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2-3



 僕が見えているように僕が彼らと同じ顔の高校生になるのは、遠慮したい事柄だ。みんなと同じになったら、僕は僕でなくなってしまうんじゃないか。そんな不安がいつも付きまとっている。


 僕は相変わらず、誰もが同じ顔をしているように見えていた。そんな中で先輩だけは、僕の中でしっかりと自分の居場所を見つけたのか、目の前にいなくても先輩の顔や姿、振る舞いなんかを僕は思い浮かべることができた。


 色素の薄い、背中の真ん中くらいまである長い柔らかそうな髪、先輩が動くたびにシャンプーの清潔な香りがする。切り揃えられた前髪の下にバランス良く配置された先輩の顔のパーツは、いつも優しく微笑んでいて、長いまつげに縁どられた形の良い目が僕をまっすぐに見つめてくる。目も色素が薄いのか、茶色の割合が多いような気がする。それが余計に先輩の柔らかい雰囲気を増しているのだろう。目と目の間から伸びる鼻梁はすっとしていて、視線を誘導された先にあるのは、白皙の肌に映える、赤い赤い、唇。適度な潤いと柔らかそうな質感を持つそれは、緩く優しく弧を描き、それから零れ落ちる声は少し高いが、先輩は落ち着いたペースで話すから子どもっぽさはない。むしろ少女と大人の女性との間に漂う不思議な色気みたいなものを響かせる。その先に進めば小さな顎がフェイスラインの美しさを強調し、細い首筋が伸びた先からは誰もが身に着けている、生徒である証の制服が続いていた。

 たくさんの人間がいる学校で、大人と子どもを区別する制服は、しかし、先輩の体が現れる袖口やスカートの先から細い手首と白い脚が覗くことで、それが先輩だと主張する。少女から大人へと向かう途中の肢体は、曖昧さを纏って更に魅力を増すのだ。


 僕は其処までを思い浮かべて、閉じていた目を開けた。夕日の差し込む図書室で、先輩は返却図書を本棚に戻す作業に専念している。文化祭の出し物で資料として借りられていた本がこぞって返却されたらしい。大体が出来上がってきているせいか、資料はもう要らないと判断されたのだろう。役目を終えた本は、自分が収まる場所へ先輩の白い手で連れていかれ並べられている。

 僕は何となく、先輩の仕事をする姿が好きだった。面と向かって話している時も楽しいけれど、こうして生徒たちの喧騒が届かない図書室で先輩を見ているのも、なかなか良い時間の過ごし方だと僕は思う。先輩がどんな本にも愛情を持っているのが見ていて判るから、見ていてとても穏やかな気持ちになる。好きなものに囲まれて好きなものの相手をしている先輩は、自分では気づいていないのかもしれないけれど、微かに笑っていて、僕はそんな先輩を見ているのが心地良いんだ。

 学校はつまらない場所だけど、図書室だけは、違った。


「お待たせしたね」


 先輩がそう言って僕のところにきた。僕は夕日を背負って窓側のテーブルセットの椅子に腰かけて、テーブルに上半身を寝そべるように載せて組んだ両腕に頭を置いて先輩がくるのを見ていた。


「君と食べようと思って、クッキー、焼いてきたよ」


 にっと笑う先輩は、図書室で食べることに対して悪びれる様子もなく、僕の目の前にクッキーが入っているのだろう包みを置いた。今日は桜色の包装だった。


「クッキーって、作るの大変ですか?」


 僕の質問に、先輩は、ぜんぜん、と笑って答える。それから先輩は料理関係の棚からお菓子作りの本を持ってきて、クッキーのページを開くと僕に見せてくれた。


「面倒な手順はないでしょ。アリスの君も、作ってみたら良いよ」


「お菓子作りとか、したことないです」


「甘いものが好きなら覚えておいて損はないよ」


 先輩の言う、アリスの君、という呼び方にもいつの間にか慣れていた。僕は先輩が焼いてきたクッキーを食べながら、先輩に本の読み方を教わっていた。先輩はもともと本が好きで、物語の世界を旅しているような人だった。だから僕も先輩のお勧めの本を聞くことで、先輩がどんな風に本を渡り歩いているかを知ることができた。正確には、本の世界を旅する方法というか、本を開くことで別の世界を知ることができるということを。

 先輩は幅広く僕にお勧めの本を見せてくれた。園芸の仕方、お菓子や料理のレシピ本、キノコ図鑑、様々な動物の赤ちゃんの育児本、トランプやクロッケーなどの世界中のゲームを紹介する本、鷲の翼と上半身を持ち下半身はライオンであるグリフォンなどの伝説上の生物を集めた本、裁判に関する本といった、色々な種類の本を見せてくれた。そういった本を先輩お手製のお菓子を食べながら先輩に教えてもらう時間は、何よりも楽しいものだった。


「部活にも入らないで、こんなところで時間をつぶして良いの?」


 先輩はよく笑って僕にそう言ったが、僕としては一般的な青春で時間をつぶすよりも、先輩と一緒にいて先輩が好きな本を知ることの方が意義あるものに思えたし、楽しかった。


 先輩と一緒に過ごす時間が穏やかで、僕は先輩と会うことに夢中になっていた。



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