とある少女は竜と闘う
やっと見つけた。
目の前には私が追い求めていたものがいた。
黒金の鱗を持ち、冷たくて鋭い黄金の双眸、どんなものでも噛み砕く頑丈な顎門、そして額にはドラゴンの証であり、力の象徴である真紅に光り輝く角。
そのドラゴンの名は黒竜 クロムロギウア。恐らく最古参のドラゴン。
魔人に匹敵するほど、若しくはそれ以上の力を持つドラゴン族。硬い鱗を持ち、咆哮だけで生物を殺す力を持つドラゴン族の中でもクロムロギウアはどんな強力な魔法でもその鱗に傷一つ、つけることは叶わないと言われている。
クロムロギウアから放たれるプレッシャーが重い。滴り落ちる汗を感じながら腰に差してある愛剣たちの柄に手をかける。
『……ほう、畏れないのか。大した肝っ玉だな、小娘』
クロムロギウアの口から地響きに似た言葉が聞こえた。
「………人の言葉が理解できるなんて…流石、太古から存在しているだけある……」
『……一応、聞いておこう。小娘、お前は何故、何を求めて此処に来た?』
「…そんなの決まっている。……強者を求めてここへ来た。………あなたと戦うために……」
二人(一人と一匹)の間に数秒の沈黙があった。
『…………フッ、フハハハハハ!!面白いぞ小娘!その望み叶えてやろう!!』
「………言われなくても…そのつもり……」
私はクロムロギアに向かって走った。
クロムロギアは特に何もせず、私の様子を目で追っている。…………舐められているようだ。
その選択をしたことを後悔させてやる。
そう胸で誓い、腰に差している二振りの愛剣を抜く。
左手にはこれ以上の色は無いと言うような漆黒剣を。右手には清らかでこれ以外の色を知らないと言うような純白の剣を。
私の愛剣は黒と白の外見上、対極の剣だと思われる。でもそれは間違い。大まかに言えば一緒。
重くて頑丈でそして切れ味が最高にイイ。
私はクロムロギアの懐に潜り込むとまず、足を利用した。簡単に言うと足を足場にして登った。当然、絶壁と言っても言い足を登るのは辛い。舞を舞うように足を斬りつけ、その反動で上に登る。
そんな中、チラリとクロムロギアの足を確認する。予想していた通り、その足には傷一つなかった。
あの噂は本当だった。
そう思っていると鈍く光るものを視界の端に捉えた。鉤爪だ。
「ぐっ……」
避けられない!!
そう思った私は咄嗟に剣を鉤爪へ振った。受け流す。……あわよくば相殺を……
勢いが乗った剣は狙い通り鉤爪を弾いた。両手が痺れる。虫を払うような仕草でもそうなるくらいの威力を持っていた。
もし、鉤爪に気がつかなかったら……私は今、死んでいた?
そう思うと背中が寒くなった。
今はそんなことを気にしている場合じゃない。私は雑念を振り払うとクロムロギアに強烈な一撃を喰らわすことだけに集中した。
クロムロギアは動こうとしない。目で追っているだけだ。…………これならいけるかもしれない。
一旦、剣を鞘に収めると私はクロムロギアを足場にして飛んだ。丁度、クロムロギアの目の前で宙返りする形で。クロムロギアはつられて私を追う。私はクロムロギアは初めて目が合った。
クロムロギアはただ退屈そうに私を見ていた。そしてその目は退屈そうなのに朝焼けのように綺麗に輝いていた。
その目に見惚れながらも体は勝手に動いた。
再度、剣を抜刀。斬撃がクロスを描く。そこから二振りの剣は違う軌跡を描く。数十の斬撃が生まれる。振るっている私でも途中で分からなくなる速度で。
恐らく、三十回目。トップスピードのまま、重みにより更に加速させた剣は最初の二撃と同じ軌跡を描いた。
違ったのは軌跡を辿る順と砕けた鱗とクロムロギアの血が宙に舞ったことだけ。
クロムロギアの目に驚愕の色が現れる。私も同じ気持ちだ。できたとしても精々、傷にならない傷をつけるので限界だと思っていたから。
重力に従って私の体は落ちる。今までの習慣が生きたのか自然と着地体制に入っていた。衝撃を吸収しながら着地したのに私は動けなかった。
『……………フハハハハハハハ!同胞でさえ傷つけられなかった我に傷を負わせるとは……強いな小娘!気に入った!!』
「……………………へ?」
今、何て言った?他のドラゴンでさえ傷つけられなかった?気に入った?
『小娘よ、名は何と言う?』
「………ハ、ハクア…………ハクア・コーメント」
気圧されながらも名前を名乗った。不安でボロボロになってしまった愛剣たちを胸元まで寄せる。
『ハクアか……良い名だ』
クロムロギアはそう言うと私に向けて旋風を放った。多分、本人は軽く息を吹きかけた、程度しか思ってないだろう。
『久し振りに我を楽しませてくれた礼だ。受け取れ』
そう言うと私の目の前に二本のインゴットが落ちた。一本は白、もう一本は黒。落ちた音とひび割れた地面が高い所から落とされたことを物語っているけどインゴットには傷一つなかった。
「……戦わないの……?」
一方的に挑んで来たのはこっちの方だけどこのことだけは聞きたかった。
『ハクアよ…主は強者ー我と戦うために此処へ来た。だか我は主と戦う理由が無い。それだけだ』
クロムロギアは微睡むように言った。
「……戦う理由が…無い…?」
『主はかかがどういう場所か知らないのか……此処は同胞の墓場。我はここの墓守。墓場に手を出さない限り、我は主等人間にも魔族にも手を出す気はない』
「…そう……だったの…」
クロムロギアがここに居続ける理由を初めて知った。
周りの村はクロムロギアに怯えながら生活をしていたから勘違いしていた。
「……良かったら……また戦いたい…」
『我は戦う気は無いが主がそうしたいのなら好きにせい』
クロムロギアはどうでもいいように言った。
「……じゃあ、今度は…戦う気にしてあげる……」
私は剣を収め、インゴットを手に取るとその場から立ち去った。
グダグダで終わった戦いにガッカリしながら私は祠近くに繋ぎとめていた馬に跨る。
「………ん、忘れてた……」
私は荷物からコートを出して、黒いフードが風で飛ばされないように深くかぶると手綱を引き、出発した。
世界は魔法で満ちている。
だけど私は魔法が使えない。
でも気にしない。二振りの愛剣があればそんなこと些細なことに過ぎないから。
モンディアーレの西に位置する地域、ダークネスの端っこにひっそりとある街を思い浮かべる。
あの街は身寄りがなく怪しい私を何も詮索せずに迎え入れてくれた。
もう味わうことがないと思っていた暖かさを、安心を、くれた街。
私の第二の故郷。
あの日のことを思い出す。
あんな思いはもう、したくない。
「今度こそ、絶対に守るよ…………レイル……」
あの日に誓った言葉を呟き、馬をさらに走らせる。
「…………ウソ…………でしょ………?」
私の第二の故郷が…………
アイツらの部下たちの口が弧を描く。
「すべてはお前のせいだ」
「お前が関わればこんなことにならなかったのにな」
あの日の出来事が鮮明に浮かび上がる。
「お前だけは生きろ」
あの人の最後の微笑み。
最後にいた彼の微笑みと重なる。
「いやあああぁぁぁぁぁ!!!!」
そのあとの記憶は殆ど、ない。
その日の夜は私と同じように真っ赤に染まった満月だった。