湿度の高いダンジョン探索
しいなここみ様『梅雨のじめじめ企画』参加作品
湿度に着眼してダンジョン探索を書いてみました。
微グロです。
革のブーツが中まで湿っている。
手に持ったランタンの燃焼臭で誤魔化されてはいるが、絶対に臭ってるはずだ。
この地下坑道はあちこちから地下水が湧き出ており、水溜まりが多い。
最初は丁寧に避けていたのだが、一度うっかり踏み込んでしまうと、もうどうでも良くなってしまった。なんせ、ここを出るまでには絶対に乾かないだろうから。
足だけではない。頭やこめかみから流れ出た汗が背中に伝い落ちる。背中は背中で汗をかくので、肌着はもう絞れるぐらいだ。そして、その肌着は革鎧で蒸らされ、首周りからサウナのような熱気が昇って来る。それが更に汗を促すという負の循環になっていた。
ここはかつては銀が採掘されたという。しかし随分前に掘りつくされ、廃坑となって久しい。
それをとある貴族が買い取った。
オレが受けた依頼は、その中の地形と危険生物の調査だ。
なんでも、ここで稀少なキノコを栽培をするらしい。ここの温度と湿度が最適なそうで、上等に育つと珍味で高く売れるんだとか。
貴族と言っても、そんな商売をしないといけない世知辛い世の中になったものだ。
オレは貰った地図に印をつけながら歩く。所々崩落が起きて地形が変わっているが、だいたい地図の通りだ。
出会った危険生物は蝙蝠に蛇に様々な蟲。
とにかく蟲が多い。
とても全部その場で駆除できる数ではないので、後で燻し出すよう提案することにする。
ロングソードにべっとり着いた蟲の体液は、かなり粘性があり、手持ちの懐紙では拭いきれない。止むを得ずそのまま鞘に納めるが、だんだん鞘と剣がくっつき、抜きにくくなってきた。この鞘はもうダメだろう。戻ったら新調が必要なようだ。まったく、とんだ出費だ。
あらかた調査が終わり、残すところあと一部屋という所で、嫌な物を見てしまった。
小部屋の壁の一端から、地図に無い通路が伸びている。
崩落だろうか?それが何かの遺跡に当たったか、生物の巣に繋がってしまったか、はたまた元々あった隠し通路かは分からない。
とにかく、まだまだ帰れないことが確定した。
オレは一旦その穴の手前まで行き、先をランタンで照らしてみる。
ちょうど大人が一人通れるぐらいの、少し長い道だ。
天然なのか人工なのかは、まだ分からない。
一定の幅の道が続いているので人工の道のような気もするが、土を掘りっぱなしで何の補強もしていない。そして足元はかなりぬかるんでおり、湿った土の臭いで充満していた。
こんな道は、いつ崩れて生き埋めになるかも分からない。正直そんなリスクを抱えて通りたくない。
(埋めてしまおうか)
そんな考えが頭を過った時、通路にランタンの光が反射したように見えた。
よくよく見ると、その壁、天井は、透明な薄い皮膜でコーティングされている。ノックするように指の第一関節で叩くと、カツカツと固い音がした。何かの補強材だろうか?
とりあえず、直ぐに崩落して生き埋めになることは無さそうなので、仕方なくオレは進むことにした。
ほぼ真っすぐ進む道で、幅も高さも等間隔の道が続いている。
地面はぬかるみ、壁と天井は相変わらず何かの補強材でコーティングされている。
(どうやってこんな穴掘ったんだ?)
だんだん疑念がわいてきた。
ただ真っすぐな穴が続いているだけなのだ。補強をしないにしても程がある。この補強材が優秀なのかもしれないが、掘る際に灯りは必要だろう。天井を見ても壁を見ても照明器具を置いたような跡が一切なかった。
(これはまるで・・・)
嫌な予感がした途端に道の先が見えた。
そこは小部屋になっている。
そして、嫌な予感は的中した。
小部屋の中央には巨大な繭があったのだ。
その繭の端の方がもぞもぞと蠢いている。ランタンの灯を当てると、光に驚いたのか、急に中でガサガサと音がした。
繭の端は更にほつれ、中に触角と複眼が見えた。その顔が繭から出ようとしている!
最悪だ。コイツは巨大毒蛾だ。
羽化してしまうと毒の鱗粉をまき散らす。
オレはロングソードを抜こうとする、しかし、様々な体液でべっとり貼り付いて、なかなか抜けない。
焦っている間にすっかり巨大毒蛾は繭から頭を出した。
もう時間が無い!
オレは鞘ごと長剣で露出した頭を叩きつけ、鞘尻で突いた。
頭だけでもヤツは必死にもがくし、羽化したての柔らかい外皮にはなかなか致命傷は与えられなかった。
しかし、慎重に狙っている時間は無い。片方の前脚が繭から出てきた。オレは子供の喧嘩のように無我夢中で乱打した。
床に置いたランタンの灯りが壁面に影を映し出している。
地ベタでもがく生き物を容赦なく叩き続けるその影は、酷く猟奇的に見えた。
でも止めるわけには行かない!
どれぐらい叩き続けただろうか?
気がつけばヤツは動かなくなっていた。触覚は折れ、片方の複眼は原形を留めないほど潰れている。
そして、身体はほとんど繭から露出していた。
幸い、羽化したての翅は、まだじっとりと濡れており、それで毒の鱗粉を浴びずに済んだようだ。
その替わりに返り血、というか体液はたっぷり浴びたのだが、とりあえず一難は去った。
一息つくと、こめかみから汗がしたたり落ちたのを感じる。
顔を拭いたい所だが、手は泥と蟲の体液まみれだ。下手に拭えば、かぶれてしまうだろう。
そう考えるほどに、首筋がムズムズしてきた。いや、頭も、顔も、足の指の間も痒い。
「ここで栽培したキノコなんか、絶対食わねぇ!」
そう毒づき、鞘までベトベトになった長剣を杖のようにつきながら、憂鬱な帰路にオレはついた。
ー了ー