可憐な少女は
どこかも分からない世界のとある場所で、自分を残して班員がすべて殉職してしまった伊藤直人ですが、新たな少女の登場で否応無しに色々と巻き込まれてしまいそうです。
そんな彼の下す最初の選択とは、楽しんでいただけたら幸いです。
???
不思議な夢を見ていた。 訓練の最中にどこかの穴に落ち、どこか分からない洞窟の中に班員といた。
道なりに進んだ先の部屋では、モンスターであるミノタウロスがまさに虐殺を行っており、次のターゲットになったのは自分たちである。
1人、また1人とその暴力の前に屈し、自分もまたその尖った角に貫かれて死ぬという悪夢以外の何者でもない。
「うわぁぁぁっ!」
自分の悲鳴で飛び起きると、シャツは汗でグッショリと濡れていた。 あの悪夢から覚めただけ悲鳴くらいどうって事は無い。
同室の同期である山口にからかわれて終わり、なんら変わらないいつもの日常になるはずだった。
「起きたか、ナオトよ」
営舎にいるはずのない女性の声と、聞き覚えのある声。 あれが現実だったのだと突きつける声だ。
自分の寝ているベッドから、声の聞こえた先に視線を向けると、小柄な女の子がチョコンとアンティークで可愛くあしらわれた椅子に座ってこちらに赤い瞳を向けていた。
「なぜ、自分の名前を知っているのですか?」
「ふむ、探索者ではないと言っておったがどこぞの軍人どもであったか。 わっちらの事を知らないとはよほど田舎だったのだのう」
日本という国は、と言う。 そこまでなぜ、彼女が知っているのか検討もつかない。 可能性としては、血を吸われた時に、自白させられたのかもしれない。
しかも、彼女は日本の存在を知らないように言う。 もちろん、自分たち自衛隊の事も知らないようだ。
「なんぞ、疑っておるようだな、自分で勉強すればよいが今だけは説明してやろう」
彼女の存在を本人から直接説明されるとは思っていなかった。 正確には吸血鬼では無いそうだ。 確かに吸血鬼という種族もいるようだが、これらには知性は無く餌を求めて夜をさ迷う魔物である。
首筋に噛み付くしぐさや行動は吸血鬼そのものなのだが、血を吸っているわけではないらしい。
その生物の持つ、魔力を吸っているという。 ファンタジーでは付き物の、魔力という言葉が出てきても驚かなかった。
それを吸魔と言う。 その時にその生物の持つ記憶の欠片も一緒に受け取るそうで、そこから自分の事がある程度分かったらしい。
「しかし、お主の秘めておる魔力の質と量はかなりのものじゃ。 腹が空いておっての、かなりの量を拝借しておるが1日で目が覚めるとはのぉ」
「どれ、と」また人の魔力を吸おうとベッドへと上がる彼女を両手で静止するが、思いのほか力が強いようでなんなく倒されてしまう。
まったく昨日と同じだ。 こちらの抵抗する意思も意に介さず、動きも抑制されしまう。 首筋から魔力を吸っているようだが、前回のように意識を失ったりしないようだ。
コクコクと飲み物を飲むかのような音がするのだが、それが自分の魔力を吸っているというのだから、実感がわかない。
そもそも、自分は日本生まれ日本育ちで魔力なんてものは、創作物の中での話である。 それが大量にあるといわれてもピンとこない。
「ふぅ、馳走になったの。 しかし、まだまだ魔力は秘めておるようだが……。 お主、本当に何者じゃ?」
「伊藤直人です。 しかも、魔力を吸った時に自分の事は知ったのでしょう?」
「話を直接聞くほうが、わっちは良いのじゃ。 その人となりも見えてこよう?」
確かに、履歴書だけ見てその人が分かるのか?と言われても、それはあり得ない。 だからこそ、実際に面接したりコミュニケーションを取るのだから。
しかし、この少女にベッドで押し倒されている絵図らはかなりまずいと言える。
「なんじゃ、視線が泳いでおるが。 なんじゃ、わっちに押し倒されてる事に興奮しとるのか?」
「いやっ、そういうわけではなくてですね。 と言うか、自分は名前を知っているのに、あなたの名前は知らないのですが」
「無いっ!」
まさかの回答である。 そもそも、名前とは生まれたときに名づけてくれる親や名付け親がいるものだが、目の前の少女はソレが無いという。
「記憶の彼方に飛んでいってしもうたわ。 これも何かの縁よ、お主が名付けてくれんか?」
そしてこの有様である。 いったいどうしろと言うのだ。 記憶の彼方というから、たぶん年齢も自分よりはるか上……。
その考えを中断される、顔の横を何かが横切ったのだ。 視線をずらしてみると、ベッドに少女の右腕が埋まっていた。突き刺さっているのである。
そっと、彼女の顔を見ると、ニコニコとしているのだが、その細められた目は笑っていなかった。
「なにか、失礼なことを考えてんかのぉ?」
「いえ、滅相もありません!」
なぜ、こんな理不尽なことに巻き込まれてしまったのか。 しかも、冷静な自分がいて昨日起きた同僚がすべて死んでしまったことをもう割り切っているのだから。
もうどこか心が壊れているのかもしれない。
「君は、何も分からない自分に色々と教えてくれると助かるのですが……」
「ふむ、まぁ、魔力の報酬じゃ。 持ちつ持たれつでいこうではないか」
色々と名前を考えるが、彼女の事を表せるような名前が良いかもしれない。 そこで一つ名前を思いついた。
「リリィ、なんてどうでしょうか?」
「ほう、リリィとな。 何か意味はあるのかえ?」
確か、百合の花を意味していたと思う。 花言葉も、威厳、純潔、無垢といった言葉だったのではと思い出しながら説明するといたく気に入ったようだ。
ベッドにさした腕を引き抜き、両手で自分の頬を挟みこみ、頬を赤く染めて照れているようだ。 白い肌だからこそ、余計に赤いのがわかる。
「あの、気に入っていただけました?」
「うむっ! 良い名じゃ。 今日からはリリィ、リリィと名乗ることにしよう」
ほっとしたのも束の間だった。 自分と彼女の周りに、金色の魔方陣が浮かび上がると光の粒子となる。
呆気に取られていると、その光の粒子が繋がりあい、鎖のようになると自分とリリィの首を首輪を繋ぐかのように光が集まる。
そして、その光は消えてしまった。
「これで、契約は成った! ナオトは、わっちリリィの僕となりて、ん?」
僕という言葉が聞こえたのは間違いないが、その後が続かない。 何かに驚いた顔をするリリィを不思議そうに見ていると、次第にその赤い瞳が潤みだす。
今にも泣き出しそうだった。 声を掛けるだけで決壊しそうである。
「わっちより、お主の魔力が高い。 高すぎたんじゃ。 まさか、わっちが主の僕になってしまうとは」
不覚じゃったと、頭を垂れるリリィである。 しかし、なんと恐ろしいことを企てていたのだろうか。 名前を付けた途端に主従を結ぶ契約魔法のようなものが発動したのだ。
その事をリリィに問い詰めると、どうも理由があったようだ。
リリィたち、吸魔族には古い慣わしがあり、成人する前に僕《僕》を手に入れる必要があると言う。
どんな相手でも望ましいが、自身を助ける存在が好ましく魔獣を僕にしたり、自分の剣となり盾となる存在を手に入れるのだという。
「わっちは、こんな体系じゃ。 お子様でもこんなペタンコで凹凸の無い体系じゃ。 他の同い年のやつらなんぞ、ボンキュッボンで入れ食いという」
まったく腹立たしいと地団駄を踏んでいた。 その光景は可愛いものだが、何度も断られているところたまたまミノタウロスを倒せる力を持ち、体内に秘めたかなりの魔力に惹かれこいつしかいないと考えた。
それが、この契約の事の顛末であった。 しかし、リリィ自身を超える魔力を自分が持っていたため、主従の関係が逆転してしまったのだと言う。
「わっちも、そこそこの魔力を持っておるんだがのぉ。 2度も吸魔してもこれとは、お主体調はどうかの?」
「いや、1度目は気を失いましたが、今は特に身体に異変はありません」
「もっと取っておくべきだったか」と、頭を抱えるリリィの姿を見ていると、どこにでもいる少女と変わらない。 それが吸魔鬼という種族とは魔方陣だったり、直接吸われたりしなければ到底信じられない話である。
改めて、部屋を見渡すと調度品とかインテリアはなんとなくヨーロッパの国を舞台にした映画や漫画なんかで見たようなものが多い。
机の上にもランプがあり、それが部屋の明かりとなっている。 窓からは陽の光が差し込んでいるし、風も涼しい。 顔を擽られているようで気持ちのいい風だ。
気がつけば、頭を両手で挟みこんで唸っていたリリィの動きが止まっていた。 「クフフ」と言う笑い声がベッドに顔を埋めている隙間から聞こえてくる。
ガバッと顔を上げると、先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべていた。 最初見た瞳は笑っていない笑顔ではない。
コロコロと表情の変わる少女である。
「過ぎたことは仕方ない。 契約は成立じゃからな。 よろしく頼むよ、ご主人よ」
「えっ? 解除とか出来ないのですか?」
「無理じゃな、その為に編み出した技法じゃ。 正直、自分でもどう編んだか覚えておらんのよ。 普通の契約陣なら話は別じゃが」
初めて契約する僕は絶対に離さないつもりだったらしく、幾つかの魔法とともに編みこんだのが先ほどの契約陣と呼ばれる魔法陣だと言う。
リリィ本人も、陣についてはある程度の知識があるだけで、旨く作れたのが奇跡とも説明してくれた。 素人が弄ったモノなのだから正直、恐ろしい話だ。
「契約陣については、仕方あるまい。 魔法については世界一を誇る国があっての、なんじゃったか」
とりあえずは、その国で解除できる人がいるのではないか、と言うことで話は落ち着いた。いつまでも自分なんかが僕でいるよりは相応しい相手がきっといるはずだ。
「ご主人よ、まだお願いがあるのじゃが……」
上目遣いで首を傾げられる。 この少女がするのは反則ではないのだろうか。 断ろうにも、主従関係が結ばれた今となっては他人事ではない。
正直、今の今まで流されてはきたが、ここが別の世界である可能性はこれで確定した。 モンスター、魔法、見たことの無い種族、殉職してしまった同僚。
元の世界に、どうやって帰るかも分からない今となっては、今目の前の事を1つ1つ片付けていくしかないだろう。 自分自身、こんな右も左も分からない異世界で生きて帰れる保証は無い。
ここにきた理由があるかも分からないのに、帰れる方法があるとも言い切れないのだから。
まずは、何の因果か分からないがこの世界で初めてであったこの可憐な少女、リリィとともに色々と模索していくしかないのだろ。
「なんでしょう、リリィ?」
「掃除を手伝ってほしいんじゃ」
「手伝いましょう? それでどこを掃除すれば良いのでしょうか?」
掃除くらい、どうって事は無い。 身体も問題無いようだし、すぐにでもいけると立ち上がる。
しかし、なぜかリリィは自分の装具を持って現れた。 正確には指をパチンと鳴らすと現れたと言うのが正解だ。
89式小銃、銃剣、鉄帽、戦闘防弾チョッキ、弾納、弾帯、防護マスク、携帯シャベル、水筒とまさに一式である。
掃除と言うと、箒と塵取り、それに雑巾だったりと今出されたソレとは方向性が違う。
「リリィ、これはいったい?」
「我が屋の大掃除だよ、ご主人。 わっちが寝ている隙に色々と入り込んでおっての」
「その魔法の杖で、手伝ってほしんじゃ」と小銃を指差す。 どうも、これから何かと交戦せねばならないようだ。
「大広間からは、お主と出会った時に集めておった物しか運んで運んでこなかったので。 仲間の遺体はそのままじゃ」
「どうしたいかは、ご主人次第じゃ」と言うが、そのままにしておくのは忍びないではある。 しかも、困ったことに焼かないと遺体が起き上がると言う。
ゾンビそのものである。 山口、百田3曹、富士3曹の遺体はほぼ原型を留めていたから確実になるとの事だった。
「焼くにしても、ライターはありますが、ガソリンとか灯油はありますか?」
「ライター? ガソリン? トウユ? それは知らんが」
リリィは、右の手のひらを上へと向けてかざす。 そこには何も無かったはずなのに、何か赤く風の様な物が集まるのが見える。
すぐに、拳ほどの大きさの火の玉が生まれた。 これぞまさに攻撃魔法ではないだろうか。
「まぁ、こんなものよの。 ご主人もこれくらいは出来て当然であろう? なんせ、魔法量はわっちより上じゃ」
「いや、使えませんね。 魔法なんて使ったこともありません」
「なんとっ?! それでいてあの魔法量とは信じられんが、まぁ、どうせわっちもこの話はよくわかっておらんでの。まずは掃除に行くとしよう」
そう促されてベッドから降りる。 丁寧に履きやすいように半長靴が揃えられており、足を通す。 すばやく紐を編み上げてギュッと縛る。
迷彩服は脱がされていなかったので、そのまま弾帯をサスペンダーで吊り下げ、水筒を邪魔にならない背中の腰の方へと装着し、戦闘防弾チョッキを着込む。
鉄帽を被り、弾納を確認、4つすべてに弾薬の装填された弾倉が入っており、その中の1つを取り出す。 それをベッドに置くと、続いて小銃の点検をする。
使用した直後だったが、思っていたより綺麗なままである。 「なんぞ、煤で汚れておったでな、浄化しておいたわ」と不思議な顔をしていた自分にリリィが説明してくれる。
これなら、すぐに使えそうである。 薬室を確認、5.56mm弾は残っていない。 動作も問題無い事を確認する。
「なんぞ、そんなに早く準備してしまうとはのぉ、せっかちさんなのかの?」
「違います、これだけ早く準備しろと叩き込まれしたから。 これが必要と言うことは、先ほどのミノタウロスのようなモンスターが出ると言うことですか?」
「モンスター? まぁ魔物じゃな。 あれほど大物は倒したばかりでは出てこんよ。 まぁ、付いてきてくれんかの」
「言葉で説明するより、慣れろじゃよ、ご主人」と言うと、リリィは立ち上がる。
結局、撃てる状態にするべきかどうか悩んだが何があるかも分からないのだ。 弾倉を小銃へ装填し、いつでも撃てるような状態にした。
安全装置だけはまだ掛けたままである。
「それでは、行くかのぉ、ご主人。 我らの家の大掃除じゃ」
「家ですか?」
「まぁ、それもおいおい説明するでの。 まずは掃除じゃ」
小さなリリィの背中を追う形で部屋を出る。 どこか洋館の中であるようだが、通路を進むとエントランスへと出た。
扉が幾つかあるのだが、そのどれにも見向きもせず外へと通じているであろうドアの前へと進む。
「ここからは、迷宮よの。 今のところは『名前の無い迷宮』、もう少しでミノタウロスに奪われるとこであった」
「奪われる? その言い方だとこの迷宮はリリィのものということでしょうか?」
「クフフ」と含み笑いで、自分を不思議そうに見てくる少女の視線であることに気が付く。
「そぅ、今はわっちのご主人であるナオトの迷宮ということじゃの」
その言葉に返す言葉が見つからない。 迷宮と言うと、こういう世界では人間のものと言うよりは、何か魔物が巣食っていたり魔王がいたりするのが普通ではないのか。
それが、ただの人間である自分の迷宮と言われて、はいそうですか、とはいかない。 それもリリィの言葉で覆される。
「なんの、迷宮を攻略する探索探索者によっては、そのまま迷宮を手に入れてしまうものもいるのでの。 まぁ、よほど大きなものではない限り実入りも少ないし攻略してそのままの場合もある」
掃除をしながら説明してくれるというので、今はリリィだけが頼りなのだ。 勉強させてもらうことにしよう。
ドアを開けると、そこは忘れもしない、あの同僚5人を失った闘技場のような広間だった。
第2話投稿しました。