土岐と坂江
自分の呼吸ばかりが耳の内に響いている。
この狭い部屋中にそれはいつか沁み渡り、もう何を考えたら良いのかも解らなかった。
行き場を失くした感情が、どうかそうはなりたくなかった自分の父親のような行動をとらせる。
この筋張った10本の指は、トキの日に焼けた首に掛けられてじわじわと力が込められる。
喘ぐように空気を求めて上下する喉仏に親指をあてがって、それでも暴れない彼に苛立ちにも似た感情が湧き上がった。
俺はそれを見て、これじゃ駄目だとやっと理解する。
多分、彼が暴れたら、俺はそのままむきになって彼を殺してしまうだろう。
トキ。トキ、俺は別にあんたを殺したいわけじゃないんだと思うよ。
ただ、あんたが居るから俺は孤独を強く感じてしまって、その虚しさにだんだん耐えられなくなってきて、息の仕方も解らなくなって、それがもう怖くて、あんたが居なければ良かったのにと。
あんたが俺を無視してくれていれば良かったのに、あんたはそれをしてくれなくて、俺にゆっくりとした速度で近付いてきて、俺はそれを赦してしまって、好きだと言われて舞い上がってしまった。
床に押さえつけられていたトキは半身を起こし、遠慮がちに小さく咳き込んだ。
そのまま、彼の太腿の上に馬乗りになっていた俺の背中に腕を回して肩口に鼻先を埋める。
そして、小さい子をあやすように身体をゆらゆらと前後に揺らした。
トキはよく俺を子供のように抱きしめてくる。
おずおずと彼の背中を握って、彼の真似をして首筋に顔を近付けた。
トキの匂いがする。瞼を閉じると涙が出て来た。
寂しい、トキ。俺は多分怖くて寂しいのだ。
あんたが傍に居てくれるから。