出会い、そして街へ
第7話登校しました。
迷宮を出て初めて出会ったのは商人という人物。
運良く彼らの荷馬車に乗って街へと向かえます。
ニャッハの街 アンドロ・ブラオ商隊
街道もいくらか整備されているとはいえ、ガタゴトと揺れる荷馬車に乗せてもらっていた。
逃げ出してしまった馬もいるらしいのだが、護衛の乗っていた馬も戻ってきていた。
おかげで、徒歩の自分とリリィは荷馬車に乗せてもらっている。 最後尾の荷馬車から後方の警戒も兼ねてである。
持ち主である、アンドロ・ブラオ氏によるとこの荷馬車には御者以外には誰もいないからと聞いていたのだが、目の前には獣人の女の子が座っていた。
茶色の毛並みで、顔つきはどこと無く犬のゴールデンレトリバーを思い出す。 毛は伸び放題なのか、瞳は隠れてしまっているが、時折隙間からクリッとした大きな瞳が隠れているのが分かる。
背も低いようで、リリィくらいにしか見えない。 ボロ布で作られた服を着ているようだが、それ以外に何か持ち物があるようでもない。
彼女の周囲には、持ち物らしき物は無く、アンドロ・ブラオ氏の商品の入った箱しか積まれていない。
じゃあ、彼女はと気になるのだが、リリィも特に気にする様子も無く、自分の持っていた水筒を受け取ると水を飲んでいた。
飲んでいる姿を見て、女の子も喉をゴクリと鳴らしていた。 喉が渇いているのだと思い、リリィから水筒を受け取ると女の子に差し出した。
「こんにちは、えっと言葉は分かりますか? 水が入っています、飲んでください。 人が口を付けたものはが嫌でなければですが」
水筒の蓋を開け、口を付けて飲むんだとジェスチャーも混ぜながら話しかけると、水筒と自分とリリィとを何度か交互に見て、何もしないことが分かると水筒を手からひったくるようにして飲み始めた。
「そんなに慌てて飲むと、喉にっ」と言っている傍から盛大に噴出す獣人の女の子である。 咄嗟に避けた為、濡れることは無かったのだが大丈夫かと背中をさすってやる。
時折、リリィの視線がジトッとしたものに変わっているのだが、なぜなのだろうか。
「わぅ!」
突然、獣人の女の子が飛び掛ってきたがバランスを崩してしまい、慌ててその身体を受け止める。 背中を床に強打するがどうって事はない。
顔を舐められたりしているのだが、いっこうにリリィが助けてくれなかった。
「落ち着いて」と言いながら、その身体を押し退けようとするのだが、見た目に反して力が強い。 女の子1人を退かすことも出来ないようだ。
「りっ、リリィ! 見てないで、 助けっふがっ」
助けを呼ぶものの、リリィは「ふんっ!」と鼻を鳴らし、荷馬車から外の警戒を続けていた。 「わかったから」と言ったからなのか舐めるのを堪能したからなのか獣人の女の子はやっと自分から離れてくれた。
彼女なりのお礼なのかもしれない。 おかげで顔中がベタベタとしている。 あまりやりたくは無いが袖口で拭って多少はマシになる。
「リリィ、助けてくれてもいいじゃないですか?」
「ふんっ、そうは言うがの? 満更でもなさそうじゃったからの」
そう、リリィとはまた違った魅力があったのだ。 小柄な体系には似合わない圧倒的なボリュームの胸が押し付けられていたのだ。
男ならそこは意識せずにはいられない場所だったのだ。
「リリィ?! 別にそれが嬉しいとかではなくってデスネ?」
「いいのじゃ、どうせわっちのは小さいからの。 所詮、男なんぞ大きいほうにいってしまうんじゃ」
リリィがどうも拗ねてしまったようで、自分にいったいどうしろというのだろうか。
機嫌を直してもらえないかと考えて、ふと思い出した。 先ほど森狼を燃やした時も襲撃されていたところを助けた時もずっと魔力を使っていたのだから、補充しなければならない。
今の今まで、忘れてしまっていた。 それで機嫌が悪いのだと思うと早速行動に出る。
「リリィ、今日はまだ魔力の補充はしていないですよね。 今のうちにしておきませんか?」
「なっ?! 別の女子がおるのに、しろと言うのか?!」
空腹に似た感覚とも聞いていたのだが、それでも無かったらしい。
「馬鹿っ」と小声で言うと、一切こちらを見なくなってしまう。
そんな様子を見てかどうかは分からないが、獣人の女の子は、首を傾げていた。
「君の名前はなんですか?」
そんな獣人の女の子に話しかける。 「わぅ」と返事はあるのだが、それ以外に言葉は聞こえない。
意思疎通自体が出来ていないかもしれない。
「自分は、ナオトと言います。 ナオト、ナオト。 分かる?」
「わぅ、わぅ?」
自分を指差しながら、ナオトと言って自分の名前であるとジェスチャーを加える。 そして、あなたは?と指を指すが首を傾げている。
参った、これは言葉が通じていないと言う事なのだろう。
「リリィ、彼女に言葉が通じないようです」
「それもそうじゃ、首を見るとよい」
獣人の女の子の首元を見ると、毛に隠れていたが首輪が付けられていた。 これも見慣れていなかったせいか魔力が流れているのが見える。
犬に首輪のイメージが真っ先に浮かんだのだが、それを拭ってあることが浮かんできた。
「奴隷、ですか?」
「たぶん、そうじゃろう。獣人は種族も多いが、人より身体能力が高いのじゃ。 これでイロイロと抑制してるんじゃよ」
「よく知ってますね」
「わっちは、奴隷なんぞ嫌いじゃが……。 必要な労働力や力の1つ、じゃな」
多ければ多いほど、その持ち主の力も大きいと言う事だ。 彼女の付けている首輪も契約するためのものだという。
「ご主人も、わっちと1度契約をした時にもあったろう? まぁ、あれは魔法であったが、この首輪は魔力を込めた道具じゃな。 魔具とも呼んでおる」
「そうか。 自分ではなんとも思っていなかったけれど、僕とは言うけれど、奴隷と一緒だって事なのか」
「その表現もあまり好かんが、似てはおるな。 ただ、ご主人とわっちの場合はご主人に恵まれてるからのぉ」
奴隷として働かされる心配はなさそうじゃ、と言ってまたリリィは外の警戒する為、外へと視線を戻していた。
獣人の女の子の首輪を見ると、魔力は宿っているがどこか別の何かに繋がっているようには見えない。
まだ、誰とも契約をしていない可能性もある。 ここで中途半端な正義感を出して、アンドロ・ブラオ氏に奴隷はダメだなんて日本の考えを言うわけにもいかない。
実際に、この世界では奴隷が当たり前のようなのだから。 それでも、何かしてあげれないかと思う。
「ニャッハの街が見えたぞ!」
とうとう、街へと到着したようだ。 幌から顔を出し前方を見ると高い城壁が目に映った。 前へと伸びる街道はその城壁にある門へと伸びている。
街に近づくにつれて、同じような荷馬車だったり探索者のパーティーなのだろう。 何人も武装した人間や獣人が見える。
「ナオトさん、リリィさん、そろそろ街でございます。 ここまででよろしいですかな?」
街の城壁に見とれていると、アンドロ・ブラオ氏が護衛とともに馬に乗って現れた。 獣人の女の子は先ほどとはうって変わり表情を消す。
それを見て、アンドロ・ブラオ氏も「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
そんな彼女を見て、アンドロ氏は何を思ったのだろうか「新しく仕入れたばかりですから、お時間あるときにでもぜひ我が商会へ」と言う。
自分が買おうとしているかのように見えたのだろうか。 見当違いもいいところなのだが、自分を見る女の子の瞳と一瞬目が合う。
捨てられている子犬を想像してしまい、アンドロ氏には「後で伺います」とだけ言った。
「それでは、本当にあの時は助かりました。 またお会いしましょう」
そう言うとアンドロ氏は自分達の前から姿を消す。 獣人の女の子も乗った荷馬車は、専用の門があるのかひときわ大きい方の門へと向かっていく。
結局、あの後に森狼の襲撃も無く、無事にニャッハの街へと到着した。
「それじゃあ、行きましょうか? リリィ」
「うむ、それとなご主人。 ご主人はご主人の思うように行動すればよいと思うんじゃ」
「わっちはそれについていくだけじゃ」とリリィは言う。
ありがとう、と答え街へと入る人達の列の後方へと並ぶ。 だいぶ長い列が出来ているせいか、露店のようなものが出来ていた。
地面に布を敷いて、そこに商品を並べて声を出すものや、屋台で食事を作って販売しているものもいる。
リリィと、自分のお腹の音が同時に鳴った。 朝食べたのは、パンとサラダである。 お腹が空腹を訴えるのだ。
手元には幾らかはあるのだ。 相場がどうなのか分からない。
「ご主人! 買いに行ってくるのじゃ。 何が良い?」
「リリィに任せます。 でも、自分が行きましょうか?」
わっちに任せておくれと、袋から銅貨を10枚ほど取って駆け出していく。 それを見送っていると、向こうでリリィが転んでしまうのを見る。
立ち上がってこちらを睨み付けてくるが、見てなかった振りをしておく。
リリィの買って持ってきたものは、串に刺さった何かの肉を焼いたものである。 鶏肉を焼いてあると言うのだ。
どう見ても、焼き鳥なのだが、1個1個が大きくカットされている。 1つ口へと頬張ってみと、肉汁が口の中に広がり純粋に旨いと思う。
肉そのものも旨みとでも言うのだろうか、そのままの旨さだと思う。 まぁ、そこまで料理の事を知っている訳ではないから旨くて食べられればいいかな、と思う。
「旨いの、ご主人! 店主が旨いと言って勧めるもんでのぉ。 これで銅貨10枚なら安いもんじゃ」
「うん、美味しいですね」
食べながら、進む列に並んでいると自分達の番となった。 リリィと屋台や露店を見ていて待つのは苦ではなかった。
衛兵だろうか、門の前で出入りする者を確認しているようだ。 体格も、自分よりも頭1つ分ほど高く身体もガッシリとしている。
見た目のイメージが熊のような男だった。 皮製だろうか胴当てに篭手と具足を着け、剣を腰に下げている。 あれで殴られたら1発で死んでしまいそうだ。
「探索者証を持っているなら、出しなさい」
迷宮で回収した物遺品で持っていはいるが、生憎彼らの物以外には自分は持っていない。 リリィも持っていないと言うからどうするかと思っていたがあっさり解決した。
「どこの田舎から来たのかはわからんが、持ってないならいい。 ちょっと列から避けてろ」
「おーい」ともう1つあった列のほうに衛兵が呼びかけると、そちらの集団から1人の女性が小走りでこちらへと来る。
緑のベレー帽に赤いフレームの丸メガネ、髪は黒く自分と同じ色をしている。 ベレー帽と同じ色の制服を着用し、腰には短い棒のような物を下げている。
歩き方や、動きから見ると訓練された人間のように思える事から、自分の様な訓練を受けていた可能性があるように思えた。
「なんですか、モンドさん?」
「嬢ちゃん、こいつらも身分証無いんだわ、あっちで調べて問題なけりゃ仮のやつ発行してやってくれねぇか?」
モンドと呼ばれた衛兵が、自分達が身分証を持っていないことを説明してくれた。
「公務中ですよ、モンド衛士長」と言ってこちらを見ると、驚いた顔をする。 自分の顔と言うより黒髪に驚いたようだ。
「あの、あなたのその髪は……、いえ、失礼しました。 私はニャッハの街にあります探索者協会の者です」
そう言うと、左胸に付いたバッジを見せ、ポケットからも探索者証を差し出してきた。
迷宮で回収した物とほぼ同じだが違うところがあった。 単純に言えば、探索者協会職員と言う文字が確認できた。
「探索者協会職員3等武官のアメリアと申します。 早速ですが、許可証を発行しなければ街へは入れませんのであちらの天幕へどうぞ」
アメリアの後ろについてリリィと2人で歩く。 リリィに許可証の事を聞くが、知らないようだ。
天幕へ着くと、長テーブルがありそこにもアメリアと同じ服に身を包んだ探索者協会職員が他にも身分を持っていない者の許可証の発行する作業に従事している。
アメリアが来たのも、長テーブルの一番端の自分達に近かっただけの理由らしい。
「さて、それではお名前をお伺いします」
2人それぞれが名乗る。 テーブルにある用紙に名前を書き上げる。 許可証に振られた番号があるのでそれで管理しているようにも見える。
机の上にもう1つあるものが乗っている。 手のひらサイズの水晶玉がある。 よく見ると、魔力を放っているから何かしらの道具ではあるようだ。
「お1人ずつ順番にこの水晶に手の平を乗せてください。 まずは、リリィさんからお願いします」
リリィはアメリアの指示に従い、水晶に手の平を乗せる すると、リリィから少量ではあるが魔力が水晶に吸収されるのが分かった。
「そのままで。幾つか質問をします」とアメリアは言うと、名前は間違い無いか、何をしにニャッハの街に来たのか最後に犯罪に手を染めていないかと3つの質問をする。
最初、リリィの魔力を水晶が吸い取った以外には、その後は水晶もその魔力にも変わったことは無かった。
「はい、ありがとうございます。 それでは次にナオトさんもお願いします」
アメリアに促され、早速手の平を水晶に乗せる。 先ほどと同じように魔力が吸い取られていくのが分かる。
ピシッと言う不吉な音が聞こえた。 「えっ?」と言うアメリアの疑問の声を他所に水晶玉が割れてしまった。
「なんで、真実の水晶が割れるの?」とアメリアも自体が飲み込めていない。 周りの職員も順番を待つ人々もざわついている。
「あの、自分はどうしたらいいんでしょうか?」
幸い手を怪我したと言う事は無いようでひとまずは安心である。 しかし、この割れた水晶って高くはないのだろうか、弁償しろと言われても困ってしまう。
自分には、それだけのお金なんて持っていない。 厄介ごとに巻き込まれないかと心配である。
「あの、ナオトさん。 少々お待ち頂けますか?」
「えっと、まずいんですか? これって?」
「確認します」と街へと走り出すアメリアを見送る。 リリィもなんの事だかわからないとぽかんとしている。
アメリアと入れ替わりに男の職員が1人と先ほど門で対応してくれたモンドと呼ばれた衛兵がやってきた。
この2人は敵意を持って見ていると言うわけではないのだが、どうにも落ち着かない。
特に探索者協会職員は、腰に下げた棒に手を添えていた。 今だから気付いたが職員が魔力を込めているようだ。
推測ではあるが、魔法を使う媒体ための杖ではないだろうか。
「お待たせしました、新しい真実の水晶をお持ちしました。 これでもう一度お願いします」
単に、アメリアは代わりの水晶を取りに戻っていただけらしい。 もう一度手の平を置くと、今度は魔力を吸い取っても割れなかった。
リリィと同じ質問をされ、それを正直に答える。 何も問題なかったようだ。 「はい、ありがとうございました。 お騒がせいたしました」と言って許可証をリリィと2人分くれる。
「この許可証は貸し出しているだけですので、街から出る際は返却していただきます」
また、探索者協会で探索者登録を済ませていただきましたら、それが身分証になりますので許可証も返却していただきます。 なお、盗難、紛失は借主の責任ですのでその場合は罰金を支払っていただきますのでお気をつけください」
アメリアに注意点を教えてもらう。 「それでは、ニャッハの街へようこそ」と促され、門をくぐる。
「ほぅ、かなり大きな街になっておるのぉ」
「リリィは、来たこと無いんですよね?」
街並みはヨーロッパだろうか、石造りのしっかりした建物だ。
道はしっかりと整備されているのか石畳で舗装されており、まっすぐ街の中心へと伸びる道がある。 荷馬車が横に2台並んでも余裕で通れる幅である。
この道をメインストリートとすると、それに沿うかのように色々なお店があるようだ。 他にも露店や屋台も並んでいる。
それを見るリリィの顔は期待で膨らんでいるようだ。 「クフフ」という笑い声も出ている。
「それじゃあ、まずはどうしましょうか? 買出しから済ませます?」
「すぐじゃなくても良いじゃろ? ご主人よ、わっちも初めてなんじゃ。 色々と見て回りたいのぉ」
「まぁ、自分も気になります。 それじゃあ、この道をまっすぐ進みながら色々と見て回りましょう」
リリィは自分の手を取ると早足で先へと進む。 人の往来も激しく日本であったお祭りみたいだ。
逸れてしまわない様、しっかりと握りなおすと、リリィの耳と首筋が赤くなっていくことに気付いた。
「リリィ、大丈夫ですか」
「なっ、なんでもないのじゃ。 おやっ? あの屋台はなんじゃろ。 行くぞ、ご主人」
話を逸らそうとするので、深く追求するのはやめた。 聞かれたくないことであればそれでいい。
リリィと色々と見てまわりながら、当分は食材の買出しは出来そうにもないな、と考える。
「あのっ、ナオトさんっ!!」
知り合いのいない街で自分を呼ぶ声がする。
振り返ると、許可書をくれた探索者協会のアメリアがそこにはいた。
肩で息をしているから、走ってきたらしい。
「あの、何か御用でしょうか?」
「はい、お時間がよければ探索者協会にご一緒してほしいのです」
「えっ?」
まだ終わっていないようだ。 先ほどの水晶の件が関係してそうだがどうなることだろう。
後で回収した探索者証も持っていく予定が早まっただけだと考え、アメリアに「大丈夫です」と答える。
アメリアを加えた3人で一路、探索者協会へと向かうのだった。
荷馬車で出会った少女、街へ入ろうとすると一悶着。
そして、またあの女性が現れるのですが、いったいどうなってしまうのでしょうか。
次回も読んでいたらけたら嬉しいです。
ご意見ご感想お待ち致しております。