「ありのままで生きる」―アルビノ・依存症・再生の記録―
人は、どこから人生をやり直せるのでしょうか。
どん底からでも、もう一度立ち上がることはできるのでしょうか。
そして――「ありのままで生きる」とは、一体どういうことなのでしょうか。
この本は、その答えを探し続けた一人の男の記録です。
決して立派な人間の物語ではありません。
むしろ、弱く、迷い、逃げ、何度も同じ過ちを繰り返してきた人間の、正直すぎる物語です。
アルコールに逃げ、現実から目を背け、気づけば人生は大きく傾いていました。
それでもどこかで、「このままでは終われない」と思っている自分がいました。
飲んでいるときは、楽でした。
気持ちは軽くなり、笑い、すべてがうまくいくような気さえしました。
けれど、アルコールが抜けたときに訪れる現実は、想像以上に重く、深く、そして残酷でした。
そんな繰り返しの中で、私は少しずつ気づいていきます。
本当に向き合うべきものは、アルコールではなく――
「自分自身」だったのだと。
本書には、華やかな成功談はありません。
しかし、泥臭くても、かっこ悪くても、確かに「前に進んできた足跡」があります。
落語や講談に救われた日々。
人との出会いに支えられた瞬間。
そして、何度倒れても、また立ち上がろうとした小さな決意。
そのすべてを、できる限りありのままに書きました。
この物語は、特別な誰かのためのものではありません。
今まさに悩んでいる方、苦しんでいる方、そして「このままでいいのか」と感じているすべての方へ向けたものです。
読み進める中で、もしかしたら苦しくなる場面もあるかもしれません。
けれどその先には、ほんの少しでも「希望」を感じていただけるよう、願いを込めています。
人生は、一度壊れても終わりではありません。
むしろ、そこからしか見えない景色があります。
この先にどんな出来事が待っているのか――
ぜひ、最後まで見届けていただければ幸いです。
そして読み終えたとき、ほんの少しでも
「もう一歩、前に進んでみよう」
そう思っていただけたなら、この上ない喜びです。
令和8年4月吉日
フジコー相談事務所の完成を楽しみにしながら
序章
その男を初めて見たとき、私は思わず足を止めた。
陽の光をそのまま宿したような髪。
透き通るように白い肌。
そして、どこか遠くを見ているような、静かな瞳。
――あれは、誰だ。
人の気配はあるのに、人とは違う何かを感じる。
言葉にできない違和感が、胸の奥にじわりと広がっていく。
周囲の人間もまた、同じように彼を見ていた。
ちらり、ちらりと視線を送り、すぐに逸らす。
その繰り返し。
まるで、触れてはいけないものを見るように。
私は、なぜかその光景から目を逸らせなかった。
――美しい。
そう思った次の瞬間、私は自分の感情に戸惑った。
美しい、と感じた自分。
だが同時に、どこか恐れている自分。
矛盾した感情が胸の中でぶつかり合う。
そのとき、不意に声がした。
「真紀」
呼ばれた男は、ゆっくりと振り向いた。
その動きは、まるで時間の流れから切り離されたかのように静かで――
そして、どこか寂しげだった。
私はまだ知らなかった。
その名が、これから私の人生を大きく揺らすことになることを。
■第1章
真紀と初めて言葉を交わしたのは、あの出会いから数日後のことだった。
私はずっと、彼のことが頭から離れなかった。
なぜなのかは分からない。
ただ、あの静かな佇まいが、心のどこかに引っかかっていた。
ある日の昼休み、私は意を決して彼に声をかけた。
「この前、呼ばれてたよな。真紀って」
彼は一瞬だけ驚いたような顔をし、すぐに柔らかな表情に戻った。
「……そうです」
低く、落ち着いた声だった。
その声を聞いたとき、私はようやく理解した。
――ああ、この人は、男性なんだ。
見た目だけで勝手に抱いていた印象が、音を立てて崩れていく。
自分の中にあった偏見に、軽い衝撃を受けた。
「綺麗な髪だな」
思ったままの言葉が口をついて出た。
彼は少しだけ困ったように笑った。
「よく言われます。でも……」
一拍の沈黙。
「それで、嫌な思いをすることも多いです」
その言葉は静かだったが、重かった。
私は何も言えなくなった。
美しいと思ったものが、誰かにとっては苦しみになる。
そんな当たり前のことに、私はそのとき初めて気づいたのかもしれない。
沈黙を破ったのは、彼の方だった。
「あなたは?」
「大伸だ」
短く名乗る。
その瞬間、何かが始まったような気がした。
それは友情なのか、あるいは――
もっと別の何かなのか。
まだ分からない。
ただひとつ確かなのは、私はもう、彼から目を逸らせなくなっていた。
■第2章
真紀と過ごす時間は、不思議な静けさに満ちていた。
騒がしいわけではない。
かといって、気まずい沈黙でもない。
ただ、穏やかな空気が流れている。
ある日、教室の隅で彼が本を読んでいるのを見つけた。
古びた装丁の本だった。
「何読んでるんだ?」
私が声をかけると、彼は顔を上げた。
「講談です」
「講談?」
思わず聞き返す。
「はい。人の生き様が、まっすぐに語られているのが好きで」
その言葉に、私はどこか懐かしさを覚えた。
義士伝のような、あの熱のある世界。
ふと、彼の横顔を見る。
白い肌に差し込む夕陽。
その光景は、どこか現実離れしていた。
「似合うな」
私がそう言うと、彼は少し驚いたように目を瞬かせた。
「何がですか?」
「そういうの」
曖昧な言い方だったが、彼はふっと笑った。
その笑顔は、初めて見る柔らかさだった。
だが――
その穏やかな日々は、長くは続かなかった。
ある日の放課後。
廊下の向こうから、ひそひそとした声が聞こえてきた。
「ねえ、あの人……男なの?」
「うそでしょ、絶対女でしょ」
笑い声。
悪意のない、しかし残酷な無邪気さ。
私は足を止めた。
そして、隣にいる真紀を見た。
彼は――何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ、視線を落とした。
その一瞬を、私は見逃さなかった。
胸の奥で、何かが軋む。
怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない感情が込み上げてくる。
だが、私はまだ何もできなかった。
言葉を持たないまま、ただ立ち尽くすだけだった。
そのとき、真紀がぽつりと呟いた。
「慣れてますから」
その一言は、あまりにも軽く――
そして、あまりにも重かった。
私は、その意味を、まだ本当には理解していなかった。
酒に殺されかけた男は、それでも笑って生きている
第四章 「螺旋階段の底で見た光」
人は、弱い。
少なくとも、私はそうだった。
最初の一杯は、救いだった。
緊張がほどける。
言葉が出る。
笑える。
講談の発表会。
声楽の舞台。
あの独特の張り詰めた空気の中で、
酒は、私に“普通”を与えてくれた。
「これでいい」
そう思った。
いや――
そう思い込みたかった。
だが、酒は優しくない。
最初は、味方の顔をして近づいてくる。
そして気づけば、主導権を奪っていく。
平成14年。
私は、はっきりと告げられた。
アルコール依存症。
頭では分かっていた。
薄々、気づいてもいた。
だが――
その言葉を突きつけられた瞬間、
何かが終わった気がした。
「自分は、普通ではない」
その現実は、重かった。
そこから始まったのは、
“戦い”ではなかった。
螺旋階段だった。
断酒する。
苦しむ。
耐える。
少し楽になる。
そして――
飲む。
また元に戻る。
いや、元ではない。
前よりも、少し下に落ちている。
それを、何度も何度も繰り返した。
平成14年から、平成21年まで。
7年間。
断酒と再飲酒の、地獄のスパイラル。
仕事は崩れた。
心も崩れた。
身体も、壊れかけた。
「飲んでいるか、寝ているか」
それが、すべてだった。
それでも私は、飲んだ。
なぜか。
分かっていた。
酒は、何も解決しない。
むしろ、すべてを壊す。
それでも――
手が伸びた。
それが、依存だった。
あるとき、私は薬を飲みながら酒をあおった。
気分が悪くなると分かっていながら。
自分を壊す行為。
救急搬送。
それが、二度。
それでも、止まらなかった。
人間関係も、崩れていった。
信頼は失われ、
言葉は届かなくなり、
孤独だけが残った。
「もう終わりだな」
何度も、そう思った。
そんな中で出会ったのが、
大滝先生だった。
第一印象は――
とても、普通だった。
いや、むしろフランクすぎるくらいだった。
そして、最初に言われた言葉。
「この世の中、アルコール以外にも楽しいこと、たくさんあるじゃないか」
拍子抜けした。
正論でもない。
説教でもない。
励ましですらない。
ただの、“事実”。
その一言が、なぜか心に残った。
セッションが始まった。
特別なことをされたわけではない。
話す。
聞く。
少し、考える。
それだけだった。
だが――
少しずつ、何かが変わっていった。
「飲みたい」という衝動。
あの、どうしようもない渇き。
それが――
薄れていった。
最初は、信じられなかった。
「今日は、飲まなくてもいいかもしれない」
そんな日が、増えていった。
そしてある日、気づいた。
「あれ……飲みたいと思っていない」
不思議だった。
努力して我慢しているわけではない。
ただ――
欲しくない。
あの、支配されていた感覚が、消えていた。
平成21年1月9日。
この日を、私は忘れない。
この日を境に、私は酒を断った。
いや――
正確に言えば、
酒に支配される人生を、手放した。
それから今日まで、断酒は続いている。
奇跡か、と言われれば――
そうかもしれない。
だが私は思う。
これは奇跡ではない。
出会いだ。
粕谷幸司さんの言葉。
大滝先生の一言。
それらが、点となり、
やがて線となり、
人生を変えた。
人は、一人では変われない。
だが――
たった一言で、変わることがある。
あの地獄の螺旋階段。
私は、もう戻らない。
底まで落ちたからこそ、分かる。
光は、上にしかない。
そして――
一歩でも登れば、景色は変わる。
今の私は、まだ途中だ。
だが確かに、
あの頃の私とは違う場所にいる。
酒に頼らなくても、
笑える。
話せる。
生きていける。
それだけで、十分だ。
いや――
それが、すべてだ。
第五章 「三本柱と、見えなかった一本」
人は、やり方を教わっても、変われないことがある。
私がそれを思い知ったのは、
平成14年の冬だった。
町田にある、アルコール依存症専門の病院。
私はそこに、自ら入院した。
理由は、ただ一つ。
「酒をやめたい」
平成14年1月9日。
この日から、私の3ヶ月の入院生活が始まった。
病院は静かだった。
だが、その静けさの中には、
同じ苦しみを抱えた人たちの気配があった。
自分だけじゃない。
そう思えたことは、救いだった。
3ヶ月後。
退院が決まったとき、主治医は私に言った。
「これからが本番です」
そして、続けてこう言った。
「三本柱を、1年間やりなさい」
三本柱。
それは、極めてシンプルだった。
① 外来通院の継続
② 毎日シアナマイド(抗酒剤)を、家族の見ている前で服用
③ 自助グループ(AA・断酒会)に、毎日3ミーティング参加
「毎日ですか?」
思わず聞き返した。
「毎日です」
主治医は、はっきりと言った。
午前、午後、夜。
毎日、3回。
正直、厳しいと思った。
だが――
「これをやれば、やめられる」
そう信じたかった。
退院後。
私は、その通りに動いた。
朝、ミーティング。
昼、ミーティング。
夜、ミーティング。
同じ話。
同じ悩み。
同じ苦しみ。
だが、それでも意味があると信じた。
シアナマイドも飲んだ。
家族の前で。
毎日。
外来も通った。
完璧だった。
いや――
“形”は、完璧だった。
だが、続かなかった。
いつの間にか、ミーティングをさぼる日が出た。
シアナマイドを飲まない日が出た。
外来を後回しにする日が出た。
そして――
飲んだ。
また、振り出しに戻る。
いや、振り出しではない。
少しずつ、下がっていく。
あの螺旋階段。
平成14年から平成21年まで。
断酒と再飲酒の繰り返し。
三本柱は、知っていた。
やり方も、分かっていた。
それでも――
できなかった。
なぜか。
今なら分かる。
私は、“やらされていた”のだ。
本当の意味で、納得していなかった。
そして、平成21年。
大滝たもつ先生のセッション。
あの時間は、不思議だった。
特別な技術を感じたわけではない。
だが、確実に何かが変わった。
「飲みたい」という欲求。
あの、抗えない衝動。
それが――
消えた。
本当に、不思議だった。
我慢しているわけではない。
努力しているわけでもない。
ただ――
必要なくなった。
そのとき、私は初めて気づいた。
三本柱には、もう一本、見えない柱があったのだと。
それは――
「自分で納得すること」
外来も、薬も、ミーティングも。
それ自体が力を持つのではない。
それを「自分で選び、続ける」ことに意味がある。
平成21年1月9日。
私は、もう一度、三本柱を始めた。
今度は違った。
やらされているのではない。
自分で、選んだ。
外来に行く。
シアナマイドを飲む。
ミーティングに出る。
一つ一つを、自分の意思で積み上げた。
すると――
不思議なことが起きた。
苦しくない。
あれほど重かったものが、
静かに、軽くなっていく。
そして気づけば――
飲酒欲求は、完全に消えていた。
あの三本柱は、間違っていなかった。
ただ、足りなかったのだ。
“自分”が。
それから今日まで。
私は、酒を飲んでいない。
奇跡ではない。
積み重ねだ。
そして――
気づきだ。
今、私は思う。
人を救うのは、方法ではない。
納得だ。
どれだけ正しい方法でも、
納得していなければ、続かない。
逆に――
納得すれば、人は動ける。
あのときの私は、患者だった。
今の私は――
少しだけ、人の話を聞ける側にいる。
同じように苦しんでいる人に、
こう伝えたい。
方法は、ある。
だがそれ以上に大切なのは――
「あなたが、それをどう受け止めるか」だと。
三本柱は、今も変わらない。
だがその土台には、
もう一本の柱が立っている。
自分で選ぶこと。
それがある限り、私はもう倒れない。
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第六章 「渡された灯」
人は、どこまで変われるのか。
その答えを、私はまだ持っていない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
人は――
変わったあと、誰かのために生きることができる。
かつての私は、救われる側だった。
酒に溺れ、
自分を見失い、
ただ「なんとかしてほしい」と願うだけの存在だった。
その私を、引き上げてくれた人がいる。
大滝たもつ先生。
あのセッションがなければ、
今の私はいない。
だからこそ、思った。
「この技術は、何なんだろう」
ただ話を聞くだけではない。
ただ励ますだけでもない。
なのに――
人の中にある“何か”を変えてしまう。
私は、その正体を知りたくなった。
そして今、私は学んでいる。
應水流セッション技法。
最初は、戸惑った。
技術として学ぼうとすると、
簡単ではない。
「聞く」とは何か。
「受け止める」とは何か。
「変化を促す」とは何か。
どれも、言葉にすれば簡単だ。
だが、実際にやろうとすると、
まったく違う。
自分の価値観が邪魔をする。
余計なアドバイスをしたくなる。
結論を急ぎたくなる。
私は、何度も立ち止まった。
「これでいいのか」
そのたびに思い出した。
あのときの自分。
苦しんでいた自分。
出口が見えなかった自分。
そして――
大滝先生の、あの“間”。
急がない。
押しつけない。
ただ、そこにいる。
それだけで、人は変わることがある。
ある日、セッションのあとで、
大滝先生がふと、こう言った。
「高山君はね」
少し笑いながら、続けた。
「僕の一番弟子だよ」
私は、言葉を失った。
一番弟子。
そんな大それた言葉を、
自分がもらっていいのか。
正直、戸惑った。
だが同時に――
胸の奥が、熱くなった。
それは、誇りだった。
これまでの人生。
失敗も、挫折も、回り道も。
すべてが、この瞬間につながっている。
そう思えた。
「ありがとうございます」
それしか言えなかった。
だが、その一言の中に、
すべてを込めた。
私は、まだ未熟だ。
技術も、経験も、足りない。
だが――
ひとつだけ、持っているものがある。
それは、「実感」だ。
苦しんだこと。
落ちたこと。
そして、そこから這い上がったこと。
そのすべてが、
今の自分の土台になっている。
應水流セッションは、技術だ。
だが、それだけではない。
人と人が向き合う“在り方”だ。
相手を変えようとしない。
否定しない。
急がせない。
その中で、相手が自分で気づく。
その瞬間を、信じて待つ。
それが、どれほど難しく、
どれほど尊いことか。
私は、少しずつ分かってきた。
今、私は思う。
あの頃の自分に、もし会えるなら。
こう言いたい。
「大丈夫だ」
「その苦しみは、無駄じゃない」
「いつか、それが誰かを救う力になる」
と。
人は、ひとりでは生きられない。
だが――
誰かに支えられた人は、
今度は誰かを支える側に回ることができる。
私は、まだその途中にいる。
だが、確実に歩いている。
大滝先生から受け取ったもの。
それは、答えではない。
“灯”だ。
小さくてもいい。
揺れてもいい。
その灯を、消さずに持ち続ける。
そして――
必要としている誰かに、渡していく。
それが、今の私の役目だ。
大滝先生の「横浜心理オフィス」は閉まっている。出張専門に変えたからとのこと。私が相談を受け付けます。
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第八章 「十人十色の中で」
私は、ラジオが好きだ。
静かな時間でも、
誰かの気配を感じられる。
ひとりでいても、
ひとりじゃないと思える。
だから、スマホのラジオは、いつもそばにある。
歩いているときも。
仕事の合間も。
そして――夜も。
ある日。
聞き慣れた声が、流れてきた。
粕谷幸司さん。
あの声は、忘れない。
落ち着いていて、自然体で、
どこか芯のある声。
そして、彼は言った。
「僕はアルビノです」
私は、思わず立ち止まった。
同じだ。
私と同じ、アルビノ。
だが――
彼は、違った。
隠さない。
ためらわない。
臆することもない。
むしろ――
堂々と、語っている。
それどころか、
自分のアルビノを、大々的にアピールしている。
その姿に、私は衝撃を受けた。
それまでの私は、逆だった。
白髪が恥ずかしい。
目立つのが怖い。
だから、染めていた。
茶髪に。
「少しでも普通に見えるように」
そう思っていた。
だが――
ラジオの中の粕谷さんは、違った。
「ありのままのぼくを見てください」
その一言。
シンプルで、飾り気のない言葉。
だが――
その裏には、どれだけの覚悟があるのか。
私は、すぐに理解した。
これは、強さだ。
取り繕わない強さ。
逃げない強さ。
受け入れている強さ。
私は、鏡を見た。
茶色く染めた自分。
そのとき、はっきりと思った。
「もう、やめよう」
それから私は、染めるのをやめた。
少しずつ戻っていく、本来の色。
最初は、やはり怖かった。
視線。
言葉。
反応。
すべてが、気になった。
実際、いろいろな人がいた。
馬鹿にする人。
気持ち悪がる人。
距離を取る人。
正直、傷ついた。
だが――
同時に、こうも思った。
「まあ、そういう人もいるよな」
人間は、十人いれば、十通り。
十人十色。
全員が同じように感じることはない。
好きな人もいれば、嫌いな人もいる。
受け入れる人もいれば、拒む人もいる。
それは、当たり前のことだ。
むしろ――
それを否定する方が、不自然だ。
私は、ようやく理解した。
「しょうがないのだ」と。
そして、その“しょうがなさ”を、
受け入れたとき――
心が、軽くなった。
誰かにどう思われるかではなく、
自分がどうありたいか。
その軸が、はっきりした。
私は、私だ。
アルビノであることも、含めて。
隠す必要はない。
誇る必要もない。
ただ――
そのままでいい。
ラジオの向こうの粕谷さんは、
今も変わらず、語り続けている。
自然体で。
堂々と。
その声を聞くたびに、思う。
あのとき、出会えてよかった、と。
人は、誰かの言葉で変わることがある。
だがそれは、特別な言葉じゃなくていい。
「ありのままでいい」
たった、それだけでいい。
今の私は、染めていない。
そして――
隠してもいない。
すべてを受け入れたか、と言われれば、
まだ途中かもしれない。
だが、確実に言える。
あの頃の私より、ずっと楽に生きている。
十人十色の世界の中で。
私は、私の色で、生きていく。
第九章 「涙は、流していい」
人は、泣いていい。
いや――
泣いた方がいいと、私は思っている。
かつての私は、泣けなかった。
酒でごまかし、
感情に蓋をして、
見ないふりをしていた。
だが、断酒し、眠りを取り戻し、
少しずつ自分を受け入れていく中で――
ひとつ、気づいたことがある。
「涙は、心を整える」
私は今、意識的に“泣く”時間をつくっている。
いわゆる――涙活だ。
ストレスが溜まったとき。
気持ちが張り詰めたとき。
無理に強がるのではなく、
あえて、涙を流す。
その対象が――
落語である。
中でも、私にとって特別なのが、
立川談志師匠の「芝浜」。
この噺は、何度聞いても、心に沁みる。
酒に溺れた男。
それを支える女房。
そして、人が立ち直る物語。
まるで――
自分の人生を、どこかから見ているようだった。
特に忘れられないのが、
平成11年の暮れに披露された「芝浜」。
あれは、逸品だった。
正直に言う。
“神が降りていた”。
談志師匠自身が、後にこう語っている。
「落語のミューズ(神)が、天から舞い降りて、
私の心体内に入った」
それほどの出来だった。
語りの一つ一つ。
間の取り方。
感情の乗せ方。
すべてが、極まっていた。
私は、ただ聴いているだけなのに――
涙が止まらなかった。
終盤。
あの静かな場面。
言葉が、胸に突き刺さる。
「(夫)108つ、(妻)108つ」(正月につく鐘の数)
そして、終わったあと――
誰も、すぐには動かなかった。
談志師匠本人も、黙っていた。
客席も、黙っていた。
拍手すら、すぐには起きなかった。
それほどまでに、
深い余韻が、その場を支配していた。
あれは、単なる落語ではなかった。
“体験”だった。
人の人生そのものを、
一席で味わうような。
私は、何度もその「芝浜」を思い出す。
そして、泣く。
涙は、不思議だ。
流したあと、
心が軽くなる。
張りつめていたものが、ほどける。
無理に前向きにならなくてもいい。
ただ、涙を流すだけで、
自然と整っていく。
私は、それを体で知った。
今では、落語は“娯楽”ではない。
回復の道具だ。
もちろん、すべての人に落語が合うとは限らない。
だが――
何かしら、「泣けるもの」は必要だと思う。
映画でもいい。
音楽でもいい。
本でもいい。
心が動くもの。
それがあれば、人は大丈夫だ。
私は、談志師匠に救われた。
直接会ったことはない。
だが、その芸は、確実に私に届いた。
そして、こう思う。
人は、人に救われる。
言葉で。
声で。
表現で。
それは、時代を越える。
今、もし心が苦しいなら。
無理に頑張らなくていい。
ただ――
泣いてほしい。
そして、もしよければ。
談志師匠の「芝浜」を、聴いてみてほしい。
CDでもいい。
Audibleでもいい。
きっと、何かが届く。
私は、そう信じている。
涙は、弱さではない。
回復だ。
そしてそれは――
生きる力になる。
第十章 「志に、涙する日」
涙には、種類がある。
悲しみの涙。
悔しさの涙。
そして――
志に触れたときの涙。
私にとって、その涙があふれる日がある。
3月14日。
そして、12月14日。
この二つの日は、特別だ。
3月14日。
浅野内匠頭刃傷事件。
12月14日。
赤穂義士討ち入り。
いわゆる、赤穂事件。
だが私にとっては、単なる歴史ではない。
“人間の極み”を見せられる出来事だ。
毎年、私は足を運ぶ。
泉岳寺。
静かな境内。
整然と並ぶ墓石。
そこに眠る、四十七士。
私は一本一本、丁寧に線香をあげる。
手を合わせる。
その瞬間――
時間が、止まる。
思い浮かぶのは、あの一年九ヶ月。
刃傷事件から、討ち入りまで。
主君を失い、
浪人となり、
世間からは笑われ、
侮られ、
見下される。
それでも――
彼らは崩れなかった。
一糸乱れず。
心をひとつにして、
時を待ち続けた。
焦らない。
騒がない。
見せない。
そして、決して折れない。
その時間の重み。
それを思うと、胸が締めつけられる。
討ち入りの場面は、もちろん壮絶だ。
だが私が涙するのは、
むしろそこではない。
その前の――
**“待ち続けた時間”**だ。
一年九ヶ月。
人の心は、そんなに長く保てるものではない。
疑いが生まれる。
恐れが出る。
裏切りも、起きておかしくない。
だが――
彼らは違った。
肩を取り合い、
互いを信じ、
同じ志で、立ち続けた。
それが、どれほどすごいことか。
私は、その過程に、涙する。
人は、一人では弱い。
だが、志を共有したとき――
人は、強くなる。
私は、何度も人生でつまずいた。
酒に溺れ、
心を失い、
孤独の中で、もがいた。
だが――
ここまで来られたのは、
一人ではない。
支えてくれた人がいる。
大滝たもつ先生。
粕谷幸司さん。
そして、見えないところで支えてくれた多くの人たち。
その“つながり”は、
どこか、赤穂義士たちの姿と重なる。
もちろん、比べるものではない。
だが――
人が人を信じる力。
それは、時代を超えて、同じだ。
線香の煙が、ゆっくりと立ち上る。
その煙を見ながら、私は思う。
「自分は、どう生きるか」
志とは、大げさなものではない。
日々の中で、
何を大切にするか。
何を守るか。
それを決めることだ。
赤穂の四十七士は、
命をかけて、それを示した。
私は、そこまでのことはできない。
だが――
自分なりの志で、生きることはできる。
誰かを裏切らない。
自分を裏切らない。
その積み重ねが、
人生を形作る。
3月14日と、12月14日。
私は、これからも泉岳寺に行く。
線香をあげ、
手を合わせ、
そして――
静かに、涙を流す。
それは、悲しみではない。
感謝と、決意の涙だ。
第十一章 「すべては、つながっていた」
終わりの前に、少しだけ振り返りたい。
私の人生は、決して平坦ではなかった。
アルビノ。
生まれたときから、人と違っていた。
目立つ存在。
隠れたい存在。
その矛盾の中で、私は長い時間を過ごしてきた。
そして――
アルコール依存症。
平成14年に診断され、
そこから始まった地獄のスパイラル。
断酒と再飲酒。
上がったと思えば、落ちる。
希望が見えたと思えば、絶望に戻る。
七年間。
あの時間は、今振り返っても重い。
さらに――
双極性障害。
気分の波。
上がるときは、どこまでも上がる。
下がるときは、底が見えない。
その揺れの中で、
私は自分を見失いそうになった。
だが――
ここで、ひとつ気づく。
私は、ただ苦しんでいたわけではない。
同時に、出会っていた。
いつの間にか、双極性障害の薬が必要無くなった。
赤穂義士伝。
忠義。
志。
人が人を信じる力。
赤穂義士討ち入りに至るまでの、あの一年九ヶ月。
あの物語は、何度も私を支えた。
「人は、ここまでやれるのか」
そう思うたびに、
もう少しだけ頑張ろうと思えた。
そして――
落語。
とりわけ、
立川談志師匠の「芝浜」。
あの一席に、私は何度救われたか分からない。
笑いの中にある、人間の弱さ。
弱さの中にある、再生。
それは、まさに私自身だった。
さらに――
講談。
張り詰めた語り。
歴史を生き返らせる力。
あの響きは、
私の中に“生きる芯”をつくってくれた。
アルビノで悩み、
酒に溺れ、
心が揺れ続ける中で――
私は、物語に支えられていた。
人の話。
人の声。
人の生き様。
それらが、
私の中に静かに積み重なっていた。
そして今、振り返ると――
すべてが、つながっている。
アルビノであること。
「ありのまま」を受け入れる苦しさと、尊さ。
アルコール依存症。
弱さと向き合うことの厳しさ。
双極性障害。
揺れる自分と共に生きる現実。
赤穂義士伝。
志を持ち続ける強さ。
落語。
人間の愚かさと、温かさ。
講談。
生き様を伝える力。
どれか一つが欠けても、
今の私はいない。
一見、バラバラに見えるこれらの要素。
だが――
それらはすべて、
一本の線になっている。
苦しみも、
出会いも、
すべてが意味を持っていた。
あのときは分からなかった。
なぜこんな目にあうのか。
なぜこんなに苦しいのか。
だが今なら、少しだけ分かる。
「必要だったのかもしれない」と。
もちろん、きれいごとではない。
苦しみは、苦しみだ。
だが――
そこから得たものは、確かにある。
私は、完璧な人間ではない。
むしろ、欠けている部分の方が多い。
だがその欠けが、
誰かの痛みを理解する力になっている。
それなら――
悪くない。
そう思えるようになった。
人生は、物語だ。
しかも、自分で書いている物語だ。
途中で迷うこともある。
書き直したくなることもある。
だが――
すべてが、今につながっている。
だから私は、この物語を受け入れる。
良いところも、悪いところも。
すべて含めて、自分の人生だ。
そして――
この物語は、まだ終わっていない。
むしろ、これからが本番だ。
過去を振り返るのは、
前に進むため。
そう思っている。
終章 「これからの一歩」
ここまで、私は自分の過去を語ってきた。
アルビノ。
アルコール依存症。
双極性障害。
そして――
人との出会い。
正直に言えば、楽な人生ではなかった。
だが今、こうして振り返ると、思う。
「すべて、必要だったのかもしれない」と。
これからの話をしたい。
私は、父の不動産会社を継ぐ。
長年、地域に根ざして続いてきた仕事。
信頼と実績の積み重ね。
それを、引き継ぐ。
正直、不安もある。
これまで私は、
相談業を中心に生きてきた。
アルコール依存症。
心の問題。
人生の悩み。
そうした方々の話を聞き、
共に考え、
少しでも前に進むお手伝いをしてきた。
それは、私にとって大切な仕事だった。
いや――
大切な「使命」だった。
だからこそ、迷いもあった。
「全く違う世界に行っていいのか」
不動産。
宅建業。
契約。
重要事項説明。
責任。
まったく性質の違う世界に、
飛び込もうとしている。
だが――
私は、決めた。
両方、やる。
相談業で出会った方々。
信頼してくれた方々。
そのご縁を、切るわけにはいかない。
引き続き、相談は続ける。
そして同時に、
新たな世界――宅建業に挑戦する。
一見、別の道のように見える。
だが私は思う。
これは、同じ一本の線の上にある。
「人に寄り添う」
その本質は、変わらない。
不動産もまた、人生そのものだ。
住まいは、人の生活の基盤。
安心して暮らせる場所。
それを提供する仕事は、
決して単なる“取引”ではない。
人生に関わる仕事だ。
私は、その現場に立つ。
そして、もうひとつ。
私はこれからも、
アルコール依存症に苦しむ方々と向き合い続ける。
あの苦しみは、知っている。
抜け出せない恐怖。
繰り返す絶望。
自分を責め続ける日々。
だからこそ――
一人でも多くの人に、伝えたい。
「大丈夫だ」と。
「変われる」と。
これは、きれいごとではない。
実体験として、そう言える。
私は救われた。
ならば次は、
その灯を渡す番だ。
それが、私の使命だと思っている。
そして、宅建業においても――
私は、自分の強みを生かす。
サービス介助士。
この資格は、ただの肩書ではない。
高齢者の方。
心身に障がいのある方。
そうした方々に、
安心してもらうための“姿勢”そのものだ。
ゆっくり話す。
分かりやすく説明する。
不安に寄り添う。
当たり前のことかもしれない。
だが――
その当たり前が、できていない現場もある。
私は、それを変えたい。
「誰にでも優しい不動産会社」
それを、本気で目指す。
若い方も。
ご年配の方も。
障がいのある方も。
誰もが、安心して相談できる場所。
それを、つくる。
相談事務所と、不動産会社。
二つの柱。
だがその根底にあるのは、ひとつ。
人を大切にすること。
それだけだ。
これからも、迷うことはあるだろう。
うまくいかないことも、あるだろう。
だが――
もう、あの頃の自分ではない。
逃げない。
隠さない。
諦めない。
そう決めた。
人生は、まだ続く。
この先に、どんな景色が待っているのか。
それは、分からない。
だがひとつだけ、確かなことがある。
私は、自分の足で歩いていく。
ありのままの自分で。
そして――
出会った人たちと共に。
もし、この物語を読んでいるあなたが、
今、苦しんでいるなら。
どうか、忘れないでほしい。
あなたの人生も、まだ途中だということを。
どんなに苦しくても、
どんなに遠回りしても、
その経験は、必ず意味を持つ。
そしていつか――
誰かの力になる。
私は、それを信じている。
だから、これからも歩き続ける。
一歩ずつ。
毎日、一歩前進。
それが、私の生き方だ。
――完――
本書を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ここまでお付き合いいただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。
私はこれまで、アルコール依存症や心の問題に苦しむ方々の相談に向き合ってきました。自分自身もまた、その苦しみの中にいた一人です。だからこそ、表面的な言葉ではなく、心の奥にある本音に寄り添うことを大切にしてきました。
「ありのままで生きる」
それは簡単なようで、決して簡単ではありません。
弱さを認めること、逃げたくなる自分を受け入れること、そしてもう一度立ち上がること。
その一歩一歩が、人生を変えていくと私は信じています。
これから私は、父から引き継いだ不動産会社「フジコー」の代表として、宅地建物取引業という新たな世界に本格的に挑戦していきます。これまでの相談業とは全く異なる分野ではありますが、「人に寄り添う」という本質は変わりません。
また同時に、「フジコー相談事務所」を立ち上げ、これまで築いてきた相談の場も大切に守り続けていきます。これまでご縁をいただいた方々とのつながりは、私にとって何よりの財産です。
高齢者の方、障がいをお持ちの方、人生に迷いを感じている方――
どんな方でも安心して相談できる場所をつくること。
それが私の使命です。
そしてこれからも、一人でも多くの方が苦しみから解放され、自分らしく生きられるよう、微力ながら力を尽くしてまいります。
人生は、いつからでもやり直せます。
どんなに遠回りをしても、それは決して無駄ではありません。
「毎日、一歩前進」
この言葉を胸に、私自身も歩み続けていきます。
もし本書を読んで、何か感じていただけたことがあれば、どうかそれを大切にしてください。それが、あなたのこれからの人生の一助となれば、これ以上の喜びはありません。
最後に、あなたのこれからの人生が、穏やかで温かいものであることを、心より願っております。
フジコー相談事務所
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