表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

2




 ――「けさ起きたときは、いつもと同じわたしだったかしら? そういえば、ちょっとちがうような気もしたけれど。でももし同じわたしじゃないとしたら、いったいこのわたしはだれでしょう、ということになるわ」



 先輩は、図書室に棲んでいる。

 これが僕の先輩に対する認識だ。間違っていない。図書室が開いている時間に、僕がどんなに急いで向かっても、先輩は既に図書室にいて、僕を出迎えるのだ。


「ぜったい、変だ」


 僕の言葉に、先輩はくすくすと笑った。


「アリスの君は、何をそんなにご立腹なのかな?」


「だから、その呼び方もやめてください」


「いやなの? 君にとてもよく似合っていると思うよ」


 僕は頬に熱が集中するのが分かって唸った。そうすると先輩はまたころころと笑い、僕は顔でお湯が沸くんじゃないかと思うくらい恥ずかしい気持ちで一杯になる。


「君は、本当に可愛らしいね」


 先輩はそう言って微笑んだ。その穏やかな微笑に、僕は時が止まったように見惚れていた。

 文化祭の準備をする声からひっそりと隠れるように、あの日から僕らは放課後の図書室に閉館時間まで一緒にいる。何をするでもない。他愛もないおしゃべりと、たくさんの本と、時折、先輩が持ってくるお菓子を頂くくらいで、図書室はゆったりと時間が過ぎる。


「そういえば、君は文化祭の準備はしないの?」


 先輩の当然の疑問に、僕は先輩にも同じ質問を返す。


「図書委員のカウンターって、交代制だって思ってたんですけど。先輩が毎日この場所で当番やるっておかしくないですか」


 先輩は僕への質問が質問で返ってきたことに目をぱちくりさせた(やっぱり顔から両目が落ちるんじゃないかと思うくらいぱちくりしている)。

 カウンターの後ろにある壁に、図書委員の当番表が貼られており、曜日ごとに書かれている名前が違うことを僕はちゃんと知っていた。それが毎日この先輩の名前で埋め尽くされているわけではないから、先輩は望んで此処にいるのか、他の委員が仕事をさぼるから仕方なくいるのか、何となく前者な気はするけど僕はそれが気になっていた。


「私が此処にいたいから代わってもらってるのよ。他の子も文句言わないし、先生も様子を見にくるわけじゃないから、私の天下が成り立ってるの」


 それってこの場で使う表現に相応しいんだろうか。僕の新たに生まれた国語的な疑問はさておいて、先輩は話を続けた。


「委員会の仕事があれば、文化祭の準備は参加しなくて良いことになってるでしょう?」


 確かに。だから生徒会も文化祭実行委員会も、クラスの出し物準備に参加できなくても責められない。他にも、コンスタントに活動がある委員会――交通安全委員会とか風紀委員会――は教師や委員長からの招集があればすぐにでも駆けつけねばならないから、その時は免除される。図書委員もその例外ではないだろう。放課後に、文化祭間近だからといって誰も本を借りにこないわけではないからだ。曜日ごとの当番は、その曜日だけは暇を持て余していなければならない。


「でもみんな、クラスの出し物の準備を手伝いたいらしいの。私は興味ないから委員長という建前上、代わってるのよ」


 ある意味では職権乱用なわけだが、誰も不利益を被っていないし、そもそも委員会の担当教師も様子を見にこないことでこうなっているのだろう。


「二年生以上では図書委員は選挙管理委員より楽だって評判なのよ。私と同じクラスになった子たちが一様に残念そうな顔をするのを見るのは面白いけど、君は来年からそんな情報をもらってもどうにもできないわね。私は卒業するから」


 先輩が文化祭シーズンに関係なく当番を交代していることにも驚いたが、何となく先輩から卒業の言葉を聞いたのがしっくりこなくて僕は黙ってしまった。

 先輩はこの図書室に棲んでいる。そう認識していた矢先に、卒業という単語を聞いたらしっくりこなくて当然だろう。卒業するということは、此処からいなくなるということだ。


「先輩って卒業するんですか」


「そうねー、するわね。大学には図書委員っていう仕事はないから寂しいわ。でももっと大きな図書館になるからずっと入り浸ってても読みつくせないだろうし、専門書も多くなるだろうな」


 先輩だって三年生だし、冬には大学を受験するんだろう。先輩の成績は知らないけれど、たくさんの本を読んでいるみたいだから悪くはないんじゃないだろうか(それともこれは、僕の偏見かもしれない)。

 先輩のまだ見ぬ図書館に思いを馳せている顔を見つめて、僕は少し目を伏せる。それに気づいて先輩は笑った。


「信じられない? 私まだ、子どもに見えるかな」


 先輩がそう訊いた意味が解らなくて僕はただ先輩をじっと見つめる。今度は先輩が目を伏せて、両側から流れてくる髪の毛をさらりと取って耳の後ろにかけた。髪をかける仕草や、先輩の白くて細い手首を追いかけるように見ている僕に気づかないまま、先輩は少し遠い目をした。


「私も『箱庭』で翻弄される『アリス』と一緒かもね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ