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2-6



「前にいろんなお話を読んでいた時は、そこに出てくるようなことは本当は起こらないに決まっていると思っていたの。だけど、どう、今の私はその真っ只中にいるわ」


 先輩は刹那、微笑を深くすると、僕に手を伸ばして僕の両肩に両手を置いた。


「だから君は、『アリス』のままでいて」


 先輩が言っている言葉の意味が、僕には解らなかった。



 *   *   *



 期末テストが終わってから冬休みに入るまではすぐで、冬休みが明けてからは先輩に会う機会が少なくなっていった。学校にはきているようだけど、図書室にはいなくて、自習室でセンター試験に向けた勉強をしているらしい。覗いた図書室に二年生の図書委員がいて僕は戸惑ったが、理由を聞けばそういうことらしかった。

 高校三年生は、センター試験が終わるとほとんど授業がない。残る行事は卒業式くらいで、その練習に時々学校にくる程度だ。校内で濃い緑のネクタイをしている生徒を見かけることが少なくなっていた。


 僕のような一年生は卒業式が行われる体育館の大きさの関係で、式に出ることはできない。新しい生徒会や――一年で僕に唯一選挙管理委員としての仕事がある時だった――入退場の演奏を任されている吹奏楽部以外の一年生は、基本的には自宅にいることが求められているが、部活動なんかでお世話になった先輩を見送るために外で待っている分には許されている。

 僕は別に部活動にも入っていないし、委員会で世話になった先輩もいない。本来なら、自宅でのんびりテレビでも見ながら炬燵でみかんを食べて、掃除をするお母さんにうるさがられているはずの日だ。


 でも僕には、先輩がいた。


 携帯電話の番号やメールアドレスを交換していたわけではない。ただ毎日、図書室にいけば会えたから、僕らはそれで充分だった。卒業式がある当日会えるかは判らない。だけど僕は、先輩にもう一度、会いたかった。


 卒業式の前日、僕はお母さんのエプロンをつけてキッチンに立っていた。先輩が前に、作ってみたら、と言ったクッキーを作るためにだ。

 後ろではお母さんが僕の挙動を見守っており、料理もお菓子作りも一切したことがない僕を不安そうに見ていた。僕が怪我をするのではという不安よりは(レシピ本を見る限りクッキーづくりで包丁を使うことはない)、ぴかぴかにしたばかりのキッチンを汚さないか心配しているようだった。


 お約束の砂糖と塩を間違えそうになったり、分量を間違えそうになったり、オーブンで火傷をしそうになったりといったすったもんだがあった末に、僕は何とかクッキー作成に成功した(母曰く)。

 我が家にあったクッキーの型は丸とか四角とか面白味のないものだったけど、なかなか焼き加減は良くて味見と称してつまみ食いした一枚は、とてもとても美味しかった。先輩のクッキーに比べたら完成度はイマイチだろうし、先輩のクッキーの方が美味しいけれど、これでも先輩は喜んでくれるんじゃないかと思う。

クッキーの熱を冷ましてから、ビニールのラッピング袋に入れて口を縛った。僕は先輩に明日会えるのを楽しみにしてベッドに入る。先輩が卒業して学校で会えなくなることで悲しむよりも、久々に先輩に会えることの喜びの方が、僕には大きかったのだ。


 その日、あまり夢を覚えていない僕が見た夢は、バニーガールの格好をした先輩を僕が追いかけている夢だった。




――「もしおまえさんとわたしのあいだにドアがあるのなら、ノックするのも多少意味があるだろうさ。たとえばおまえさんが内側にいて、ノックする。そこでわたしがおまえさんを外に出してあげるというわけだ」





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