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6 ブックカフェ【秘密の本の庭】

「ハコベさん、せっかく街中に来ましたし、お茶しませんか?」


 審査会があっさり済んで、県庁から出ると、谷さんから誘われた。

 確かに、会場が少し暑かったから、ちょっと喉が乾いている。


「そうですね……」


 でも、金色の谷さんとふたりでカフェとか入ったら目立ちそう。


「この近くに、僕の大学の時の先輩がやってる古本屋があって、カフェも併設しているんです。そこ、コーヒーもですが、自家製スイーツがすごくうまいんです。そこに行きませんか? 特にバスクチーズケーキはオススメです」

「バスクチーズケーキ、ですか!?」


 えっ☆ ずるい、美味しい自家製スイーツで誘うなんて。しかも、バスチーとか!!!


「じゃあ、行きましょうか」

「あ……はい」


 スイーツに食いついたこと、しっかり読まれたみたい。

 谷さんは、目を細めながら優しい視線を私に落としてきた。

 は、恥ずかしい。


「こっちです」


 県庁の裏の道は、大きい街路樹があって、薄暗くひんやりしていた。普段私は歩くのが遅いので、誰かと一緒の時は急いで歩くようにしている。

 でも今は谷さんが私に歩調を合わせてくれているのか、焦ることなく歩けていた。

 足の長さは全然違うのに。

 

「谷さんは、大学の時は、何かサークル活動をしていたんですか?」


 谷さんの学生時代、興味あるかも。


「えーと、サークルなんてオシャレな感じではなく【まちなみ観察同好会】といって、街中のありふれた景色の中から面白いスポットを見つけるという活動をしている同好会に所属していました。発起人が、これから行く古本屋の先輩です」

「そうなんですね。へぇ、面白いスポットですか」

「はい。例えば、あそこに蔦に覆われているコンクリートの外壁の建物がありますよね。あの建物、面白いと思いませんか?」

「確かに独特の雰囲気があって、面白いというか素敵です」


 緑の蔦に覆われていることもだけど、赤い手すりの華奢な外階段、小さい窓がそれに沿って斜めに三つ配置してあるところも印象的だ。外階段から入る二階の金属製っぽいドアがやけに細長で秘密の入口みたい。


「僕がみつけた時は、まだ蔦が下の方だけで、あんなに覆われていなかったんですよ。以前はブティックでしたが、今は夜だけ営業するフレンチレストランです」

「知らなかったです。県庁の裏にこんな素敵な建物があるなんて」

「でしょう? 地味ですが、街中を自分たちで実際に歩いて面白いスポット情報を探して集めて、それをまとめた紙の地図を数年に一度きちんと更新して会費で印刷して発行していたんです。置いてくださっている書店さんもあるんですよ」

「地図も発行していたんですね? すごいですね」

「興味があれば、先輩のお店に見本置いてますので、見てみますか。バックナンバーもありますよ。あっ、そうだ、ハコベさんも面白いなと思ったスポットがあれば、なんでもいいので教えてください! 些細なことでも、発見は大事ですから」

「はい」


 とは、言われても、いざとなるとなかなか難しい。

 あ、そういえば、


「あの、この前本町通りを歩いていて目に付いたんですが、【黄色いポスト】を見ました」

「え!? 黄色いポスト? それは面白いですね。どの辺ですか?」

「本町通りと東三番丁通りの角のビルの入口です」

「ここからそれほど遠くないですね。お茶飲んだら、見に行ってもいいですか? すごいなハコベさん、素質がありますね。いつでも会員になれますよ!」


 谷さんのテンションが上がった気がする。その小さなガッツポーズは?

 【黄色いポスト】に食いついたの〜!?

 会員て!?

 

 どうやら、谷さんたち地元のOBが、結局卒業後も何かしら関与、手助けしているらしい。

 歩きながら、谷さんから地図の話や面白いスポットの説明を受けているうちに、すぐに目的地に着いた。

 

「ここです」


 ブックカフェ【秘密の本の庭】という立て看板。外に木箱に入った本が置いてある。大きなガラス窓から見える中は、本が所狭しと並んでいる。右側には、確かにカフェ的なスペースもあって、二組ほどお客さんがいる。


 中に入ると、見上げるほどの本棚に、古本がぎっしりで、児童書、文学系、美術系、建築系、画集や雑誌、大型の百科事典、地元に関する本など、多種多様だった。

 

「杉本先輩、こんにちは!」


 カフェにお客さんがいるのに、谷さんが、大声で挨拶しながら中へ堂々と入っていく。


「あら、いらっしゃい! オリオンくん!」


 本棚の後ろから、目鼻立ちのハッキリしたショートボブの快活な雰囲気の女性が現れた。


 先輩って、女性?

 しかも、な、名前呼び!


「よう、オリオンか! 久しぶりだな」


 奥の扉から、目にかかるくらい長い前髪が印象的な優しげな細身の男性も顔を覗かせる。


「先輩、みおさん、お久しぶりです。お茶しにきました。ふたりです」

「空いてる好きなお席にどうぞ〜。今、メニューをお持ちしますね」

「ありがとうございます。ハコベさん、どうぞ」


 谷さんが、私を奥の壁側の席に促して、慣れた手つきで椅子をひいてくれる。

 スムーズ過ぎて、見蕩れてしまう。


「あ、ありがとうございます……」


 他のお客さんの視線をビシバシ感じて、声が小さくなる。


「オリオンくん、デートにグレーのスーツって、ありなの?」


 澪さんと呼ばれた女性が、にこにことお冷とメニューを持ってきてくれた。


「デートに見えたら嬉しいですけど、デートではないというか……。午前は普通に仕事だったんですよ。午後から県庁で用事があったので半休取って、街まで来て、用事が早く済んだので、ここに寄らせてもらいました」

「あら、おデートでは……ない感じ? 失礼しました」


 ふたりでいても、おデートじゃないです!


 谷さんも私も苦笑い。


「澪さん、こちらは村山星花ムラヤマハコベさん。僕と母がお世話になった方のお孫さんです。ハコベさん、こちらは奥にいた杉本先輩の奥さまの澪さんです」

「はじめまして〜、杉本澪すぎもとみおです。ハコベさんて素敵でおシャレなお名前ね」

「星の花って書くんですよ」


 なぜか谷さんが胸をはって自慢げに説明している。


「あら、それはもっと素敵ね。名付けのセンスが良いわー!」


 澪さんが、それを受けて明るい笑みを私に向けてくれた。


「あ、ありがとうございます。こちらこそはじめまして。谷さんに、今すごくお世話になっています」


 なんだか色々と恥ずかしくなってきた。


「彼、真面目で頼りがいがあるから、どんどん頼ってね。では、お決まりになりましたら、お呼びください」

「はい」


 谷さんは、澪さんの褒め言葉に頭を横に振っていたけど、この面倒みの良さだと他の人からも頼られてるよね。


 そんなことを思いながら、目の前に置かれたメニューを見る。

 飲み物は、コーヒーとりんごジュースのみ。コーヒーは今日のコーヒーとブラジル、コロンビア、マンデリンの四種。今週のスイーツは、バスクチーズケーキ、カボチャのタルト、いちじくとクルミのパウンドケーキ!!! ケーキは週変わり!? って、どれも好みなんですけど!


「迷う」


 ボソッと本音が出てしまった。


「真剣に迷うハコベさん、可愛い……」

「っ……」


 まわりから小さく息を呑む音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 恥ずかしさマックス〜、穴があったらすぐ入りたい。誰か、私を埋めて!


「スイーツは贅沢三種盛りもあるんですよ」


 谷さん自身は、無自覚、何処吹く風でメニューの下の方を指して教えてくれた。確かに控えめサイズの三種盛りもオススメです、と書いてある。


「それにします!」


 迷わずそれにする。

 コーヒーは、谷さんがコロンビアを選んだので、私も同じにした。

 なんと、谷さんも三種盛りを頼んだ。マッコイ先生のケーキで育てば、スイーツ男子になるかもね。

 ここの絶品スイーツは、澪さんが毎日作っていらっしゃるとのことだった。


 待つ間に、【まちなみ観察同好会】発行の地図見本を見せてもらった。

 かなり詳しい。通りや目印となるお店の名前も書いてあって、面白スポットには番号と欄外に番号順にコメントとイラストや写真が載っている。

 

 なるほど、コンクリート壁に無用の使えない蛇口が付いている? とか。地味。


 なにこれ? 街路樹の銀杏の落葉の季節限定。落葉の絨毯でバスが通町バス停前で停車する時、若干滑りながら停車するスポット!? 

 ニッチすぎない?

 ウケる!


「マニアックなのもあって、面白いでしょう?」


 谷さんの問いかけに、思わず半笑いで頷いてしまった。


「お待たせしました」


 今度は、杉本先輩が直々にコーヒーとスイーツを運んできてくださったので、私たちはお互い挨拶をした。


「オリオンは、俺が単位落として留年していた時に新入生で同好会に入ってきたやつ。今はこんな陽気な外見だけど、入学当初は瓶底メ……」

「先輩、それ以上は、勘弁してください。美味しいコーヒーが不味くなりますから」


 谷さん、触れられたくない過去がある?

 瓶底メ、とくれば、メガネ?

 今はメガネかけてないから、コンタクト?


「あ、そうだな。こいつは真面目で優秀で、良い奴なんでよろしくっ!」


 谷さんを褒める杉本さんも人柄が良さそう。

 

 その後、谷さんとスイーツを堪能した。

 バスクチーズケーキ、濃厚で最高だった。カボチャのタルトもカボチャの固形を残しながらもクリーミー、いちじくとクルミのパウンドケーキもつぶつぶ食感がなんともいえずで、もうもう完璧。大満足!

 香りの良いコーヒーも甘いスイーツとの相性ピッタリだった。

 ひと息ついたところで、谷さんが切り出した。


「ハコベさん、美枝さんの家のたくさんの本を澪さんに一度見に来てもらって、ハコベさんが処分してもよいと思う本類を買い取って貰うのはどうかと思っていたんですよ。どうですか? 古本は澪さんのほうが専門なんです」

「なるほど、そうですね。お願いできれば嬉しいです」


 澪さんはその申し出を快諾してくれて、さっそく来週おばあちゃんの家に来てもらう約束をした。


「ごちそうさまでした。ものすごく美味しかったです!!! コーヒーもケーキも」

「まあ、ありがとう。またオリオンくんと一緒に来てね。来週はどうぞよろしくお願いいたします。午後二時ね、楽しみだわ〜。昭和のレトロな本がたくさん見られるなんて。お宝あるかしら」


 私が澪さんと打ち合わせをしている間に、谷さんは席を立って、奥で杉本さんと楽しそうに話をしていた。

 大学の先輩と卒業しても今でもこうして仲良く繋がっているって、いいなと思う。

 いつの間にか、お客さんは私たちだけになっていた。


「ハコベさん、お待たせしました。じゃあ、【黄色いポスト】を見に行きましょうか!」


 谷さん、すごく楽しそう。

 そんなに興味あるの?


「黄色いポストって、あるんだ?」


 まさかの杉本先輩も食いついてる?


「ハコベさんが見つけたんですよ。面白いですよね!!」

「おう、今度教えてくれ。じゃあまたな」

「はい、また。ごちそうさまでした」


 谷さんは、店の外へ出ようとドアを開ける。


 え、あ、お会計!


「ま、待って、谷さん、お会計……」

「大丈夫、ハコベさんの分も払いましたよ。誘ったの僕ですし、ここは僕にカッコつけさせてくれませんか」

「え?」


 そう言われると、なんとも。

 お金を出しにくい。


 外の明るい日差しを浴びながら、ドアを開けて私を待つ谷さんの姿は、金色に輝いて眩しかった。



✧• ─────────── •✧




 ハコベと谷が帰ったあとの、杉本夫妻の会話より


「どんなキラキラ女子にも靡かなかったオリオンが、あんな日本人形みたいなお嬢さん連れて来るとはなあ」

「女の子連れてきたの初めてじゃない? なに、あの仙人王子の浮かれよう。【黄色いポスト】見に行くって、嬉しそうに、子どもじゃあるまいし。で? なんか、みえたんでしょ?」

「ああ、品のある女性が、優しく見守ってる感じだった」

「そう。悪い霊じゃなさそうで、良かったね」

「ああ」

杉本夫妻は、過去作品からのゲスト出演です(^^)

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 あら、お婆ちゃん見守ってるんだ。
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