逆鱗に触れた後
「お前、ナニ俺の仕事増やしちゃってくれてんだよ」
「まあまあ、おかげで問題点も解りましたし……」
「…………」
理事長室、ハクアの担任であるガドがソファでくつろぎながらタバコの煙を吐いた。
理事長はガドをなだめる。
ハクアはそれを見ながら無言を突き通す。
ハクアに向かい合うように座るルエドも無言だがそれはハクアのちょっと申し訳なさそうな態度はなく、堂々としていた。
「まあ、問題がわかったのはいいですが…流石にやりすぎですね…」
理事長はチラッとルエドを見る。応急処置をしたが顔はまだ腫れ上がっていた。
「………すみません…この茶番のせいで将来の可能性を潰されたと思うとつい………」
ハクアはそう言いながらちょっとしか申し訳なさそうにする。
「茶番じゃない!!授業だ!!」
「…あれのどこが授業…?」
「とりあえず、お二人には何らかの処罰を受けてもらいます。ルエド先生は二週間、自宅謹慎をしてもらいます。ハクアさんには…」
「待ってください!!」
二人の間に険悪なムードを察した理事長は早々に切り上げようと処分を言い渡そうとしたが途中で乱入者が現れた。
「…ルーク?フィアとフェイも……」
「ハクアさんの処分、待ってください!」
「そうだぜ、理事長!俺たちの話を聞いてくれよ」
突然現れた三人に驚くハクア。
「オレの知り合いが言っていたんだ!最近のセントラルは魔法とかは良いけど体術とかは癖がひどくて諦める人が多いって」
「私もさっき聞いたのですが国王軍もここ最近のセントラル出身の人は体術のレベルが低いらしく一から鍛え直しているらしいですよ。調べたところによると丁度、ルエド先生が体術を担当し始めてからですね」
フィアは思い出しながら言ってフェイはいつの間にか持っていたクリップボードに挟んである書類を見ながら言う。
「あとルエド先生は他の先生に言おうとすると体罰をします。
ついでに言うと『冥界の女神』と知り合いだ、一番弟子だと巫山戯たことを言いやがります」
最後にルークはしれっとそれはそれは真っ黒な笑顔で一番重要なことを言った。
「で、デタラメを言うな!!そんなことした覚えはないぞ!!それに巫山戯たことじゃない!本当のことだ!!」
ルエドはこれだけは看過できないと抗議をする。
ルークは怒りを悟らせない笑顔で手に持っていた紙をルエドと理事長の前に突き出す。
「今回の件、見過ごせなかったのでギルドに聞いてみました。正式回答はコチラです」
その紙には『冥界の女神』はルエドのことを知らないとのことと体術の教師を変えた方がいいのではないかということが書かれ、マスターの署名があった。
「んにゃ、体罰の跡ってもしかしてこれかなー」
「ッ!!」
ガドはいつの間にかハクアの袖をまくってミミズ腫れになった腕を見ていた。
「ルエド!貴様ァ!!」
「ちょっ!落ち着けよ!!」
「落ち着いてください」
ハクアの腕を見たルークはルエドを殴ろうとしてフィアとフェイに止められた。
「ルエド先生」
「は、はい!」
理事長の言葉にルエドは怖いものを感じた。
「処罰を変更します。まず、無期限の自宅謹慎を言い渡します。のちの協議で詳しい処罰を決めさせてもらいます。場合によっては厳重な懲戒処分…いえ、懲戒免職を覚悟してください」
「…………はい」
「あとハクアさんの処分は注意に留めます。必ず保健室に行き、治療を受けてください」
「…………わかりました…」
ハクアたちは理事長に許可をもらい、部屋を出た。ついでにガドも部屋から脱出していた。
「ハクアさん、何故言わなかったんですか」
ルークは珍しくハクアに怒っていた。何に怒っていたのは勿論、腕の怪我を黙っていたことだ。
二人はルークがあまり見せない怒りに黙って見ていた。
「……なんでって…アレは私のミスだから………」
「ミスだから言わなかったんですか!?アレは…」
「私のミス…すぐにわかることだったの…あの子たちがいないことなんて…」
ルークの言葉を遮るようにハクアは言葉を被せた。
「だからって怪我のことを何も言わないなんて…」
「…怪我は慣れてるから…」
ルークは苦々しい表情でハクアを見た。
「…あなたは強い、優しい…ですがあなたはもっと自分を大切にするべきです」
そう言ってルークは二人を連れて教室に戻った。
「…………そんなこと出来ない…………私には…そんなことをする権利がない……」
ハクアは誰もいない廊下で呟いてから保健室に向かった。
「なあ、ハクアとお前ってなんなの?」
「ハクアさんは命の恩人ですが何か?」
「そうだけどよ……お前の過保護は異常だよ」
「私もそれには同意ですね」
ルークのさっきの行動を振り返りながらフェイも同意する。
「そうかもしれないな……ハクアさんは優しくて強い…人のために自分が傷つくことを厭わない人だ…だから心配なんだ…全てを抱え込み、その傷を隠してしまうハクアさんは不安定でいつ消えてもおかしくなさそうで」
「ハッハーン、そう言うことか…」
「青春ですね」
暗い雰囲気だったのがフィアとフェイのニヤニヤ笑いでぶっ飛んだ。
「どういう意味だ…?」
「知りたければ一生懸命、考えろ………まあ、一生わからなさそーだがな」
「いえ……頑張ってくださいね」
二人は意味深な言葉を残して教室の中に消えた。
「なんなんだ?」
廊下に残されたルークは大量の疑問符をつけていた。
「………失礼します…」
「貴方がハクアさんね。話は理事長から聞いているわ…怪我の治療のついでに健康診断しても良いかしら?規則で全員に義務があるから」
「……解りました………えっと……」
「リーフよ。早速、見してくれるかしら」
保健室に入ると二十歳くらいの白衣をきた女性──リーフが出迎えてくれた。
ハクアはリーフの言われた通り、袖をまくって腫れたところを見せる。
「これは…酷いわね。手加減無しとは相当、この学園からいなくなりたいようね」
リーフはそう言いながら腫れた部分に薬を塗る。
「………これは……」
「フフ、このくらいならこの薬で十分なのよ。今時の子はすぐに治療魔法をかけろって言うけどこっちの方がいろいろと良いのよ…身体的にね」
優しく微笑みながら包帯を巻いていく。
「…もしかしてリーフ先生って…フォリアさんの弟子…ですか…?」
「あら、よく分かったわね。そんなに有名じゃないのに…」
「…この薬はあまり見ない珍しい物なので…」
フォリアはどんな病気も治す稀代の医療魔術師と言われ、たとえ儲けにならなくとも命を救おうとし、医療魔術師の最高峰に君臨する人だった。フォリアは神級医療魔法を唯一使える人間で独自で製作した薬をよく使うことで有名だった。
「そんなのでわかるなんて…貴方、もしかして先生に会ったことでもあるのかしら?まあ…いいけどみんなには内緒にしてね。次は健康診断ね、顔を見してくれる?」
ハクアは少し固まったが恐る恐るフードを下ろした。
リーフは初めて見たハクアの顔に少し驚いた。
「綺麗な瞳ね。オッドアイなんて珍しいわ…」
「………え…」
「顔も綺麗だし、もっと自信を持ったら?綺麗な顔が勿体無いわよ」
リーフはそう言いながら素早く診断をしていく。
ハクアはそんなリーフに驚いた。
紅い瞳は忌避の対象だったからそんなこと言われるとは思っていなかったのだ。
衝撃が強すぎて呆然としなからもリーフの言う通りにしていく。
「次、背中ね。あら…これは」
「ッ!!触るなッ!!」
手が背中の方に伸びた時、ハクアはハッとしてリーフの腕を払い、椅子を倒す勢いで立って距離をおく。
ハクアの目は先ほどの驚きとはうってかわって何かに怒り、怯えた目になっていた。
「その背中の傷跡は何?まるで………」
「言うな!!」
動揺しながら言うリーフにハクアは声を荒げる。それ以上は言って欲しくなかった。
「………いきなりスミマセン………でもこれは先生には関係ないことです…先生たちにも…ルークたちにも…誰にも……」
ハクアは謝りながらこれ以上の詮索を拒否した。
「………分かったわ………でも、貴方が言いたくなったら…まず、私に聞かせてね」
リーフは今すぐに聞きたかったがハクアの態度を見てそれは無理だと判断し、待つことにした。
「……ありがとうございます……」
「診断は終わったからもう教室に戻っていいわよ」
リーフはカルテをまとめ始めたのでハクアは言われた通りに教室に戻った。