大掃除
迷宮内部に入り込んでいる魔物を掃除と称して排除していくナオトとリリィ。
名前の無い迷宮
いつも間にか自分の物になっていた迷宮である『名前の無い迷宮』だが、そもそも迷宮とはいったいなんなのか。
リリィ曰く、この世界には魔素と呼ばれる成分が蔓延しており、それが多種多様な生物が取り込む。
身体の中で反応を起こし、それが魔法の力、魔力へと変換されるのだと言う。
その魔力の量によって、使える魔法や回数が変わり、ある程度の訓練でそれを増やすことが出来る。
万人が同じ訓練で増えるわけではなく、初級の魔力を扱える所までは同じ訓練でもある程度増える事によってそこからは個人個人で見つけた増やし方に変わったり、それ以上容量が増えなかったり千差万別だという。
そして、生物だけではないある物が魔素を蓄えるのである。 魔石と呼ばれる鉱石で、大きく純度が高いとその分魔素を吸収し蓄える。
そこで、迷宮の話が出るのだが魔石の大きさによっては、溜め込んだ魔素を次第に周囲へと拡散し始める。 それに引き寄せられて魔物が集まってくるのだ。
迷宮になるのは、どこでもいいらしく重要なのは魔素を放つ魔石があり、その数に応じてだったり魔物が集まる。 自分たちのいる場所はたまたま洞窟だっただけである。
魔素が濃ければ濃いほど、より強力な魔物を呼び寄せることから、必然として迷宮の奥深く、魔石のある場所を目指す探索者が多いと言う。
そして、魔素を取り込んだ魔物は討伐依頼が出されたり、素材としても申し分ないらしくそれを集めるものたちが生まれた。 それが度々リリィから聞く『探索者』と言う言葉である。
探索者のことはいまは、まずおいておくとリリィが言うから仕方ない。 また次の機会に習うとしよう。 そのままの意味で捉えて置けばいいと言う。
魔物を狩ったり、迷宮に潜ってそこにあるお宝、魔石を手に入れて売るなどしているのだろう。 魔石についても色々と使い道があるらしく高価な取引となる。
「わっちの館にある魔石だと、一生暮らして遊べるかもしれんのぉ。 でも売れんのじゃよ」
「売って、外で暮らすのもいいのでは?」
「それもおいおいの」
「ほれ」というリリィの視線の先に、動く人影が見える。陸自の迷彩服を身に纏い、首や身体のどこかが損傷し人として活動するには疑問があるにも関わらずそれは動いていた。
映画などで見るゾンビそのままであった。 定番であれば、頭部もしくは脊椎などを損傷させれば活動を停止するはず。
リリィの補足説明を聞くと、やはり間違いなかったようだ。 人だけではなく魔物に対しても見境が無いようで、新鮮な肉を狙うと言うより自分より多くの魔素を含んでいればなんでもいいらしい。
しかも、ゾンビと言えばやはり噛み付かれた相手も同じくゾンビに変身するそうだ。 噛まれた直後なら治癒魔法で対処出来るらしい。
改めて目を凝らしてみると、何かゾンビの身体から絶えず出ている湯気のようなものがあった。 リリィにも聞いてみるのだが、彼女には見えていないらしい。
先ほど部屋で見せてくれた火の玉を出した際にリリィの手の平に集まっていた赤い風と似ている気がする。 今、2人だったモノから出ているのは見えているのは白っぽい色をしている。
なんとなく、予想が付くがこれが魔素、もしくは魔力の流れのようなものではないだろうか。 幸いなことに、常時見え続けるわけではなく、意識しないと見えないので良かった。
いつも見えていたら、この先の生活に絶対に支障をきたす。 意識が別の方に向かっていた。 考えることが多すぎて、どれから対処すればいいのか未だに分からない。
今は目の前に集中するんだと言い聞かせ、89式小銃の銃床を肩と鎖骨の構えるときに出来る窪みにはめるように、手前に立って揺れている百田3曹の頭部に狙いを付ける。
生前と変わらぬ顔をしてはいるが、目はすでになくなっているようだ。 安全装置を単発に切り替え、揺れる頭部と狙いがまっすぐになるタイミングで引金を引く。
1発で狙い通りに頭部を打ち抜くと、百田3曹だったものは倒れて動かなくなった。 銃声に反応したのか、富士3曹がこちらを察知したらしい。 映画の知っているゾンビよりは早い動きでこちらへと向かってくる。
「ご主人よ、わっちが処理するでの、うまく言った暁には褒美をくれんかのぉ?」
「リリィが? でも、同僚の事だから自分でやりたいんだ」
言い終わる前に、リリィの手の平がこちらを捕食しようと迫る富士3曹へと向けられる。 集中するとやはり赤い風のようなものが集まっていく。 先ほど見せてもらったものより大きな火の玉が生まれるとまっすぐに富士3曹へと飛んでいく。
着ている迷彩服は、耐火仕様ではあるのだがソレすらものともせずに燃え上がると、そのまま踊るように地面へと倒れこむ。 しばらく燃えたかと思うと、動かなくなり何も残っていなかった。
ただ、死体に戻った2人からは、白い魔力のような物が抜けていった。 5分ほどだろうか、様子を見るがどちらももう起き上がることは無かった。
「さて、褒美をもらえるかの」
「あ、あぁ」
リリィは、返事をもらえるとすぐに自分の傍へと駆け寄る。 そんな離れて立っていなかったのにわざわざ走る必要はあったのかと思うが、次の行動でまた呆気に取られてしまった。
小銃を保持していない左手をリリィの手が握ると、おもむろに人差し指に噛み付いた。 特に痛みがあるわけではないのだが、なんだか背徳的ではある。
今までは首筋に噛み付かれていたから見えなかったのだが、なんとも言えない表情で魔力を飲んでいるようだ。
自分の中から確かに何か流れているかなぁ、という気はするのだが嫌悪感なども無いのでされるがままだった。
我に返ったのも、人差し指からリリィが口を離してからである。
「あの、リリィ? いったい何を……。 まぁ、魔力を補充していたんでしょうけれど』
「その通りじゃな。 ほれ、この先に何があるかも分からんでは無いか。 また強敵が出ても対処できるようにの」
「美味じゃった」と言うと、ニコリと笑う。 普通に笑えば本当にとても可愛らしいのだが、時に目の奥が笑ってない時がある。
可愛いのか、恐ろしいのかこのリリィという少女は怖い。 もしかすると、彼女だけじゃなくて、女の子はみんなそうなのかもしれない。 付き合ったことの無い自分には関係の無い話だ。
ゾンビと化した2人以外の魔物はこの広間にはいないようだ。 そうすると出入り口になる扉は3つ。
まず、自分たちアルファチームの来た行き止まり、そして洋館からきた出入り口だ。 他の2つの扉と比べると豪華な装飾になっていると思う。
ミノタウロスに殺された探索者たちも、この先を目指していたに違いない。
残すは、ゾンビの向こう側になる入り口だ。 そこもまた扉が自分とリリィの前を塞いでいる。
「あの扉から出るとどうなっているんでしょうか、リリィ?」
「わっちもさっぱりじゃな。 だいぶ変わってしまっとるでの」
「わかりました。 リリィは自分の後について下さい。 安全確認をしながら行きましょう」
「クリア、リング?とな。 わっちの知らない事もあるもんだ」
扉へと進むと、ここもまた同じようにゆっくりと触らずに開いた。 扉が開ききる前に、身体を滑り込ませる。
通路は広間よりも薄暗くなっているが見えない訳ではない。 ここもまた1本道のようだが、見えないに横道があるかもしれないため、慎重に進むしかない。
「ミノタウロスが、ここを仕切っておったんじゃ。 いるとしたら、それ以下の魔物だの」
「あの、リリィ? 自分より先には行かないで下さい。 何かあったらどうするのですか?」
「なんとっ! わっちの事を心配してくれるでありんすか? 僕であるわっちを先に行かせ、罠や魔物を誘き寄せさせると」
そんな事するわけが無い。 見た目と違って年齢は上かもしれないが、女の子であるリリィを国土と国民を守る自衛官である自分の矢面に立たせてはいけない事だと思う。
しかし、リリィの方が遥かに強い可能性は忘れてはいない。 でも、ここは譲れない男の意地である。
「僕とはそういう使い方をするものなのですか?」
「まぁ、人それぞれじゃと思うがのぉ。 なるほどなるほど、わっちが選んだご主人を選んでよかったかもしれんな」
「そこは、まぁ、おいおいと言うことで」
89式小銃の安全装置はいつもなら弾が入っていようが無かろうが、掛けたままでいるのが当たり前だった。 しかし、今は不測の事態が起きる可能性を考慮し、かつ対処出来るように3点射に切り替える。
通路を進んでいくと、幾つか解除された罠を見つけた。 思うに、ミノタウロスに殺されていた探索者が解除して進んだのでは無かろうかと思う。
それを避けながら先へ進んでいると、進んでいる通路が左へと曲がっているようだ。 その先から微かではあるが何か魔力の流れのような物が見える。
目を凝らすと、かなり濃くその先へと流れ込んでいるようだ。
中腰に屈み、小銃を保持していない左手で後ろを歩くリリィに止まれの合図を送る。 手の平を相手に向けてかざすのだがリリィには伝わらなかった。
横に並んできたリリィもキョトンとした顔でこちらを見上げてくる。 同じ中腰ではあるので、立っているよりは近い位置に顔があるので、思わず仰け反る。
怪訝そうな顔をするリリィではあったが、正面を向いてしまった。
「この先ですに、魔物か罠か分かりませんが何かしらありそうです」
「ふむ、わっちにはまだわからんがの。 なぜご主人には分かるんじゃ?」
自分に今見えているこの魔力もしくは魔素の流れのようなものを説明すべきかどうか悩む。 むしろ話していた方が良いとは思うのだがと悩む。
それを感じ取ったのか、リリィは「別に今は話したくないのならと会話を切ってしまった。
「上手く説明がまだ出来ないので、改めて今度ゆっくりしている時に話したいと思います」
「そう畏まらんでも良いのじゃ、ご主人はご主人である。 もっと堂々としてても良いのじゃ」
ありがとうと、礼を言いまた正面へと意識を集中する。 どうも、何かがあるが分からない。 やはり進むしかないだろう。
リリィには、ここで待つように指示してゆっくりと中腰のままで進む。 細心の注意を払いながら進み足音さえも出さないように進む。
曲がり角へと到着すると、壁に張り付き通路の先の様子を確認する。
いた。 その先の通路は少し広くなっているようでその通路を塞ぐように魔物と呼ぶが、ゴブリンの集団がたむろしていた。
数は、1、2……6体いた。 背の高さはだいたい1mくらいだろうか。 身体の色は緑色で、顔はやはり醜い。
身体にはボロボロの布を纏っていたり、殺した探索者の服を破って今着ようとしている個体もいる。
武器を持っている個体もおり、それが2体。 大きくは無いが手斧を持っているようだ。
ゴブリンの集団はこちらには気が付いていないようで何かを奪い合っているようだ。 それを良く見ると吐きそうになる。
人間の死体である。 装備だったり服や髪の毛、身体の一部を千切ってまるで遊んでいるかのようだ。
見ていて良い気分ではない。 探索者の遺体なのかもしれないが許せなかった。
距離は20mほどしか離れていない。 それならばと、3点射のまま89式小銃を構える。 狙って撃つ、それだけだ。
狙うのは胴体部分の心臓があるだろう場所だ。 タタタンっと言う軽快な音とともに、銃口から5.56mm弾が発射される。
手前の1体目の狙った場所に当たる。 銃口が、上へと発射の反動で上がる為にここから見る限り頭部にも直撃しているようだ。
わざと左手は力を込めずに銃の反動を殺さないでいたからだ。 反動を無理に殺すよりは力を抜いて射撃する方が良く当たる。
1度上がった銃口は、そのまま元あった位置まで戻る。 ソレにあわせて自分は構えている腕を横へと動かすと、続いて隣にいた2体目へと狙いを変える。
突然の音とともに、横にいた仲間が着弾した衝撃で飛ばされて倒れると動かなくなるのだ。 まだ頭が働いていないのだろう、キョロキョロと周りを見渡すがこちらには気づいていない。
4体目まで射撃で倒し、ゴブリンがこちらへ気付いた様だ。 あまり頭も良くないのだろう。 見当違いのほうへキョロキョロとしていたからだ。
可能性としては、迷宮の奥の方から敵対する自分が来ているとは思わなかったのかもしれない。 今となってはどうでも良い。
「ご主人、ご主人、わっちの分も残してくれんかのぉ?」
「わっちも戦えるのだ」と言うと、傍に駆け寄ってくる。 視線をリリィに向けたその一瞬の隙を付かれて、もう目の前へと2体のゴブリンが接近していた。
「正面から左はわっちがヤル!」と言うと手に持っていたピンクのフリルの付いた傘を構えていた。 その構え方がまるで抜刀術でもするのかというような構えである。
目の前に迫るゴブリンで先ほどの死体のようにされるわけにはいかない。 まずは、右の1体を倒し、リリィの援護に回ろう。
わざわざ狙撃する必要は無い、銃口を向けて引金を引くだけで自分の担当するゴブリンは吹き飛ぶ。
リリィのゴブリンへと同じように対処しようと、小銃を向けたときにはすでに決着は付いていたようだ。
あの傘は仕込み刀になっているらしい。 飛び掛ってきたゴブリンの持つ手斧をいなすと、返す刃で切り捨てていた。
「どうじゃ、ご主人よ。 何も魔法だけではないのじゃよ」
「どこで、その動きを覚えたんですか?」
どう考えても、今のは日本の時代劇で見たことあるような動きである。 しかし、出会った時に日本という言葉に聞覚えはなさそうだった。
「どこかの小国で使われていた剣術らしいのじゃが、わっちも爺様から習ったのでの。 もう爺様は天に逝ったのでわからんのよ」
その小国もいつの間にか滅びたようだが、侍と呼ばれる一騎当千の実力を持つ兵士を揃えており、小国ながらも独立を保っていたという。
敵はいたようだが、独自の技術も持ち寄せ付けなかったというリリィの説明を受け、もしかすると自分達のようにこの世界に来てしまった戦国時代の武将もしくは一国があったのかもしれない。
迷宮を出たら、痕跡を探してみるのもいいかもしれない。 滅んだのではなく、元の世界に戻った可能性もあるのだ。
「リリィの爺様の名前はなんだったのですか?」
「うむ……、忘れてしもうた。 もうだいぶ前の話じゃ」
本当に年齢は幾つなのだろうか、こう考えただけで自分の顔の横にはいつの間にか抜いた刀がぴたりと当てられていた。 もう少しで切り伏せられていたのではないだろうか。
「また失礼なことを考えておるじゃろ、わっちは吸魔族だが人間族に換算したらまだ16じゃぞ。 いき遅れではないわっ!!」
「16歳っ?! それは失礼しました」
それ以上は立ち入ってはいけない気がして何も言わないことにする。 表情に出ているのかもしれないので気をつけなければならない。
リリィは、魔法でゴブリンの死体を燃やし尽くすと、また魔力の補充だといって指に噛み付く。 甘噛みなので痛くは無いのだが年齢を知ってしまうとなんともむず痒い。
どうも、リリィたち吸魔族は魔力の消費は激しいらしく、魔法も使うがどちらかと言うと先ほど行ったように白兵戦で戦う方が得意らしい。
魔法と違って、魔力を外部出さずに身体能力を向上させれるというのだ。 そういうこともこれから知っていかねばならない。
「色々と教えて下さいね、リリィ」
「うむ、任されたぞ」
ゴブリンに殺されていた探索者の遺品が何かあるかと思い、装備品や持ち物を探す。 小さな袋から探索者証と書かれたカードが出てきた。
アイリーンと書かれており、女性のようだ。 他に出てきたのは、透き通った石が出てきた。 倒したゴブリンから魔力が流れ込んでいるのが見える。
「リリィ、これはなんでしょうか?」
「これは……、魔石じゃな。 探索者がギルドでもらうEランクの魔石でな」
ギルドで探索者に支給している魔石で、大きさや質によってランク分けされている。
迷宮に潜ったり魔物を討伐する時に必需品であり、倒した魔物から発生する魔力を吸収していくらしい。
魔力が溜まればその分、ギルドで換金する時に高価で買い取ってもらえる。
魔力が溜まっていない魔石には価値はあまりないのだが、探索者が魔力を集めることでその価値が上がっていく。
色々な用途に使われる魔石なので、魔力を使い切るとギルドが回収し依頼を受ける探索者へ持たせ、また魔力を集めていく。
ギルドも探索者も利益は出るのだが、探索者というのには危険は付き物で支給した魔石が戻らないということも多々ある。
その為、依頼を受ける際には必ず受諾金を幾らか入れて探索者はその依頼へと向かうのだそうだ。
失った魔石は返ってこないが、この制度である程度の損失をカバーするわけだ。
「今の話は、だいぶ昔に爺様に聞かされた話じゃ。 今となってはどうなってるか検討もつかん」
「いや、聞けただけでも良いです。 そうですか、これが魔石なんですねぇ」
手元にある魔石は、見た限りではひし形をしている。 熱などは無く、むしろひんやりとしている。
アイリーンの持ち物で原型を留めているのは、これぐらいであった。
先へと進むことにしよう。 まだ、迷宮の掃除は始まったばかりであった。
第3話投稿しました。
ご意見ご感想お待ちしております。