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 ――あっというまもなく、アリスもとびこんでいました。どうやってまた外へ出るか、そんなことはまったく考えもしませんでした。



 同じ教室で、同じ方向を向いて座り、同じ教科書を開き、同じ先生に教わり、同じようにノートを取り、同じように考えろと叩き込まれ、僕らは日々、大人の望む子どもであり続けることを強制される。

 同じ靴、同じ鞄、同じ髪型、同じ服、同じ表情。僕も僕が今見ている人たちと同じように見えているんだろうか。


 夏休みも、休み明けテストも中間テストも終わり、一気に秋めいてきた十月、僕が通う高校は文化祭の準備で大忙しだった。

 生徒会や各委員会も文化祭に向けて会議を重ね、クラスでの出し物の準備、文科系の部活動も作品や演奏で発表するためにほとんどの生徒は放課後に居残っている。すべての生徒が関係するだろうクラスの出し物では、模擬店を出すクラス、お化け屋敷などのアトラクション風味に仕立てるクラス、コスプレなどの話題性で客引きをしようとするクラス、クラスの出し物は色々だ。


 僕は部活動には所属していないし、一年生だから生徒会にも入っていないし、委員会も選挙管理委員会という文化祭には全く関係ない委員会だし、クラスの出し物には興味がないしでさっさと帰ろうとしていた。協調性とかいう言葉を少しは覚えた方が良いと思われるかもしれないが、クラスのみんなも僕はいない方が良いだろう。むしろ僕がいないことにも気づいていないかもしれない。


 ホームルームを終えた僕は、教科書類をロッカーに詰め込んで(鞄は軽い方が誰だって良い)、ぺちゃんこに等しい鞄を持つと教室を出る。文化祭の準備をするからといって、鞄を持って教室を出ない人間がいないわけではないから、僕はその波に乗って帰る。塾だとか予備校だとかで今日は準備を手伝えないという生徒は少なくない。僕は今日も、手伝えないだけだ。

 だけど今日は、大人に捕まった。担任でもある、冴えない風貌の男性教師におつかいを頼まれたのだ。


「図書室からこのタイトルの本を借りてきてほしい」


 自分でいけよそれくらい、と思ったのは顔に出さず(大人の前で僕はたいてい良い子ちゃんの顔をする。本当はとんでもなく面倒臭いし言ってやりたいけど、こうしておくと便利なこともある)、僕は大人らしい字で書かれたメモを持って図書室へ向かった。

 一旦、一年生の教室がある四階から職員室がある二階に呼び出して、三階にある図書室へいって、また二階の職員室へ戻ってこいというのは何かの嫌がらせだろうか。……この前のテストがあまり良くなかったのかもしれない。


 先生が持ってこいと言った本は、化学系のよく解らないタイトルの面白味のなさそうな本だった。冴えない風貌で陰気に頼まれたが、ああ見えて彼は確か結婚していて、奥さんが同じこの学校で国語の教師をしている筈だ。奥さんの方もそんなに生徒に人気があるような感じでもないけど、あんなんでも生涯の伴侶ってのは見つかるものなんだな、と僕は思う。

 僕におつかいを頼んだ担任の教師は、筋肉とは縁のない貧弱な痩身で、薄汚れたぶかぶかの白衣で校内を歩き回ってエタノールの匂いを撒き散らし、白髪交じりの短い髪をぼさぼさにしていて、まるで手入れなんて知らないようだ。顔色の悪い、青白い不健康そうな顔の上に乗っかっているメタルフレームの眼鏡の奥からこちらを見る双眸は、なんとなく化学の担当なのに解剖でもされているような気持ちにさせる力がある。それに部活も何かよく解らない化学系ものの顧問をしていて、生徒には大変不人気だ。

 また、その奥さんの方は、僕のクラスの教科担当ではないからよく知らないが(三年生の担当だったはずだ)、校則に厳しいことで有名だ。風紀委員の担当でもあり、毎月一回の制服検査ではスカートの長さや化粧にうるさい。僕もややだらしなく結んでいる(苦しいんだもん)えんじ色のネクタイを注意されたことがある。彼女自身がパシッとスーツを着て一分の隙も見せないから、口うるさく言えるんだろう。だけど自分は厚化粧をしているのに、他人の化粧は敏感に察知してガミガミ言うから、大人はわがままだと思う。

 お互いによく伴侶をあれで妥協したというか、そもそも好意があるのかも怪しいけど、僕ならどっちもごめんだ。


 校舎は一般教室と特別教室が向かい合い、中庭を挟んでロの字型をしているが、図書室は特別教室側の一番突き当りにあった。丁度、一般教室(三階は二年生の教室があって、一組が図書室に一番近い)のひとつと入口が廊下を間に向かい合うように位置している。その廊下は階段を設けるための廊下で、対称に反対側の一般教室(一応、七組まである)と特別教室(図書室と反対側の突き当りにあるのは、被服室だ)の間にある廊下にも、階段がある。

 僕が図書室側の廊下をのぼりきって図書室に目を向けたと同時に、図書室に生徒が吸い込まれていくのが見えた。後姿だけだからどんな人かまでは見えなかったけれど、背中の真ん中くらいまでありそうな長い髪が、ふわりと揺れるのが僕の網膜に焼付いたように残って点滅した。


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