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「フルケーヘン……」
私の家名を呟いたオーロは、その後、すぐに顔を青ざめさせた。理由は分かっている。そして慌てたように立ち上がろうとする。
「オーロ、今はただのヴィオとして私は此処にいるの。だから普通の態度で構わないわ」
「……で、でも」
「私が良いと言っているから、良いの」
有無を言わさぬ笑顔で私はそう言い切った。
私は自分の本名をオーロに伝えることを不安に思っていた。それはオーロと友達のままで居たいと思っていたから。
――互いの素性を知った上だと、私達の関係も明確に変わってしまうのかなとかそんな風に思ってしまった。
「分かりました……いえ、分かったわ。ヴィオがそう言うなら、私はこれまで通りにする」
「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいわ」
嬉しくなって、眼鏡越しに微笑む。オーロが私とこのまま友達で居てくれることが嬉しかった。
オーロと話さなければならないことも沢山あるのに、顔がにやけてしまいそうだ。
だって、私とオーロはこれからも友達で居られるのだもの! オーロは私にとって特別なお友達。
私の素性を知らずに関わって、仲良くなった友人。そんなのオーロだけだ。
だってどうしても、家名や立場が付きまとうものだから。
「ヴィオが王族だなんて、びっくりしたわ……。社交の場には出ずに、魔法の研究ばかりしていると聞いていたけれど……。後は身体が弱いという噂もあるわね。でも見た限りそうじゃなさそう」
そう、私はオーロが言う通り王族である。一番下の末っ子で、自由に過ごしてもらって構わないとお父様にも言われている。その言葉に甘えて、私は自由気ままに過ごしている。とはいえ、魔法関係の仕事をしていて、国に貢献は出来ているとは思うけれど……。
「そうよ。魔法の研究の仕事をしているの。昔から魔法は好きだったけれど、本格的に学ぼうと思ったのはオーロと一緒に手紙のやり取りをしてからなのよ?」
オーロと初めて手紙のやりとりをしたのは、まだ九歳の頃だった。オーロと友達になれなかったら、手紙で魔法の話をしなかったら……今の私は居ないかもしれない。
オーロ自身はそんな自覚はないだろうけれど、それだけ彼女は私の人生に大きな影響を与えている。
私は昔から、他の同年代の子供が興味を持つようなことに関心がなかった。大人でも難しいというようなことに興味を持って、その話をして、気まずくなられたりすることも無くはなかった。
それに周りの大人たちは、基本的に王族の姫である私に対して良くしてくれている。
――とはいえ、不気味な子供だという目で見られたことも無くはない。影で私のことを悪く言ったらしい人に関しては気づけば居なくなっていた。多分、お父様達が動いたんだろうと思う。
家族もそれぞれやることがあって忙しいから、常に一緒というわけではない。それでも我が家の家族仲は良い方だとは思う。私に何かあったらお父様達はすぐに行動を起こすだろう。それだけ私は家族に可愛がられていた。
オーロはそんな私の大事な友人なのだから、私の持てる力を全て使ってでも状況を改善させたいものだわ。
「そう、なのね。……魔法のこと、嫁いでから全く学べなかったの。だから、今はヴィオとの会話についていけないかもしれない」
「そうなのね……。なら、これから一緒にまた魔法の勉強しよう? オーロは魔法のことを好きでしょう?」
「ええ。好きだわ。私自身は魔法を使うことは得意じゃないけれど、学んでいたら楽しいのだもの。お父様達には……令嬢がそんなものを学んでもどうしようもないって言われたけれど」
「まぁ、そんなことを言われたの? そんな声は気にする必要はないわ。だって私はあなたの知識を素晴らしいものだと思っているのだもの。それだけで十分に学ぶ理由になるでしょう?」
それにしても嫁ぎ先でも、実家でもそういう考え方の人達に囲まれていたのだろうか。きっとオーロはこれまで大変だったのだろうなと考えると、胸が痛い。
私は自分の行動を肯定して、受け入れてくれる周りばかりだった。でもそうじゃなくて、オーロは否定され続けてきたのかもしれない。
それなのに三年前までのオーロはとても前向きで生き生きとしていたんだ。悩みなんて、あまり見せずに。
基本的にオーロはそういう性格なのだと思う。でも今のオーロは何処か暗くて、自信がなさげに見える。
情報としては、オーロの身に何があったか知っている。ただそれ以上に実際のオーロは辛かったんだろう。
「ねぇ、オーロ。まずはあなたのご実家に私から手紙を出させてもらうわね。オーロがこのまま修道院に入ろうとしていることは把握しているわ。あなたへの悪意のある噂や敵意を持つ人たちの行動により、そうせざるを得ないと判断されたことも。でも私はそれが嫌だから、これから私の傍に友人としていて欲しいの。私も久しぶりに表舞台に立つことにするわ。私が傍に居るから、これ以上悪いようにはさせない。寧ろ、状況を好転させる準備は出来ているから」
私はにっこりと笑って、そう提案した。
離縁の理由が、オーロにあるとされていることを知っている。結婚してからオーロは社交界に出ていなかったのに、彼女の悪意ある噂が出回っていることも。
――その状況を、私は変えていきたい。
大切な友達が悪く言われているのなんて、我慢が出来ないから。




