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「いやでし~~~!そーる、いっしょにいくでし~~~!」
6月初めの青空が広がる空の下、ソールさんはこう言いながらお兄ちゃんにくっついて離れません。
「ソール君・・・。」
馬車泊まりに集まっている皆さんの視線を一身に集めているお兄ちゃんは、必死にソールさんを宥めようとしていますが、ソールさんのその手は「絶対に離しませんよ!」と言わんばかりにお兄ちゃんの服を掴んでいます。
「そーる、やでしよ~~!」
お兄ちゃんからソールさんを剥がそうとするアスラさんが「すみません」と口にしながらソールさんをグイグイと引っ張っています。
・・・えぇ、こうなるであろう事は、予想済みだったのですよ。なので、お家から出る時間を少し早めにもしましたし、ソールさんはアスラさんに抱えられての出発だったのです。
でも、アスラさんの不意を突いた行動によって、ソールさんはお兄ちゃんに飛び付く事に成功したのです。ソールさんのその見事な飛び付きに、ティアちゃんがパチパチと手を叩いていましたが、ニアちゃんにやんわりと止められていました。
「そーる・・・、そーる・・・、りゅーいもいっしょがいいでし~~!」
もはや手に負えないソールさんの様子に、お兄ちゃんが困った様に私とアスラさんを見てきます。
「それならソール君、私たちと一緒に帰る?」
ティアちゃんの言葉にお兄ちゃんとニアちゃん、アスラさんが驚いた様にしています。
「そーるも?」
ティアちゃんの言葉にソールさんはキョトンとしていましたが、ティアちゃんの言葉を思い返してパァッと笑顔になります。
「ソール!」
アスラさんがソールさんの様子に「待った」を掛けようとしていますが、ソールさんの暴走は止まりません。ソールさんは「そーるもいっしょでし~~」何て言いながらニコニコしています。
「アスラさん、ソールさんの事はお兄ちゃん達にお任せしましょうか。」
ソールさんの様子に私がこう言うと、アスラさんは驚いた様に「フィーナ!?」と言って私を見返してきました。
「いえ、それは、流石に・・・。」
アスラさんの言葉にお兄ちゃんも同意しています。
「いいえ、世の中には『可愛い子には旅をさせろ』なんて言葉もあったと思いますし、3泊4日の馬車の旅ですから危険も少ないと思うのですよ。」
「聞いた事無いから!オレは聞いた事の無い言葉だよ!?フィーナ、新しい言葉を、さも『当たり前』みたいに言うのは駄目だからな!?」
私の言葉にお兄ちゃんがツッコミを入れてきます。お兄ちゃん、アスラさんは真面目に「そんな言葉ありましたっけ?」と考えていますよ?もしかしたら、こちらの世界にも似た様な言葉があるかも知れないんです!決め付けはいけませんよ!
「フィーナ、もし、その言葉があったとしても、リューイ殿達にソールが付いて行くのは大変だと思いますよ?」
でも、アスラさんはこう言ってきました。お兄ちゃんも「フィーナ、ソール君を説得してくれ。」と目で訴えてきていますから、私はソールさんに尋ねます。
「ソールさん、馬車の中では大人しく出来ますか?」
私の問いかけに、ソールさんは満面笑顔で元気に「あいっ!」と返事をしてきました。
ソールさんのそのお返事に、アスラさんが何とも言えない様なお顔をしています。お兄ちゃんは「いや、違うから。」と声に出しています。
「アスラさん!どうしましょう!ソールさんがお兄ちゃん達に付いて行くってなると、暫くは2人での生活になりますね!」
「ぴっ!?」
私がアスラさんに言った言葉はアスラさんには「意外」な言葉だったみたいで、一瞬キョトンとしていました。でも、ソールさんは大きく反応していますよ。そして、アスラさんも何かに気付いたのでしょう。アスラさんはソールさんからお兄ちゃんに視線を移し、時計を見ています。
「リューイ殿、これからソールの荷物を・・・」
「いやいやいや!落ち着いて下さい!アスライールさん!・・・フィーナ!」
アスラさんは「家に戻るよりも、買ってきた方が早いですね。」と言ってこの場を離れようとしていますが、お兄ちゃんが一生懸命アスラさんを止めています。
不思議な事に、私が怒られていますよ?あれ?何でですか?
ニアちゃんは、自分達の乗る馬車が来たので「手続きしてきますね」と言って御者さんの所に向かって行った所です。私たちの傍に居るティアちゃんは、みんなの荷物をしっかりと見張っていますよ。
「・・・ソール、商業都市に付いたら伯父上の所で世話をして貰える様に頼んでおこう。私の次の休みは5日・・・、いや9日後になるから、その時に迎えに行こう。大人しくしているんだぞ。」
「ぴぃっ!?」
アスラさんの言葉にソールさんは驚いていましたが、私も驚きです。アスラさん、次のお休みの日には何か予定があるのでしょうか?ソールさんも驚きすぎたのでしょう、あんなにしっかりと掴んでいたお兄ちゃんの上着から手を離してしまいましたよ?
「フィーナ、はい。」
ソールさんの隙を突いて、お兄ちゃんがソールさんを私に渡してきました。その際、「よくやった」と褒めて貰えました。
「ソール君、また今度会う時には一緒に出掛けよう。」
お兄ちゃんはそう言ってソールさんのふわふわの髪の毛を撫でています。ソールさんはプルプルしながら「おとしゃんとおかしゃんといっしょにまってるでし!ぜったいでしよ!」とお兄ちゃんと約束をしています。
「アスライールさん。宿題を教えてくれて、ありがとうございました!」
お兄ちゃん達が馬車に乗ってから、席の窓越しにティアちゃんがアスラさんに言います。長期休暇にはたくさんの宿題が出ますからね。アスラさんのお陰で、キッチリと宿題を終わらせる事が出来たようです。
「姉さん!私、頑張ってみるわ!」
ニアちゃんはそう言ってソールさんにも「元気でね」と言います。
「アスライールさん、今回は本当にありがとうございました。フィーナも、あまりアスライールさんに迷惑を掛けないんだぞ?ソール君が変な方向に進んだら大変なんだからな?」
お兄ちゃんの言葉に私は首を傾げます。
「お兄ちゃん。ソールさんの動きはアスラさんにそっくりですよ?」
「えっ!」
「ぴぃっ!?」
私の言葉にアスラさんとソールさんが同じような反応を返してくれます。その様子にお兄ちゃん達が笑っています。
「うん、確かにそうなんだけど、ソール君の動きは小さい時のフィーナにそっくりだからな?迷子とか、迷子にならない様に気を付けるんだぞ?」
お兄ちゃんの言葉にもアスラさんとソールさんは似た様な反応をしていました。お兄ちゃん、「迷子」って2回言っていますが、私は迷子になった事はありませんよ?きちんとお家に帰っていたじゃ無いですか!
「あと、これ。母さんが『渡しておいて』と言ったから渡すけれど、ファニーの事について書かれている。読まなくても問題は無いと思うけれど、何かあったら大変だから一応読んでいてくれ。
後、アリアリアさんが家で働く事になったから、今度帰ってくる時には従業員として会う事になると思うよ。」
私の思っている事がわかったのか、お兄ちゃんは「フィーナは自覚を持て!」と言った後にこう続けてきました。渡された手紙は、確かにお母さんの字で私の名前が書かれていましたよ。て言うか・・・。
「えぇっ!?アリアちゃんがですか!?どうしてですか!?」
私の言葉に、お兄ちゃんは困った様に笑って「どうしてだったんだろう?」と言っています。
「商業都市行きの馬車、間もなく出発します!乗車予定のお客様は乗り遅れの無い様にお願いします!お見送りの皆さま、馬車の出発の際、危険ですので馬車から離れる様お願い致します!」
御者さんが大きな声で周囲に声を掛けています。護衛の皆さんも馬車に乗り込んでいたので、私たちも馬車から離れます。
「お兄ちゃん、ニアちゃん、ティアちゃん、お元気で!気を付けて帰って下さいね!」
「無事の到着を祈っています。」
「そーる・・・、そーる・・・・。」
私とアスラさんは手を振ってお兄ちゃん達を見送ります。馬車が動き出して、お兄ちゃん達も手を振り返してくれました。ソールさんは両手をプルプルさせて、言葉を詰まらせています。
「にゃ~~~~~~っ!」
そんな中、ソールさんの可愛らしい大きな声に、アスラさんが「あぁ・・・、まぁ、大丈夫でしょう」なんて言っていますが、どうしたのでしょう?
その後、馬車が見えなくなるまで馬車泊まりにいたのですが、折角商業区に来ているのです。季節物のお買い物をして、帰ったら模様替えをしましょう!
ソールさんがアスラさんに「めっ!めなのよ!」としきりに言っていましたが、アスラさんはソールさんに「そうですね、まずは近い所からですね」と言いながらソールさんを抱き抱えています。ソールさんの「めっ!」の言い方が可愛らしいのでそのまま流してしまいましたが、何かあったのでしょうか?
お母さんからの手紙も気になるので、お買い物は早めに終わらせてしまいましょうか!
ソールはアスライールとフィーネリオンも一緒に馬車に乗る前提で「一緒に行く」と言っていました。アスライールの休みをマルッと無視している上に、全員分の荷物さえ準備されていない事に気付いていません。でも、帝都から商業都市への出発の便はお昼の時間までが混むので、今回のリューイ達の様に「4人席」を3人で使っている場合なら喜ばれるのですが、新規の飛び入りの乗車は余程の事が無ければ拒否されてしまいます。なので、ソール「1人」だったら問題なく馬車に乗れました。
フィーネリオンの言葉にアスライールは「物凄く」心惹かれました。スターリング侯爵も領地である商業都市に帰っているので、「何て丁度良い」と思ったとか・・・。
ソールはそのアスライールの「心の声」をしっかりと聞いてしまったので、買い物の途中もずっと「めっ!」って言い続けていました。
家に帰ってからは「アスラさんもいますし!」の言葉で、ラグとソファーカバー、クッションカバーの交換を行いました。「ゴロ寝スペースのラグも交換しますよ~」と言って、日中干していた厚手のラグに交換した所でお部屋の模様替えは終了しました。
「リューイ達が無事に商業都市に帰れる様に」とソールの「思い」を込めた「加護」は、護衛が驚く程の絶大な威力で4日間馬車を護りました。
アスライールによって、近い内に「ソール1人で」ヴァレンタ家の屋敷に泊まる事になる「かも」知れません。(お城はノーカウントで!)




