迷宮を出た先へ
迷宮を出たナオトとリリィ。 目指すは、一番近いとされる街なのですがリリィも場所までは分からないようです。
名前の無い迷宮 リリィ宅
「リリィ様ノ事、ドウカ宜シクオ願イイタシマス」と、アビーに見送られる。 そうは言っても、怪我も酷い事から一緒に来る事も出来ないし、何よりこの迷宮の心臓部でもある魔石の持ち主だ。
動くことが出来なくて、当然である。 それでも、心配なのだろう。 ただ街に行くだけなのだが、「ハンカチ」は持ったか「忘れ物」は無いかと母親のように世話をしている。
まるで、初めてのお使いのようだ。 近くに変装してカメラマンがいるのかもしれないと1人テレビに映し出されていた風景を思い出して笑う。
「リリィ、いつも食材の買出しなどは行っているんですよね?」
「それがの、うちまで運んできてくれる探索者がおったんじゃが、予定日を過ぎても来なくての」
どういう契約をしているのか分からないのだが、名前の無い迷宮であるリリィの家は探索者が定期的に食品を運び込んでいたらしい。
リリィのお爺さんが何かそういう契約をしたとか聞いたようだが、小さい頃に聞いたとの事で分からなかった。
いつも来るはずの日に来ない。 その為、迷宮内であれば移動できるアビーが様子を見るために家の外へと出たというのだ。
その結果、迷宮内部に入り込んでいたミノタウロスと遭遇し、アビーは負傷させられる。 リリィが様子を見に来たときにはアビーは倒れ、自分がミノタウロスと戦闘しているところだったという訳だ。
「アビーは魔石があるから生きているのじゃが、それだけの女子じゃ。 多少は戦えても分が悪い」
「ミノタウロスですか、確かに小銃弾では筋肉に覆われている箇所は弾が通りませんでした」
頭部を狙い、視覚を奪えた事でたまたま勝てただけだと今でも思う。 弾が先に切れていたら、ダメだった。
結果として、アビーは怪我はしたものの、魔石は無事であったし食料を運ぶ探索者が来なかったのもミノタウロスやゴブリンが元凶だったのだろう。
いなくなったのだが、次の食料がいつなのかも分からないのだ。 これから先もくるかどうか分からないのであれば、1度街に行く必要もあるしまたお願いしようとリリィはしている。
ここから出れば良いのでは? とも話したのだがリリィは首を縦には振らなかった。
「ここは小さな頃の思い出がいっぱいあるのじゃ。 簡単には捨てれん。 迷宮なんぞどうって事は無いわ」
「またミノタウロス級の魔物が入り込んだりはしないのでしょうか?」
リリィが迷宮主であれば可能性もあったらしい。 しかし、リリィでは計測しきれないほどの魔力を持つ自分が迷宮主となったおかげで、並大抵の魔物が無断で入ることはなくなったそうだ。
許可をする、というより迷宮主が魔物を入れるようにするのであれば物をあえて呼び込む事で魔物の素材を集めたりしている迷宮もあるようだから不思議な世界である。
「もうこの迷宮はご主人の物じゃから、どんな風にするかはご主人次第じゃ」
それもおいおい、これから考えていけばいい。 分からなければ、リリィに相談すればよいしアビーもいる。
何も、1人で考え込まなくても良いではないかと考える。 そうこう考えているうちに、リリィの準備は出来たようだ。
自分の方を見ているから、まだかと思っているかもしれない。 リリィの格好は出会った時と同じ格好をしている。
自分の方も、着替えが無いのだ。 いつもと同じ格好で、迷彩服上下に半長靴を履き、88式鉄帽、戦闘防弾チョッキ。 携帯シャベルと水筒も持っている。
いつでも動けるようにはしているのだが、肝心の装備に不安があった。
リリィの持つ魔法のポシェットから新しく弾倉を取り出してもらっているのだが、やはり弾薬の量が消費が激しい。
すでに、自分の分を撃ち終えており、山口の持っていた分の弾倉のうち、残っていた2本も使い切った。 富士3曹と百田3曹の分のうちの3本が最後である。
弾数で言えば、90発。 3点射で射撃をすれば30回分である。 ゴブリンが柔らかかったからこそこうして節約できたから残っていたが、ミノタウロスだったら弾は残ってない。
柳田3曹の分は、潰れてしまっており使えなかった。 弾薬自体は回収しているのだが、血やら油やらで汚れており、使えそうにも無い。 変形していたら小銃の弾詰まりを起こしていざという時に危険だからだ。
素人目には、どれも使えそうに見えるのだ。 心配があるなら、やめていた方が良いと考えたのだ。
他にも、問題はある。 現在、使用可能な主要な武器は89式小銃が自分のものと魔法のポシェットに入っているもので5丁。
小銃を2丁も下げるわけにもいかない。 万が一弾詰まりを起きてしまった場合は、この銃剣で戦うという事になる。
結局、ハンマーは持っては来なかった。 振りなれていても戦闘に使った訳ではないから、逆に不利になると考えての結果である。
「新しい、武器があればなぁ」
迷宮で死亡していた探索者全員共に、武器と防具が壊れていて使えなかったので、あとは現地調達になるだろう。
手持ちのお金もほとんどが持っていなかった。 ただ、誰が誰なのかは分かっている。 広間には5枚の探索者証があり、先日見つけたアイリーンの物を合わせて6人分の探索者証がある。
そして、6つの魔石も回収していた。 街に着いたら、ギルドへ行こうと考えている。 どういう対応になるのかは分からないが、届け出るのが筋だろう。
「リリィは、お金、持ってるんですか?」
「わっちは管理し切れんでな、アビーに任せておる!」
無い胸を張って「クフフ」と笑うリリィを微笑ましく思いつつ、不安も覚える。
アビーを見ると、苦笑いしているようだ。 しかし、いつ見ても怪我が痛々しい。 身体のパーツがぜんぜん足りていないのだ。 早く、調律師も見つけてこなければならない。
「アビーは、身体の事を調律師に見てもらうとして、迷宮の心臓部でしょう? 誰かいつもの人に見てもらっているのかな?」
「特ニハ居マセン。 デキレバ女性ガ良イノデスガ」
「分かった」といい、アビーからお金の保管場所を確認する。 アビーの部屋の金庫に入っているようだ。
ピンク色のウサギの人形が机に乗っており、背中に金庫の鍵が隠されていた。
「アビー、金庫にあまりお金は無いみたいだね」
「ハイ、少々心許ナイカト」
出てきたのは、金貨が10枚と銀貨が30枚ある。 銅貨もあるようだが袋に入っており数えるのも大変だ。
アビーが銅貨も管理してくれていたので、すぐに200枚あることが分かった。
「これは、どうやって考えたらいいんだ?」
「ナオトサマハ、オ金ノ計算ハ苦手ナノデショウカ?」
「このお金は使ったことが無くてね」と言葉を濁しておく。 自分でよく分かっていない為、他の世界と言っても説明が難しいからだ。
この世界では、白銀、金、銀、銅の4種類の鉱石と魔力で貨幣を作っているらしい。
白銀貨1枚は、金貨1000枚分の価値がある。
金貨1枚は銀貨1000枚分、銀貨1枚は銅貨1000枚分といった方法を取っている。
金貨を偽造する事も出来そうでは、と何気なくアビーに聞いてみたところ、1枚毎に決まった魔力配分で作られており、これは外部には漏れてはいない。
白銀貨、金貨、銀貨、銅貨毎にも違っているらしい。
露天や、小さなお店では無い限り、偽の貨幣を使うことは出来ない。 街にあるような一般的な庶民でも通えるお店でさえ測定する装置があるのだそうだ。
「しかし、そんな何枚も持っていたら大変ですね」
「ハイ、ソコデ貨幣毎ニ大貨幣トイウモノガアリマス」
これは、貨幣500枚毎に1枚になるらしい。
たとえば大白銀貨1枚は、白銀貨500枚 大金貨1枚は、金貨が500枚になるという代物だ。
日本で言うところの、5円、50円、500円、5000円と考えておけばよいだろう。
これで多少お金の知識も入れられたから、早速、街へと向かう事にしよう。
「リリィ、このお金をポシェットへ入れておいてくれないか?」
リリィに魔法のポシェットに入れてもらうと渡すと、「クフフ」と笑いながらお金を受け取る。
何をそんなに笑っているのかと聞くと、アビーがお金を持たせてくれないのだという。
アビーに聞くが、リリィは計算が苦手らしい。 面倒で、釣銭を取らずにする時もあるというのだ。
アビーに勝手に使わないように、と釘を刺されているリリィであった。 リリィはアビーの主人であるはずなのだが、立場が逆なように思えてくる。
いつまでも出発出来なくなってしまうと、リリィは自分の手を掴み部屋を出る。
「行ってきます」という言葉にはアビーからは何も返答は返ってこなかった。
アビーを部屋に残し、迷宮へと進む。 進入してきた魔物は排除しているからすぐに迷宮の出入り口についた。
外に出るのは、今日が初めてなので正直不安と期待が半分ずつといったところだ。
朝から家で行動していたのに、もう陽は真上へと来ている。 太陽が2つあったり、何か違うのかと思ったがそうでもなさそうだ。
単に、目で見て分かる変化が見つからないだけかもしれないが、何かあればその時対応することにしよう。
それが致命的な事に繋がらないといいのだが、怖がっていては何も出来ない。
「それじゃあ、リリィ。 これから街へ行くわけですが、道は分からないので案内宜しくお願いします」
「うむ、任せておけ」
元気良く、自分の前へ進むリリィである。 迷宮の外にも魔物はいるとの事だったのだが、リリィは近接戦闘主体だし自分は遠距離なのは迷宮内部での戦いと変わらない。
前衛をリリィに任せる形になってしまったのだが、これも仕方あるまい。 効率よく戦うにはこれが良いとリリィも賛同してくれた。
ただ、魔物の襲撃を受けるわけにはいかないので、随時、意識を集中し魔力に以上がないかと警戒しながら進む。
外に出て分かったのだが名前の無い迷宮は、森の中にある洞窟から入るようになっていた。
木々は生い茂り、進めば進むほど森の奥へと誘導でもされているかのように錯覚していた。
洞窟の周りは木も生えていなかったので空が見えたのだが、今は陽の光が枝や葉の隙間から降り注ぐ。
日本にいた頃も、演習でよく山や森も歩いたなと考えていると、急にリリィが止まった。
「のぅ、ご主人。 迷ったみたいじゃ」
正直に話すリリィである。 どうも久しぶりに迷宮外へ出たらしく、完全に引きこもりだったようだ。
しかし、運がよかった。 すぐに森の中の街道に出られたのだ。 広さも車1台、片道車線はある広さがあった。
あとは、どちらかに進めば街へと続いているのだが、なんという街かリリィに聞くが「わからん」と驚きの答えだ。
考えた末、リリィが最初進んでいた方向に進むことにする。 なんという行き当たりばったりなのだろうか。
迷宮に帰ることが出来るのかと心配が次に出てくる。
「リリィ、街に着いたとして迷宮にはどうやって帰ります?」
「大丈夫じゃよ、ご主人。 ご主人が迷宮に帰ると思えば帰れるのじゃ」
何1つ大丈夫じゃないのでは、と突っ込むがリリィは笑って「大丈夫」と答える。
今までも信じてきたのだから、今さらかと開き直る。 しかし、ここまで進んできたが魔物の気配も魔力も感知する事は無かった。
「妙じゃの、ご主人、いつもの魔物の気配は感じるかの?」
「いえ、今までそれらしい物はなかったです」
「そうか、この森もある意味迷宮のようなものじゃ。 魔石もあちらこちらに埋まっておる」
迷宮の中に自分達の迷宮があるのかと、驚愕の事実が発覚した。
迷宮とはいったい何なのか、定義があやふやになりそうだ。 結局、魔石が魔素を蓄え魔力に換える。
それを求めて魔物が集まり、探索者も魔物を退治したり魔石を探し出したりするという。
「これだけ広い森じゃと、普通の動植物も生息しておる。 それを糧に生きる人や魔物もいるんじゃが静かすぎて不気味じゃ」
森の中にいて、鳥の鳴き声も無く、動物にも出会わない。 やはり何か異常事態なのかとさらに警戒を強める。
それからしばらく道なり歩いていた時だ。 進む先からかなり濃い魔力が感知されたのだ。 1体や2体ではなくかなり多く居るのが分かる。
その魔力の中に、稀に赤い魔力や青い魔力、色々な魔力の色が生まれては消えていく。
「リリィ、この先ですが何かが起きてます」
街道を逸れ、木々の中を道に沿って歩く。 慎重に進んでいくと、喧騒が聞こえてくる。
大声で罵声を上げる者もいれば、リリィの使うファイアボールと唱える声も聞こえてくる。
魔力の色が変わって見えたのは、魔法を使用していたからだったようだ。
幸い、こちら側が風下だったため、匂いで相手に感づかれる恐れはある程度は無いと考え、街道を逸れ、木々の隙間を縫うように進む。
目的の場所が近づくにつれて、魔力の流れが濃くなってい。 様子を見ると、馬車が3台、街道で立ち往生していた。
先頭と最後の馬車が道の真ん中で横転していた。 馬車1台分の幅になっていたところを前後塞がれ、真ん中の場所は動けずにいる。
そのため、積荷を守ろうとしているのか3人の武装した人影が見える。 護衛に襲い掛かっているのは狼の様な魔物である。
数が多いせいと、俊敏な動きに魔力が掻き混ぜられて実際の数は分からない。
こうなっては難しい。 傍にしゃがむリリィに耳打ちする。
「場を掻き混ぜて、魔物のリーダーを見つけられるかな。リリィに頼んでもよいかな」
「あれは、森狼じゃ。 1匹でかいのがおるが……」
あれをやる、と音も無くリリィは木々の中へ消えていった。 89式小銃の安全装置を解除する。
正面で戦う護衛に当たらないように場所を変える。 気配を抑えて、最後尾に横転していた馬車に身を隠す。
「助太刀じゃが、かまわんな」
凛とした声がここまで聞こえてきた。 護衛の1人に飛び掛っていた森狼を切り伏せ、戦闘に加わる。
後ろから忍び寄る1体に狙いを付け、1発、2発と撃つ。 2度も撃ったのは理由があった。 1発目は避けられたのだ。
しかも、引金を引いて発射音を聞いてから避けるとは、どういう反射神経をしているのか。
隠れていたため、自分がどこにいたのかまでは分からなかったのが幸いだった。 また次の個体が現れそれを狙撃する。
ふと、隠れていた荷馬車の崩れた荷物に隠れるように、頭から獣耳の生えた少女がそこにはいた。
クリッとした瞳にジッと見つめられている。 「心配ないよ」と言って、小銃を支えていた左手で頭を撫でてやる。
「ご主人、仕留めたぞ」
目の前にいた森狼は踵を返し森の中へと戻っていく。 リーダーが倒れてから引き際も早かった。
安全装置をかけるが、油断無く周囲を警戒し続ける。 立ち上がろうとした獣人の少女が立ち上がろうとするが、それを手で静止していた。
リリィは倒した森狼を引きずってくる。 自分の倒した森狼の死体を指差すと「うむ」とファイアーボールを生み出して燃やしていた。
「いやぁ、助かりました。 あなた達が加勢がなければどうなっていたか」
恰幅のよい40代ほどの口ひげを蓄えた商人のような男がこちらへと近づいてきていた。
その後ろを護衛の1人が追従している。 こちらは、30代くらいか顔に大きな傷があり髪を短く刈りそろえていた2mはあるかというほどの大男だ。
着こなしている鎧もだいぶ使い込まれているようだ。 熟練なのだと思う。 でも、突然現れた自分とリリィに多少の警戒をしているようだ。
他の護衛についていたものは、先頭の場所を起こそうと、荷馬車の中に隠れていた商人の部下らしき数人とが作業している。
負傷した者もいるようだが、幸いなことに死者は出ていないようだ。
「自分は、ナオトと言います。 こちらにいる娘はリリィと言います」
ペコリとお辞儀をするリリィの動きが洗練された動きだった為、動作に見惚れたのか「ほぅ」とため息をついている。
「申し送れました、わたしはアンドロ・ブラオ。 この先にあるニャッハの街で商いをさせて頂いております。 多種多様な商品を取り扱っておりますので、入用の際は当商会をご利用ください」
「ありがとうございます。 実は私達もこの先にあるニャッハの街に向かっています」
「なんと、徒歩にてでございますか。 これも何かの縁でございます。 よければご一緒に如何でしょうか?」
アンドロ・ブラオの顔は終始にこやかな笑顔を崩さないでいた。 魔物に襲われた直後とは言えなかった。
それくらいでなければ、やっていけないのかも知れない。
「お言葉に甘えます、と言って残った1台の馬車を起こす作業を手伝う。
時折、周囲の魔力に変化は無いかと考え警戒をするが今のところは問題はないようだ。
先ほど、隠れていた獣人の女の子と同じ馬車である。 妙に自分をジッと見つめてくるのだが何かあるのだろうか。
こちらが気が付いた素振りを見せると慌てて目を逸らす。 またしばらくするとジッと見つめてきた。
リリィも気が付いているようだが、特に何か言うわけでもないようだ。
「出発!」
護衛の隊長の号令で馬車がゆっくりと進む。 リリィに確認すると、馬車だと半日程度で街には着くそうだ。
ニャッハの街か、いったいどういうところなのだろうか。 少し楽しみな自分がいることに気が付き顔を引き締めるのだった。
第6話投稿しました。 まだまだな文章だと思いますが更新が遅くならないよう続けていきたいと思います。
ぜひともご意見、ご感想お待ちいたしております。