冥界の女神の逆鱗
「……………………」
「ハクアさん………今日は行けますから機嫌を直してください」
ハクアは不機嫌な顔で歩き、隣にいるルークは苦笑しながらハクアを宥めていた。
「お?どうしたんだよ」
「何かあったんですか?」
それを丁度見つけたフィアとフェイが合流して質問する。
「ハクアさんの使い魔の件でな……昨日楽しみにしていたことが…できなかったんだよ」
「え?…………子供?」
ルークが濁しながら言った言葉にフィアは吹き出しながら率直な感想を言った。
「……アレを楽しみにしているのは子供じゃない」
フィアの感想をルークは否定した。
ハクアが昨日、やりたくて出来なかったことはクエストだ。しかも高ランクの。
アレは子供の範囲じゃないとルークは心の底から思ってる。
「何を楽しみにしてんだよ………」
知りたがっているフィアをほっといて四人は校舎に入る。
「んじゃ、また後でなー」
「また後で」
フェイとフィア、ハクアとルークはそれぞれの教室に入っていった。
「おはよう、ルークくん」
「オッス、ルーク」
「…………ああ、おはよう」
ルークは教室に入ってすぐにいたメンバーに声をかけられた。
しかし、一緒に入ってきたハクアには一切何も言わなかった。
ルークはそんなことをしたみんなにイラつきを覚えながら挨拶を交わす。
「アイツ等いつか……このことを後悔させてやる…」
「………ギルドは私情を挟まない…」
「分かってますよ…ええ…」
ルークは黒い笑顔を浮かべながらグラウンドで準備運動していた。
「おーす……ちょとルークさん怖いんですけど」
フェイとフィア、ハクアとルークはクラスは違うが実技は2クラス合同でやるのでこの時だけは一緒に授業を受けることになる。
「…………クラスでちょっと…」
「ルークが怒ると言うことはよっぽどなのですね」
「……多分そう…」
「自信なさげだなオイ」
準備運動を終わらせた四人が雑談していると担当の先生が声をかける。
「…………体術の授業…初めて…楽しみ…」
「そんなに楽しめるものじゃありません」
「…………なんで…?」
「それは…」
「今日は模擬戦だ。組み合わせを発表するからコールが入ったら前にでろ。まず、一回目はルーク・シトラスとフィア・シオン」
先生のコールが入り、ルークは続きを言わずに前に出る。
「うーし、今回は絶対に勝ってやるんだからなー」
肩をぐるぐる回しながらフィアも前に出る。
前に出た二人は向かい合い、先生は合図を出す。
二人は合図と同時に地面を蹴り、組手を始める
「………まだまだ…脇が甘い……」
「そうですか?私は十分だと思いますが…」
ルークたちの組手を見ながらハクアは呟いた。
組手は白熱しており、見ただけで高レベルだとわかるほどだった。
「勝者、ルーク・シトラス!!」
数分後、勝負はルークの勝ちで終わった。
「前より強くなっていて驚いた」
「ヘヘッ、知り合いにギルドにいる奴がいてな。そいつに協力してもらったんだよ」
ルークとフィアはしばらくさっきの組手のことについて話し合っていた。
「………何?これ……」
「やはりそう思いますよね」
「………ええ…授業の意味を成していないわ…」
ハクアは最初、驚いたが次に発した言葉には怒気が込められていた。
目の前の組手は一方的な試合展開になっていた。
ハクアの目でなくてもこの試合はパワーバランスを完全無視してやっているのは明白だった。
「………これは入学してからずっと…?」
「ええ、初めに体力テストをしてからこうなりましたね…」
「その間ルークは?」
「何回も抗議してましたけど受け入れませんでした。学園長に言おうにもできない状態なんですよ…」
その間にも組み手は消化されていく。
ほとんどの人が組み手を早く終わらせようと一発で決めたり、短期決戦に持ち込んでいく。
「体罰とか言うやつね…」
「平たく言えばそうです」
フェイはハクアの怒りに内心、冷や汗をかきながら質問に答えていく。
「どうした!!まだ試合は終わっていないぞ!!」
その時、先生の嬉しそうな声が響いた。
ハクアたちは視線を前に向ける。
組み手はもう終わったのも当然だった。
対戦相手の女の子はお腹を抱えて座り込み、先生の声にビクビクと体を震わせていた。
対する男子は戸惑ったように先生を見る。
「ルエド先生…勝負はもう………」
「ついておらんぞ!!たった一発腹を殴られたくらいで勝負はつかない!………まあ、降参するなら話は別だがな…」
ニヤニヤと笑いながらルエドは女の子を見る。
女の子は恐怖で声が出せないようで口をパクパクさせている。
「…く………ルエド先生…僕にはこれ以上できません。降参します。」
「試合を放棄するとは…何を考えているのだ貴様ァ!!」
女の子を見て男子は降参する。しかし、ルエドはそれが気に入らなかったらしく、拳を男子に向けた。
男子はその迫力に何もできなかった。
「何してるの?」
凛と響く声がグラウンドを支配した。
男子の前でパーカーを着た少女がルエドの拳を止めていた。
「もう一度聞く。何、してるの?」
周りは静まり返っていたせいか、ハクアの声は大声をあげていないのにその場にいる全員に聞こえた。
「貴様ァ!!能無しの分際で!!」
自分の拳を受け止めたこと、まるで見下すような言葉に怒ったルエドはハクアに殴りかかる。
ハクアはそれを見て首を傾けただけで躱し、ルエドの腕を掴んでぶん投げた。
「質問に答えて」
ルエドが着地したのを見てハクアはそう言う。
その声には感情が込められていなかった。
「貴様には礼儀と言うものがないようだな…いいだろう…教えてやろう」
ルエドはその声に気づかず、ハクアの質問を無視しながら魔武器を召喚した。
ルエドの魔武器は鞭らしく一度、しならせて地面に叩きつける。
ハクアはそれを見ながら動かなかった。
「…ねぇ、邪魔になるから連れてって…」
男子は言われた言葉を数秒遅れて理解して女の子を連れてその場を離れた。
「なあ、コレ、ヤバくないか?」
「ええ、そうですね」
「心配する必要はない。むしろ、心配する方は…」
フィアとフェイが心配そうにハクアを見る中、ルークは普通にハクアを見ていた。
「ルエドの方だな…まあ、心配する気はサラサラないがな。むしろ、殺られろ」
ルークがそう言った瞬間、ルエドは地を蹴り、鞭をしならせた。
ハクアは何もせず、鞭がハクアを襲おうとしたところでようやく動いた。
最小限の動きで全ての鞭を躱す。時折、混ざってくる拳もいなす。
それを何十回続けたところでルエドは一回距離を取った。
ハクアは黙々と距離を詰める。
そんなハクアを見てルエドはニヤリと笑った。
ハクアの目の前に鞭が迫る。
ハクアはそれを見て手を腰に伸ばす。
「ッ!!」
腰にはいつもあるものがなかった。ハクアはその手をカラ振ったとこでそれを思い出した。
鞭はもう躱せないところまで来ていた。ハクアは両手を顔の前に出して防御した。
「今のは?何かを取り出そうと…」
「ハクアさんはいつもはそこに武器を取り付けていたからな…」
「ああ、だからたまに腰のところで手を…」
パァンといい音がなり、ハクアの体が少し下がった。
「…なんで試合を続けたの?…二人はもう続ける気は無かったのに」
それでハクアは落ち着きを取り戻したようでルエドに質問した。
「そうか?私はまだ続けると判断したんだが…」
「それだけじゃない…なんでパワーバランスをわざと崩すような形に組んだの?」
「その方がいい練習になるだろう」
ハクアは質問するたびに一度落ち着いた怒りが湧き上がってきているがわかった。
「それじゃあなんで何もしないの?アドバイスをすればそれの意味も少しはあるのに?」
「それだと自分で考える力が育たないからな」
「そう……到底、解り合うことはできそうにないわね」
ハクアはそう呟いて倒れるように姿勢を低くした。
認識できない速さで間合いを一気に詰めた。
「アナタ、知ってる?最近、ギルドの入隊を諦める人が増えているらしいわよ」
ルエドの胸ぐらを掴みながら耳元で囁く。
「原因は体術の一人訓練のせいでできた変な癖。もう直すには遅い段階までいっていてね、魔法とか他の才があっても諦めざる負えないらしわ」
「………それがどうした」
「ギルドに入るのを諦めたのは全員、ここの卒業生よ。アナタの担当生徒じゃないの?」
「それはそうなった奴が悪い」
その言葉を聞いたハクアはルエドを吹き飛ばした。
「………そうなった奴が悪い…?それを見つけて正し、将来の可能性を広げるのがアナタたち教師の仕事でしょう?それを…人のせいにして逆に可能性を潰して…それでもアナタは教師なの?」
絶対零度の声が響き、その場にいた全員に悪寒が走る。
ルエドはようやく言ってはいけないことを言ったことを自覚した。
ハクアは地面を凹ませ、一気に距離をつめ、全力の一発を顔面に入れる。
ルエドは防ぐことをせず、無様に地面を転がった。
「本来ならもう何発か入れたいところだけどそれだけにしておくわ」
そう言ってハクアはルエドを見ることなくルークたちのところに戻った。