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 先輩はそう言って、薄いブルーのラッピング袋を見せてくれた。その中にクッキーの残りがあるのだろう。察するに、手作りクッキーで、その上プレゼント用にラッピングしていたに違いない。


「どうしてこんなところでクッキーなんて食べてるんですか。そもそも、図書室って飲食禁止ですよね」


 僕の指摘は間違っていない。飲食が許されるのは一般教室と、調理室くらいだろう。図書室なんて飲食を許可しているところは少ないはずだ。本に食べかすやら飲み物の染みなんかついていたら、次に読む人が不快な思いをするし、それどころか二度と利用しないかもしれない。本を新調するのも予算の関係で難しいだろう。許可が下りるのは指定された場所だけでかつ、図書室の本を持ち込まないという条件の下ぐらいだ。


「もちろん知ってるわ。私は図書委員長よ」


 そんな堂々と言い放たれても。

 悪いと知っているからこの本棚の影で食べていたのか。ドアから一番遠いこの本棚で。


「君は? こんな、誰も近づかない棚に何しにきたの?」


 流石は図書委員長。もともと人がこない図書室の中で更に人がこない場所を熟知しているようだ。

 僕は、担任の先生のおつかいであることを告げた。


「この棚に用があるってことは、君の担任の先生って化学の先生? ふーん……その本なら確かこの辺に……」


 僕の手の中でしわくちゃになったメモを伸ばして見た先輩は、目当ての本をものの数秒で探し当てた。ちらりと覗いた棚には探していたタイトルと似たような名前の本が多くて、僕ならどれがどれだか判らなくなる自信がある。そうなったらあの化学教師に何度も此処に通わされる羽目になるだろう。先輩のおかげで助かった。


「はい、先生に持っていってあげて」


「ありがとうございます。助かりました」


 正直にお礼を言って頭を下げた僕に、先輩はクッキーを差し出した。思わず受け取ってしまった僕は、先輩のにんまり顔を見て口止め料としてもらったものであることを理解し、更にそれを思わず受け取ったことで了承と取られたことも理解した。

 まぁ、風紀委員じゃないし、いっか。

 生徒会選挙の時しか出番のない選挙管理委員の僕はその場でクッキーを口に入れ、口内の水分を奪われながらも飲み下した。普通に美味しかった。


「ね、君、またきてね」


 先輩は有無を言わせない調子でそう言った。その声に漂う何かをも僕はキャッチして、また思わず頷いていた。

 図書室から出て、職員室へ戻る僕を先輩が見送ってくれた。その圧力にまた図書室へいかなければと思わされながら、僕は先生が探していた本を持って職員室へ戻った。


「あぁ、これだ。ありがとう」


 先生はぼそっと無愛想な感じで(いつもだけど)、僕から本を受け取ると、僕を窺うようにデスクから横目で見上げてきた。正直に言って、気持ち悪い。可愛くない。上目遣いは可愛くない人物がやるとただ不気味なんだということを僕は実感した。女子の上目遣いも別に好きじゃないけど。


「――図書室で誰かに会ったか?」


 何故そんなことを訊いてくるのかは判らないけど、良い子ちゃんの僕は頷く。


「図書委員長さんに会いました」


 美人だった。おまけにお菓子も美味しかった。おっちょこちょいっぽかったけど。


「……彼女にはその、あまり良くない噂があってね。あまり関わらない方が良い」


 曲がりなりにも教師がそんなことを言って良いのだろうか。僕自身は先輩にそんなものは感じなかった。強いて言えば、飲食禁止の図書室でお菓子を食べていたくらいで、それはでも僕も共犯なわけで、つまるところ教師である彼には言えない。


「どんな噂ですか」


 僕が尋ねると彼は視線を泳がせて、察してくれないか、と呟くように答えた。深刻なことなんだろうか。タバコか、恐喝か、オヤジ狩りか、はたまた援助交際、とか。

 先輩みたいに一見普通に見える人の方がそういうのは多いと聞いたことがある。図書委員なんて地味な委員会(僕も人のことは言えない)に入っているのも、目立たないようにする隠れ蓑なのかもしれない。見た目から悪ぶっている人は、かける言葉が単純な方が届きやすいこともあるだろう。見た目に手を加えるのは周りに自分がつらいことを知ってもらいたがっている証でもある。普通を装う方が、抱えているものは深そうではある。


 僕があれこれ考えているのを化学教師は察したと思ったのか、視線を僕に戻すと(だから上目遣いはやめてほしい)、念を押すように「いいね」と言った。

 その上目遣いを避けるように、彼のデスクを何ともなしに見て考えていた僕は、青いペン立てに入っているボールペンやらシャーペンやらを一通り眺めた後、覚悟を決めて彼を見た。


「わかりました」


 僕は答える。


「できる限り、そうします」


 化学教師はやや安堵した表情を見せ、頼みごとをして悪かったね、と僕を追い返した。僕もお役御免となって職員室から出ると、そのまま玄関へ向かった。


 夕日は既に、遥か彼方に落ちていって姿を消していた。




――アリスには、なにからなにまでとてもこっけいに思えましたが、みんな大まじめなので笑うわけにもいきません。なにもことばが思いつかなかったので、なるべくおごそかな顔をして、ただおじぎだけし、指ぬきをうけとりました。




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