134 やさしさは・・・ 3ページ目
アスラさんが帰ってくるまでは、少しの緊張感がお家の中に漂っていたのです。でも、アスラさんが帰ってきた時に持ってきた書類の枚数が「3枚」だったので、一気に気が抜けた感じになってしまいました。
「アスライール、これはどういった事なんだい?」
リンカーラさんは、戸惑ったように書類とアスラさんを交互に見ています。
「リンカーラ殿にはこちらの書類の他に、フォウルとルカの帝都滞在についての騎士団への依頼書を提出して頂くようになります。出来るだけ早めの提出をお願いします。
後、こちらはフォウルとルカに。この書類は、帝都滞在許可証を出すための書類です。こちらに署名して下さい。」
アスラさんはそう言って、持ってきた書類をリンカーラさんとフォウル君ルカ君にそれぞれ渡します。アスラさんが持ってきた書類の枚数に、リンカーラさんが唖然としていますが、どうしたのでしょう?
「・・・アスライール、私はここに書いてある書類を出せば良いんだね?」
「はい、よろしくお願いします。」
リンカーラさんから書類を受け取ったキールさんも、書いてある内容に驚いています。
「アスライール。念の為に聞かせて貰うが、ここに書いてある内容の書類だけで、本当に良いんだな!?」
「?はい。だいじょうぶです。・・・何か、気になる所がありましたか?」
リンカーラさんの様子にアスラさんは首を傾げています。
「カーラ。そんなに言って、アスライール殿を困らせないで下さい。書類がこの程度ですむのであればすぐに提出できるので、良かったはありませんか。」
「むっ。そうだな。この程度の書類であれば、明日中には纏める事が出来そうだ。アスライール、この書類は私が騎士団に直接提出しても構わないのかい?」
キールさんが宥めた事によって、リンカーラさんは気を取り直したようです。
「・・・むっ!フォウルとルカが第3師団預かりと言う事は、私は第3師団の騎士棟に向かわねばならないのかな?」
「いえ、騎士団本棟の受付でも大丈夫です。ただ、その際には第3師団を指示しての提出となりますので、受付にそう伝えて貰うようになりますが。」
リンカーラさんは思い出したようにアスラさんに聞いています。アスラさんは「どちらでも構いませんよ」と言っていますが、リンカーラさんとアスラさんの会話を聞いていたキールさんが「私が行こうか?」と言っています。
アスラさん達の会話に入れない私達は頭の上に「?」を浮かべてしまいました。アスラさん達の会話は私には理解できませんでしたが、私にも理解できている事は「そろそろ皆さんが帰る時刻になる」と言う事です。
アメリアさんとローラントさんに声を掛けて席を立ちます。この時刻になると寒いので、今日の皆さんへのお土産は「肉まん」にしたのです。私は蒸し器をコンロにセットして、火を掛けます。アメリアさんが興味津々に台所に来たので、肉まんの簡単な作り方を教えました。
その間、リンカーラさんとアスラさんは必要な書類のお話をしていました。ローラントさんは疑問に思った事をキールさんに聞いていたので、相談できるヒトに困ったフォウル君が私とアメリアさんの所に来ました。
「すみません、書いてある内容を教えて下さい。」
そう言ってペコリと頭を下げたフォウル君は、アスラさんから手渡された書類を大切そうに持っています。
ローラントさんはソファーの席に戻っているので、私はルカ君をテーブルの席に呼びました。そして、フォウル君と並んで座るように促します。
獣人であるフォウル君とルカ君は、大抵の平民の子達と同じで「読み」「書き」「計算」を学園で習ったみたいなのです。でも、お2人は本来ならば学園に通っているはずだった年齢の時に帝都に連れて来られたので、文字は読めても理解する事が難しいみたいなのです。計算に至ってはフォウル君が「少しだけマシ」という状況だったので、2月にヒースさんとリリーナさん用に準備したノートの試作版を発掘して私が教えられる範囲で教えていました。
こちらの世界に「コピー」という技術が無い(あるのは「転写」の魔法)ので、初めにリリーナさん用に作ったノートを見ながらお2人と「復習」を始めたのです。学園で教わる内容は、憶えていて損はないですからね。帝都に居られる時間は限られているので、日中はお勉強をしていいたのです。
ソールさんはファウラと一緒に応援してくれていましたよ。・・・まぁ、ソールさんはまだ小さいですし、文字を読んだり書いたりは出来ているので、お2人に「やる気」を出して貰えるように応援をして貰いました。
・・・それと、フォウル君達には「渡された書類に気軽に署名しないように」と教えました。
渡された紙に書いてある内容が自分では理解できないのであれば、「いったんお家に帰ってから名前を書くように!」としつこいくらいに言いました。そして「お家に帰る途中に役所や兵士団に寄って内容を確認して貰う事!」ともしつこく言いました。
役所に勤めている官吏のヒトに見て貰えれば、オカシイ所を指摘してくれますからね。兵士団にだって、たくさんのヒトがいます。その中で解決できなかったとしても、その中の「誰か」は「不思議な書類を持ってきたヒト」を覚えて貰えるはずです。そのヒトに何かがあれば、書類を発行した所にある程度の「不信感」は持って貰えているはずなので、(最悪の)被害は抑えられるかも知れません。
私はフォウル君とルカ君の前に置いた書類に書いてある内容を読んで、お2人が分かるように説明をしました。
この書類はフォウル君とルカ君用なのでしょう、柔らかい文面で「依頼があったので、帝都滞在が長くなる」という内容が書かれていました。
フォウル君とルカ君は私の説明を真剣に聞いていて、私が途中で蒸し器の確認に行った時も姿勢良く待っていてくれました。私の説明を聞いたフォウル君とルカ君が書類に署名したので、その書類をアスラさんに渡しました。アスラさんは「明日提出してきますね」と言ってくれたので、お2人のやる事は無事に終わりましたよ。
キールさんが帰りの馬車を読んでいてくれたので、夜の6刻を少し過ぎた頃に皆さんはお帰りになりました。リンカーラさんが「送っていくよ」と言ったので、ローラントさん達も一緒に馬車に乗って帰る事になりました。
肉まんは、そのまま手渡すには熱いので蝋引き紙に包んで、それぞれ手提げ袋に入れて渡しました。もちろんリンカーラさんのお家にはラミィさんもいらっしゃるので、1個多く入れましたよ。
作った肉まんを蒸し上げるのに使った蒸し器では「7個」が限界だったので、お家用に第2陣の蒸し上げを始めました。夕食は朝の内にシチューを作っておいたので、温めるだけですぐに食べられるようになっているのです。
「・・・おかしゃん。そーる、あれがいいでし・・・。」
シチューを器に装って席に着こうと思ったら、ソールさんはシチューのお皿の上に手を翳しながら何かを訴えてきます。その様子に首を傾げてしまったのですが、シチューを作っている時にはテンションの高いソールさんが、お皿に入ったシチューを見てションボリとしている事があるのは確かなのです。
「ソール。」
アスラさんがソールさんを窘めようとしてくれているのですが、ソールさんの様子に引っ掛かりを覚えていた私は「どうしました?」と聞いてみたのです。
「あれでし。あの・・・。」
と言って座っていた椅子から降りたソールさんは、食器棚を指差して「あれでし!」と私に言います。
・・・ソールさんが指差した先には、少し小さめのグラタン皿があります。ソールさんは、「ポットパイ」が食べたかったのですね。そんなに気に入って貰えていただなんて、知りませんでしたよ。
「そーる、あれがいいでし!」
一生懸命にポットパイを作った時に使った器を指差しているソールさんの様子に、思わず笑ってしまいました。
「ソールさん。少し待って貰うようになりますが、大丈夫ですか?」
「フィーナ。そこまでしなくても、大丈夫ですよ。ソール、フィーナが折角作ってくれたのだから、今日は我慢しなさい。」
そう言ったアスラさんは、ソールさんを座っていた椅子に戻してしまいました。ソールさんはアスラさんに叱られてションボリとしてしまいます。
「ソールさん。ソールさんが食べたかったのをこれから作るとなると、今からパイ生地を作らないといけないのです。なので、次にシチューを作る時にはソールさんが食べたかったのにしますね。」
ソールさんのションボリ加減に心は痛みますが、パイ生地を作るのにはそれなりに時間が掛かるのです。生地のストックがあるのでしたらスグに焼き上げる事が出来たのですが、今日はアスラさんの意見に賛成させて下さい。
「ふぉうると、るかにもたべてほしかったでし。・・・おかしゃん、つぎはいつでしか?」
私はソールさんの言葉に驚いてしまいました。アスラさんとフォウル君とルカ君も驚いたようにソールさんを見ています。
「そうですねぇ。フォウル君とルカ君はもう暫く帝都に居る事になるので、明日より後でしたらいつでも大丈夫ですよ。ソールさんも連続で似たような夕食が続くのは飽きてしまうでしょう?なので、間を置いて作りますね。それなら大丈夫ですよね?アスラさん。」
「えぇ。フィーナ、ありがとうございます。・・・ソール、食事の直前に料理を変えてくれと言うのは、作ってくれているフィーナに対して「食事に不満がある」と言っている事になるから、気を付けて下さいね。」
「ぴっ!?」
ソールさんはアスラさんの言葉に驚いていましたが、食事のリクエストはいつでも受け付けているので、安心してくださいね!それに、作っている途中であっても応用が効くメニューであれば、私は怒りませんよ?
「さぁ、料理が冷めてしまうので、夕食にしましょう!」
夕食の終わりに肉まんを出したのですが、アスラさん達が肉まんを前に固まってしまって驚きました。肉まんは、そのままかぶり付くのですよ!ナイフとフォークは使いませんからね!
皆さんは無事に肉まんを食べられたのでしょうか?心配になってしまいましたよ!
書類の形式は同じなのですが、「皇城」と「騎士団」では指示系統が違うので書類の作成枚数が大分違います。リンカーラとキールは基本的な所は「皇城」寄りの書類しか作成した事が無かったので、騎士団側の書類に驚きました。
リンカーラの提出書類が少ないのはリンカーラが「依頼主」となるからで、騎士団の中では結構な枚数の書類が動いています。
ローラントは「貴族」についての勉強を始めようと思いました。
フィーネリオンは夕食のメニューをソールに聞く事が多いのですが、ソールは「ポットパイ」という名前を知らなかったので「シチュー」と言っていました。なので、毎回お皿に装られているシチューにションボリとしていました。
各家庭とも、お皿に載った肉まんがナイフとフォークで食べられていました。




