと、パタナさんのいる所からは、何人手を上げたのかが把握できたのでしょう。パタナさんはお隣にいたダリオさんと頷くと、ルイスさんに「ちょっと・・・」と言って、何やら内緒話が始まりました。
・・・うぅ、商業ギルドからの応援は無いのでしょうか?あの書類の量にドキドキが止まりません!
パタナ(29) いつもは契約している商店の収支報告だけを行っていた。息子が学園に入学するので色々と先立つものが必要になり「何か仕事はあるかな」と商業ギルドに顔を出したら騎士団からの依頼を回されたヒト。報酬が恐ろしく良かったので飛び付いたけれど、今は胃が痛い。
ルイン(35) いつもは契約している所の収支報告だけを受けていた。家族が増えたから住んでいた家(集合住宅)から引っ越そうと仕事を探して商業ギルドに顔を出した。家庭教師の仕事を受けようと思ったけれど、報酬が恐ろしく良かった為騎士団の依頼を受けた。今は胃が痛い。
選ばれし騎士さま達も、胃が痛い。




