148 ぴょこぴょこ・・・、ぴょ?
お久しぶりです。
「フィーナ、今日はお疲れ様でした。ソール達3人の相手は大変だったでしょう?」
2階から降りてきたアスラさんにこう声をかけられて、ファウラをフカフカしていた私は首を傾げます。私の手の中でファウラも首を傾げていますよ。
「・・・いえ、ソール達があんなに浮かれていたのでそう思ったのですが?」
私の様子に首を傾げたアスラさんがこう言ってきましたが、ステイさんとリープさんが来てからの事を思い返してみても「大変だった」と思った事はありませんでした。
「ソールさん達は元気一杯でしたが3人で仲良く遊んでいたので、私がした事と言ったら飲み物を準備したくらいでしたよ?
むしろ、お仕事から帰ってきたアスラさんの方がソールさん達と触れ合っていたような気がするのですが、どうなのでしょう?」
お仕事から帰ってきたばかりのアスラさんへのラブコールが激しすぎて、むしろ「羨ましい」とさえ思ってしまったのですが?
「そうでしたか。・・・フィーナに被害が出ていないのでしたら良いのです。」
そう言ってアスラさんは私の隣りに座ります。それと同時に私の手のひらから飛び降りたファウラが「ピィピィ」とご飯(雑穀)の入っている小皿をアスラさんの方に押しているのですが、どうしたのでしょう?
ファウラは一生懸命に「ピィ、ピィ!」とアスラさんに訴えています。そんなファウラにアスラさんは戸惑ったみたいでしたが、ハッとファウラの伝えたい「ナニか」に気付いたのか「気持ちだけ頂きます」と言ってファウラに食事を促していました。・・・ファウラ、お腹がいっぱいでご飯を残していた訳じゃ無くて、(お疲れ様な)アスラさんに食べさせようとご飯を残していたのですか?
ファウラの優しさに、私が感動しました。
「・・・フィーナ。来週からなのですが、帰りが遅くなります。」
そんな中、ファウラの食事を見守っていたアスラさんが少しだけ声のトーンを落としてこう言って来ました。ここ最近のアスラさんの勤務開始時刻は通常の勤務開始時刻から前後に動いている日が多いのですが、勤務時間が長引く事は滅多にありませんでした。なので、私は「帰りが遅くなるのは珍しいですね」なんて暢気に思ってしまいました。
「来週から10月になりますからね。夜会なども多くなると聞きますし、騎士団の皆さんも忙しくなるのでしょうか?」
アスラさんにお茶を出しながらそう聞いてみたのですが、アスラさんは少し困った様に「いえ・・・」と言葉を濁しています。
そんなアスラさんの様子に、ふとアメリアさんが遠い目をしながら「ローラント、騎士にならないかしら」何て言っていたのを思い出してしまいました。(私もですが)アメリアさんとローランとさんは貴族1年生で、憶える事が多くて大変そうです。時々、現実逃避からなのか、アメリアさんはローラントさんに騎士団入りを勧めています。
リンカーラさんも「久し振りの社交生活は疲れるね」と言っているので、お2人には今度お菓子を作って持って行こうと思っています。
「いえ、実は、今年度の収支報告書の作成が終わらないので、その書類作成の為に帰りが遅くなるのです。」
アスラさんは少しだけお顔を逸らしてこう言ってきましたが、来週には10月になります。
「アスラさん、来週は10月ですよ?収支報告書は、9月いっぱいまでに提出しないといけない物だったと記憶しているのですが・・・?」
実家がお店を経営している私だから気付いてしまいましたが、帝国では毎年の収支報告を9月中までに提出しないといけないのです。平民と騎士団では期限が違うのでしょうか?後2日で9月が終わってしまうので、アスラさんへの声が思わず大きくなってしまいました。
「えぇ、本来でしたら10月までに提出しないといけない物なのですが、今年は色々な事が重なって税理士や会計士の確保が間に合わなかったみたいなのです。それで、騎士団本部の方から皇城の方に掛け合った結果、来週中までの提出期限に延ばして貰ったんだそうです。」
アスラさんの言葉に「なるほど」と頷いてしまいました。商業都市でもこの時期になると、税理士や会計士の需要がぐっと上がりますからね。この2つの資格は商業都市に住んでいた時にも「持っていて損の無い資格」不動の1位と2位でしたよ。
「一応、騎士団にも専門の文官がいるのですが、人数がいる訳ではありません。その上、税理士や会計士の資格を持っている騎士は人数も少ないので、騎士団ではこの時期には皇城の文官を借りているのです。
今年も皇城の文官を借りようと騎士団からの申請を出したみたいなのですが、今年は皇城の文官にも新たに爵位を持つヒトが増えた為に、交代で休むヒトが増えて人手が足りていないみたいなのです。
そうした色々な事が重なった結果、騎士団では収支報告書を纏めることが出来なかったのです。
それで、このままでは書類作成が終わらなくなりそうなので、各部隊から何人かが騎士団の中央棟に集まって昨年までの書類を元に収支報告書を纏める事に決まったのです。」
アスラさんは、少し困った様に騎士団内の実情を教えてくれました。
・・・来週の帰宅時刻が遅れる事が決定しているアスラさんは、確実に「選ばれし1人」の中に入ってしまったのですね。
「商業ギルドに登録されている税理士さんや会計士さんもいらっしゃると思うのですが、騎士団ではこういった方を雇う事は無いのですか?」
「帝都では税理士や会計士の資格を持っているヒトはそれ程多くはありません。そう言った資格を持つヒトは、何れかの貴族の屋敷や商店と雇用契約を結んでいたりするので、あまり期待は出来ませんね。
・・・明日、騎士団所属の文官が商業ギルドに向い、9月いっぱいまでの契約をしている短期雇用の有資格者達と交渉をする事になったのですが、契約を結べるかは不明です。」
「そうなのですか?商業都市では結構たくさんのヒトが登録しているのですが、帝都では違うのですね。」
「この資格を取るのはとても大変だと聞いているのですが・・・?」
私の言葉にアスラさんは戸惑いを隠せないのか、少し困惑気味です。
「えぇっ!そんな事はありませんよ!?商業都市の学院では、在学中にこの2つの資格を取る事が『当たり前』みたいな感じになっているのです。
だから商業都市の学院の卒業生ならば、最低でもどちらか1つの資格を持っていると思いますよ!・・・私だって税理士と会計士の資格は持っていますし?」
私の感覚ではありふれた資格だったのですが、どうやらアスラさんの中では稀少な資格のようです。私のこの言葉に、少し興奮したみたいに「本当ですか!?」と先程とは違って、普段の落ち着いた雰囲気が何処かに旅立ってしまい、そんなアスラさんに驚いたファウラが食事を止めて私に膝の上に飛び乗ってきました。
「あ、アスラさん、落ち着いてください。」
「すみません、驚かせてしまいましたね。・・・フィーナ。税理士と会計士の資格を持っているというのは、本当ですか?」
アスラさんは余程驚いたのか、アスラさんを落ち着かせようと出した私の両手を両手で握っています。そのまま私が「資格持ち」だと言う事を確認してきたので、頷いて「はい。持っていますよ?」と答えました。
私がも税理士と会計士の資格を持っている事に余程驚いたのか、マジマジと私を見てきます。
「・・・あの、もし資格を持っているヒトが足りないのでしたら、お手伝いしましょうか?」
あまりにも私をマジマジと見てくるので思わずこう言ってしまったのですが、アスラさんは「えっ!?」と言って固まってしまいました。
「あっ、いえ。無理にとは言いませんよ?もし、ヒトが足りていないのでしたら・・・。と思っただけなのです。」
そうですよね。「騎士団」という公的機関の収支報告書です。きっと、見てはいけない物もあるでしょうから、おいそれと部外者が入る事なんて出来ませんよね。
「・・・フィーナ。少し待って頂いても良いですか?」
アスラさんはそう言って私の両手をソッと離すと、どなたかに連絡を始めました。
自分の思考に浸っていた私は、アスラさんのこの言葉でハッと現実に戻ってきました。私が無意識に「はい」と返事を返してしまったので聞きそびれてしまいましたが、アスラさん、その前に何か言っていましたか?その前の言葉を聞いていなかったのですが、何か「特殊な訓練を受けないといけない」とかだったら、是非とも辞退したいのですが・・・?
そう思っていたのですが、週明けから朝の9刻から夕方の4刻の7時間、昼食付きで日当が大銀貨5枚と言う破格の条件で、私と騎士団本部との雇用が結ばれました。
実は、ローラントも割と本気で騎士団に入ろうかと検討中だったり。




