第一部 出会い
世の中がクリスマスムードに包まれる12月のある日、私はインターネットの掲示板サイトにひとつのスレッドを作った。
今はただの幼なじみでしかない、ずっと片思いを続けている女性へ自分の想いを伝えたくて…
彼女との出会いは小学校まで遡る。
教室が温かな陽光に包まれる5月、担任に連れられて一人の見慣れない少女が教室に入ってきた。
「はい、注目。今日から皆さんのクラスメイトになるお友達を紹介します。」
「明日香と言います。宜しくお願いします。」
ペコリと頭を下げた彼女は長い黒髪に大きな瞳が印象的な美少女で、クラスの女子より大人びた雰囲気を感じさせ、私は目を奪われていた。
簡単な自己紹介が終わると、彼女の周囲には見る間に人垣が築き上げられ
「どこからきたの?」
「家はどこ?」
クラスメイト達は矢継ぎ早な質問を彼女に浴びせかけていた。
そんな質問に、笑顔で一つ一つ丁寧に答えていく彼女。
しかし、そんな彼女に対しクラスメイト達は少しずつ違和感を受け始めていた…。
その違和感の正体。
それは他ならない『方言』だった。
私達の住む地域は、方言や訛りいったものが少なかった為、彼女の発する言葉に敏感に反応するクラスメイト達。
転校生と言うものは、少なからずクラスに溶け込むのに時間を要するにものではあるのだろうが、彼女にとっての『方言』は大きな障害となっていた。
転校3日目にはクラスメイト達も彼女から離れてしまい、話しかける人間はほとんど居なくなっていた。
話し相手も居らず、教室の隅で寂しげな表情を浮かべていた彼女が気になって仕方なかった私は、意を決して彼女に話し掛けた。
「ねぇ、明日香ちゃんの言葉って○○弁だよね?」
「エッ!?そうだけど、どうして知ってるの?」
「うん、俺の婆ちゃんが同じ言葉使うから、そうなのかな?って思ったんだ。」
「そう…なんだ…。」
「俺だったら明日香ちゃんの言葉分かるから、一杯お話しようよ。」
私の言葉を聞いた途端に曇っていた彼女の表情はパアッと明るくなり、溜まっていたものを全て吐き出すかのように『方言』で話し始めた。
正直、彼女の言葉の全てを理解する事は出来なかったが、満面の笑顔で私に話し掛ける彼女に対し、私も笑顔で出来る限りの言葉を返すように心掛けた。
その甲斐もあってか、明日香は私に心を開き、彼女にとって私は一番の友達になった。
暫くすると、明日香とクラスメイト達は互いの言葉に慣れて、普通に接する事ができるようになっていた。
それからは中学、高校と同じ学校に進学し、通学と帰宅時には待ち合わせをして毎日のように一緒に過ごしていた。
端から見れば、交際中のカップルのようだったかも知れないが、当時の私にとって彼女はあくまで友人であり、それ以上のものには思えなかった。
そんな二人の関係に変化が生じたのは、私達が二年生に進級してすぐの事だった。
私がクラスの女子からの告白を受け、交際を始めた事がきっかけで、当然の事ながら明日香と過ごす時間が減り、お互いの距離も次第に離れていった。
それから暫くして明日香にも交際相手ができ、二人の距離はさらに離れてしまった。
そんな距離感のまま卒業を迎え、私は地元の消防本部へ就職、明日香は子供の頃からの夢だった保育士になるため短大へ進学した。
この頃には挨拶を交わすだけの間柄であったが進路の違いにより、その関係さえもなくなってしまった…。