Masterクエスト
「師匠、今日は早いんですね」
ギルド二階にある幹部専用の食堂で朝ごはんを食べているとルークが声をかけてきた。
「………久しぶりに…まともに出来るから…」
ルークはもう朝を済ましたらしくコーヒー片手に近くの席に座った。
「そうですね。ここ最近、師匠は簡単なクエストか訓練指導くらいしかしていませんでしたね」
「……そう………今日はちゃんとしたクエストに行く…」
ハクアはそう言って持っていたMasterランクの依頼書を出した。
クエストには人と同じようにランクがある。
まず、一般的なのは人と同じように低い順からFからAのランク。
それより難易度が高いものは低い順からS、SS、SSS。
そして最高難易度はMaster。
これはほとんどがハクアとレオで対処しているクエストだ。
「アクタの大泉に住む大蛇を鎮めろ、ですか…原因はなんですかね…普段、大蛇は人と干渉しないのですが…」
「………それも含めてやる……闘って落ち着いたらわかるだろうから……」
ハクアはそう言って最後の一切れを食べてカプチーノを飲む。
「ゆっくりしてても良いんですか?このクエスト、大至急って書いてあるんですけど…」
「……大丈夫………もともとアクタが大蛇を怒らせることしたからこうなった………自業自得………」
「関係のない人が巻き込まれたらどうするんですか!?」
「……大丈夫…大泉は近くの村、街は離れたところに位置している…不用意に近づかなければ…問題ない…」
ハクアは説明しながらカプチーノを飲み干し、立てかけてあった愛剣、デュランとダーインを腰に吊るす。
「………そろそろ…行く……もし……今日、クエストに行かなかったら…」
「わかってます。任せてください」
ルークは心得ているとばかり、笑顔で頷いた。
ハクアはその笑顔を見てからフードを被り、手に魔法陣が刻み込まれたビー玉ほどの水晶玉を握る。
「………お願い………転移『ミラッタ』………」
「いってらっしゃい、師匠」
「………いって…きます………」
短い言葉を交わし、ハクアの姿が消えた。
「さてと…お転婆姫のお世話にでも行きますか」
ハクアを見送ったルークは清々しい顔で言った。
◆
見慣れたギルドの景色から反転、空気が綺麗な自然の景色へと変わる。
「………まだ…慣れない………」
ちょっとフラつきながら自然の中を歩く。
普段なら鳥の鳴き声、動物たちの生活する音が聞こえるはずなのに今はその音が一つもなかった。
あるのはハクアが進むたびになる衣擦れの音と草を踏みしめる音だけ。
「………ロギア………」
『ハクアよ…どうした?』
名を呼ぶとタイムラグ無しにクロムロギアがハクアの頭上に現れた。
「………大蛇が怒っている………私で鬱憤晴らそうとしてる……乗せて……早くしないと…来る」
『心得た』
ハクアは人一人乗れる大きさになったロギアに飛び乗り、大蛇が鎮座する大泉へと猛スピードで向かった。
数分も経たない内に大泉に鎮座する大蛇が見えた。
大蛇の目は真紅に染まり、放たれる威圧は凄まじくどれだけ怒っているのかが良くわかる。
『ハクアよ、気を抜くな』
「…私が、何時、闘いで気を抜いた………?」
『愚問だったな』
そんな大蛇の前でも一人と一匹は怯まない。
ハクアはロギアの背に立ち、剣を構え、ロギアはそんなハクアに構わずスピードを上げる。
「………闘いましょう…大泉の主…その怒りが収まるまで、存分に」
ハクアのその言葉を合図に剣を抜き、ロギアの背を蹴り、宙に舞う。
大蛇も水飛沫とともに尾を振るう。
ハクアはそれをデュランで払い、ダーインで攻撃する。
ロギアも尾を掻い潜り、大蛇の腹に頭突きをする。
『ギャアアアア!!!』
大蛇は悲鳴をあげ、後ろに押し倒される。
「…Spark…!」
何時の間にかロギアの背に乗ったハクアは小さな稲妻を大蛇の近くに落とす。
『ギャアアッ!!!』
大蛇は水を伝って感電した。
「………まだまだよ………乱舞・雷風…」
ハクアは大蛇の身体を巡る紫電が落ち着いてからまた大蛇に接近した。
デュランには紫電をダーインには若草色の風を纏い大蛇を襲う。
その姿は技名の通り、舞だった。
大蛇は攻撃を受けながら水面に尾を叩きつけ、何とか水面に潜る。
『ハクアよ!来るぞ!!』
大蛇は中心に水底が幾何学模様に青白く光る。
「…分かってる…!!…チェイン…!!」
魔武器は主の声に応え、水底にいる大蛇を底から引っ張り上げた。
『フン、見事に釣れたな』
ロギアは宙にいる大蛇を見て呟くとブレスを吐き、魔法陣を粉々に砕いた。それと共に大泉の水が大量に飛び散り、消えた。
「…Drop……Bomb…!」
大蛇の上に現れた5個程の赤の光球はハクアの声に合わせて爆発した。
落下の速度が上がった大蛇を前にハクアは動かず、一度剣を鞘に収める。
「………鬼鬼雷雷…」
居合い斬りを皮切りに鬼神の如き勢いで大蛇を斬りつける。
剣に着いた血を払うのと大蛇が水面に落ちるのは同時だった。
大蛇は直ぐにハクアを飲み込む程の大きさの水玉を投げた。
ハクアはそれを斬り捨てる。
「…強い……強い…!……そう…こなくっちゃッ!!」
剣を構え、歓喜を滲ませた声をあげ、ハクアは大蛇に突進する。
それを見たロギアは自分は必要ないと判断し、小さくなりハクアと大蛇の闘いを観戦した。
『………迷惑を……かけたな、人間…いや…《冥界の女神》……』
「ハア、ハア…別に……久しぶりに…良い闘いが…出来たから…いい………」
『ハハッ……噂通りの…戦闘好きだな………』
日が暮れかけた時間、傷だらけの大蛇は水に浮かび、大蛇と同じように傷だらけのハクアは地面に仰向けに倒れこんでいた。
周りは木々は倒れ、地は穴を穿ち、大泉の水は半分まで減り、周囲に礫となり飛び散った。
自然は大災害が起こったあとだと言っていい程壊されていた。
「………仕事だから…聞く。………何故、貴方は怒ったの…?」
『………村の若者たちが神聖なる地に入った挙句、我が子である蛟を殺した』
「………それは……怒るわね…」
『そうだ………あの子はまだ生まれたばかりで抵抗出来なかった………可哀想に…勿論、我が子を殺した若者たちは直ぐに殺したがな』
「………何も言えない……もう二度と起きないようにする……」
『……頼んだぞ…』
大蛇とハクアは起き上がる。
『今日は久しぶりに楽しかったぞ』
「………私も………また会いましょう、大泉の主………」
挨拶を交わし、一番近い村へとハクアは向かった。
◆
「ああ!!《冥界の女神》様だ!!」
「我々を救ってくださったんですね!!」
「初めて見た…かっけぇ…」
村に着くとハクアを一目見ようと村人は次々と集まった。
「………ここは死んだ若者が住んでいた村か…?」
「はい、そうです。息子の仇…あの忌々しい大蛇を討ち取ってくれたんですね」
村長ぽい人が代表して答える。
ハクアは村長ぽい人が言った言葉に嫌悪を覚えた。
「………依頼には…『大泉の主の怒りを鎮めろ』としか書いていなかった…」
「ですがあの大蛇は私の息子や若者たちを…!」
「……大泉の主はここら辺一体の地域を守っている…殺したらどうなるかは分かるハズだ……それに主が怒った原因はその若者たちだ………」
「なんですと………そんなことするハズがない…」
「………主は基本、人間たちに干渉しない………関わるのは理由がある時だけ…今回は若者たちが神聖な場所に入っただけではなく、最悪のことをした……神聖な地を次世代の主になるはずだった者の血で穢した……このことの意味は分かるはず………」
ハクアの言葉に集まった村人が言葉を失う。
「………そんなハズは………」
「…ある………お前たちの村に次は無い。二度とそのようなことをしないことを誓い、語り継げろ…それがお前たちが出来る償いだ………」
ハクアは殺気を込めて言い、村をあとにした。
◆
「………終わった………」
「お疲れさん」
転移でレオの書斎に行くと労いの言葉をかけられた。
「今日は何処の主と殺りあったんだ?」
「………アクタの大泉の主………」
『かなり手強かったぞ』
「大物か………どーりでハクがそんな風になるわけだ」
ハクアは疲れたようでソファに倒れこむ。
「まあ、久々に強いやつと出来てたよかったじゃねーか。明日は学校だ。早く休めよ」
レオはポンとハクアの頭に手を乗っけて書斎を出た。
「………………余計なお世話……」
扉を見ながら傷一つ無いハクアは拗ねたように言った。