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 それを追うように図書室に入った僕は、窓から差し込む西日に目をやられて一瞬、息を詰まらせて立ち止まった。夕日にやられた。青春の代名詞にもなりそうな夕日に、青春なんてこれっぽっちも興味のない僕が責められたかのようだった。


 写真を撮る際のフラッシュなんかでもそうだが、しばらくの間、夕日による残像が僕の目の前を占拠する。そのおかげで僕は少しふらふらした。


 図書室に顔を出すことはなかったため、僕は今の今まで学校の図書室が広いことを知らなかった。特別教室は備品を置く関係か、どこも広めに設計してあるが、図書室は格別だった。入ってすぐ真正面に簡素な木製の本棚が二つずつ背中合わせになって、前後で合計四つ置かれている。こちらに側面を向けているため、どんな本が並んでいるかは見えないが、人を選ばない読みやすい本が置かれているんだろう。右手には一般教室の机と同じ素材でできたテーブルと椅子の四人掛けの大きなサイズのものが、どんと六つ置かれていた。椅子と椅子の間を通り抜けられるスペースが充分に確保してある。その奥には入口すぐにあるような本棚とは違って、しっかりとした作りの本棚が背中合わせで六つ、佇んでいた。分厚い辞書のような本でも収納できる重たい本棚だ。それぞれ、収納している本がすぐ判るように、だいたいではあるが分類した表が本棚に張り付けられていた。その奥の壁も本棚が並んでおり、壁の本棚は出入り口であるドアの傍まで蔵書を呑み込んで立ち並んでいた。

 入口から見て左手奥には貸出カウンターがあり、今日の日付と返却日を示すプラスチックのプレートや、本の背表紙についている貸出バーコードを読み取るためのバーコードリーダーと貸出表を管理するパソコン、本の裏側にある貸出カードに押す日付スタンプなどが置かれていた。そのカウンターの目の前にも立派な本棚が鎮座しており、そちらに収められている本は古いものや、歴代の卒業アルバムなどだ。カウンターの目の前ということもあり、生徒も本を選びづらいのだろう。人気のなさそうな本を集めたコーナーのようだった。


 図書室の真上が音楽室なのか、吹奏楽部の練習する音が微かに響いてくる。一番近いクラスの文化祭準備の喧騒もあまり聞こえてこない。図書室が保つ静謐さに、僕は何だか緊張した。図書室も音楽室みたいに防音なんだろうか。だからこんなにも静かなのか。


 さっき図書室に入っていった生徒は何処にいるのだろう。僕は耳の中で規則正しく響く動悸を押し隠しながら図書室を一歩進む。人影は見えない。いくら広いとはいっても、人間ひとりの存在を隠すなんてできるはずない。と、思いたい。

 僕は七不思議とか幽霊とか、そういう類を信じる方ではないけど、何だかこのぴんと張りつめたような放課後の図書室の空気には、おばけだっているんじゃないのかと僕に思わせる何かがあった。


 いないいない、おばけなんて、いないいない。


 僕は先生のメモをくしゃりと握りしめて(もう握らさってた上にちょっぴり湿っていたけど知らないふりをした)、本を探すため右手奥の本棚へ向かう。化学、化学の棚はどこだ。

 分類表で化学の文字を探している間も、背後が気になって僕は何度か振り返ってしまった。でも図書室はがらんとして誰もおらず、悪戯に広さや何かが隠れていそうな雰囲気を増長させるだけで、僕は顔を正面に戻すのにも気を使う始末だった。更に、図書室の奥の本棚は照明を点けても薄暗く感じ、差し込んでくる夕日が影を濃くしている。正直に言おう、こわい。

 僕はやっと分類表から化学の文字を見つけ、その棚へ移動する。奥の、ドアからは一番遠い場所にある本棚だった。その棚を曲がった瞬間――。


「きゃあ」


「え」


 ぽろぽろと、お菓子が降ってきた。遅れて焼き菓子の甘い香りがついてきて、僕はそのお菓子がクッキーだと知る。慌てて前に差し出した僕の両掌に、花形にくり抜かれて焼かれたクッキーが、ぱらぱらと降り注いだ。


「わ、すごい。君、ひとつも落とさないでキャッチしてくれたの?」


 奇跡的に一枚もクッキーを落とさず、食べ物を無駄にしない僕のモットーが守られたところで、驚いた声がした。僕がクッキーから顔を上げると、其処にいたのは大きな目を更にぱちくりと真ん丸にして大きくしている(顔から落ちるんじゃないかと思ったほどだ)生徒だった。

 薄暗がりに僅かな照明で照らされた肌は白く、切り揃えられた前髪の下にバランス良く配置された形の良い目は瞠目しており、すっと通った鼻筋に視線を誘導されると、その下で赤い唇が同じく驚嘆に少しばかり開いていた。彼女の小さい頭を、色素の薄い、量の多くない髪がさらりと流れる。その長さが腰まであるのを見て、僕は彼女が先ほど見た生徒だと確信した。


 彼女はよく見ると先輩だった。高校指定のブレザーの下に、ブラウスを身に着けていて、その襟元で結ばれているネクタイが濃い緑色だったからだ。僕の通う高校では無地のネクタイの色で学年を識別していた。今年の一年生はえんじ、二年生は濃い青、三年生は濃い緑だ。だから、彼女は三年生ということになる。


「ちょっとつまずいちゃってね。お菓子の口開けてたものだから、中身が飛び出しちゃったんだけど、良かった。君が全部受け止めてくれたから大丈夫ね」


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