遭遇戦
改めて、初めましての方もいらっしゃればお久しぶりな方もいらっしゃる方もいるかと思います。大きく改定した異なる世界の空の下で改訂版です。
まだまだ拙い文章だと思いますが、完結まで見守っていただけたら幸いです。
それでは、異なる世界の空の下で再開です。
???
陸上自衛隊北部方面隊第7師団第72戦車連隊本部管理中隊偵察小隊に所属する伊藤直人は24歳。
3等陸曹へと昇進した彼は、年に数度行われている同盟国での実弾演習へと参加していた。
広大な土地を持ち、戦車の戦闘機動での実弾射撃訓練や、特科の持つ火砲を思う存分に訓練できるのはここだけである。
伊藤直人もまた、普通科隊員に混じって、CQC(Close Quarters Combat)近接格闘訓練も行っている。 但し、実弾を使用していない訓練である。
日本の自衛隊もまた、都市部での対ゲリラ戦闘を想定しており、この演習場では都市の中でもいくつかの状況に合うように作られた街がある。
そこを使用する事で、より高い錬度の訓練を行うことが出来る。 今日はいよいよ、実弾を弾倉に装填し実際に射撃も行いながら定められた目標を達成していくことになる。
参加するのは3つの班であり、ショッピングモールに立て篭もるテロリストから人質の救助及び制圧する。
実際には、同じ建物と想定しただけで別々の建物なのだが、それでも緊張していた。
同じ班の者を誤射しないとは限らないのだから、緊張はする。
ただ、訓練をしてきた自信も少なからずはある。 訓練通り自分の任務をこなせばいいのだ。
与えられた任務をこなし、訓練を実りあるものにするために、自分の頬を叩いて気合を入れる。
そのはずだったのだが……。
「アルファ01より、ブラボー、チャーリー、応答せよ」
無線機から聞こえるのは、雑音だけがでどの班からも応答は無かったようだ。
自分の所属する班は、アルファチーム総数6人は薄暗い洞窟のような場所にいた。
状況開始と同時に各班ごとに決められた扉から突入したのだが、電源が切られている通路の先へと進むと、不意に地面の感触が足の裏から消えた。
ぽっかりと穴が開いたかのように、そこにあったはずの地面が無くなったのだ。
絶叫マシーンのジェットコースターに乗った時を思い出す。 浮遊感に襲われ、下腹部もフワッとしたものに襲われるが、すぐに足元に地面が現れた。
どれくらい落下したのだろうか、それさえも分からない程落下したと思う。 落下の衝撃も無く、バランスを崩して倒れそうになるがなんとかその場に踏み留まる。
上を見上げるが、そこには穴らしきものは天井しかなかった。
「落ちてきた穴が無い? 塞がったのか?」
自分は1人、状況を確認し呟く。 身体には異常は無いのが幸いだ。 どこか足を折ったりしていたら最悪だった。
「ダメです、柳田2曹。 どの班も連絡つきません」
各班毎に決められた状況を想定して、突入した。 そこまでは間違いなく、状況で設定していたショッピングモールだった。 それが、こんな洞窟の中のような場所にいるのだから、班員も混乱しているようだ。
6人で編成された1個班は、先任の柳田2曹が指揮していたから、これからの指示を待つ。 ただ、何もしないのも手持ち無沙汰だから、装具と89式小銃の点検をする。
各自に至急された89式小銃と銃剣、88式鉄帽、戦闘防弾チョッキ、弾納、弾倉、防護マスク、携帯シャベルと水筒など、何か脱落していないかも確認する。
問題は無いのだが、それを何度も確認してしまうのは、この状況に緊張しているからだろう。
その間、自分のいる場所を確認するが、どこか建物の中なのか地面は石畳が敷かれて折り、壁と天井は、ゴツゴツとした岩が剥き出している。
松明などの明かりは無いのだが、真っ暗でもなく何か天井付近に明かりが見える。 どこか洞穴のようだが、今いるのは通路で大人が立っても問題ない高さの通路であった。
「装具点検、良し。 現在地は不明、進むべき道は正面に一つ。 伊藤、山口は前へ」
柳田二曹の指示で、自分と同期の山口3曹が班の先頭に立ち、警戒しながら前へ進む事になった。
現在地の知れない他の班と遭遇した場合の誤射を避けるため、89式小銃から、弾倉をはずし、すでに薬室に送り込まれた5.56mm弾も取り出す。
弾薬を綺麗に拭きなおし、弾倉へと戻す。 山口とお互いの小銃の薬室を点検し、問題ないことを確認して先へと進む。
何があるかも分からない、安全確認をしながら、通路を進んでいくが本当に一本道なのか、通路が分かれたり、落とし穴のような罠も特には見当たらない。
この進んできた道だが天井も壁、地面にさえも何かほんのりと光を放つコケのようなものが生えているようで、ライトを点ける必要は無かった。
「伊藤、あれ見ろ」
少し先を進む山口に促され、隣に並んで指で指す方に向かって目を凝らす。 完全に明るいわけではないから、最初は分からなかった。
焦点があってきて、ようやく山口が指し示すモノの正体が分かった。 どこか洞窟の中のようなのにもかかわらずこの場には似つかわしくない装飾が施された扉があったのだ。
人1人どころか、90式戦車でさえも余裕で通り抜けれそうな高さと横幅である。
「柳田2曹! 正面に扉があります、どうしますか? 先に進むには、扉を開けるしかなさそうです」
「了解、慎重に進め」
未だに、無線機で他の班との交信を試す後続の4人より先行、山口と視線を交わし、アイコンタクトを取る。 かなり重い扉だと考えて2人で押そうと考えたのだ。
しかし、その考えも杞憂に終わる。 2人が扉に近づくと、音も無く扉が開いたのだ。
「何かやったか、伊藤?」
「いや、山口こそ……」
何はともあれ、開いたのである。 通路よりはこの先の方が、だいぶ明るいようだ。
明かりはよい、やはり安心する。
しかし、その考えはすぐに変わった。
開いたドアから漂ってきた臭いは、6人の顔をしかめるほどの鉄の錆びたような臭いである。
まるで、そこかしこに血をぶちまけているかのような臭いがこの先から漂ってきていた。
この先には凄惨な光景が広がっている事は想像に難くない。 扉が開くと、通路より広い部屋がその先にはあった。 闘技場を彷彿とさせる部屋の作りをしているが、観客席に当たる部分には誰も居らず、ガランとしている。
そして、通路より明るい分、部屋の向こう側まで見通せるのだが、その場で行われていた事に思わず目を逸らす。
部屋の中心には、その血の臭いの元があったのだ。 かつて人だったモノが言葉通り散らかされており、血と肉が散乱している。
なぜ、人と分かったかと言うと、人体の一部がいたるところに散乱しているからだ。
そして、その部屋の中心にソレがいた。 それを見て呆気に取られている5人とは違い、自分はとある怪物を思い出していた。
神話や創作物に登場する、頭が牛、身体は人間のミノタウロスそのものではないだろうか。 こういう迷宮では定番のモンスターではないだろうか。
身体は筋骨隆々としており、体長は2mは優に越えている。 そして、今もなおその腕には1人の人間の頭部を掴んで離さない。
予断を許さない状況なのは一目瞭然で、異様な光景に圧倒されながらも抜き取っていた弾倉を89式小銃へと差し込み、初弾を薬室へと送り込む。
「その人をすぐに離しなさいっ!」
一つ上の先任である富士三曹が声を荒げる。 そこでこちらの存在に気づいたのかソレはその片手に持っていたものを頭と足を掴みなおすと、嫌な音とともに引きちぎったのだ。
その片方を片方を富士三曹へと投げつけた。 かなりの力だったのだろう、避ける事も叶わず富士三曹はその半身の直撃を受け、後ろの壁へと激突し動かなくなった。
あまりの光景に、またも残った五人は動けなくなる。 それを見越したのか、大音量の牛の鳴き声でこちらを威嚇しゆっくりと歩き出すミノタウロスである。
自分が強者だと分かっているのだろう。
先に我に帰ったのか、通信手である百田三曹が富士三曹へと駆け寄り容態を確認するが、すでにこと切れているようで、項垂れている。 その百田三曹へ残った半身を投げつけると同時に柳田三曹へとミノタウロスは走り出す。
百田三曹もまた、その投擲によって致命傷を受けたようだ。 咄嗟に避けたのだが、頭部に当たったようで、おかしな方向に顔が向いていた。
「うっ、撃てっ! うてぇぇ!?」
指示を出した柳田三曹へ巨体に似合わない動きで辿り着くと、その太い丸太の様な腕を頭の先から地面へと振り下ろした。 それでお終いだ、柳田三曹は潰れてしまった。
そこに元々誰も居なかったかのようだ。 さらに柳田三曹の傍に居た浜川三曹を捕まえ、持ち上げると地面へと叩きつける。
これで、六名の班員のうち、四人がすでに殉職してしまった。 遭遇からわずか五分ほどである。
次は自分の番ではないかと、恐ろしくなり逃げ場を探すが手元には89式小銃がある。 弾倉には30発、予備もある。
しっかりと小銃を保持し、狙いを定める。 安全装置を解除し、三点射へと切り替える。
「山口! 構えろっ、このままやすやすと殺されてたまるかっ!」
「おっ、おうっ!」
同期の山口の返事を待たずに、引き金に当てた人差し指に力をこめる。 力を入れすぎてしまうとガクビキといって狙いを付けてもそれがズレ、目標には当たらない、
特に、連射や三点射にしていると銃口が反動でブレ、集弾率が悪くなるのだ。
山口も反応してくれたのだろう、彼は小銃を腰溜めに構え、連射で先に射撃を開始していた。
自分もまた、ミノタウロスの胴体に狙いを定め射撃を始める。 5.56mm弾の直撃を受けながらもなお、倒れることがないその防御力に心が挫けそうになるが、それを無理矢理に奮い立たせる。
ミノタウロスは、こちらへと殺意のこもった視線を向けてくる。 牛が突進するかのように頭の角をこちらへと向けると間合いをあっという間につめてくる。
突進してきたのだ。 慌ててその場を横に飛び、事なきを得る。 直進しか出来ないようだ。 小刻みに軌道を修正出来ていたら確実にやられていた。
壁に激突し、それで死んでくれていたらよかったのだが、そうはうまくいかない。
次にターゲットにしたのは山口だったようだ。 今もなお、連射で銃弾を浴びせる敵が煩かったのか、その場から飛び上がり、山口の元へと降り立つミノタウロス。 醜悪な顔を山口へと近づけるとそのまま顔を食いちぎっていた。
「こっ、このヤロウぅぅっ!!」
残されたのは自分だけだ。 班長も先任も、同期も死んでしまった。 しかし、一番離れていた山口の所へと向かったおかげで自分との距離がだいぶ開けた。
単発へと射撃を切り替える。 今までの訓練を思い出す。 ひどく冷静になっている自分が居る事を自覚し驚いてるが、ここで死ぬわけにはいかない。
振り返ったミノタウロスは、余裕でもあるのか、そこから動き出さない。 1対1で負けるわけが無いと思っているのだろう。
的は小さくなるが、照準を頭部へと合わせる。
1発、はずれ。 ミノタウロスに変化無し。
2発、角に掠める。 瞳に変化が起きる。 濁った目は怒りに燃えているようだ。
3発目、ミノタウロスの片目を破壊することに成功。 痛みに叫び声を上げる。 そのまま引金を引き、4発、5発、6発と銃弾を浴びせていく。
これが、5.56mmでなければ、もっとダメージを与えていたかもしれないが、今あるものが、これだけなのだから仕方ない、無いものを強請っても手に入らないのだから。
潰れた瞳の方へと回りこみながら、射撃を続ける。 弾倉が一つ空になり、慌てず銃剣を銃口の先へと着剣、さらに弾倉も入れ替える。
頭部を撃たれているのに、未だに活動を止めないミノタウロスの強靭な肉体に戸惑いながらも、とうとう片方の膝を着き、今にも倒れそうになるミノタウロスに止めと言わんばかりに銃弾を叩き込んでいく。
2つ目の弾倉が空になるころに、やっとその巨体は地面へと崩れ落ちた。 万が一に備えて、銃剣も用意したが必要なかったようだ。
まだ生きている可能性もぬぐえない、残った最後の弾倉を小銃へ装填し直す。 周囲の警戒をしながら5分ほどしただろうか、ミノタウロスは完全に死んだようだ。
班員の死体を一箇所へと集める。 柳田3曹の小銃と百田3曹の通信機は壊れてしまっていたが、他の装備は無傷だった。
それらもすべて回収していた。 弾帯に装着している弾納に弾の残っている弾倉を入れ、入らない分や、空になっている弾倉をポケットに入れる。 何があるか分からないのだ。
あるに越したことは無い。 89式小銃も背負い紐で背負う。 背嚢があったら良かったのだが、今回の訓練では持っていないのが残念だ。
遺体を持って行く訳にもいかず、形見になりそうなものも持っていない為、認識票だけを回収する。
「のぅ、そこの主よ。 いったい何をしておるんかのぅ?」
急に後ろから声をかけられ驚く。 今の今まで自分以外の誰かはここにはいなかった。 そのはずなのに、急に死角から声を掛けられ身体がビクッとふるえる。
慌てて、振り返りながら訓練で身に付けた動作で小銃を構える。
「誰かっ!?」
振り返った視線の先には、この凄惨な光景の広がる部屋にいるにはおかしな、まるで有名な電気街にいるコスプレしているかのような女の子がいたのだ。
身長も150cmもないだろうか、自分が185cmあるのに対して、胸元までの高さしかないし、華奢な体格だ。 体重も標準よりは軽そうに見える。
極めつけは、ピンクと白を基調としたフリフリのついたドレスを身に纏い、日が出ている訳でもないのに、同じ基調の日傘を差している。ゴスロリと一纏めされて呼ばれている格好をしている。
そして、目立つのは赤い瞳に、透き通る白い肌、白い髪の毛である。 長い髪の毛を大きな赤いリボンでポニーテールにして止めているのだが、顔立ちもまた人形の様に綺麗だ。
でも、幼く見えるソレは牙でも生えているのなら吸血鬼と言われても信じてしまいそうだ。 年齢も、10代半ばくらいではなかろうか。
「ふむ。 主に質問したのは私が先なのだがのぉ。 まぁいい」
少女は周囲をぐるりと見渡すと、口元に片手を運び、フムと首をかしげる。
「何ぞ、久々に起きたと思うたら、何やらわっちの家先で騒がしい。 なるほどのぉ、探索者がミノタウロスと遭遇、貴様を残し死んでしもうたわけじゃな」
「探索者? 自分は、伊藤直人。 探索者ではなく、陸上自衛隊所属……」
少女の持っていた扇子で口元を押さえられる。 特に聞いていないようだ。
「まぁ、皆まで言わんでもいいんじゃ、生き残った雄なのじゃ。 さぞかし旨かろう」
そう言って笑う少女の口元が、まるで三日月のような笑みが広がる。 当たってほしく無いほうの、予想した通りだ。 2本の尖った犬歯があり見紛うはずも無い。 吸血鬼そのものだ。
術中に嵌ったのか、身体を動かすことも出来るはずも無く、自分の首筋へと噛み付こうとする少女の姿がなぜか可愛く見えた。 こんな、どこかもしれないファンタジーな場所にいるなんて、夢なのではないかと思う。 しかし、首筋に立てられた犬歯の痛みがこれは現実なのだと物語っているようだった。
それ以上、考えることは出来ずに意識が暗闇へと引っ張られていった。
まだまだ勉強中の作者としては、ぜひご意見、ご感想をいただけたら励みになります。
お待ちいたしております。